終焉
ハマルカイトを討ったのはやはりドレメル伯爵の部隊だった。城へ突入し玉座の間へ到着した時にはすでに国王は亡くなっていたらしい。ハマルカイトによる背中への刺し傷が死因で間違いないと聞かされた。
玉座の間にいたイリアは彼の死を聞かされたあと窓から飛び降りて後を追ってしまったと聞かされ心が痛んだ。彼女もまた間接的なルルリラの被害者なのだから。
しかし王族が亡びたわけではないのですぐに今までの生活が変わることはないだろう。しかしプレバディス公爵は王位を継ぐ気はないと言う話である。
「プレバディス公爵との会談ですが、適当な場所もないため王城で行うことになりました。
侯爵は欲の無い方なのできっとレン殿とも気が合うと思いますよ」
「王族なのに変わった方なのですね。
でもその前に伺っておきたいのですが、タバス様は今後いかがなされるのでしょうか。
なにか思惑があるからこそ、私の起こした騒ぎに乗り行動されたのでしょう?」
「実は私は、国王の弟君であるカイライト大公に仕えていた家系なのです。
その後私の父がドレメル家へ婿として入り後を継ぎ、私はさらにその後を継いだのです。
婿として迎えられて領主にまでなった身ですから気楽な田舎暮らしで満足していました。
しかし国王が起こした侵略戦争でカイライト大公はお亡くなりになってしまいました」
「大公ほどの身分ですのに前線へ出たのですか?
先の戦については歴史で習った程度なのであまりよく知らないのです」
「いえ、前線には出ておりませんでしたが侵略を否定した罪で処刑されたのです。
隣国と争っても民が疲弊するだけだとの進言は受け入れらず嘆いておられました。
私は恨みを晴らすつもりはなかったのですが、その想いを遂げたいと考えていたのは事実です」
「それで作り話をして私を女神と持ち上げたのですね。
良くできたお話ですけど、夢のお告げと言うのはさすがに無理がありますわ」
「いいえ、あの夢は本当のことです。
夢のお告げとレン様との出会いが私の行動を後押しし今回の行動となりました。
結果として利用したようになってしまい申し訳ない」
「気になさらないでください。
私の目的は罪人であるハマルカイト皇子の告発と譲位中止だったのです。
それは十分果たせております」
「そう言っていただけると胸のつかえも取れるというものですな。
ところで今後についてなのですが、公爵から概要を伺っております。
まずは王政の廃止と身分制度の改革をしたいそうです。
領主は引き続き村や資源を管理することにはなると思います」
「王国の終焉と言うことですね。
それでは国としての体裁はどのようにしていくのでしょう。
各領地が独立するような格好だと領主同士の戦が起こる可能性が高くなります」
「公爵とはその辺りを話し合うと言うことになるでしょうな。
何にせよ各領主が来るまで四日はかかりますからそれまではごゆるりとお過ごしください」
「お気遣いありがとうございます。
騒ぎを起こして注目されているのであまり出歩けないのが困りものですが。
会合まではご用意いただいた貸家で大人しくしております」
「必要なものがあったらご遠慮なくお申し付けください。
必要なら食事も運ばせますがいかがなさいますか?」
「グラン男爵もおりますし、街でなにか求めようと思います。
いくらなんでも閉じこもりきりではいられませんしね」
タバスは確かにその通りだと笑い、当面の生活費まで持たせてくれた。それにしても夢のお告げが本当のことだと言うのは驚いた。それに公爵を含め王政に反対している貴族もいたのだと言うことも。
私とグランは丁寧にお礼を述べてからタバスの屋敷を後にした。街はずれにある小さな民家を用意してくれたので二人でそこへ向かう。だがすっかり有名人になってしまった私がまっすぐ向かうことは不可能で、すぐに人が寄ってきてもみくちゃにされるのだった。
「ようやく帰り着いたわね。
称賛されるのは悪くないけど調子に乗らないようにしないといけないわ。
崇められて勘違いしたら王族と同じになってしまうものね」
「それだけわかってりゃ平気だろ。
しばらくは騒動収まりそうにないから飯の買い出しは俺が行ってきてやるさ」
自分の屋敷を出てからわずか三日しか経っていないのに異常に疲れた。久しぶりに感じるベッドで私たちは安堵の眠りについた。
数日たって会合が開かれたが当然のように一度で決まるはずもない。それでも領主たちはそれほど反発することもなくプレバディス公爵の意見に耳を傾けていた。さすがに私は警戒されて話しかけてくるものも少ないが、ダリルとダイメイは今回の出来事をねぎらってくれたのだった。
「先日ご紹介いただいた薬師に処方してもらった薬はとても良く効いています。
本当に感謝の言葉もございません」
「お父上のお体が快方へ向かっているのなら幸いです。
モーデルは元気にしておりますか?」
「もちろんです、また少し丸くなってきましたがそれがいい。
実はまだまだ先ですが新年には夫婦になろうかと話し合っております」
「それはそれは、おめでとうございます。
彼女もお母さまもご苦労なさった方なのでお大事にしてあげてください」
「ほんに何もかもお世話になってばかりで。
このご恩、いつか必ずお返しいたしますぞ」
私とダイメイはガッチリと握手をした。今回の騒動では中心人物とも言えるトーラス卿、連れ子とは言えその娘のモーデルをうがった目で見ることもなく受け入れてくれたダイメイには懐の大きさを感じている。
「レン殿、お久しぶりでございます。
この度は驚くべきご活躍でしたね」
「ダリルも元気にしていたかしら?
と言ってもそれほど久しぶりでもないわね。
先月キャラバンの会合でお話したじゃないの」
「それもそうですが、年が明けてからはまだお会いしてませんでしたからね。
それにしても今後どうされるおつもりですか?
このまま王都で政に参加するのでしょうか」
「流石にそんなことは考えていないわ。
プレバディス公爵だっているのだし、中央にいる重鎮たちへ任せるわよ」
「しかし先ほどの会合だと貴族の地位は大分下がるようです。
一部の領主は気に入らないでしょう?
レン殿が恨まれるようなことがないと良いのですが……」
「それは考え過ぎよ。
素案では領主として地域を治めることは今まで通り。
全国統一税制の制定と国民移動の自由に騎士団の廃止が政策の中心よね。
つまり領内の民を大切にすれば領主も潤うんだから頑張ればいいのよ」
「しかし領主が軍を持たないで国境警備は問題ないのでしょうか。
我が領土は隣接している国が無いので心配ありませんが、レン殿は南との国境ですぞ?」
「軍師的対立をしなければいいのよ。
ちゃんと友好関係を結んで交易による益がお互いにあれば攻め込む理由はないわ。
それでも諍いは起きるだろうから国軍を設立するのよ?
あとは――」
「贅沢三昧だった貴族たちがどう考えるか、ですかね。
その方々は中央に集まってますから心配ないと思いたいですな」
「その辺り含めて、この国は徐々に変わっていくのだと思うわ。
王政から民が主権者の民主化への変革ね」
「民主化、と言うのですね。
相変わらずレン殿は博識でいらっしゃる」
政治のことは上っ面でしが知らないので褒められると恥ずかしいが、これから訪れる変革は楽しみでもあった。会合では色々な素案を用意してきた公爵を議長として話し合いが続く予定だ。
私の提案は教育の充実と選挙制度だが、領主や貴族を押しのけて平民が議会に立てる日が来るのは随分先だろう。出来るだけ緩やかに自然な変革であれば混乱も少ないだろうし、それまでは公爵やタバスのような穏健派が中心となって国を率いて行ってくれるはずだと期待している。
私は私で地方を豊かに出来るよう尽力していこうと考えている。その上で後継者として手を上げてくれるような誰かを育てるためにも教育機関を作りたい。
ひとまずこの日は素案の確認程度で解散になり、私とグランはまた仮住まいへと帰った。いつものように帰りつくまでは大変で人酔いしてしまうほどだった。
「ひとまずはお疲れさん。
俺は夕飯を調達しに行ってくる。
なにか欲しいものはあるか?」
「そうね、果物を絞った飲み物と甘いものが欲しいかな。
疲れてしまったので夕食まで少し寝ることにするわ」
「それがいい、最近昼寝もしていないだろ。
あまり疲れを溜めると頭も働かないぜ」
そう言ってグランは私の頭を優しくなでる。本当はキスしたいんだけど自分からはとても言い出せないのでもじもじしながら寝室へ向かう。ベッドへ入るとすぐに眠気が襲ってきてあっという間に眠りについた。
眠りについてからしばらくが経ったころ――
『パチパチパチ』
なんだか聞いたことのあるような音が聞こえてくる。この音はなんだっけ? 眠気でなにが起きているかよくわからない。それにしても今日は随分と暑いらしく寝ている間に汗びっしょりになっていた。
しかししっかりと目を開いてみると、自分の身に何が起こっているのかはっきりとわかった。身体は炎に囲まれ高温にさらされているではないか。焼け落ちた扉の向こうには松明を持った民衆が揺らめいている。
どんなに剣で切られても槍で突かれてもなんともなかったこの体も火あぶりには耐えられなそうだ。灼熱に耐えかねて叫びながら段々と思考力が無くなっていく。薄れていく意識の中でわずかに聞こえる群衆の叫び、そうか、これは魔女狩りなのだ。
タバスの夢では女神と言われていたみたいだけど、民からすれば人ならざるものは魔女として畏怖すべき存在にもなる。それにしたって、長いとも短いとも言えない私の不思議な人生がこんな形で終わってしまうなんて悲劇と言うほかない。
これから訪れるこの国の変革を見ずに命を落とすのは悔しいが、せっかく王政が無くなるのだし私のような脅威も存在しない方がいいのかもしれない。願わくばすべての民に幸せが訪れますように。
「さようなら、グラン……」
こうして私の物語は終わりを告げた。
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