アリエナイ出来事
次に私が目を覚ますと、目の前にはやっぱりゲームオーバーの表示があった。いや待てよ? まだ寝落ちしたままゴーグルをつけているのだろうか。いやいやそんなはずはない。頭を触って確認してみても何もついていないし、手にコントローラーが握られている感触もない。
と言うことはまだ夢の中なのか? いったい何時間眠る気なのだ、私は。でも頭は冴えているし意識ははっきりしている。寝ている立場で言うのもおかしいけど、私はちゃんと目覚めているはず。
するとどこからか私の声が聞こえていた。
『おはようルルリラ、気分はいかがかしら?
大口叩いたのだからちゃんと盗賊の相手をして見せてよね』
姿は見えないが確かに私の声だ。でもその声の主は誰? まさか私がもう一人?
「あなたは一体誰なの?
私のことが見えているの?」
口を開いて言葉を発したはずが、耳にはポポポポと言う音しか聞こえない。いったいこれはどういうことなのだ!?
『なるほど、あなたにはこう聞こえていたのね。
ポポポポ言っているだけなんてマヌケすぎるわ。
でももう自由におしゃべりすることができる、ああ素晴らしい』
「あなたもしかしてルルリラなの!?
なんで勝手に入れ替わっているの?
私の夢なんだから私の自由にさせなさいよ!」
『あーら残念でした。
これは夢でもなんでもないわ。
私は元ルルリラだけど、あなたと契約して入れ替わったのよ。
まさか覚えていないの? あれだけ大口叩いておきながらお笑い草だわ』
いや確かに夢の中でそう言ったがまさか本当に入れ替わるだなんて思ってもいない。と言うより入れ替わるつもりなんかなくて、私の自由に進ませろと言っただけだ。
悪い夢なら覚めてほしい。いや覚めないとおかしい。だってゲームの中のキャラクターと現実世界の私が入れ替わるだなんてぶっちゃけアリエナイ。
『ゲームオーバーになったらちゃんとコンティニューしてあげるからね。
それまではクリア目指して勝手にやってなさい。
泥棒猫に奪われたバラ色の人生が、もっとマシなのと交換出来て良かったわ
私はお腹が空いたからなにか食べに行ってくるわ』
「ちょっと待ってよ!
あなたは中世か何かの人じゃないの?
現代のことなんてわかるわけ?」
『当たり前じゃないの。
今ここにいるのは元あなた、名前はええっと矢田恋ね。
体が入れ替わっているのだから記憶もそのまま頂いたわよ』
この人は何を言っているのだろうか。記憶も交換した? でも私には私の記憶が残っている。だって私の名はルルリラ・シル・アーマドリウスなんだから。
えっ!? いや違う、私はルルリラ・シル・アーマドリウスだ! いや、そんな…… 昨日だって確かにバイトで保育所へ行って―― 盗賊に殴られたんだから。いや違う、子供に叩かれたんだった。
それにしても記憶があいまいと言うか、両方の記憶が混じってしまっているようだ。何てことだろう、まさかこのままゲームの中でルルリラとして生きていくことになると言うのか!? こんなあり得ない話とてもじゃないけど信じられない。
その時遠くで電話の鳴る音が聞こえた。聞きなれた着信音は私のスマホからに違いない。いくら手を伸ばしても届きはしないが、しばらくすると誰かが通話を始めたようだ。
『ああ、私よ、これから食事へ出ようと思っていたところ。
これから来るの? 一緒に? ええいいわよ。
それじゃ待ってるわね』
電話を切った後、誰かが私の声で鼻歌を歌っている。なんでそんなに楽しそうにしているの? 私の自由を奪っておいてさらに――
「ちょっとル…… 恋! 今のは敦也からでしょ!
人の彼氏まで持って行くつもりなの!?」
『あら、コンティニューするの忘れてたわね。
これから迎えに来ると言うから一緒に食事に出かけてくるわ。
顔はそんなに良くないけど優しい人みたいだから楽しみよ』
「だからそれはあなたの彼氏じゃないじゃないの!
私からすべてを奪っていくなんてひどいわ!」
『そんなことないわよ?
あなたには私の地位や財産、そっちの世界にはいい男もたくさんいるわ。
せいぜいその自慢の話術とやらで乗り切って這い上がれるといいわね』
直接声は聞こえてこないが、頭の中には私の声でルルリラの放った言葉が流れ込んでくる。こちらからも同じように言葉は届いているのは会話が成立していることから明らかだ。
『ねえ、何着て行ったらいいと思う?
あなたったらドレスの一着も持っていないんですもの。
この使用人みたいなワンピースでいいかしらね?』
「そんなこと知らないわよ……
あなたみたいな我儘で贅沢してきた人なんてうまくいくはずないわ。
泣きを入れてまた交代してって言って来るに違いないわ」
『そうかしら? 私だってシナリオに縛られていなければもっとうまくやれるわよ?
彼のお相手はきちんとこなしてくるから安心しなさい。
まあもっと素敵な男性がいたら乗り換えるけどね』
「お願いだからひどいことしないで……
忙しい人なのに、いつも私のためだって時間作ってくれる優しい人なんだからね」
『これからはあなたのためじゃなくて私のために、だけどね。
ほーっほっほっほ、自由って素晴らしいわ。
あなたにもそろそろ自由をあげるわ』
そう言って元ルルリラの私はコンティニューを選択した。私は夢か現実かもわからないまま、今度は実感のある埃っぽい世界へと放り出されてしまった。
着たことも無いようなひらひらのドレスには少しときめいたけど、目の前には盗賊の頭がいる。戦っても勝ち目がないのはもうわかりきったことなので、なんとか会話で交渉するしかない。
少しの間は時間が止まっていたようだが、しばらくすると動き出した。
「おいおい、これは手厳しい、随分やんちゃなお姫様だな。
俺たち盗賊がいい子ちゃんなわけないだろう。
わかったら全部おいてとっとと失せな」
このセリフ、もう何度繰り返し聞いたのだろう。この直後にタンカを切って殴りかかったルルリラは返り討ちにあってゲームオーバーとなることも知っている。私は荒っぽいことはせずに切り抜けられるようにと頭を働かせた。
「あいにく今は手持ちが何もないの。
それに家にはもう戻れない、お願いだから見逃してちょうだい」
「何を言ってるんだ?
ポポポポって言われてもわからねえ。
さっきまでの勢いはどうしちまったんだ?」
なんと、こちら側に来ると言葉が話せなくなってしまうのか!? それもみんなルルリラにCVがついていないせいなのか?
「違うわ! うまく話せないだけなの。
私はただ大人しくするっから見逃してほしいだけよ!」
「ポポポポとうるせえな。
恐怖で頭でもおかしくなっちまったのか?
だったら初めから生意気言うなって話だがな」
こうなったら身振り手振りでもいいからなにか伝える方法を考えるんだ。盛んに首を振ったり両手でいやいやをしてみたりするが、こんなことで真意が伝わるかどうかわからない。しかし盗賊の頭はなんだか勝手に納得したようで握った拳を緩めてくれた。
「あほらしい、やる気がないんじゃ相手にしても仕方ねえ。
それに良く見たらかわいい顔してるな。
よしアジトへ連れて帰って俺の女にしてやる、馬に乗ってついてこい」
私は子分たちに両手を縛られてから馬に乗せられた。そして頭の馬とロープで繋がれとぼとぼと後をついてく羽目になった。馬の背には大粒の涙がポタポタと落ちていた。