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朝チュン

 認めたくはない、認めたくはないが、しっかりハマってしまっている気がする。なぜならば今日も真っ直ぐに帰宅し、さっそくVRゴーグルを被っているのだから。昨日はひどい目にあって大分遅い時間までがんばって何とかクリアすることが出来た。今日はその続きからと言うことになる。


 電源を入れて再スタートしてみるとなにか様子がおかしい。ルルリラが地面に横たわって群衆が周囲をとりまいているように見える。そう言えば昨晩はゲーム中断をしないでそのまま外して寝てしまったのだが、もしかしたらそのせいだろうか。


 私がVRゴーグルをつけて再開したからなのか、ルルリラが目をさまし起き上がった。すると群衆が一斉に距離を取る。どうも避けられている様子だ。


『おい、あの盗賊どもはあんたが倒したのかい?』

『あんな乱暴者たちを退治してくれるなんてありがたいねえ』

『すごいな姉ちゃん、さぞかし名のある騎士様なのだろ?』


 距離を取って避けているようではあるが、一様に褒めてくれているので悪い気はしない。少なくとも私はそう感じていたのだがルルリラは違っていたらしい。


『見ていたなら助けてくれたって良かったじゃないの。

 私はか弱い貴族の娘なのよ?

 それを遠巻きに見ているだけだなんて情けない人たちね』


 いや、言い分はもっともなのだが言い方と言うものがあるだろうに。すると群衆はバツが悪そうに去っていき残ったものはまばらだった。その残った中にいた老婆がルルリラへ話しかける。


『いやはや、お助けできなくて申し訳なんだ。

 ワシも若い頃ならなんとかしたかもしれんが、さすがにこの歳なのでのう』


『おばあさん、気にしないで。

 私はまだ若い男たちへ向かって言ったのよ。

 それにしても村には頭数がいるのだからもうちょっと何とかできなかったの?』


『やつらは隠れ家にまだまだおるのじゃよ。

 お前さんが倒した連中はほんの一部なんじゃ。

 早くここから去らねば仕返しにやってくるぞい』


 それは大変だ。早く馬に乗って逃げよう。私は懸命にルルリラへ進言するが、もちろん聞こえるはずもない。こういうときは問題が起きそうな方へ進んでいくのが主人公なのか、ルルリラはポポポポと高笑いをしている。


『なにを言ってるの? 逃げるですって?

 私が逃げるなんて事するわけ無いじゃないの。

 盗賊なんて何人来たって返り討ちにしてあげるわ』


 その時――


『ほう、それは勇ましい。

 可憐なお嬢さんの言うこととは思えないぜ』


『あわわわ』


 何処からともなく聞こえた男の声に老婆は恐れおののき、段々と後ろへ下がっていき、振り向いたと思ったら建物の中へ逃げ込んでいった。つまりこの声の主は……


 振り向くと底には片目に眼帯をしたカウボーイ風の男が立っていた。いやまて、時代考証とかどうなっているのか。貴族が居て学園や衣服の作りからすると中世風だったのに、今度は開拓時代のアメリカ西部風になっている。村の作りはどちらとも言えそうなただ貧相で古臭いものだ。


『見たところ素性は悪くなさそうだが、育ちは良くないみたいだな。

 ここにはアンタの従者は助けに来てくれないぜ?』


『おあいにく様、そんなものは必要ないわ。

 大体先に手を出して来たのはあなた達でしょうに。

 それとも通りすがりに身ぐるみ剥ぐことが悪いと思ってないほどバカなわけ?』


『おいおい、これは手厳しい、随分やんちゃなお姫様だな。

 俺たち盗賊がいい子ちゃんなわけないだろう。

 わかったら全部おいてとっとと失せな』


 うんうん、失せよう、去ろう、逃げよう。何度死んでもコンティニューできるとは言え気分は良くないのだから無茶はしないでもらいたい。しかしルルリラはあくまで強気な姿勢を崩さない。


『さあ、誰からやられたいの?

 かかって来なさい』


 ここで盗賊の頭らしき目の前の男にカーソルが表示された。少し首を振ると他の盗賊へと切り替わっていく。まあこうなったら手近なところからやるしかない。まずは目の前の頭へ挑むことにしよう。


 対象を決定したらボタンを押して攻撃開始だ。なんだかボクシングでもするような視点へ切り替わりすぐ目の前に男が見えている。とりあえず殴ってみるしかないので手を振り回してみるが、これがまたさっぱり当たらない。


「ちょっとアンタ、避けないで当たりなさいよ。

 これじゃゲームにならないじゃないの」


 ぼそぼそと文句を言いつつも諦めずに攻撃を続けていると、不意に頭へ振動が伝わってきた。どうやら殴られたらしい。めげずにやり返すが攻撃は全く当たらず、ルルリラは一方的に殴られている。


 女性の顔をグーで殴るなんてひどい男だ。少しくらい手加減してもらいたいが、相手は容赦なく殴りかかってくる。とうとうノックアウトされたルルリラはその場に倒れ込んだ。


『GAME OVER』


 またこれか…… 選択肢としては正解というかこれしか無いような感じなので、ひたすら戦って何とか切り抜けるしかなさそうだ。それにしても自信満々だったわりにあっけなく倒されるなんてルルリラも情けない。


 どうせクリアできるまで同じことを続けるしかないのだろうから、ひとまず休憩し夕飯を食べることにしよう。今度は道端で寝込んだりしないよう、ステータス画面から終了を選択しゲームを中断した。


 夕飯の後にまた再挑戦したが全く歯が立たず、ストーリーは全く進まない。別に期日が決まっているわけではないので慌てずじっくりとやっていくしかないが、こうも歩みが遅いと嫌になってくる。でも諦めずもう一度、もう一度と繰り返していたのだがいい加減疲れて腕が上がらなくなってきた。


『チュンチュン』


 そうこうしているうちに朝になっている…… いくら休みだからと言ってこんなことしていていいのだろうか。しかしせめてこの場面だけでもクリアしてしまいたい。そう思っていたのだが体は言うことを聞いてくれず、私は恥ずかしながら寝落ちしてしまった。



◇◇◇



 目を覚ますと私の視界にはゲームオーバーの文字が映っていた。おっと、VRゴーグルをしたまま寝てしまったようだ。まったくいい歳して情けない。これが朝チュンと言うやつか……


 おもむろに頭へ手をやるが何も被っていなかった。と言うことは夢の中でもまだ続きをやろうとしているわけか。ますます情けなさがこみあげてくる。


 その時目の前の画面が明るくなり、正面にルルリラが現れた。今まで一度もこんな場面は見たことが無かったのに、夢だと勝手に都合よく進めるのかもしれないなんて思っていた。


 すると目の前のルルリラはいつものポポポポではなく、なんと私の声で話しはじめたのだった。


『ちょっとあなた? 他人事だと思って気軽に殺しすぎじゃない?

 一体何度死ねばいいのよ。

 別に痛くもかゆくもないけど気分は良くないわ』


「それはごめんなさい。

 でもその文句はこのゲームを作った人に言ってよ。

 私だって下手なりに頑張っているんだからね」


『まあ努力は認めるわ。

 だからと言ってもうこれ以上殴られるのはまっぴらごめんなの。

 早く何とかしてちょうだいよ』


「そう言われてもねえ。

 こっちは決まった行動しかできないんだから難しいわよ。

 私なら盗賊と戦わずに言葉で解決するけどね」


『平民のくせに偉そうなこと言うわね。

 それじゃ本当に出来るかやって見せなさいよ。

 どうせ口だけで何もできないくせに』


 夢の中でもルルリラの暴言は変わらないらしい。これは私がルルリラへ抱いている印象が最悪だと言うことの証明なのだろう。どうにもこの主人公に感情移入できないのも、この傲慢な性格が私とは似ても似つかず相容れないからだ。


「ホントあなたって性格悪いわよね。

 そんなことだから王子に振られて婚約破棄されてしまうんだわ」


『今そのことは関係ないでしょ!

 本当に自分ならあの盗賊を言いくるめられるとでも思っているならやってみなさいよ!』


「ああやってみますとも!

 あなたの短絡的な行動に任せていたらいつまでたっても進めやしない。

 私だって出来るなら自分で行動を決めたいもんだわ」


『オッケー、契約成立ね。

 検討を祈っているわ、平民さん』


 まったく本当に嫌な女だ。もし学園に残れていたとしても、教育長が言っていた、貴族も平民もないという言葉がが守れずにすぐ退学にでもなっていただろう。婚約破棄だって逃亡劇だって結局ルルリラ自身の責任なのだ。


 夢の中でもまた疲れてしまった私は、何時だったのかはわからないが覚悟を決めて二度寝した。


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