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結審

 会議の間には妙な緊張感が漂い続けている。この評決次第で重鎮であるトーラス卿か、過去最年少当主の少女伯爵である私のどちらかが極刑となるかもしれないからだ。


 しかしさすがに国王は落ち着いていて動じている様子がみじんも感じられない。もしかしたらそれほど興味がないのかもしれないが、緊迫した場面では貫録があるように見えるものなのかもしれない。


「意見が出揃っておるなら評決に移って構わぬぞ。

 双方言い残したことは無いか?」


 私とトーラス卿が返事をするとコノモから割りばしのような棒が配られた。これは採決を取るための割り票と言うものだ。例えば賛成ならそのまま反対なら折って自己決定を表明する仕組みである。


「では皆様方、ご準備はよろしいでしょうか。

 トーラス伯爵に賛同する者は割り票を折ってくださいませ。

 アローフィールズ伯爵に賛同する者はそのままテーブルへ戻すようお願いいたします。

 では決を採ります」


 コノモの合図で皆が一斉に割り票を手に取った。するとその時トーラス卿がポツリとつぶやいたのだった。


「アーマドリウス家が密輸の共犯と言うことも有りうるのか……」


「トーラス伯爵、お静かに。

 では気を取り直して皆様方お願い申し上げます」


 パキパキと何度か木の棒が折られた音がする。こんなことの当事者になるなんて、まったく生きた心地がしない。周囲をチラリと見回すと真っ先に折ったのはトーラスにハマルカイトだった。やはりこの二人が結託して私を追い落とそうとしているに違いない。


 ダリルは真っ先に割り票をテーブルへ降ろしてくれて一安心だったが、エラソ侯爵とラギリ伯爵はためらいなく両手で二つに折り投げ捨てるようにテーブルへと置いた。この二人はトーラスの息がかかっているとも考えられる。


 ここでタマルライト皇子が折らずにテーブルへ置いた。流石にハマルカイトに狙われていることに気が付いているのか、それとも私を信じてくれたのかはわからない。


 次にモンドモル公爵が割り票を折る音が鳴り、私にはその音が反響音のように繰り返し聞こえてくる気がした。しかしドレメル侯爵とホウライ伯爵が割り票をテーブルへ戻しこれで五対五となった。


 残るはアーマドリウス公爵のみとなる。まだ私のことを元娘と思っていてくれ温情をかけてくれるのかどうかわからないが、知恵のあるものであれば私の言い分が正しいことはわかるはずだ。


『パキッ』


 会合はまさかの結末で幕を閉じた。その判断に私も驚いたが、何より驚いていたのは元兄のコノモだった。その表情は驚きと軽蔑が混ざったような複雑なもので、睨みつける視線の先はアーマドリウス公爵その人だったのだから。


「老いたな、父上…… 残念です……」


 コノモがぼそりと呟いた。おそらくトーラス卿が最後に言った言葉が頭に残ってしまったのだろう。私の肩を持って共犯にされでもしたら今度はアーマドリウス家が危なくなると判断してもおかしくはない。おそらくはトーラス卿の背後にハマルカイトがついていることもわかっているはずだ。


 しれにしても驚いたのはコノモの反応である。私の中にあるルルリラの記憶では特別仲が良かったわけではない。かと言って仲が悪かったわけでも無い。しかし性格に大分問題のあったルルリラは、両親からは甘やかされ教育係や執事、メイドには迷惑をかけまくっていた。


 身の回りのことにだらしがなかったが、勉学では優等生で誰にでも優しかったコノモがルルリラを愛していたとは考えづらい。どう考えても疎ましく思っていたはずだ。


 それなのに先ほどのあの表情と態度、父親への侮蔑とも言える発言は意外すぎる。とは言え、ただ単に公平な裁定で私の言い分を信じただけなのかもしれない。


 瞬間的に頭の中を様々な考えが巡り心がざわつくが、国王の言葉で我に返った。


「アローフィールズ伯爵、沙汰があるまで屋敷での謹慎を命ずる。

 トーラス公爵、貴公へも監査を行うゆえ沙汰があるまで謹慎しておるように。

 特に両名が持ちこんだ書状に関しては偽造であったなら相応の罰を下すであろう」


 私は畏まった態度で国王へ礼をし顔を上げた。するとその向こう側にいたあの偽証をした青年が走り寄ってきたではないか。とっさに暗殺だと判断した私は国王との間に割って入る。


 しかし予想に反して青年はテーブルへ向かって手を伸ばしたのだ。そのままトーラス卿が出したアーマドリウス名の書状を掴んで近くの燭台へかざす。羊皮紙でできているので簡単に燃えたりはしないが、その表面は焼けてしまい文面も紋章のエンボスも判読不能なほどボロボロになってしまった。


「アローフィールズ様、これで証拠はなくなりましたよ!

 だから私の失態をお許しください!」


「何をしている! この不届き物を捕らえよ!」


 コノモがそう叫んだ瞬間、トーラス配下の騎士が青年の胸を背後から深々と貫いた。明らかな証拠隠滅と私への追徴行為、それに口封じであることは疑いようがない。


 いくらなんでも罠が周到すぎる。トーラス卿がここまでやるやつだったなんて甘く見ていた。特に金で雇われた小者とは言え目の前で人が殺されたのを見て私は逆上した。


「トーラス! 許せない!」


 私が走り寄ると青年を刺殺した騎士が行く手を阻む。しかし私はためらいなく横っ面をはたいて壁にめり込むほど跳ね飛ばした。あと数歩でトーラスの下衆野郎までたどり着く。


 しかし私の足はその数歩を進むことなく止められてしまった。


「アローフィールズ卿、国王の御前であるぞ」


 その声を聞いて後ろを振り返ると、衛兵数人に剣を突き立てられ囲まれているルモンドが見えた。ちくしょう、これではもう手出しはできない。私は観念してその場に立ちすくんだ。せめて跳ね飛ばしたあの騎士が生きているようにと願いながらあふれる涙をこらえるくらいしかできない。


「やはり魔女だ! この娘は辺境の小さな魔女なのだ!

 はやく鎖で幾重にも巻いてしまえ!

 縄ではいかんぞ、すぐに切れてしまうからな!」


 トーラス卿が叫んでいる声を聞くと悔しくて仕方ない。しかしルモンドを押さえられているため手出しができず、ただただ悔しくてとうとうこらえきれなくなった私はボロボロと涙を流して泣いた。


 太鎖でぐるぐる巻きにされた私と、普通に縛られたルモンドはそのまま地下牢へ連れて行かれた。もちろん別々の牢屋なので相談事すらできやしない。私は鎖から逃れる気も起きずにそのまま横たわり泣き続けていた。


「あら、どなたかいらしたの?

 ここから出る方法知らないかしら」


 牢屋の中に他の人もいるようだ。思っても見なかった話し相手に少し元気づけられた私は返事を返す。


「先客がいたのね、驚いたわ。

 でも出かたは知らないのよ。

 トーラス卿って言うクズをとっちめてやろうとしたらここへ入れられてしまったのだしね」


「まあ、お父様を!?

 あなたに何かひどいことをしたのかしら?

 ここ最近の父はなんだかおかしくて、ご迷惑をおかけしたのなら謝ります」


 お父様だって!? トーラス卿のことをお父様と呼ぶと言うことはこの女性はトーラス卿の娘と言うことになる。確か名前は……


「ええっと、もしかしてあなたはモーデルかしら。

 あなたに会って聞きたいことがあったので丁度良かったわ」


 思わぬところで思わぬ人との出会い。理由はともかく一度話をしてみたいと思っていた相手を見つけた私は、暗闇に一筋の光明が差したように感じていた。


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