アレ
目の前には巨大な木造建築がそびえたっている。もちろん砦も木造なのだけどそれとはまた別の物だ。
「ねえ…… これがアレってやつなのね。
思ってたよりもその…… 相当大きいわね……」
「すげえだろ? こいつが二台あるんだぜ?
コイツがあれば千人二千人くらいの兵士が相手でもなんてことないさ」
「私が言ってたのはもっとこう小さくて四、五人で押しながら進むものだったんだけど?
こんな大きいものどうやって動かすのよ」
「それが意外に軽く動くんだよ。
試験走行した時は馬二十頭で登りも余裕だったぜ。
話によると車軸に工夫があると言ってたがよくわからねえ、まったくディックスは天才だな」
鉱山で秘密裏に製造していたのは現代風に言うと戦車である。本当は丸太造りのバリゲードを数人で押しながら進むものと言っておいたのだが、どこでどう間違ったのか、馬車よりもはるかに大きく人が何十人も乗れるようなものが出来上がっていた。
中央の空洞部分に馬を配置して引かせるので前方からの攻撃にも耐え、屋根もあるので矢が飛んで来ても安心だと説明された。
その珍妙で巨大な馬車の下を覗き込むと鉄でできた車軸が見えた。もちろん構造はわからないがグランの言うようにきっと何かすごい工夫がしてあるのだろう。
しかも荷台? には丸太が縦に積み上げてある。これは一体何のために存在するのだろうか。まさか木材運搬用の荷車として作ったと言うことか? これでは戦車ではなくまるでダンプカーだ。
「ほれ、ここに伯爵用の武器も用意してある。
ちょっと持ってみろよ」
グランが指を差したダンプカーの荷台には、直径が私の背丈とそう変わらないほど大きなトンカチが置いてあった。一体こんなものどうやって作ったのだろうか。
「ちょっと大きすぎたかもしれねえがお前なら持てるんじゃねえか?。
地面へ穴を掘って鉄を流して作ったんだぜ、すげえだろ。
ここへ乗せるときは十人がかりだったけどな」
「こんな大きな鉄の塊!
出荷したらいくら分なのかしら、まったく贅沢な武器ね」
「これであの丸太をぶっ叩くと荷台から飛んでいくって寸法よ。
巨大な弓矢みたいなもんだな」
いやいや弓矢どころではなくまるで大砲だ。こんなのが直撃したら人なんてペチャンコになってしまうだろう。そんな光景想像しただけで背筋が寒くなる。
「せっかくだから試してみるわね。
どのくらいの重さなのかしら……」
私はこれまた金属で出来た太い柄を掴むと力を込めて持ち上げてみた。どうやら森から引き抜いた大木とそう変わらないくらいの重さのようだ。これなら軽々と振り回すことが出来る。
頭上へ持ち上げてクルクルと回すと背後からどよめきが起きる。私が人間離れした怪力の持ち主であることを知らない者はもういないが、それでも目の当たりにすると恐ろしいのかもしれない。
人の近くでは危ないので離れた場所まで歩いて行き、鉱山の岩盤へ向かって一振りしてみた。するとすごい音と振動が当たりに響き、鉱山の岩肌が大きく崩れてきた。このままでは下敷きになってしまう。
すかさずトンカチを振りかざし落ちてくる大岩を空中で叩くと、粉々になってそこら中に鉄鉱石がばらまかれた。すると今度はうわああっと歓声が上がった。
「なかなかいいんじゃない?
これなら採掘がぐっと楽になるわね」
「ホントにまったくどうなっちゃってるのかわからねえな。
二度も殴られて生きてる自分を褒めてやりたいぜ」
「俺は一回だけだがもう二度とごめんだ。
あんときは半日目が覚めなかったからな」
グランが余計なことを言うとカウロスも負けじと一言。なぜか自慢げなのが理解に苦しむが……
「二人ともそんなむかしばなしはどうでもいいわ。
私たちは未来のために前へ進むのよ!」
我ながらうまいことを言ったなと思いつつ、兵士たちにダンプカーへ乗るよう指示を出す。どうやらグラン隊、ルモンド隊のほぼ全員が乗ってもちゃんと動くようで、その巨大なアレはゆっくりと進み始めた。
乗りきれなかった者は馬で並走、私とグランにルモンドは馬車で後ろからついていく。もしものためにと連れていくことになった軍隊だが、これでは完全に臨戦態勢である。きっとタダでは済まないだろうと思いつつも、もう引き返すこともできないのだ。
王都までの遠い道のりを歩かないで済むことが嬉しいのか、兵士たちはご機嫌で歌っている。すでに勝利を確信しているのか、異常に士気の高い軍勢は頼もしいが少し不安でもある。
そして屋敷を出て四日目の昼、私たちは王都近くにある森のそばに陣を構えることにした。ここは王族領だがトーラス卿の屋敷にも大分近い。
「それでは私とルモンドで会合へ向かうわね。
あと二人早馬を出すかもしれないからついて来てもらおうかしら」
「それではモナスとヤルマン、ついて来てくれ。
ではグラン殿、部下たちをよろしく頼む」
「任せてくれ、ルモンド殿もお気をつけて。
くれぐれも伯爵の勝手を許さないように」
「何よ失礼ね、いくら私でも城の中で暴れたりしないわよ。
それくらいわきまえているんだからね。
ルモンド、さあ行きましょ」
馬車が走りだし王城が近づいていくといつの間にか手には汗がにじんでいた。さすがに緊張しているのだろうか。この会合に私たちの命運は握られていると言っても過言ではない。
城下へ入る頃には陽が落ちかけておりなんだかお腹が空いてきた。会合は明日の昼間だが今夜は城で晩餐会がある。贅沢な食事なんて何年振りだがべつに嬉しくはなく、それよりも贅沢三昧暮らしている王族や貴族に腹が立つだけだった。
「姫様、間もなく正門です。
共の二人はどこかで待たせておきますか?」
「明日の昼にいてくれればいいから今夜は宿でゆっくり休ませてあげて。
でも深酒はダメだからね」
「かしこまりました、良く言い聞かせておきます。
それとグラン殿の密偵はどこにいるのでしょうか」
「一般兵のどれかのはずだけどみんな同じ格好だからわからないわね。
向こうから接触してくるはずだからあまり気にしなくていいと思うわ」
そんな打ち合わせをしてから城門を通り、来賓室へ案内されようやく一息つけた。喉が渇いたのでお茶を飲もうとしたがティーセットは無く、いちいちメイドを呼ばないといけないのがわずらわしい。こんなに何もしたくないのなら国政も辞めてしまえば良いのだ。
お茶と一緒にはちょっとした焼き菓子までついて来てまた私の神経を逆なでする。こんな事ならアキたちも連れてきてあげれば良かったなんて思わなくもない。
「ルモンドは甘いもの好きよね、せっかくだから頂けば?
帰ったらいつ食べられるかわからないわよ」
「なんというのでしょうか。
姫様に感化されたのか、メアリーたちへ持って帰ってあげたいという気になりますな。
こんな事ならなにか容器を持ってくれば良かった」
「いい心構えね、でも持って帰るのは難しいから食べちゃいましょ。
帰りにお土産を買っていってあげればいいのよ。
きっとみんな喜ぶわ。
そういえばルモンドの奥様が亡くなってから何年くらい経つの?」
未亡人であるメアリーの名が出たことでルモンドも奥さんを亡くしていたことを思い出した。確か私が生まれる前のことだったからまだ相当若かったはずだ。
「もう十六年でございます。
翌年に姫様がお生まれになったのでしたね。
教育係をお任せいただいた時には嬉しゅうございました。
子宝に恵まれなかったわたくしにとってなによりの癒しでした」
「物心つくころまでは、でしょ?
子供の頃はわがままで大分迷惑かけたもの、ごめんなさいね」
「とんでもございません。
子供はわがままなものですから気になどしていません。
それよりも少し離れている間にすっかり立派になられたことが何より」
まさか人格が変わったからなんて言えるわけもなく、苦笑いで応えるくらいしかできなかった。もしかして打ち明けるべきなのかと考えているうちにお菓子を全て食べつくしてしまい、小腹が満たされた私はしばし夢の時間へと旅立った。