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おかしな晩餐会

「ばっきゃろ!!

 身の危険があるとかないとかそんなことは問題じゃねえんだよ!

 自分の立場ってもんをわきまえろっていつも言ってるだろ!!」


「もう、そんなに怒らないでよ……

 結果的には一番被害が出ない方法なんだし……

 犠牲者ゼロで良かったじゃないの」


「だからそう言うことを言ってるんじゃねえっての!

 おめえは伯爵で領主なんだよ!

 それが戦の最前線に一人で出てくなんてあり得ねえだろうが!」


「ま、まあグラン殿、レン様も反省しておりますしその辺で……

 客人も驚かれておりますゆえ……」


「ルモンド殿も言ってやったらいいんです。

 伯爵になっても中身はガキのままなんだから、まったく……」


 大分怒鳴りつづけて疲れたのか諦めたのか、グランはようやく腰をおろし説教をやめてくれた。まったくグランは口うるさくていけない。確かに勝手に飛び出した私が悪いんだけど、こんな風に大勢の前で叱らなくてもいいのに。


「なんだかまだ不満そうな奴がいるみてえだな。

 夕飯の前にもう少し話し合いが必要なんじゃねえか?」


「まあまあもうメリーがそこまで来ているのだから、ね?

 グラン男爵、機嫌治してくださいな」


 今度はクラリスから助け船だ。正直悪いことをしたとは思ってないので釈然としない気分だ。でもここでまた顔に出してしまうと延々繰り返しになってしまうので反省したようにしょげて見せることにした。それにグランだって私を心配して言ってくれていることで、それは重々承知しているのだ。


「ええっと、それで騎士団長? お名前をうかがってよろしい?

 捕虜と言っても客人としてお迎えしているつもりだからあまり固くならないでね」


「え、ええ、我が名はダグラス・ホーンと申します。

 トーラス公爵直属部隊の騎士団長でございます。

 この度はこのような扱い、誠に恐れ入る」


「それでは食事をしながら少しお話しましょうか。

 なんで今回のようなことを起こしたのか知りたいのよ。

 まさかトーラス公爵ともあろう方がお金に困ってるとか?」


「正直申し上げまして我も詳しくは知らないのです。

 突然アローフィールズ領へ侵攻するつもりだと言われまして。

 理由を伺っても知る必要はないとのことでした」


「はあ、あなた達も大変ねえ。

 もう少しまともな人だったと聞いていたのにもうお年だからなのかしら。

 なにか変ってしまった切っ掛けみたいなものに気が付かなかった?」


「左様でございますね……

 一年ほど前から皇子付きの教育係になったのですが、その頃からかもしれません。

 おそらくは激務で心身ともに疲労している様子はございました」


 皇子付きの教育係とは…… なんだか嫌な予感がするが詳しく聞くのもどうなのだろう。素直に話をしてくれるだろうか。


「まあ固い話はこの辺にしまして食事に致しましょう。

 グラン殿の淹れて下さるお茶は絶品ですぞ」


「ルモンド殿までそんなこと言って……

 まったくこの屋敷は人使いが荒いぜ」


 グランがしぶしぶお茶を淹れに席を立つと、入れ替わりで料理が運ばれてきた。今晩は来賓と言うことも有りいつもより豪華な料理ががテーブルに並ぶ。


「メアリー、今日の夕食は豪華ね。

 作るの大変だったでしょ、ありがとう」


「いえ、とんでもございません。

 その代わり量は減ってしまいました」


「何言ってるの、これだけあれば十分よ。

 みんな一生懸命尽くしてくれて、いつも助かっているわ」


 グランやルモンドもメアリーたちへお礼を言って目の前に並ぶ皿に目を光らせている。この屋敷へ来てから一番豪華なんじゃなかろうか。


 すると捕虜ながら同じテーブルについているのが理解しがたいことなのか、落ち着かない様子のダグラスが恐る恐る口を開いた。


「伯爵様、失礼ながらお伺いしたいのですが……

 このような食事をいつもなさっているのですか?」


「いつもではないわ、今日は飛び切り豪華だもの。

 普段はもっと質素だからいつも贅沢してるなんて勘違いしないでよね」


「いえ、そうではなく…… あまりに質素で驚きました。

 伯爵閣下のように偉いお方が平民と変わらない食事を取るなぞ信じがたい。

 とすると平民たちはろくに食事もとれないと言うことでしょうか」


「まあそう感じるのも無理ないわ。

 でもね、階級によって偉いだとか高貴だとかそんなものは無いのよ。

 だからうちでは村と変わらないものを食べているの。

 もちろん屋敷にいる全員が同じメニューよ」


「まさかそんな……

 下級兵もメイドも厩務員も同じ物を食すると!?

 そんなこととても信じられません」


「別に信じてもらわなくてもいいわ。

 あなたに意地悪しようと出しているわけでも無いしね。

 メアリーたちがお客様をもてなそうと一生懸命作ってくれたお料理なんだから。

 きっとトーラス卿は毎日相当豪華なお食事を取っているのでしょうね」


「申し訳ございません、決して貶める意図ではございませんでした。

 伯爵閣下とテーブルを共にさせていただいているだけでも驚きでした。

 それがまさか食事まで同じだとは……」


 動揺しているダグラスを和ませようと思ったのか、ルモンドが気を利かせて声をかける。


「ダグラス殿、レン様は貴族の中でも大分変ったお方です。

 なんと言っても全ての人は平等であると言いなさる。

 私も最初は戸惑いましたが、なあにすぐに慣れますよ」


「慣れると言うのはどういう……

 まさか我に主を裏切り寝返れと言うことなのか!」


「はっはっは、ダグラス殿はご冗談がお上手ですな。

 迎えが来るまで数日と言うわけにもいかないであろう?

 一週間もすれば質素な食事にもなれて腹もへこむでしょうぞ」


 早とちりで大声を上げたことが恥ずかしかったのか、ダグラスはうつむきながら頭を掻いた。それにしてもトーラス卿への忠誠心は高く尊敬に値する。あんなクズ貴族のどこがいいのかわからないが、過去に何か恩義でもあるのかもしれない。


「それではいただきましょう。

 この鹿肉のフルーツ煮はメアリーの得意料理でとてもおいしいのよ。

 それにこの紅芋の裏ごしも絶品なんだから。

 南方から取り寄せて栽培しているものだけど食べたことあるかしら?」


「いえ、紅芋と言うのですか。

 こんなに色鮮やかな黄色い食べ物も珍しいですな。

 それではありがたく頂戴いたします」


 こうして捕虜を交えた不思議な会食が始まったのだった。


「はあ、お腹いっぱい、ごちそうさまでした。

 さてと、お食事も終わったことだし今後について話し合いましょうか。

 今回はうちの完全勝利と言っていいと思うのだけど戦後賠償はいただけるかしらね」


「まあ向こうから仕掛けてきたんだし当然の権利だろう。

 ただ素直に払ってくれるかどうかはわからねえな。

 あんまり無理にねじ込んで追い詰めると泥沼化する可能性もある」


「わたくしもグラン殿の意見に賛成です。

 被害も少なかったことですし、適度に切り上げるのがよろしいかと。

 くれぐれも鉱山や領地をよこせなどとおっしゃるのはおやめください」


「ちょっとルモンドったら私の心を読まないでくれる?

 やっぱり鉱山割譲はやり過ぎだと思うのね。

 となるとお金で解決ってことになるかしら。

 でも隣国と通じて(はかりごと)をしていたのだから口止め料は欲しいわね」


「ちょっ、あの、部外者が口を挟んで申し訳ございません。

 そもそも捕虜のいる前で戦後賠償の話を始めるとは……

 それに隣国と通じての謀と言うのは誠でございますか?」


「あれ? これは内緒だったんだっけ?

 まあいいわ、本当のことだしあなたも関係者みたいなものよ。

 実はね、南の国の領主と結託して私たちを挟み撃ちにしようとしていたの。

 でも先に気が付いて手を回しておいたってわけ」


「それでは謀反も同然ではありませんか!

 まさかトーラス公爵閣下がそのようなことをするとは……」


「どう判断するかはあなたの自由よ。

 こちらはトーラス卿が(したた)めた密書を入手済みなんだから

 まったく高い買い物だったわ」


 これは本当に高い買い物だった。南の領主へ不参戦を取り付けるのに金を積み、さらにトーラス卿の密書を買い取るためにも大分使ってしまった。取り戻すためには宿屋へグランを送り込んで、またマダム相手にホストの真似事でもしてもらおう。


 私はグランのほうをチラリと見てから人知れずほくそ笑むのだった。


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