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妬み

 この世界には電気で動く工具や建設機械なんてものは当然存在しない。やはり頼れるものは人の力である。きっと数の暴力と言う言葉はこういうときに使うのだろう。


 西の村での騒動から二か月ほどで移住は完全に済んでいた。森を開拓しながら生木で住居を建てていくのはやはり無理だったが、元の村の住まいを解体して材木を確保できたのが大きかった。


 領内の二つの村へ移り住んだ人たちもうまくやれているようで一安心だ。やはり税を更に軽くすると決めたことで村人たちのやる気が上がったのだろう。中央へ治める税は鉱山から得られる鉄鉱石を上乗せすることで賄うことにしていた。


 なんといっても移住に伴って五十名以上が鉱山で働くことになり生産性が上がったおかげである。加えて農地への給水が風車によって半自動となり農業従事者が余ったことも大きい。仕事が無くなった村人が鉱山へ来てくれて大助かりである。


 さらに嬉しいことにとうとうクラリスたちが屋敷へ越してくることも決まった。目途がついた時、私は小躍りしながら大喜びしたものだ。



「お嬢、じゃなかった、伯爵様さあ。

 本当にランザムに任せちまっていいんだな?

 真面目なやつだから金の管理は心配はいらねえが、あいつに客商売が出来るかねえ」


「接客はキャサリンが取り仕切るんだから構わないわよ。

 それよりも大工の後釜は平気なの?」


「あの街には他の大工もいるし問題ないさ。

 俺の弟子だって扉や柵を作ったり修繕するくらいはわけねえしな」


「まあみんなが生活出来るくらい稼げれば十分よ。

 こっちで大金が必要なわけでも無いしね。

 それより騎士団が一人減ってしまうからグランが大変かもしれないわ」


「この間処分された貴族の部下はどうしたんだ?

 そこからめぼしい奴を引っ張ってくればいいじゃねえか。

 グラン男爵はそう言うの得意だろ?」


 ディックスがグランへ尋ねるとグランはちゅうちょなく現状について説明を始めた。


「やつら今まで贅沢してきてるから伯爵を恨んでいるかもしれねえ。

 とりあえず鉱山で働かせて様子見してるところさ。

 そこで村人たちと同じように出来ないならそれまでだな。

 誰が主人なのか理解できるやつしかいらねえぜ」


「全員があそこの領主に忠誠を誓ってたわけじゃないでしょうし期待しましょ。

 もしかしたら今の国政に不満を持っている人たちがいるかもしれないわ」


 これは実際にその通りで、数か月もすると騎士の位を欲しがるわけでも無く、単純にうちの騎士団の下で役に立ちたいと申し出る者が出て来た。グランとルモンドによる面談や試用期間を経て騎士団の下に警備団と言う組織を設けることとなり、そのおかげで村への常駐人員配置がぐっと楽になったようだ。


 廃村後には大きな平地が残り、これを有効活用するためにグランのつてでキャラバンの拠点として開放することにした。キャラバンはうちの領地である西の村と、となり領地の村との交易点として村の交流が活発となった。


「レン様、本日西の村へまた脱領者がやってきました。

 今度は三家族で十三名おりますがいかがいたしましょう」


「もう西の村で受け入れるのは限界じゃない?

 東にはまだ余裕があるはずだからそちらへ行ってもらいましょうか。

 グラン男爵、警護と案内を手配してもらえる?」


「それは構わねえが東もそろそろ一杯だな。

 木材が乾けばまだ家は建てられるんだが何年もかかるしなあ。

 これ以上は森に以前作った革張りのテントで我慢してもらうしかねえぜ」


 北の領主であるカメル卿は穏健派で村へ圧制を敷くような人ではないと聞いていた。しかしこのところやけに領地抜けをしてくる村人が多い。何かあったのだろうか。


「それにしても北から抜けてくる人がやけに多いわね。

 特に飢饉とか水害とかあったとも聞かないけどルモンドは何か知ってる?」


「詳しくはわかりませんが、カメル卿が病に伏せているとの噂があります。

 ご存知のように王国北西端にあるカメル卿の領地は西側が岩山で隣国がありません。

 そのため多くの兵士を抱えておらず比較的豊かだと思うのですが……」


「このままだとキャラバンの向こうにある村そっくり無人になる勢いよ?

 支援が必要ならそれでも構わないのだけど、問題になりそうなら先に手を打たないとね」


「畏まりました、急いで調査いたします」



 こんな出来事があってから二週間ほど過ぎたある日、ルモンドが夕食後に珍しいことを言いだした。例のカメル卿領地の件についての調査結果だと思ったのだがやけに仰々しい。


「レン様、グラン殿、人払いをお願いいたします。

 内密の話がございます」


「わかったわ、みんな下がっていてちょうだい。

 お茶はグラン男爵が淹れてくれるから大丈夫よ」


 メリーたちはクスクスと笑いながらお辞儀をして部屋を後にした。


「まったく、そうやって俺のこといじくりまわすから威厳が保てねえぜ。

 この間なんてルアにお父様って呼ばれちまったんだぞ?」


「それだけ安心できる人物ってことよ。

 喜ばしいことじゃないの。

 そんなことよりもルモンドの話は深刻で長くなりそうだからおいしいお茶をお願いね」


 グランが首をすくめながらティーセットへ向かうと、やり取りを聞いて笑っていたルモンドの顔がキッと引き締まった。おそらくいい知らせではないのだろう。


「レン様、北からの脱領者が増えた原因は徴兵を始めたのが理由でした。

 カメル卿が病で寝込みがちになり、ご子息が跡を継ぐのも時間の問題。

 そこへ側近の貴族、ギャクハーン卿が入れ知恵をしているとの調査結果です」


「なるほどね、徴兵逃れで逃げてきたってわけかあ。

 でも彼らはそんなこと言ってなかったわね。

 一体どうしてなのかしら」


「いえ…… レン様が理由は色々あるだろうから聞くなと……

 思い返せば危険な道のりでもないのにあの安堵感、何かあると疑うべきでした」


「あ、ああ、私確かにそう言ってたわね。

 すっかり忘れていたわ。

 それでなんでそんなに兵を集めているの?

 まさか謀反でも起こす気かしら」


「そこなのですが、どうやら狙いはアローフィールズ領だと思われます。

 レン様が治めるようになってから当領地は大分裕福になっております。

 そのため王国への納税額も安定し中央からのウケがいい。

 それを新たな鉱脈や金山でも発見したのではないかと疑っているようです」


 なるほど、こちらの改革やその苦労を知りもせずに急に金回りが良くなったと思い込んでいるのか。だがあの温厚そうなカメル卿がむやみな武力行使をするだろうか。


「これは間違いないのかしら?

 でも先々月の王都定例会合では何も言ってなかったわ。

 カメル卿はなにも知らないってことかしら」


「おそらくその通りでしょう。

 脱領者受け入れを口実として攻め込むつもりで見て見ぬふりをしているのかと。

 それとどうやら奥方様も病のようです。

 これは憶測ですが、ギャクハーン卿の手で毒でも盛ったのではないかと」


「わかったわ、それなら話は簡単ね。

 こちらから仕掛けてギャクハーン卿を討ってしまいましょう。

 先手を取られてこちらに被害が出てからでは心が痛むもの」


「ですがこちらから攻め込む理由がありません。

 下手に動けば他の貴族から目の敵にされてしまいます。

 もし中央に目を付けられてしまいますと長年の計画に悪影響が出ることも……」


「そうねえ、それは困るかあ。

 グランはなにかいい案思いつかないの?

 首謀者を暗殺するとかさ」


「じゃあ夜襲でもかけて襲撃者不明のまま終わらせるってのはどうだ?

 ポポが参加するならあっさり片付くと思うぜ?」


「私が? 一体何をさせる気なのよ。

 まさか屋敷へ忍び込めなんて言わないわよね?」


 自信満々で語りだすグランの顔を眺めているとなんだか出会って間もない頃を思い出す。とても頼もしくてカッコよく見えたものだ。それは今でも変わっていないが今は少しだけ違った想いを感じている。


 中身が三十歳である私だが、いつの間にか現在の十四歳手前と言う年齢なりの考え方が勝ってきていることを薄々感じていた。


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