もう一つの村とさらにもう一つの村
工事開始から数週間ほどが過ぎた。私は何度か足を運び伐採や運搬、食事作りを手伝っていたのだが、公爵自ら現場へ出入りしているのは示しがつかないとディックスに追い返されてばかりだった。
それでも伐採にはこの無駄に人間離れした怪力が役に立ち、水路を通すための土地確保はほとんど終わりに近づいている。引き抜いた木はその場で材木にし水路の土留め用に加工されて積み上げてある。それでも大分余るくらいなのでため池の柵や風車、畑の柵などへ有効活用の予定である。
「伯爵閣下、本日も東の村で工事の手伝いだったのですか?
時間があればこちらの村へも出向いて下さらないでしょうか」
「あらルモンド? なにかトラブルでもあったのかしら。
ずっと順調だと聞いていたからあなたからそう言われるなんて意外だったわ」
「問題があったわけではありませんが、両方の村は多少交流がありまして。
伯爵様が良くいらっしゃると聞いて羨む者が出て来ています。
まだ一度も訪問していませんからよろしければ一度参りませんか?」
「それはいい考えだわ。
私ったら気が回らなくてごめんなさいね。
特に用事はないからいつでもいいわよ」
「ありがとうございます。
数日中に当番の交代があり私も出向きますのでご一緒下さいますか?
西の村は小川が近いので水には困りません。
しかし岩場と砂地が多く農業には適しておらず貧しさへ繋がっております。
なにか策はございますでしょうか」
「そうねえ、牧羊はどのくらいの規模なのかしら。
それと狩りは大分できるようになっているの?」
「羊は村人よりも多いくらいで百頭ほどでしょうか。
羊毛と乳の生産量は安定しているようです。
狩りは余り上手くいっておりません。
近隣の森には小動物ばかりで村人全員の腹を満たすことは難しいでしょう」
「砂地でも作れる作物があればいいのよね?
実は隣国の方に手配してもらった芋があるから作ってみたらいいかもしれないわ。
昨日届いたばかりだから半分ほど持って行きましょう」
確かサツマイモはやせ地で栽培しているはずだ。上手くいけば遊ばせている砂地で収穫できるかもしれない。手配してもらったはいいが植える場所と人手をそろえるのが難しく持て余しそうだと悩んでいたのだのでちょうど良かった。
小川があると言うのも初耳だった。東の村と同じように水路を引いたりため池を作ることを提案した時に、水は潤沢だから不要だと言われ話を終わらせていたのだ。せっかく川があるのだらなにか活用できないか考えておくことにしよう。
それにしてもルモンドの申し出があるまでもう一つの村のことをほっぽりっぱなしにしていたことは反省すべきだ。いくら安心して任せられるからと言って領主である私が気にしなくていいはずもない。ひどい出来事が起こる前に声をかけてくれて本当に助かった。
忘れがちなことと言えば鉱山の件もあった。グランへ任せきりなのは似たようなものだけど、こちらは人がいないと始まらないので仕方ない面もある。私の知らない盗賊団が人集めを手伝うような話も合ったけど、結局人を攫ってくるような内容だったのでしっかりと断っていた。
そんなこんなで考え事をしているうちに数日が経ち西の村へ行く日がやってきた。
「ルモンド? 私が村へ行くことを事前に伝えていたの?」
「もちろんでございます。
突然訪問して混乱してもいけませんし無礼があっても困りますから」
「でもこれはちょっとおおげさじゃないかしら……」
村へ近くなり馬車から顔を出して覗いてみた私の目に映った光景は、出迎える準備は万全と言わんばかりに整列している大勢の村人たちだった。
「領主様、お待ちしておりました。
この度はこの辺境まで足をお運びくださり誠にありがとうございます。
わたくし村長のダホスと申します」
「こんなに大勢での出迎えありがとう。
でも無理はしなくていいのよ、みんな忙しいでしょう?
それにしても随分人が多いわね。
この村ってそんな大きな規模ではなかったと思うけど」
「実は伯爵様、別領地の村から多くの人が来ておりまして……
重い税に耐え切れず新しい領主様にお助けいただきたいと集まってしまいました」
「そうは言ってもねえ。
領地が異なるから村ごと引き取ることは難しいわ。
それともこの村に住むつもりなのかしら?」
「それが…… 今の村を棄ててもいいと言っています。
なんとかお慈悲をおかけいただけないでしょうか」
私はしばらく考え込んでしまった。他の領地から村人を全員連れてくるなんてことしたら、向こうの領主とのトラブルは避けられない。かと言って辛い思いをしている人たちをそのままにしておくわけにはいかない。
この件をどうやったら解決できるのか……
「あの…… 閣下? 隣村の件ですが監査役を呼んでみてはいかがでしょうか。
前回と同じように領地取り上げとなれば村を引き取ることも可能かと存じます」
「そうねえ、でも今は村二つの改革で手いっぱいなのよ?
軽はずみな行動で大勢を巻き込んだ上なにもできませんでした、では済まないわ」
「確かにその通りでございます。
ですので先回りをしてはいかがでしょうか。
上手くいけば現在進めている湖周辺への移住民と鉱山工夫確保を両立できるかもしれません」
「なるほど、先に……
ルモンド、あなたなにか考えがあるって顔ね」
「はい、完全ではありませんが案があります。
まずは開拓地に住居を作り移住させ、その後告発してはいかがでしょう。
レムナンド卿の領地にはあと二つ村がありますが、そちらは北のカメル卿が引き取るかと。
なんせ岩塩鉱山を抱えて常に人不足なお方ですから
ルモンドの案は現実的で悪くない。しかし村ひとつを移住させるとなると大規模な建築作業が必要で人員も足りない。長々待たせるのであれば可能だろうがそれではいつになるかわからない。
「隣村の代表はいるかしら。
村を棄てると言うのなら開拓の手伝いに人を出せる?
なんせ村ひとつ作ろうと言うのだから簡単ではないわ」
「わたくし、村長代理でこちらに参りましたドリスと申します。
伯爵様には急なお願いで申し訳ございません。
しかしもう限界が近く食料が底を突きそうなのです。
どうかご無礼をお許しください」
「まあそれはいいわ。
人をどれだけ出せるのかが知りたいの。
場合によってはこの村と東の村でしばらく暮らしてもらってもいいしね。
その代り私の領地へ移住した後は鉱山で働いてもらうわよ?
もちろん飢えることは無いようにするけどね」
「すでに今年の農作物は壊滅的でまともな収穫は期待できません。
畑を放棄しますのでその分の人員で開拓をお手伝いいたします。
その後は鉱山で使っていただけるのでしょうか」
「むしろ働いてもらわないと困るわ、しっかりとね。
それではルモンド、部下に湖までの誘導を命じてちょうだい。
労働可能なものは湖へ、その他はそれまでこの村で面倒見るように。
その他細かいことは立ち話じゃなく腰を据えて話し合いましょ」
こうして私たちは村人乗っ取り計画、もとい、救済計画を練るのだった。
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