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公共事業

 街へ行ってから数日後、ディックスが子方を引き連れて屋敷へやってきた。知らない間にずいぶん増えていて総勢十名ほどだ。これなら案外早くできるかもしれないと期待に胸が膨らむ。


「ディックス、随分大所帯になっていたのね。

 大親方だなんてカッコいいわ」


「まあまだ見習いばかりだがな。

 毎日炊き出しを貰うだけよりも働いた方がこいつらのためでもあるさ」


「そうかもしれないけど行動へ移せるのはさすがだわ。

 頑張って働いている人たちも立派ね」


 私がそう言うと数人の若い見習いたちは照れている様子だった。でも私は決してお世辞で言っているわけではなく本心を述べただけである。到着して早々疲れているかもしれなかったのだが時間ももったいないし、さっそく食事会を開きながら計画を詰めることにした。


「――ということは来る途中で見えた丘の上に湖があるってことか。

 岩場もあって水はそこから湧いて来てるんだな?」


「ええそうよ、すごくきれいで冷たくておいしいの。

 できればあの水をこの屋敷まで引きたいくらいよ」


「やってできねえこともないかもしれねえぞ。

 高低差が結構あるから水路を作れば勝手に流れてくるしな。

 ただしずっと流れたままになっちまうのが問題だ」


「それなら途中に池を作ってそこで魚を飼えないかしら。

 あ、でも水を引くのも池を作るのも屋敷ではなくて畑優先よ?」


「そうだな、この絵の通りだとすると畑も大分低い位置にあるようだな。

 井戸を掘るよりも池を作って水を引いた方が良さそうだ。

 ここに川があると描いてあるが水量は不十分なんだろ?」


「以前は流れがあるくらいだったらしいけど今はほぼ干上がっているみたい。

 丸を書いてある場所に枯れ井戸があるのよね。

 その近辺に池を作って水を引いてこられるかしら?」


「森の深さ次第ってとこかな。

 なんてったって人力で川を作ろうってんだからよ」


「じゃあ明日にでも見に行ってみましょう。

 誰かが湖へ行くなら別途案内人を手配するわ」


「よしじゃあ振り分けを考えておくか。

 小僧どもはこの屋敷の内外で修繕が必要な個所を調べておくようにな」


「「「はい! 親方!」」」


 うんうん、元気があってよろしい。ディックスもすっかり大工の親方になって貫録もあるし、街での信頼も厚いと聞いている。盗賊からの出世具合から言えば貴族や騎士になった方が凄そうに思えるが、実際は地道に努力して腕を磨いてきた職人のほうが偉いと私は考えている。


 私が描いた適当な絵を見ながらディックスたちが相談してあれこれと書き込んでいく。実際の作業図面は明日以降に測量をしながら作成するとのことだった。


 こうして最初の作業計画会議は無事終了した。明日からは現地調査や準備工事を始めることになるため食事の用意も必要だしなかなか忙しくなりそうだ。



 翌日私とディックス、それに数人の職人さんたちとで村へと出掛けた。干上がった水路や枯れた井戸、それに森までの距離や高低差を測量していく。もちろん私は見ているだけで何の役にもたっていない。


 それだけではなんなので、村長へ挨拶に行き水路を作ることを伝えるととても驚いたと同時に本当に出来るのかと疑問を投げかけてきた。


「まだ何も始めていないから出来ると言いきれるわけではないわ。

 数日中には測量や設計が終わると思うので、決定事項をお伝えするわね。

 それでね、工事が始まったら村で昼食を用意してもらいたいの。

 もちろん材料はこちらで手配するわ」


「それくらい容易いことです。

 必要であれば男手を出すこともできますのでお声かけください。

 それにしても新しい領主様には村のことを考えて下さり感謝いたします」


「そんなことないわ、領地と言うのは自分の家と同じだもの。

 そこを快適にしようとするのは当たり前のことよ。

 つまりこの工事は私的なものではなくて公共事業と言うことね」


「なるほど、公共事業? ですか。

 ですがやはり我々村人のために行って下さること。

 我々も領主様のために精一杯努力いたします」


 村長はそう言うと深々と頭を下げた。それにつられたのか村長について来ていた村人までお辞儀をし始めたので私は少し照れながら手を掲げて偉そうな雰囲気を醸し出すように挨拶するのだった。


 少し離れたところではディックスが羊皮紙を広げながらあれこれと書き込みをしているのが見える。畑のそばにある大き目の空地へロープを張りながら池の大きさを考えているらしい。そこまでやっていると言うことは水路やため池を作るのが現実的であると言うことなのだろう。


「ディックスどう? うまくできそう?

 工事に入れそうなら宿舎の用意をしなければいけないわ」


「そうですね、湖を見に行ったやつの話だと水量は十分のようです。

 森の伐採が難関ですがやれそうです」


「村長さん、聞こえたかしら?

 作業に来てくれたのが全部で十名、どこかに泊まれるかしら?

 難しければ屋敷から通ってもらうから無理しないでいいわよ」


「空き家が二軒ありますのでそこを使っていただけますか。

 食事もお出ししますし昼食もお届けするよう手配いたします」


「そうしてくれると助かるわ。

 少しでも長く作業できれば早く終わるものね」


 私はやじうまのように測量の様子を見ていた。今日の付き人はサトだったが工事なんて興味がないだろうし見るからに退屈そうだったので実家へ遊びに行かせている。そのため一人で気楽にぶらついてた。


 そんなとき森の中から馬が走ってくるのが見えた。どうやら湖と村での連絡係らしい。


「親方! 湖の周辺を調べた図を持ってきやした。

 岩場で湧いた水が湖へ流れた後、対岸にある岩場から山の中へ戻っているようです」


「なるほどな、つーことはそっち側に池か沼でもあるかもしれねえな。

 水を引いても影響がないか、誰か調べに行かせてくれ」


 ディックスは見てくれはそれほどカッコよくないのだが、テキパキと指示を出しているところを見るととても頼もしくカッコよく見える。これなら美人のクラリスにも十分釣り合うと言うものだ。


「ねえディックス、クラリスとはうまくやってる?

 お互い忙しくてすれ違いがあると悪いなと思ってるの」


「全然問題ないですぜ。

 お嬢のおかけで生活は楽だし、あいつも夜は他の子に任せてるしな。

 そんなことよりお嬢がいないことを寂しがって仕方ねえよ」


「あらそうなの?

 じゃあそのうち二人ともこっちに住んだらいいんじゃない?

 歓迎するわよ」


「そうだな、グランの兄貴や凸凹もいるし俺もそうしたいよ。

 宿屋の経営を任せられるやつが居ねえからすぐは無理だろうけどな」


「そうよねえ、グランがせっかく用意したみんなの拠点だものね。

 騎士団の誰かとメイドの誰かをくっつけて交代してもらおうか」


「そうれは良い案かもしれねえな。

 以前はランザムがキャサリンに熱上げてたんだぜ?

 運送屋の賃金が入ると使い果たすまで通ってたからな」


「あらそうなの? 今もそうなのかしら。

 じゃあ街を離れて連れてきてしまってかわいそうだったかしら。

 グランにも相談してみようっと」


「お嬢は子供のくせに色恋話好きだよな。

 まるでそこらにいるいい歳のマダム連中みてえだよ」


「まっ、うら若き乙女に向かって失礼ね!

 ディックスがいじめたってクラリスへ言いつけちゃうんだから」


 私はまだ結婚したこともないと言いそうになったのも何とかこらえて、ごまかしながら笑い飛ばしたのだった。


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