現状調査
夕飯は命じていた通り村とあまり変わらないものが用意されていた。これは現状を知るためにと思って作ってもらったのだが思っていたよりもはるかに粗末なものだった。
屋敷に残されていたいかにも高価そうな皿に乗せられたのは茹でたじゃがいもが半分、そしてカチカチのパンがひとかけらだった。
「本当にこんな食事で良かったのでしょうか。
とても伯爵様方に食べていただけるようなものではありません……」
「いいのよ、私は領内のすべてに責任がある立場なの。
村でどんな食事をとっているかだって知る必要があるわ。
ええっとあなたのお名前は?」
「メリーと申します。
この度はこんな立派なお仕事を下さって感謝しております」
「こちらこそ感謝しているわ。
今夜はアキを連れて行ってしまったから一人で大変だったでしょ。
数日のうちには他に人つけられるはずだから我慢してね」
「そんなめっそうもない。
料理だけやればいいと言われておりますが暇を持て余すくらいですし。
洗濯も掃除もやりますからずっとこちらへ置いてくださいませ」
「わかったわ、じゃあメリーは今日からメイド長ね。
アキはメイド長補佐ってことでいいかしら?」
「ええ!? わたしくはまだ子供ですからそんな……」
「それもそうか。
あと四人は来てもらうの決まってるしね。
グラン男爵? その中に料理できる女性はいるかしら?」
「どうでしょうか、細かいことはわかりませんが掃除洗濯は間違いなくできます。
クラリス……殿に聞きに行かせますか?」
「いえ、来ればわかることだしそこまではいいわ。
メリー? 村にあなたのように住み込みで来て料理が出来そうな人はいるかしら?」
「はい、数年前の流行り病で未亡人になった者が数名おります。
もちろん掃除洗濯もできますし裁縫が出来る者もいるはずです」
「それはいいわね。
明日アキと一緒に村へ行って私の世話係を探しに行くの。
その時に声かけてくるから名前教えておいてちょうだいね」
「ちょっと待った! そんなの聞いてねえぞ!
当主なんだから勝手に出歩かないでくれよ。
警備が大変なんだからよ!」
「グラン! 今言ったからもう聞いてないって言わないで!
お供はデコール騎士団長へお願いするわ。
馬で行くから馬車はいらないわよ」
「おいおい…… 伯爵の自覚あるのか?
体裁ってもんがあるだろうに」
グランの言い分ももっともかもしれない。グランの向かいで目を丸くしているルモンドのこともあるし、ここはグランの言うことを聞いておくことにしよう。
「グラン男爵ごめんなさい。
あなたの言うことはもっともだわ。
馬車の手配をお願いね、人選は任せるわ」
「御意、デコールは騎士団の教育があるのでランザムとムファイに行かせます。
朝になったらいつでも出られるようにしておきます」
「ありがとう、助かるわ。
それとルモンドに聞いておきたいのだけど騎士団で狩りは出来るかしら?
害獣が多いのはもちろん村では食料が足りないみたいなのよね」
「左様でございますな、この食事を見て理解いたしました。
わたくしどもが王都でぬるい生活をしていたことを恥じる思いです」
「さすが話が早いわ。
領内の村はどちらも農耕が主体で狩りは不得手なんですって。
武器になるようなものを持たせてもらえなかったから無理もないんだけどね。
だからあなたに任せた村の若者に狩りを教えるってのはどうかしら?」
「よろしいのではないでしょうか。
村人が武装して蜂起したとしても止めるのは容易いですし」
「まあそうしたくならないよう治めるつもりだけどね。
そのためにも村人たちには裕福になってほしいのよ。
生活が豊かならそれを自ら崩そうなんて思わないでしょ?」
「まったくおっしゃる通りです。
詰所を作って人員を置いてくる件もありますし、明日にでも出向いてまいります。
屋敷の警護はグラン男爵にお任せして問題ありませんか?」
「ルモンド殿、任せてください。
できれば教育係一人だけは置いて行っていただけると助かります」
「おう、そうであった。
一時期学園で教鞭を取っていた者がおりますゆえ、その者を置いていきましょう。
それと閣下、王都への早馬要員を一名置いていきます」
「そうね、騎士の任命書を持って行ってもらうんだったわ。
じゃあ任命式をやってから書類をまとめておくわ。
それと厩務員や鍛冶師も必要なら雇い入れるから言ってよね」
ささやかな夕食をみんなで感謝しながら頂き、その後形だけの任命式を執り行った。こうして忙しい一日は過ぎていきいよいよ伯爵家当主としての生活が本格的に始まろうとしていた。
夜遅くまでやることがいっぱいだったが、それでも次の日は早起きして早馬へ王都への騎士任命書を託したり村へ向かうルモンドを見送ったりと朝から大忙しだった。
朝食を取った後ようやく一息つくことが出来たが、これから村へ行く予定なのでのんびりもしていられない。だがここで慌てず落ち着いて見せるのが貴族の余裕ってものだ。私はゆっくりとお茶を飲みながらグランと相談事をしていた。
「ねえグラン? 街で狩りの用具は買えるのかしら?
弓矢とか槍が必要でしょ? できれば専任の鍛冶師がいると助かるのだけど。
国が違うからあんまりおおっぴらには動けないわよねえ」
「それなんだけどな、キャラバンのつてで当てがあるから頼んでおくわ。
厩務員は村の誰かを雇えばいいだろう。
問題は鉱山運営だな」
「働き手が足りないのかしら?
無理やり働かされてた人たちは返してしまったものね。
調べてみたら罪人なんてほとんどいなくて驚いたわ」
「まったくひでえ話だ。
だがそのせいで今は人足一人もいねえんだ」
「鉱山の件は任せるわ。
だってあなたの領地だもの。
ちゃんと税を納めてくれればなにも言わないから安心して」
グランはブーブーと文句を言っていたが私だって国へ税を治める必要があるんだから仕方ない。人足はどこかでなんとかしてもらって鉱山を稼働させるか、そのまま放置して財産を切り崩すかどちらかだ。
まあグランならなんとかすると楽観的な考えもあったし、鉱山が稼働しなくても税を払うくらいの財産はあるので心配はしていない。だけど今後のことを考えると領内で武具を作れるに越したことはない。きっとグランも同じ考えだろうから必死に人を集めることだろう。
結局面倒なことは全部グランへ押し付けて、私はアキを連れて村へ向けて出発した。