慌ただしく入城
国境を越えて二日ほど進み残す道のりはあと一日分くらいとなった。ここまでは何の問題もなく順調に来ておりなんだか拍子抜けである。てっきり私を消すために道中で襲われるかと思って待ち構えていたと言うのに。なんて考えていたらやっぱり誰かがやってきたようだ。
「ポポ、どうやら見張られてるみてえだ。
この先の広場覚えてるか?
あそこでいったん停まろう」
「ここって確かあの時の――」
私たちが国を出る直前に身代金受け渡しに使った場所である。今度は逆に罠を張られているかもしれない。ところがそんなに警戒をする必要は無かった。だって相手はあっさりと姿を現したのだから。
「おい、その馬車アーマドリウスの娘だな。
ちょうどいいところで止まりやがった、ここで大人しく降りてこい」
「狙いは私だけかしら?
今降りるから他の人は手を出さないでね」
「聞き分けがいいじゃねえか。
馬車を下りて離れるんだ」
聞き分けがいいと言われても、私が手を出さないでと言ったのは自分の仲間に対してだ。誰だか知らない賊のことなんて興味がない。一応どこの手の者かくらいは聞きだす必要があるとは言思っているがその程度であり、身の心配なんてしてあげるやさしさは持ち合わせていない。
「ガーメツーイ閣下の敵を討たせてもらう。
もうあの場所には戻れないが財産は全て頂いてやる、覚悟しろ」
「なんなのあなた達、忠誠心が高いのかと思ったら結局はお金?
小者らしく意地汚い生き方なのね」
「うるさい! その減らず口今すぐ塞いでやる。
泣いてわめいてももう遅いからな」
そう言うと十人ほど抜刀しながらにじり寄ってくる。さてどうしたものかと辺りを見回すと馬車の向こう側に大きな岩が見えた。
「あなた達こそ泣かないでよね?
手加減できるかわからないけど仕掛けたのはそっちなんだから」
私は相手へ忠告してから岩へと駆け寄り岩を掴んで地面から引き抜いた。思っていたよりも小さかったがそれでも背丈よりは大分大きく二メーターほどはあるだろうか。そのまま頭上まで持ち上げてから相手に向かって投げつけた。
「なんだ!? そんなバカな!」
「危ない! 逃げろ!」
地面がごっそりとえぐれながら岩が突き刺さるとすぐ近くにいた賊は腰を抜かしている。少し離れたところにいた者たちは慌てて逃げようとするがグランの投げナイフで足止めされ、残った数人も無事に凸凹コンビが捕まえていた。
「さてと、十人以上で子供を襲って返り討ちにあった気分はいかがかしら?
さぞかしいい気分でしょうね。
それじゃ凸凹さんたちお願いするわよ」
そう言うよりも早く二人は賊を縛り付けロープで繋げてくれたのであとは馬車で引いていくだけだ。とんだ荷物を抱えてしまったので今夜は野営せずに進む羽目になった。それでも夜が明けるころには凸兄が街まで行って戻ってきてくれたので警備兵へ賊を引き渡し身軽になれた。
「ねえ朝ご飯食べたら少し寝ましょうよ。
睡眠不足で馬車を走らせるのは危ないわ。
私は寝かせてもらったから平気だけどグランは一睡もしてないじゃない」
「そうだよ、俺たちも眠いぜ。
なんてったって街まで行って戻ってきたんだからな」
「ホント変なのが出たせいで大変だったわよね。
この分の補てんはしてもらわないと困っちゃうわ。
配下の管理不行き届きは宗主家の責任なんだから」
その宗主家はもちろん私に残党貴族を押し付けられたアーマドリウス家である。下手な対応をされようものなら私たちを消すために刺客として寄こしたのかと言いだすことは明白で、ゆえにこちらの要求はある程度丸のみにしてくれるだろう。
「良いお小遣い稼ぎになっちゃったかもしれないわね。
もっと襲ってきてくれないかしら」
「あんまり物騒なこと言われたら寝るに寝られねえから静かにしてくれよ、閣下。
部下がかわいそうだと思うならよ」
いつもは私がグランをからかってばかりなのに今回は先にたしなめられてしまった。こうなったらただ寝かせるのも悔しいので馬車の中で眠ろうとしているグランへもたれかかり甘えてみる。
「まったくいつまでたっても甘えん坊だな。
こんなんで貴族の当主様が務まるのかねえ」
「グランたちが助けてくれるから平気よ。
ずっと一緒にいてね」
「おう、ちゃんと面倒見てやるから安心しろ。
ほれお前も少し寝とけよ」
そういうとグランは私の頭を優しくなでながらいつの間にか寝息をたてていた。それを見ながらにやにやしていた凸凹コンビもいつの間にかいびきをかいている。こうして寝ているところを眺めていると三人ともまるで子供みたいでかわいく思えてきた。
城へ着いたら緊張することばかりだろうから今はゆっくり眠らせてあげよう。私はそんなことを考えながらみんなを眺めていた。
『ガコンッ』
「痛っ! あれ? もう出発したの?」
私は振動で椅子から転げ落ちた衝撃と痛さでで目を覚ました。みんなを眺めていたはずがいつの間にか私一人が眠っていたようだ。
「お嬢、違った、えっと閣下?
寝てる間に城から伝令が来たんだぜ?
ルモンド様って貴族は知り合いなんだよな?」
「ルモンドがここまで来たの?
起こしてくれれば良かったのに」
「いや、本人じゃなくてその遣いだったけどな。
任命式には閣下の配下として同席すると伝えてくれとさ。
なんか本当に貴族になるんだなあ」
「凹ちゃんは貴族じゃないけどね。
グラン男爵配下の騎士ってことでよろしくー」
元々貴族のルルリラはともかく、盗賊だったグランやその仲間たちが貴族社会の一員になるなんて本人たちも思ってなかっただろう。これでまた一歩野望に近づいた、グランもきっとそう思っているに違いない。私はワクワクが口から飛び出そうな気がしてにやけた口を両手でふさぐのだった。
そのまま打ち合わせをしながら城門へ着いた私たちはいよいよ城内へ入っていく。流石にグランも凹も緊張しているようで顔が強張っている。もちろん馬車の横を馬で並走している凸兄も例外ではなかった。
そんなカチカチになった一行を衛兵が出迎えてくれさらなる緊張感を与えてくれる。グランなんて初めて爵位を付けて名を呼ばれたのだから。
「アローフィールズ伯爵、マクウェル男爵、お待ちしておりました。
馬車はこちらへお付けください」
「ありがとう、任命式は謁見の間でやるのよね?
まさかこんな例外的なことで玉座の間は使わないでしょ?」
「左様でございます。
謁見の間で叙爵と辺境伯としての任命式を行う予定となっております」
「来る途中のようにトラブルがないことを願っているわ。
国王にもしものことがあったら大変ですもの」
あまりに冷静な案内役の衛兵が気に入らなかった私はチクリと嫌味を言ってみた。しかし衛兵は眉一つ動かすことなく淡々と歩き続ける。ある意味仕事に忠実なのかもしれないけど生き方としては面白くなさそうである。
一見勝ち組のような王城勤務とは言え末端は周辺の村から集められた農民たちが多い。家族の元を離れ詰所で寂しくつまらない日々を過ごしているかもしれない。私はそんな勝手な想像をしながら衛兵の疲れた顔を見ていつの日か心から笑わせてやると拳を握りしめるのだった。