思い切った計画
元の世界の元の私が死んだと聞かされてから数か月が経ち、日々の忙しさもあってそんなことはすっかり頭の片隅に追いやられていた。相変わらず私は元気に働いていて消えたり死んだりしていない。
そんなことよりもグランとクラリスがパリッとした恰好をするようになり評判は上々で、上客のリピートも増えてきていることがなにより嬉しかった。売り上げに関しては日々慎ましく生活出来れば十分だとは思っているけど、それでも自分たちが良い評価を貰っていることは単純にうれしいものだ。
しかし――
「頼む…… 少し休ませてくれ……」
「もう、支配人がそんなことじゃ他の従業員に示しがつかないわよ?
私だって今日はお昼寝我慢してるんだからもうちょっと頑張って!」
「でもよお、あのマダムたちしつこくていけねえ。
用もねえのに三階まで何度もお茶のおかわりばかり運ばされて参っちまうよ」
「そうね、用もないのに隣町からわざわざ泊まりに来てくださる大事なお客様よ。
グランご指名で選んでくれるなんて光栄だと思いなさい?」
まあホストクラブじゃないんだからほどほどにしてもらわないといけないとは思うが、裏でこっそりチップをはずんでもらっているので無碍にはできない、なんてことグランにはとても言えないのである。
このことを知っているのはクラリスだけだが、彼女は口が堅いし私と意見が一致することが多いので漏れることはないだろう。
そんなグランに救世主が現れた。どうやら会合の呼び出しらしい。
「今日は南? それとも北かしら?」
「北だな、ちょっと長くなりそうだから弁当の準備をしておいてくれ」
南は街関連の会合、北は仲間集め関係の作戦会議のことだ。弁当が必要と言うことは近日中に出かけることになる合図だった。しかも長くなりそうと言うことは行って帰ってなんて軽いものではないことを表している。
それでもグランならきっとうまくやるだろうし無事に帰ってくるに違いない。だが心配がないわけじゃない。ここ最近国境では脱走する囚人労働者増加を警戒しているため警備が厳重になっていると聞いている。
「ねえグラン? あまり話がまとまらないようなら私も行くわよ?
いざと言う時には実力行使をしちゃってもいいんだから」
「そうだなあ、そうならないように穏便に話し合って来るさ。
オーナーに出てもらうのは最終手段にしてえからよ」
そんなこんなで夜になって出かけて行ったグランは、数時間の後に話し合いを終えて帰ってきた。話し合いが順調でなかったのか、なんだかぐったりとして疲れている様子だ。
「会合はうまいことまとまったの?
随分と疲れが顔に出てるから心配よ」
「それなんだがなあ、どうやら今季は不作で租税が難しいらしいんだよ。
でも国からの達しではビタイチ負けられないと言われたんだとさ。
あの村の連中はもう限界かもしれねえ」
「次の徴収はいつなのよ。
刈り入れまではまだひと月以上あるんでしょ?」
「そうなんだが収穫の見込みを報告したところ足りないなら先に労働所へ出頭しろだと。
どうやら俺たちが散々逃がしてるから鉱山の人手が足りてねえようだな」
「まあすべてがうまい具合には運ばないわよねえ。
じゃあさ、あの領地の貴族を叩きのめしちゃいましょうよ。
きついって言ってるのに加減もできないなら上に立つ資格なんて無いわ」
私は大真面目に提案したがグランは深いため息をついた。
「あのなあ、お前ならそう言うと思ったから驚きはしないけどな?
それやってもその隣の領主が領地を抱えなおすだけで解決にはならんのよ。
手を回している村全部で蜂起するにはまだ人手が足りねえしなあ」
「ああもう、面倒くさいわね。
わかったわよ、じゃあお城にしましょう。
それなら万事解決でしょ?
そうだ初めからそうすれば良かったのよ。
元凶を絶てば全部いっぺんに解決するじゃないの」
目の前に座っていたグランは椅子から転げ落ち、這うように部屋を出てから大声でクラリスを呼んでいる。駆けつけたクラリスへ私を止めろと言っているが急にそんなこと言われてわかるはずもない。私は呆れ顔でグランへ説明した。
「あのねえ、いくらなんでも城を攻め落とすなんて言わないわよ。
そんなことしたら犠牲が出るじゃない?
そうじゃなくて領主貴族の横暴をなんとかするよう進言したらいいってことよ」
「ああなるほど、そういうことか。
俺はてっきり復讐でも兼ねて攻め入りたいのかと思っちまったぜ」
「一人で行かせてくれるならそれでもいいわよ?
王族を片付けた後に国を治める覚悟があるならやってきてあげる」
「おいおい、お前が言うと冗談に聞こえないから恐ろしいよ。
クラリス? 絶対にこいつを一人にするんじゃないぞ?
特に厩には絶対に近づけないように!」
まったくこの信用の無さにはガッカリだ。そりゃこの間鉱山への救出隊に同行させてもらったとき、労働者を鞭打っている看守へ石を投げてしまったけど、あれは突発的なものだから仕方なかったのだ。それにうまく落盤だと勘違いしてくれたから結果オーライのはず。
「じゃあこういうのはどうかしら?
王国から監査役を呼んで目の前で悪行を暴くの。
圧政を放置して容認するような王国なら滅びるべきだし、なおすならそれでいいじゃない?」
「そんなうまくいくもんかね。
大体監査役なんているのか? いたとしてあの村まで来てくれるのかね?」
「王国領周辺の貴族に監査を担当している家があるわよ。
アーマドリウス家って言うんだけどね。
領内に農地を抱えていないから監査や徴収してきた作物の管理をしているの」
「へえ、さすが元貴族、詳しいな……
――っておい! それお前の実家じゃねえか!」
「そうよ、だからうまいこと呼び出せば来るんじゃないかしら。
私が生きてるってわかればね。
捕まえに来るのか心配して来てくれるのかはわからないけど」
それを聞いたグランは頭を抱え、クラリスは顔を両手で覆っていた。私はそれを見ながら今後の騒動を想像しにやにやと笑うのだった。