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裁判

 この世界には近代的な法律はなく、裁判所のような司法機関もない。軽度な諍いやもめごとは街の警備隊で処理され裁かれる。それでは判断しきれない場合に領主なり国王の出番となるわけだ。つまり街中で裁判をするどころか人が人を裁くこと自体があり得ないと言ってもいい。


 そんな裁判の当事者になってしまったカウロスはしどろもどろになり大分困っているようだ。本当のことを言えば自分が恥をかくだけではなく、全ての雲行きも怪しくなる。かと言って言われたまま押し切られるのも辛いところだろう。


 それでも大男は腹の底から振り絞るように声をだし一言だけ発した。


「取り立てだよ……」


「声が小さいですね、なんの取り立てでしたっけ?

 借金でもしていましたか?」


「いや、うちの店の女を……

 宿屋のグランがうちの従業員を傷めつけやがったんだ!

 そんなことされたら許せねえだろ!」


 はい、嘘ついちゃった。これであの女性の一件もまとめて片付いたらいいのだが、そううまくいくかはわからない。なんせ当人はまだ起きることができないくらいなのだ。


 それにグランが暴行していないのは当たり前だが証拠はない。つまりここを焦点にしていても泥仕合になるだけなのだ。なので話を元へ戻していくことにした。


「宿へやってきた理由はわかりました。

 その件に関しては改めてグランを訴えて下さればいいです。

 あなたはうちへやってきて私と話をした、それなのに私があなたの店へ行ったのはなぜですか?」


「それはおめえが! …………」


「私があなたを殴って気絶させたから、ですかね?」


 その時群衆がおおっとどよめいた。横目でちらりと見ると、仲間がおおっと言いながら煽っている。さすがよくわかっていて心強い。


「こら娘、カウロスを気絶させたなどと適当なことを言うな?

 カウロス、お主も正確に話をするのじゃ」


「まあいいです、気絶はしていなくても構いません。

 ではなぜ私があなたのお店へ行く必要があったんですか?」


「それは…… 俺にはわからねえ」


 そりゃ気絶していたのだから知る由もない。それでは教えてあげることにしよう。


「裁判長、私はこの方が連れてきた女性の怪我を見てこんな事する人は赦せないと思いました。

 だから文句を言いに行ったんです」


「なるほど、筋が通っておるな。

 どうだカウロス、言い分はあるか?」


「いえいえ、アレはグランがやったんですよ。

 あんなひどいことされて黙ってられねえから乗り込んだんですから」


「グランがやったと言うのは誰から聞いたんですか?」


「そんなもんあの女本人に決まってんだろ。

 他に誰がいるってんだよ」


「でもあの方は意識を失って口もきけないし、歩くこともできない状態ですよ?

 どうやって話を聞いたんですか?」


「そそそそそそりゃ気を失う前だよ前。

 あったりまえのことだ!」


「ちなみにグランは昨日からずっと宿屋で働いていてそのことはお客様も知っています。

 いつ娼館へ行ったのですか?

 百歩譲って昨日の深夜でもいいですが、それからお昼前まであの女性をほっといたんですか?

 あんな怪我をしているのに医者へ見せることもせずに、うちまで引きずってくるなんて」


「そそそそそそれはあの女がそうしてほしいと言ったからだ。

 もちろん気を失う前にな!」


「私なら本人が希望してもまずお医者様に見せますけどね。

 まあそれはもういいです、うちでお医者様呼びましたから。

 話を戻しますけど、女性の怪我を見て許せなかったので抗議に行きました。

 なのに入り口の方は私がグランの宿屋の者だと知ると脅してきたんです」


「嘘つくな! いきなり殴ってきたくせに!」


「裁判長、あの人で間違いないですが今は部外者です。

 カウロスさん以外がしゃべるのを認めたら裁判が混乱してしまいます」


「そのとおりだ、今言おうとしていたのじゃ。

 こら外野、お前は黙っておれ」


「確かに私はあの人を殴りました。

 でも屈強な男性ににじり寄られて怖かったんでつい手が出てしまいました」


『お嬢あんなこと言ってるよ』『聞いてる方が怖くなるよな』などと小声で話す仲間の声が聞こえたので、私は迷わず睨みつけて黙らせるのを忘れない。


「そのあと大勢人が出て来たのでもっと怖くなって手近にあった椅子を投げてしまいました。

 もしあの強そうな人たちがそのせいでけがをしたのなら謝ります。

 どうなんですか? みんな私みたいな女の子に殴られて気を失ったり怪我したりしたんですか?」


 大男たちから返事は返ってこない。その代りに群衆から笑い声が聞こえてきた。ここはあえて注意をしないでもらい味方につけることにしよう。いつの時代も女はズルいのだ。


「私は全て本当のことを言いました。

 嘘をついているのがどっちなのかぜひご判断ください、裁判長様」


「うむ、裁判長としては正確な判断をせねばならぬな。

 カウロスはもうなにも言うことがないのか?

 それならばこのまま判断してしまうぞ?」


「いや、いいや、待ってくれ!

 元はと言えばグランがうちの女に手を上げたことが原因だ。

 悪いのは全部あいつなんだよ!」


「異議あり!

 裁判長、それは今私が訴えられている事とは別問題です。

 その件は改めてカウロスさんがグランを訴えるべきです」


「うむ、異議を認めよう」


 うーん、異議ありって言ってみたかったんだよね。なんだか全部こちらの思うように進んでいくし、面白くて仕方がない。でも嘘をついているわけではないから問題はないのだ。


「グランは常連だから甘くしてたのがいけなかったんだ。

 あいつは女を殴るひどいやつなんだよ!」


 これを聞いてなにか私のスイッチが入ってしまったようだ。放っておけばいいものをつい言い返してしまった。


「何言ってるの! グランが娼館へ行くわけないでしょ!

 あの人は私のことが好きなんだからね!

 大人の女になんか興味あるわけないじゃない!」


 ん? 明らかに周囲の反応がおかしい。だって十二歳ならもう子作りのこと考えるって言ってたのに。アレはもしかして見栄? それとも王族がおかしいの? それとも国が違うから?


「こらあああポポ! お前こんな大勢の中で何言ってくれてんだよ!

 大変なことが起こったって聞いたから急いできたって言うのによお」


 グランが群衆をかき分けようとするが、それより先に周囲が逃げていく。どうやら私はムキになってとんでもない発言をしてしまったようだ。


「グランんんー 怖かったよ、あの大男が私を襲ったの。

 あなたがいない隙にやってきたのよ!

 すごく恐かったんだらああ、えええん」


 とりあえずこの場をごまかそうとグランへ甘えて泣き真似をしておいた。するとあっけにとられながらも警備隊長、いや裁判長が訪ねてくる。


「おいグラン、その子は一体お前の何なのだ?」


「はあ、娘と言うか妹みたいなもんです。

 こいつはちょっとおませなんで変なこと言いましてすいません」


「なるほど、あいやわかった。

 それでは判決を申し渡そう。

 ポポは嘘を言っていない、つまり嘘をついているのはカウロスと言うことになる」


 いやそれは乱暴すぎる論理だ。でもまあ私にとっては都合がいいからそれでも構わないが。


「それにこんな小さな子に殴られたからと言って大勢で仕返ししようと言うのは感心せん。

 しかも言うに事欠いて気絶したから細かいことはわからない? ふざけるんじゃない!

 従業員女性への暴行については追って調査をするためしばらくは店内にて謹慎じゃ」


 おお、最後はなんだか大岡裁きって感じでカッコよかった。


「さすが裁判長、すばらしい判決でした。

 立派なおひげに相応しいお姿でしたね」


 きれいに手入れをしているひげはきっと自慢なのだろうと思って大げさに褒めてみた。するとご機嫌で撫でつけながら私も堂々としていたと褒めてくれる。カウロスから賄賂が流れていたとしてもこの人じゃなさそうだ。


 裁判には勝利したもののこの先どうなるかはわからない。でも女性たちが困らないようグランへ相談する必要はあるだろう。さてどうしたものかと私は頭を悩ませていた。


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