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不意打ち

 そんなことを考えている間にも時間は進み、ハマルカイト王子に手を引かれ手近な席へ着き教師が入ってくるのを待った。カチャリと音を立ててドアが開くと、白髪交じりの紳士が入ってきた。いかにも貴族階級という佇まいの男性は、教室へ入ってすぐに一礼し教壇へ進んだ。


『諸君、おはよう。

 わたくしはビスマルク・ド・ディオンと申す。

 これから三年間、貴君らの担任として教鞭を取ることになった。

 ここへ集った皆は階級や出自は様々だが、学園にいる間は皆平等である。

 そのことを忘れず勉学等に励んでくれたまえ』


『『はい!』』

「はい!」


 つられてこちら側でも返事をしてしまった。続いてディオン先生が学園生活についての注意事項を話しはじめたのだが、すぐ隣からハマルカイト王子がささやいてきた。


『ディオン公爵は長兄の教育係だった方だよ。

 学園設立時に退官して学園の教育長になったらしい。

 厳しい方だから気を付けないといけないよ?』


 だったら横から話しかけてこないで、先生の説明をきちんと聞くべきなのではないだろうか。声は心地よいが性格は世話焼きでしつこい設定なのかもしれない。改めて考えると、主人公のルルリラも婚約者のハマルカイト王子もどちらも性格に難がある。これに十万円以上出したことがまるで悪夢のように思えてきた。


『それではこの後Cクラスから迎えが来る。

 右前から出席番号順に座って待っていたまえ。

 同じ番号の者と一緒に講堂まで来るように。

 その者達が三年間の側仕えとなるので仲良くするようにな』


『『はい!』』

「はい!」


 だめだ、どうしても反射的に返事をしてしまう。それにしても選択肢もないままストーリーだけがどんどん進んでいくが今時のゲームはこんなものなのだろうか。ゲームと言うよりも一昔前に流行ったサウンドノベルのようなものかもしれない。


 しかし一息ついている暇はない。ガタガタッと周囲が席を立ち移動を始めた。周りをぐるっと見回すと、左列の一番前の席が光っているのが見えた。コントローラーでその席を指示してボタンを押すとルルリラは歩いて移動を始めた。


 どうやら操作はあっているようだ。また倒れて騒ぎになっても困る。席の並びはアルファベット順らしく、ハマルカイト王子は中ほどの席で少し離れてくれてホッとした。


 ディオン先生が立ち去ってからしばらくすると、教室へ大勢の生徒が入ってきた。みな緊張しているのか必要以上に背筋が伸びている。自分が向かうべき場所を見つけた生徒から席へ向かっていて、私の前にも一人の男の子がやってきた。


『ご機嫌麗しゅう。

 私はラック・トラスと申します。

 今後三年間、精いっぱいお世話させていただきます。

 どうぞよろしくお願いいたします』


 随分畏まった挨拶だと思ったが、全ての席で同じ口上なので先生の指導なのだろう。だがこのままではどうにもやり辛い。もっと気さくに話しかけてもらいたいものだ。


「ねえラック君、もっと肩の力抜いて気楽にね。

 そんなに畏まられてもこちらが困ってしまうわ」


 だから! ここでいくら話しかけても相手にはなにも伝わらないのだと何度! 自分のバカさ加減に呆れながらハマルカイト王子のほうを見ると、その傍らには小柄な少女が立っており挨拶を始めようとしていた。


 すでに全員が挨拶を終わって横で待機していると言うのに、今挨拶を始めたと言うことはどんくさい設定の女の子なのだろう。それでも名前があるだけマシだ。


『ご機嫌麗しゅう。

 私はイリア・ファトランスと申します。

 今後三年間、精いっぱいお世話させていただきます。

 どうぞよろしくお願いいたします』


 うわあ、結構な棒読みでこれまた恥ずかしくなる。それにしてもどこかで聞いたような声…… いや! あれこそ私が担当した生徒Aならぬイリア・ファトランスではないか! まさかこんな序盤から出番があって、それも王子の側仕えだったなんて驚きもいいところだ。それになんて棒読み……


 しかしそんなことよりももっと大変なことが起きていた。なんとハマルカイト王子は、イリアの手を取ってその甲へキスをしたではないか。ちょっとアンタ私の婚約者でしょうに!


 思わず叫んでみてももちろん声は届かない。彼の視線はまるで魅入られたようにおぼろげで、目の前の少女ただ一点を見つめている。これはなにか一大イベントが起きる前兆だろうか。


 正直言って台本を全部読みこむことはできていなかったのでストーリー全体はよくわからない。とにかく自分のパートを繰り返し練習することだけで精いっぱいだったのだ。でもそれほど台詞が多かったわけではないので、どう考えても物語の中心に据えられるはずはない。


 その時、画面上に選択肢が表示された。


『>>ちょっとハマル! あなたは私の婚約者でしょ!

走り寄ってハマルカイト王子をひっぱたく

歩み寄ってイリアをひっぱたく

無言で泣きだす』


 今度は四択に増えている。もっと力を入れることがあるだろうに、なんでこんな鬱イベントで選択肢を増やすのだろうか。そんなことはともかく、さてどれを選ぶべきだろう。


 私は考えた末、ハマルカイト王子をひっぱたくことにした。理由ははっきりしないが、ここまでプレイしてきて王子は私のタイプじゃないし、なんか見下されているような気がしてハッキリってウザいのだ。


 上から二番目の選択肢を選んで決定ボタンを押した。つもりが手が滑って三番目まで進んでしまった。このままではイリアを叩いてしまう。取り消しはできないのかと焦ってももう遅い。


 つかつかとハマルカイト王子の席へ進んでいったルルリラは、イリアへ向かって大きく振りかぶってからその頬めがけて平手を振り下ろした。


『パチーン!』


 大きな音が耳へ響いて思わず目を閉じる。直後にガタガタっという机か椅子の動く音も聞こえてきた。恐る恐る目を開けると、そこには横たわるハマルカイト王子と、そこへよりそうイリアの姿が映っていた。


『大丈夫ですか、ハマルカイト様!

 頬が赤くなっております』


『ありがとうイリア、問題ない、大丈夫だ。

 ルルー、不意打ちとはひどいな』


『ひどいのはあなたじゃないの!

 そんな小娘の色目に乗ってデレデレしちゃっていやらしい。

 一体どういうつもりなのよ!』


「ホントその通りよ!

 やっぱり声と顔が良くても気の多い男はダメだわ」


『それはヤキモチなのかい?

 相変わらず手厳しいね』


『だってみんなあなたが悪いんじゃないの。

 幼馴染だからってもう少し気を使ってくれてもいいんじゃなくて?』


 相変わらずと言うことは今までもこう言うことがあったのか。どちらに原因があるのかは知る由もないが、それでも婚約者の前で他の女に色目を使うなんて許せるはずがない。今回ばかりはルルリラの味方をしたいと思った。


 すると話は思わぬ方向へ進んでいく。


『君の言い分ももっともだ、わかったよ。

 それなら僕たちの婚約は無かったことにしよう。

 元々親同士が決めた間柄だ、なんの問題もないだろう』


『そんな、私を棄てると言うの!?

 許されるはずがないわ…… 決して許さないんだから!』


 画面の中のルルリラはきっと呆然としているのだろう。しかしそれに負けず劣らず、プレイしている私も呆然としていた。


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