声の大きな来客
話しているこっちが頭おかしくなりそうだ。それくらいこれまでの出来事は非現実的で理解しがたいものだった。もちろん聞いているグランも当然戸惑っているし、おそらく信じてはいないだろう。
第一この世界がゲームの中に作られたものだなんて言われて誰が納得するだろうか。私があのまま生活していて、突然誰かにあなたはゲームのキャラクターですなんて言われたら頭がおかしい人に話しかけられたと思うに違いない。
だからそのことは伏せておくことにした。ルルリラと矢田恋が入れ替わったと言うだけで充分オカルトすぎた話なのだから、それ以上は混乱の元だと考えたのだ。それと一応実年齢のことも伏せておいた。だって小さな女の子のままのほうが扱いもいいだろうし……
グランの反応はほぼ想像していた通りで戸惑いを隠せないでいる。しかし話自体は真剣に聞いてくれているし、なんなら信じようとしてくれていることは嬉しかった。
「するってえと、ポポは元々別の世界にいたが、こっちの世界の貴族の娘に入れ替えられたと?
その奪われたのがあの時村で会った時で、その時に声も奪われたってことだな?
まったく信じられねえトンデモ話だけどお前が嘘をつくとは思えねえし理由もねえ」
「じゃあ信じてくれるの? いや信じられなくてもいいのよ?
私の声が失われたのがグランのせいじゃないってことだけわかってもらえたら十分。
どんな理由でも切っ掛けがなんでも、今は声が戻ってきてるのだしね」
「そうだな、今が良けりゃすべて由だ。
なんにせよ元気になって良かったぜ。
しばらくはゆっくり休んでいていいからな」
「そう言うわけにはいかないわ。
宿屋の仕事だってクラリスだけでは大変よ。
だから明日からはしっかり働くつもりなの」
「あんま無理して倒れられても困るんだがなあ。
また同じようなことがあったらまた水かけられっちまうぞ?」
「大丈夫、遠慮なくやっちゃって。
その後にはちゃんと温めてくれるんでしょ?」
「お前! なんてバカなことを!」
私は吹きだしながら言い返す。
「もちろんクラリスが、に決まってるでしょ!
グランたらいやらしいんだから!」
グランはこらっと言いながら私のおでこを指先でちょんっと突っついたが、これはきっと照れ隠しだ。盗賊のトップを張っていた割には意外な照れ屋でからかい甲斐がある。
とりあえず今日のところは気持ちも落ち着いたが、食事をとってから一休みすることになった。もう一晩ゆっくり休んだら明日からはしっかりと働こう。四日も眠ったままでみんなへ迷惑をかけてしまったので取り返さなければ!
そんな風に意気込みながら私はまた眠りについた。
「ふわあ、よく寝たあ。
さてとお仕事お仕事っと」
ちゃんと早起きした私は朝から大張り切りで働きまくった。水汲みに薪割、洗濯に炊事と大忙しである。かといって宿はそれほど忙しいわけではなく、どちらかと言うと気晴らしで動き回っているだけみたいなものだ。
「本当に元気になったみたいだな。
これなら安心だ、俺はちょっと出かけてくるぜ」
「はーい、いってらっしゃい。
帰りは遅くなるの?」
「夕方のつもりだけど遅くなる可能性もあるなあ。
国境まで荷物が来てるみたいなんで様子見に行くのさ」
「あらそうなの? じゃあ道を間違えないよう注意して行ってきてね。
お土産期待しているわよ」
これは少し前から私たちの間で使っている隠語で、つまりまた脱走者を迎えに行くと言うことである。お土産とはもちろん脱走者のことで、グランたちもその人も無事に帰ってきてとの意味を込めていた。
ただそれほど危険はなく、以前と同じように看守へ賄賂を渡して引き取ってくるだけだ。大変なのは目的の人物を探すことで、見つけてしまえばこっそりと取引するだけの様である。
それにしてもひどい話だが、救出者の中には本物の犯罪者はいないらしい。冤罪や、たとえやっていても軽犯罪で捕らえられ強制労働をさせられていると聞いている。その中には本来国家間で引き渡しをすべきこちらの国の人間も混ざっているがまともに帰ってくることは少なく、しびれを切らした街議会長がグランへ相談し救出活動をすることになったと言う経緯だ。
残念なことに救出後すぐに亡くなってしまった人もいたが、それでも最後に家族と会えただけ救われたとも言える。ちなみに最初に助けてきたのは昔の仲間ではなく街議会の偉い人の息子だったらしく、それを足がかりにグランが街でそれなりの地位を築いたのだった。
だが有名になり権力を持つようになると敵も増えてくるのが世の常だ。今日もまた厄介者がやってきた。しかもグランはたった今出掛けてしまったばかりだと言うのに。
「おい! グランの野郎はどこにいやがる!
俺の女に手え出しやがって! 許さねえぞ!」
今日はこのパターンか。初めて同じことがあった時には私は驚いてしまったし、グランならやりかねないと思ったので強気に出ることもできなかった。しかし最近は相手にするのもバカらしい。
なぜならば、グランはどう考えても私のことが好きなのだ。他の女、特にそこそこ歳の言っている女性に目が向くはずがない。言いたくはないがグランがいわゆるロリコンだというのは明白だった。
「あらお客様? そんなに大きな声を出さないでください。
グランなら出かけたばかりで夜にならないと戻りません。
お手数ですけど出直していただけますか?」
「ああ? いねえなら連れ戻してこいや!
こっちは被害者なんだぞ、おい!
おめえみてえなチビじゃ話にならねえ、大人を出せ!」
「子供一人言いくるめられないんじゃオトナを相手にするのは難しいでしょ?
いいから夜に出直すか二度と来ないかどちらかにしなさいよ」
「生意気言いやがって小娘が!
子供相手だろうと容赦しねえぞ!」
「容赦しないで何するつもりですか?
まさか殴る? 蹴飛ばす? 力づくでなんでも解決できると思ったら大間違いよ。
本当にグランがあなたの奥さんに手を出したと言うなら連れて出直しなさい!」
口が利けるようになった私は、当然筆談の時よりも口数が増え口うるさくなっているらしい。グランと口論になっても負けることはなく、いつもこの減らず口が! と捨て台詞を吐かれているくらいだ。
しかしこの暴漢じみた大男は帰ろうとしない。それどころか不敵に笑って背後に掴んでいた女性を前へと引きずり出す。私は目の前に現れた女性を見て絶句した。
顔は腫れあがり破れた袖からは痣が覗いている。膝小僧からは血が流れているし靴も履いていない。私はその女性に治療をしようと声をかけたが返事はない。代わりに大男がわめいた。
「治療してごまかそうとするんじゃねえ!
グランの野郎にやられたんだからあいつも同じ目に合わせてやらなきゃ気が済まねえぜ!
わかったら早く連れてこい!」
「今助けてあげるからね」
私は目の前で不敵に笑う大男を見上げながら睨みつけるのだった。