めでたい日
どのくらい寝ていたのだろう。起きてみると目が腫れぼったくて重い。そういえばグランをぶっ飛ばしてしまった後に号泣し、泣き疲れて寝てしまったようだ。私はうっすらとした記憶を呼び起こしていた。
「ポポちゃん起きた?
すごい勢いで泣いてたわよ」
目覚めてみると横にクラリスが添い寝してくれていた。もとはと言えばこの人にヤキモチを焼いてしまったバカな私の暴走が原因なのに、気を使ってもらって申し訳ない気分だ。
私が手をバタバタしていると、クラリスが黒板とろう石を取ってくれた。
「迷惑かけてごめんなさい。
まさかあんなことになるなんて思ってなかったの」
「私も紛らわしい会話してしまって悪かったわ。
多分勘違いしちゃったのよね?
グランのこととったりしないから安心して」
「それはどういうこと?
別に取られるとか思ってないけど、勘違いと言うのは気になるわ」
「私がここに来たのはグランに誘われたからなんだけどね。
何で誘われたかと言うとデックスがいるからなの」
ディックスと言うのは大工のことだ。もしかしてクラリスとは知り合いなのか?
「ディックスは私が前に働いていたところでひいきにしてくれていたの。
その繋がりで、前のところ辞めたいって言ってたのを聞いたグランが誘ってくれたってわけ」
「もしかして大工は恋人ってこと?
二人でここを辞めちゃうの?」
「辞める必要はないんだけど、グランはディックスに独立しろって。
どのときに私と所帯持てばいいって言うのよ。
私は宿屋の仕事気に入ってるし、もしいなかったら人手が足りないでしょ?
でもディックスが独立したらそっちも人手が必要なのよね」
それはその通りだ。クラリスの働く場所によっていない側が困るだけという単純な話である。それにしてもクラリスとこんなに話をしたのは始めてだ、意外に話好きだったのに、私に合わせて控えていてくれたのかもしれない。
「だからどうすればいいか困ってるのよ。
そもそもディックスが私と一緒になりたいと思っているかわからないもの」
「それは本人に聞いてみるしかないんじゃない?
グランから大工へ聞いてもらってもいいし」
「でもその気がないって言われたら、私ここに居づらくなりそう。
振られた身で毎日顔あわせるの辛いじゃないの」
「私は二人の関係知らなかったから何とも言えない。
でもグランは勧めてるんでしょ?」
「ええ、どうせあいつには他に女っ気なんてないから間違いなくいけるって
私も知らない仲じゃないし、彼がいいなら喜んでついていくけどね。
あ、ちょっと子供には早い話だったかな」
え? 知らない仲じゃないってそういう!? うーん、ドライでオトナな関係って感じなのだろうか。私も以前は彼氏持ちだったから大人の関係を知らないわけじゃない。まあその彼氏も自分ごと盗られてしまったのだが……
「それなら私が大工に聞いてきてあげる。
いざとなったら大工には余ってる人を付けてあげればいいわよ」
「ちょっと! だめだった時のこと考えてるの?
もう、おませさんね」
私は胸にドンっと拳を当てて任せておけとゼスチャーで示した。そして部屋を出て行こうとしたところでようやく大切なことに気が付いたのだった。
「そういえばグランはどうしてるの?
気絶してたところまでしか確認してないけど大怪我じゃなかった?」
「ええ大丈夫よ、もう仕事に戻っているわ。
あの人ってホント頑丈なのね」
もう仕事へ戻っているとは驚いた。それに確かにあの頑丈さは大したものだ。きっと気にしてないと言うだろうけど、それでも後で謝りに行かないと。
でも今はとりあえず大工のところへ行って気持ちを確かめてみよう。実のところ、私はこういう浮いた話は大好きなのだった。
大工を探して一階まで降りてみると、私が壊した玄関周りを治している大工と、それを眺めているグランがいた。これはハッキリって気まずい状況でとても色恋の話なんてできそうにない。
「ポポ! やっと起きたか。
まったく早とちりでぶっ飛ばされちまって大損だぜ」
「お嬢の馬鹿力はホントすげえからなあ。
まったく派手に壊してくれたもんだぜ」
私はしょげてうつむくしかなかった。しかしこんなことでめげてはいられない。何故だかわからないが、なんとしても大工の気持ちを確かめなければならないという使命感に燃えていた。
「クラリスと大分話し込んでいたようだな。
いったい何の話をしてたんだ?」
グランはそう言って私に目配せをしている。さらに顎を振って大工を指示めす。これは大工へ聞いてみろと言うことに違いない。私は作業中の大工の方をトントンと叩きこちらへ振り向かせた。
「クラリスのことどう思ってるの?
好きなの?」
すると大工は少し照れながら歯が浮くようなセリフを言ったのだった。
「いやあ、あいつはいい女だよ。
俺にはもったいないほどのカワイイやつさ。
グランも俺とクラリスをくっつけたがっているけどなあ。
あんないい女が俺と一緒になってくれるはずないだろ?」
随分と一気に吐き出したもんだ。要約すると、クラリスのことは好きだけど自分に自信がないから告白みたいな真似はできない、そういうことだ。
そんな風に達観している大工の頭を私は黒板でポンポンと叩いた。
「何言ってるの! もっと自分に自信を持ってよ。
あなたには素晴らしい大工の腕があるんだから!
上でクラリスが待ってるわ、こういうのは男から申し込むものよ!」
「お嬢までそんなこと言ってよお。
振られちまったら合わす顔が無えじゃねえか」
「だらしないわね!
その時はその時よ!
それとも他の男に盗られてしまうほうがいいの?」
大工は返事をせずにしばらく考え込んでいた。だが意を決したように精悍な顔つきで立ち上がると、階段を走って登っていったのだった。
残された私とグランは笑いながら顔を合わせ、そのままハイタッチした、
「いやあ、あの野郎俺が言ったっていつまでもうじうじ考え込むだけだからな。
クラリスも自信無さげで煮え切らねえし、イライラしてたんだ。
なんでお互いのことを想っているのに素直になれないかねえ」
「お互いを傷つけたくないし、自分も傷つきたくないのよ。
他人にも自分にも優しい人たちってことね」
「おまえ時々いいこと言うよな。
とても十二歳とは思えねえわ」
そりゃ本当はアラサーですからね…… とはとても言えず、ふんぞり返って得意げにするくらいが精いっぱいだった。
さてと、明日はきっと盛大にお祝いの会を開くことになるだろう。これは忙しくなりそうだ。こんな幸せな忙しさなら何度だってあっていい。私はそう思っただけで楽しくなってくるのだった。