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夢のような出来事

 引っ越ししてからしばらくの間、目が回るほど慌ただしい日々が続いていた。購入した屋敷はそのまま宿に使えるほどきれいではなく、大幅な修繕や改修の必要があった。庭には厩舎を建てたり洗濯物干し場を確保したりしつつ草むしりもやらなければならない。


 とにかく大工仕事ができるのが一人だけなのが一番の問題だった。ベッドや家具を作らなければならないし、ドアや階段も壊れている箇所が多い。私もできる限りの手伝いはするが、(まかない)を用意したり朝から晩まで掃除をするくらいしかできなかった。


「おーい、助っ人を連れて来たぞ。

 この二人も今日から仲間だからな」


 屋敷へ入ってきた男女二人が頭を下げて挨拶をした。男性のほうは大工仕事ができるらしく、さっそく修繕へ取り掛かる。女性は主に接客をやる予定とのことだが、まさかグランのいい人だったりするのだろうか。


「どうしたポポ?

 お前と一緒に接客やるんだから仲良くやってくれよな」


「わかってるわよ。

 心配しなくなってちゃんとやりますから」


 知らず知らずのうちに私は焼いていたらしく、黒板へ殴り書きした文字からもそれが丸わかりらしい。凹子分がそれを覗き込んで笑っている。


「なにを笑っているのよ!」


「いやあねえ、お嬢も女なんだなと思いやして、けけけ」


「いやらしい笑い方しないで!」


 私が手を振り上げると、凹子分はおーこわと言いながら走り去っていった。まったくもう、ちゃんと自分の担当やってればいいのに、わざわざ見に来て笑うなんて失礼しちゃう。


 一緒に働くことになった女性はクラリスと名乗った。元はそれなりにいい暮らしをしていたようで、人当たりがよく物腰が柔らかである。とりあえず私も挨拶をしてから、掃除と草むしりを手分けして進めることにした。


 草むしりのため庭へ出ると凸凹コンビが材木を切っていた。どうやらベッドの材料を切り出しているらしい。指定された寸法の通り切るだけらしいがそれでも大汗をかいて奮闘している。それをロープで二階へあげて大工がベッドを作っているのだ。


「おおい、引き上げていいぞおお」


「承知したああ」


 大声でやり取りしているのを見ていると、なんだか頑張ってる感じが伝わってきて気持ちが温かくなる。無事に宿屋開業までこぎつけて繁盛するといいのだが、そんなにうまくいくものなのだろうか。


「ねえグラン? 突然宿屋なんてやってうまくいくのかしら。

 私はみんなで真っ当に暮らせるだけで満足だけど、お金を稼がなきゃ続かないでしょ?」


 ちょうどグランがやってきたので、私は不安な気持ちをぶつけてみた。するとグランは自信満々に答えるのだった。


「そりゃ簡単じゃないだろうがな、勝算はあるぜ。

 まず一つはこの街には宿屋が足りなくて野宿してるやつも多い。

 二つ目は金山が近くに会ってあぶく銭を持った奴が多い。

 そして三つ目だが、こんなカワイイ女神がついてるってことさ」


 グランはそう言うと私の腰をもってから両手を伸ばして頭の上まで抱え上げた。私は足をバタバタさせて抵抗したが、ご機嫌なグランはなかなか降ろしてくれない。しまいにはそのままクルクルと回りだし庭を駆け回っている。


 まったくいい歳して子供っぽいところがあるんだから。そう思ってはいたがさっき言ってくれた言葉は素直にうれしくて、私はグランの好きなようにさせようと抵抗するのをやめた。


「ちょっとご主人様、作業の邪魔するのやめてくれやせんか?

 手伝わないのは構わねえけど、お嬢だって草むしりって仕事してたんですぜ?」


「あ、わりいわりい、俺はこれから街のお偉いさんに会って来るわ。

 ちゃんと休憩しながらやってくれ、留守を頼んだぞ」


「承知しやした。

 今日はそろそろ一杯やりてえですなあ」


「わかったよ、帰りに買ってこよう。

 と言っても安酒だぜ?」


「へへっありがてえ、張り切って仕上げちまいますわ」


 お酒が大好きな凸兄貴は鼻歌を歌って上機嫌だ。相方の凹子分も同じくご機嫌になり、作業の手もスピードアップしたように見える。私も負けずに草むしりを頑張ろうと庭の端へ向かった。


 庭の外周に沿って花壇を作って花を植えるのもいいな、とか、井戸のすぐそばに調理台を置くのも効率が良さそうだとかあれこれ考えながら、私は私なりに楽しんでいた。


 すると行く手を阻むように大き目の石が埋まっている。まったく邪魔なやつめ、引っこ抜いてくれる。そう思って何の気なしに手を伸ばし拳くらいの石を掴んだ。しかしその石ころはビクともしない。


 少し埋まっているので思っているより大きいのかもしれない。そう思った私は石を握り直してから力いっぱいに引き抜いた。


 するとその石ころは思っていたよりも大きいなんてものじゃなく、ルルリラの背丈ほどもあったではないか。いくらなんでもこれを庭へ放り出したら邪魔すぎる。仕方ないのでもう一度埋めてしまうつもりでぽっかりと空いている大穴へ差し込んだ。


「ちょっとお嬢? 今何をしたんでやすか?

 なんだか夢を見ているみてえなんですがね?」


「お嬢? もっかい今の出来ますかい?

 邪魔になったら俺らで始末しますんで気にせんでいいですから」


 いったい今のは何だったんだろうか。私自身も興味があったのでもう一度石ころを掴んで引っ張ってみた。一度引き抜いたせいなのか、今度はさらに楽に引っ張り上げることが出来たのでそのまま庭へ放り出した。


 長さは大体ルルリラほどで、周囲は両手を回しても届かないくらいの大岩だ。大きな音を立てて庭の真ん中に鎮座したその物体を冷静に見つめると、とても持ち上がるような重さには見えなかった。


 あっけにとられている凸凹コンビの姿を見て確信した。今のはやっぱり異常な行動だったのだ。ようやく正気に戻った凸兄貴が岩に近づいて両手で持ち上げようとするがビクともしない。次は二人がかりで試すが、少し揺れたくらいで動かなかった。


 さすがに今度は私かポカンとする番だ。そんな二人がかりでも動かないような物を私が地面から引き抜いたなんてとてもじゃないが信じられない。私が自分のことを指さすと、二人はうんうんと頷いている。と言うことはこれが事実と言うことか。


 私は思わぬ出来事に平常心ではいられなくなり、その場に倒れてしまった。


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