醜聞の華は宴に踊る
次の授業の教室へ移動している途中、渡り廊下から見えてしまった。
「ミシェル様、行きましょう。あのような物で、ミシェル様の心を煩わせる事はありません」
「そうですよ。あのような光景、ミシェル様の目に毒です」
憤慨する友人に、そうねと返して教室へと向かう。
「大丈夫、殿下を信じているから」
私、ミシェル・クロフォードは侯爵家の娘。婚約者にこの国の第二王子であるロイド・ファルステン殿下がいる。幼い頃に婚約をした私たちは、恋や愛と言った物とは無縁だった。私たちには、両家の信頼と国民への責任があった。
「それにしても、彼女はどれだけの男性と親密になるつもりでしょうか」
「彼女は聖女だから」
今学園中で話題になっているのが、ルーナ・アトラン男爵令嬢。学園の中では身分さはないとは言え、王族や上級貴族の子息と親密になっているのには理由がある。彼女には聖女の痣が二の腕にある。赤い花の痣は神に愛された証であり、聖女として大切にされる。
「先日も、ハイエラ湖の瘴気を浄化したそうだし」
殿下も護衛で彼女について行ったのを聞いている。それ自体は喜ばしい事だけど、学園を卒業していないのに彼女たちにそんな危険な事をと心配してしまう。
「瘴気を浄化できるならそれに越したことはないけど、特に問題が起こってないのであれば、卒業まで待てばと思ってしまうのよね。学生の最優先順位は学業だし」
瘴気の浄化に出て三日ほど休んだと聞いた。…出席日数は大丈夫だろうか。
「ミシェル様」
「なに?」
「彼女が殿下とあんなに親しくして、不快には思われないのですか?」
「…まあ、見逃せはしないわ。…リーネルもそうでしょ?」
「はい」
聖女の護衛の中に、リーネルの婚約者であるファステンもいる。そしてルーナ嬢はファステンとも親密になっている。いや、正確には彼女の護衛にはそれぞれ婚約者がいるのに、全員と親密になっているのだ。
「護衛は五人だから、五股と言うのかしら?」
「何と下品な」
聞きたくないと耳を塞ぐリーネルに私ともう一人の友人であるルティは苦笑する。
「ルティはどうなの?」
「クラウスに問い詰めたら、恋愛ごっこを楽しんでるだけだって言ってました。私たちも、ミシェル様たち同様幼い頃に婚約したので、遊びでも恋愛を楽しみたいんですよ。…本気になったとしても、私との婚約を破棄するつもりはないし、ルーナ嬢と結婚したいとも思ってないみたいなんで」
結婚するまでの遊びだと言い切った。…それはそれでどうかと思うけど、はっきりと線引きしているのなら良いかと思う。ルティとクラウスの事に、私が首を突っ込むのも可笑しいし。
「…以前一応忠告はしたのだけど、もう一度だけ忠告出来たらしてみるわ」
「…はい」
「だから貴女たちは、何もしないようにね」
「はい。もし私たちが忠告して、下手に伝わればミシェル様にも影響がありますから」
それを聞いて安心した。
放課後、図書館に来るとルーナ嬢がいた。きょろきょろと本棚を見ている様子から、目的の本棚が分からないのか、本が見つからないのか。
「何か探しているの?」
声を掛ければ、かなり驚いたのか彼女は飛び上がった。人間、驚くと飛び上がるのって本当なのね。
「えっと…」
手に持っているメモに気付く。
「そのメモ、見せてもらえる?」
「はい」
おずおずと渡されたメモには、番号が書かれていた。学園の図書館は広いし、本棚が多いから探すのが大変なのよね。
「こっちよ」
「えっ?」
「貴女が探してる本は、こっち」
そう言って手を引く。そして目的の本棚に着くと、メモを渡す。
「本当だ」
メモに書かれている番号と、本棚の番号を見て呟く。こうしてみると、複数の男性と親密になっているとは思えないんだけど。けれど、少し前に殿下と密着しているのを見ている。
「あの、ありがとうございます」
「図書館の本棚は配置が入り組んでるから、分かりづらいわよね。私も通って三年経つけど、あまり読まない本だと探すのに迷ってしまうのよ」
通い詰めてる回数は関係ないと思う。
「ルーナさん」
「はい」
「貴女が聖女の務めを頑張っているのは知っているわ」
「ありがとうございます」
恥ずかしそうに頬を染める彼女と、殿下と密着する彼女に違和感を覚える。
「ただ、殿下たちが護衛とは言っても婚約者がいる立場。必要以上に親密になるのはあまり良く思われないわ」
「そう…ですよね。すみません」
ぺこりと頭を下げる彼女に、これが本心ならと思う。頭を下げて、舌を出しているような事はないと。
「ミシェル様…」
「なに?」
「いえ、…なにも。本棚に案内していただいて、ありがとうございます」
「今度から、司書を頼ると良いわ。あの人たちの仕事だから」
新人の司書なら、迷うかも知れないけど。
「そっか、司書さんに訊けばよかったんですね」
今度からそうしますと笑う彼女に頷いて、目的の本を探しに行った。
そんな事があったのが半月前。今日は学祭の最終日で、後夜祭と言う名の打ち上げのパーティーが大ホールで行われている。学生たちがメインで、飲み食いをしたりするラフなものなので参加者は制服で集まっている。
「ミシェル、少し話がある」
振り向くと、殿下たちとルーナ嬢。
「ここで、ですか?」
「ここでだ」
分かりましたと返して、微炭酸のぶどうジュースを飲み干す。リーネルとルティは警戒するように殿下たちを見る。
「それで、どのような話でしょうか?」
「君が、ルーナ嬢に嫌がらせをしていると聞いた。本当なのか?」
「いいえ。ルーナさんには、殿下たちには婚約者がいるので、必要以上に親密にならないようにと忠告はしましたが」
これを嫌がらせと取られると、少し困る。
「嘘を吐くな!彼女の家の爵位が低い事を罵ったり、殿下に近づくなと言ったと聞いたぞ!」
そう怒鳴ったのはファステン。あの忠告を近づくなと曲解されたのだろうか。
「ファステン、今は私とミシェルが話をしている。口を閉じていてくれないか?」
「しかし、殿下」
「ファステン、これはお願いではなく命令だ」
冷たく言い放つ殿下に黙る。
「ミシェル、私たちは婚約者になって十年近い」
「はい」
「私は君が、約束を守ると信じている」
「私も信じております、ロイド殿下」
私たちには昔からの約束がある。
「君は、ルーナ嬢に嫌がらせをしていない。信じて良いんだね」
「はい。誓ってそのような事はしていません」
はっきりと言い切る私に、殿下は頷く。
「殿下、まさか信じるのですか?ルーナは彼女に罵られ、私物を壊され、階段から突き落とされたと言っているのですよ」
「何故、私がそのような事をしなければならないのでしょうか」
私の言葉に、ファステンは鼻で笑う。
「そんなの、ルーナに殿下を取られると危機感を覚えたからだ」
「なんと愚かな」
「なんだと?」
「実際にそんな事をすれば、私の名だけでなくクロフォード家の名も穢れるでしょう。当然王家からの信用を失うのは必至。私情で行うには危険極まりないと思うのですが」
「そうよ、ファステン。ミシェル様がそのような事をする方だと本当に思ってるの?」
リーネルはファステンを睨みつける。
「リーネル、お前もルーナに嫌がらせをしていると聞いたが」
「するわけないじゃない。まさか自分がルーナ嬢と親密だから、私が嫉妬してとか思ってる?頭湧いてるんじゃないの?」
リーネルの言葉にファステンは口をパクパクさせている。図星だったようね。
「私はミシェルに確認したかっただけだ。君がしていないと言うのであれば、それを信じよう」
「嘘でしょ!」
今まで黙って居たルーナ嬢が声をあげる。
「ロイド様、私本当にミシェル様にいじめられて。酷い事も言われたんです!」
涙目で訴える彼女に、あの日に覚えた違和感が蘇る。今、殿下に訴えているルーナ嬢と図書館で会ったルーナ嬢。まるで別人のように思える。すると、一人の男性が分厚い封筒を抱えて来る。
「殿下、こちらを」
「ご苦労」
そう言い、殿下は封筒を開けて書類を見る。そして眉間に皺を寄せる。
「ミシェル、それにリーネル嬢とルティ嬢。パーティーの途中だが、ついて来てもらえるだろうか」
殿下の言葉にここで話せない内容が、記されているのだろう。
「わざわざ移動する必要はありません。ここで彼女たちの悪事を突き付けてやれば良いのです。聖女を害した愚か者に対して、配慮してやる必要などないのです」
「ファステン、やめておいた方が良いよ。もし違った時、赤っ恥をかくのはあんただ」
「まさかルーナが嘘を吐いていると言うのか、クラウス」
「だって俺には、ミシェル嬢もリーネル嬢も私情で他者を害するとは思えないんだよ。勿論、我が婚約者のルティもね」
ルティ曰く軽いとの事だけど、公平に見る目は持っているよう。
「ですが殿下、証人は沢山いた方が良いです。ここで真相を」
「…分かった」
ファステンに折れる形で殿下が頷く。
「隠密にルーナやミシェルたちの事を見張らせていた」
「なっ」
一気にルーナ嬢の顔が青くなる。
「報告書によれば、ルーナの言っている事は一切行われていない」
「嘘…ですよね…」
信じられないとファステンが呟く。
「王家お抱えの隠密だ。虚偽の報告はない。そしてこの報告を疑う事は、彼らの仕事を冒涜する事になる」
「ルーナ…」
どう言う事だと彼女を見る。ルーナ嬢は顔を逸らす。
「罵られたというのはありもしない事だし、私物を壊されたのは自分で壊しているようだ。階段から突き落とされたのも、誰もいない階段で足を踏み外して落ちたのをそう言ったそうだ」
つまりは、自作自演と言ったところ。…私はやってないし、リーネルやルティがやるとも思えない。まあ、ルーナ嬢を良く思っていない他の生徒は知らないけど。
「ルーナ、何故このような事を言ったんだ?」
「本当に、本当にミシェル様たちにっ」
信じて欲しいと、真っ青な顔に涙を浮かべて訴える。…その顔が真相を物語っていると思うのだけど。
「聖女の私よりも、ミシェル様を信じるんですか?」
「当然だ。彼女は私の婚約者なのだから」
はっきりと言い切る殿下に、ルーナ嬢は絶望の表情を浮かべる。そして、身体がぐらりと揺れる。
「?」
ショックのあまり倒れそうになったのかと思った。けれど…
「やっと、私の意志で…」
そう彼女が呟いたのが聞こえた。
「ロイド殿下、私ルーナ・アトランはここに懺悔をします」
すっと背筋を伸ばし、毅然と顔をあげる彼女は先ほどまでとは様子が違っている。
「ルーナさん、どうかしたのでしょうか?」
「さっきと雰囲気が違います」
リーネルとルティもその様子に戸惑っている。
「懺悔とは?」
「私は悪魔に憑りつかれています」
その言葉に会場がざわめく。当然だ。聖女が悪魔に憑りつかれるのかと信じることが出来ない。
「正確には、別人の魂が私の体の中に入っています。私の身体には、私自身の魂ともう一つの魂が存在しているのです」
「つまり、先ほどまではその別人が体を使っていたと?」
「はい。…信じてもらえないかもしれませんが」
私の言葉にルーナ嬢は頷く。
「確かに、少し信じがたいな」
殿下も戸惑っている様子。けれど、私には納得出来る事だった。
「私は信じるわ」
「ミシェル様?」
「以前図書館で会った貴女と、先ほどまでの貴女は別人のようだった。多重人格…かもしれないけど、どちらにしても貴女にとって望ましい存在ではないはず」
ルーナ嬢は何度も頷く。
「人格の入れ替わりは、彼女が主導権を持っているんです。…自分が出ていたいときは彼女が表に出て、それ以外は私に任せきりの状態です」
違和感の正体はこれだったわけか。
「最初は構わなかったんです。突然他人の身体に入って戸惑ってるだろうし、こちらに馴染む為にもって。けれど、男性と親密になる事が目的で、気付けば変な香水をつけてて…」
そこから段々と彼女を嫌悪するようになったとルーナ嬢は言った。
「初めてなんです。今日この場で、自分で体の主導権を取り戻したのは」
ルーナ嬢の様子から、相当振り回されていたんだと察することが出来る。
「ルーナ、君の中に入ってる悪魔の名前は分かるかい?君と彼女を呼び分けたいんだが…」
そういえばそうね。
「スミカ…と言うそうです」
「そう。…何故スミカはこのような事をしたのか、何故君が彼女から体の主導権を奪えたのか。分かる範囲で良いから教えて欲しい」
「そう…ですね。スミカはこの世界とは違う世界の女性です。そして彼女にとって私たちは物語の登場人物でした」
物語の登場人物?つまり、私たちの事が物語としてスミカの世界に存在していると?流石に吹っ飛びすぎな気が…。けど、ルーナ嬢が嘘を言っているとは思えない。
「私は物語の主人公で、物語は私の視点で進んでいました。当然物語には殿下やミシェル様もいます」
あら、少し恥ずかしい。どのように書かれてるのかしら。
「ミシェル様は悪役の立場で、殿下たちと仲良くなる私に色々な嫌がらせをしてくるんです」
「実際はしてないけれど」
思わず呟いてしまった。けれど、あまり親しくされて、野放しというのは出来ないのは分かる。少し釘を刺す程度は許容範囲では?
「最終的にミシェル様は学祭の最終日に殿下たちによって断罪されて、婚約破棄を告げられて国外追放になるんです」
何をやったのかしら、物語の私。婚約破棄を告げられるだけでなく国外追放も付いて来るって事は、クロフォード家からも縁を切られるだろうし。本当に何をしたの?
「スミカはこの世界が大好きな物語の世界で、入っている体が“私”だと理解して、物語の様にしようと思ったんです。けれど物語と現実のこの世界とは色々な物が少しずつ違った」
「それは、私が嫌がらせをしてこない事も?」
「はい。寧ろ、これが大きな誤算だったようです」
はーっと深い溜息を吐くルーナ嬢に、よっぽど心労が溜まっていたのだろうと思ってしまう。
「つまり、スミカは物語の通りにしたくて、ミシェル嬢たちの嫌がらせをでっち上げて、彼女たちの信用を落とそうとしたのか」
「それだけでなく、香水は魅了の力が宿っていたので、殿下たちを篭絡するつもりだったようです」
そう言えば、ルーナ嬢から香水の香りがすると噂があった。まさか、未了の力が入っている物とは思わなかった。…その割には殿下とクラウスには効き目が弱い様な気がしなくもない。
「ずっとスミカに体の主導権を握られていたのに、何故このタイミングで貴女は主導権を取り戻せたの?」
「それは先ほど、殿下がミシェル様を信じると言い切ったからです。スミカの中では、殿下たちが自分のそばに居るから自分の味方をするものだと思っていたようです。けれど、殿下はミシェル様を信じると言われました。それがかなりショックだったようで…」
「隙が出来てルーナさんが主導権を握れた…と言うこと?」
「はい」
ルーナ嬢ははっきりと頷く。
「ずっと不甲斐なく思っていました。自分の体なのに、他者に主導権を握られているこの状況…。けれどやっと、私の意志で体の主導権を取り戻せました」
それは歯がゆかっただろう。
「じゃあ、俺達が可愛いと思っていたのは…」
「スミカです、ファステン様」
「ルーナは可愛いが、私はお前の様に盲目的にはなってない」
「殿下同様、俺も」
「えっ…」
どうやら、香水の魅了が聞いたのはファステンのみのようで。
「ルーナさん、スミカはまた出て来るのですか?」
「…恐らく。また、私から主導権を奪おうとすると思います」
リーネルに返すと、ため息を吐く。また主導権を奪われると思うと、憂鬱でしょうね。
「殿下、神殿にこの事を送って、ルーナさんの中のスミカを封じてしまうか、彼女の体から追い出してもらうのはどうでしょうか?」
「確かに。要は、ルーナがスミカに体の主導権を奪われなければ問題がないんだし」
一番の心配が解消されたのか、ルーナ嬢はホッとした顔を浮かべる。
「どのような処罰を受けるのも、覚悟しています」
「…ミシェル、どうする?」
「はい?」
「この騒動での被害者は君だろう?」
被害者…となるのかしら?でも、殿下が信じてくれなければスミカが望んだ展開になっていたのよね?
「スミカへの迅速な処置をお願いします。ルーナさん自身には特に求める事はありません。ですが…」
「なんだい?」
「本人はそれを受け入れないでしょう」
コクコクと何度もルーナ嬢が頷く。彼女自身には特に咎があるわけではないし。
「聖女の務めを投げ出さず、続けてもらえれば…」
「分かりました。今まで以上に、誠心誠意務めていきます」
これで良いだろうかと殿下を見れば、納得したように頷いた。そしてこの後、彼女は神殿に送られる事になった。
「さて、このような茶番で折角のパーティーの空気を壊してしまい、申し訳ない」
そう言えば、学際のパーティーの真っ最中だったわ。殿下の言う茶番が終わり、無意識に入っていた肩の力が抜ける。
「お疲れ様です、ミシェル様」
そう言って、ぶどうジュースのグラスを渡して来た。
「ありがとう」
受け取って飲み干す。結局パーティーはこのままお開きとなって屋敷に帰った。ルーナ嬢は神殿に送られただろう。それよりも心配なのはリーネルの方。殿下は茶番と締めくくったけど、ファステンの私への暴言は流せないと思う。婚約が揺らぐかもしれない。…リーネルが破棄を言い出しそうだけど。
数日後、王宮に呼ばれ殿下とお茶を飲んでいる。
「神殿から報告があった。ルーナからスミカの魂を剥がしたと」
「そうですか。それで、彼女は?」
「無理やり引き剝がしたから、少し寝込んでいるようだけど明後日には屋敷に帰れるらしい」
「安心しました」
これでスミカに振り回される事はない。
「ついでに、ファステンは婚約破棄を免れたよ。本人は破棄されるかもって、頭を抱えてた」
「リーネルが温情を出したんでしょうね。香水の影響もありましたし」
本当に、あの時にルーナ嬢が体の主導権を取り戻して良かった。あのままスミカに主導権を奪われたままだったら、こんな風に治まりはしなかっただろうし。ふと気になった。
「殿下はあくまで聖女の護衛として、彼女といたんですよね?」
「うん」
「その割には、結構親密なように見えましたが」
「少しばかり、香水の影響があったのかな。密着しても嫌な気はしなかったんだ」
今思えばと言う殿下に全く影響がなかったわけではなかったのに気付く。
「けれど、ミシェルは約束を守るって信じてたから」
「…香水の影響が強ければ、その約束も意味をなさなかったでしょうね。それにしても、何故殿下とクラウスには影響が少なかったのでしょうか?」
そこが気になって仕方がない。
「私はあの香水の匂いが苦手で、クラウスは急に香水をつけ始めた彼女に引っかかりがあったみたいだから」
つまり、香水の匂いに嫌悪を抱かず、彼女の行動に違和感を覚えなかったファステンに一番影響が出たという事ね。
「私は、殿下は恋をしたいのかと思いました」
「そうだとしても、身分が違う。それに」
「それに?」
「恋なら、ミシェルとしたい」
ニコッと笑う殿下にドキッとしてしまう。
「私たちは婚約者なのだから、互いに恋をして愛を育んでも問題ないと思うけど。冷めきった夫婦よりかは良いと思うし」
「そう…ですね。けれど、今まで意識した事がないので」
「実をいうと私はずっと、ミシェルが好きだったんだ」
「すみません、理解が追い付かないので待ってください」
殿下が私を好き?
「私は、あくまで殿下の妻になるために勉強してきました」
「うん」
「なので、恋をするにもゆっくりでお願いします」
「もちろん」
恋や愛など意識をした事はない。だから、殿下がただの婚約者ではなく愛する人になれば、これほど嬉しい事はない。
私と殿下の昔からの約束。隠し事はあっても、互いに対して嘘はつかない。ただそれだけ。




