第二章 お姫様のお話
緑豊かな大地、色取り取りの花、澄み切った海と空――ここ白の世界は、見る者をうっとりさせるほどの美しい景色が広がっています。
もちろんそれだけではありません。国や町は栄え、食料も新鮮、乗り物や電化製品などの技術も発展し、人々は平和で活気溢れる生活を送ることができています。
これら全ては、ホワイト王国のお姫様の統治があってこそなのです。
いつも魔王にさらわれてばかりのお姫様ですが、能天気だと小馬鹿にするのは事情を知らない子供くらいで、ほとんどの人はお姫様を悪く言うことはありません。皆、お姫様が素晴らしい人物であることを理解しているからです。
さて、今回も新作ゲームのリリースされるときがやって来たようです。この時がやって来ると、まずは決まって、魔王達が勇者に乗り越えてもらうためのステージ作りに勤しみます。お姫様はステージ作りが終わるのをただ呆然と待っているわけではありません。工作費用の工面も含め、ちゃんと色々なお手伝いをしてあげます。
お姫様が主に手伝うのは、魔王達の作ったステージがちゃんとクリアできるようになっているか、難易度が適正か、不備がないか、それらを確認する作業。言わばテスターです。
お姫様は魔法に長けているので、勇者そっくりの分身を作り出すことなどちょちょいのちょいです。そして、実際に分身にステージを走らせます。……え、勇者本人を呼べばいいじゃないかって? 勇者はトレーニングなどで忙しいから、そういうわけにはいかないのです。新作ゲームが出るたびに、よく主人公が新しいアクションを覚えていたりするでしょう? あれはトレーニングの賜物なんですよ。
話が逸れてしまいました。分身にステージを走らせながら、お姫様は完走した感想を魔王に逐一報告します。簡単すぎるとか、難しすぎるとか、このギミックは不快だったとか、こういう風にギミックを工夫できるんじゃないかとか。それらの意見を魔王はステージにフィードバックしていきます。作り手はどうしてもギミックに慣れてしまいがちだから、こういうテスターの役目は本当に重要なんです。
そんなわけで、普段からやり取りすることの多いお姫様と魔王は、実はとっても仲良し。表向きは乱暴にお姫様をさらう魔王ですが、プレイヤーが見ていない間はいつも乱暴に振る舞ったことを後で謝ったり、勇者が来るまでの間丁重におもてなしをしたりするのです。そういう事情を勇者達は知っているので、勇者達も魔王のことを嫌うことはありません。
「さてと……魔王達も頑張っていることだし、私ももう一頑張りしなきゃね」
テスターの仕事をするために黒の世界へ向かう前に、ホワイト城の私室にて伸びをしていたところ、リンリンと黒電話が突然鳴りました。すぐに駆け寄り、お姫様は受話器を取ります。
「はい、こちらホワイト王国の姫です」
「久しぶり! フラワー王国の姫です。お元気かしら?」
電話の相手は、白の世界で親交が深いフラワー王国のお姫様でした。
「まあ、久しぶり! 今、新作ゲームの制作で大変だけど、どうにか元気だわ」
「無理はしないでちょうだいね。ところでなんだけど、相談させてもらってもよろしくて?」
「あなたの相談なら何でもオッケーよ。なあに?」
フラワー王国のお姫様は申し訳なさそうに言いました。
「忙しいところ悪いんだけど、今各国で協同してレース大会を開こうっていう活動が盛んに行われているのよ」
「レース大会?」
「そう。そこでなんだけど、あなたって勇者や魔王とも親交があるでしょう? だから是非とも誘ってもらえないかしらと思って」
「なるほどね……」
ホワイト王国のお姫様は少し考えた後、うなずきながら答えました。
「分かったわ。とりあえず話だけしてみる。進展があったら改めて連絡するわ」
「ありがとう! 期待して待っているわ」
フラワー王国のお姫様は嬉しそうにしながら電話を切りました。
* * *
「……ということがあったわけですが」
ホワイト城の客間にて、勇者と魔王とお姫様の三人でテーブルを囲いながら、お姫様が口火を切りました。
お姫様に呼び出され、話を一通り聞いた勇者と魔王は、難しい表情を浮かべました。理由は単純明快、新作ゲームの制作で忙しすぎるからです。たたでさえ休日ほぼ無しで働いているのに、さらに仕事を重ねたらいよいよ過労死してしまいます。
「私はこの件……」
勇者と魔王が返事をためらっている中、お姫様が話を続けました。断ってくれると信じていた二人でしたが、お姫様の回答は想像と真逆でした。
「前向きに検討しようと思っています!」
「うえぇっ!?」
魔王が思わず情けない声を上げてしまいました。しかし、お姫様の態度は真剣そのものです。目が輝いています。
「私達が多忙なのは重々承知しているわ。でも、このレース大会もゲームにすれば、新規プレイヤーに私達のことを知ってもらう、またとないチャンスになるはずよ!」
「うーむ……」
今までレースゲームを作ったことがないだけに、不安だらけの魔王が首を傾げます。しかし、その一方で勇者はお姫様の意見に賛成するようになりました。
「やっぱり、あたしもレース大会、やってみたいかも」
「うえぇっ!?」
「だって、世界中でレース大会を開くなら、黒の世界やこのお城の周辺、城下町だってコースになり得るわけでしょ? それって楽しそうだなって思ったもん」
それは良い案ねと、お姫様は目を輝かせたままうなずきます。
「しかしなぁ……多忙を極める中で、まともにレースゲームができるとは思えない」
悲観的な魔王に対し、お姫様は胸をドンと叩きながら言ってのけます。
「もちろん、しばらくは今作ってるゲームの方を優先するわ。レース大会の前にちゃんと休暇は取らせるつもりだから、スケジュールの方は私に任せてちょうだい」
「それならば……私も前向きに検討しようではないか」
ずっと難しい顔をしていた魔王がようやくうなずいてくれました。勇者はにっと笑い、お姫様もでかしたと言わんばかりに親指を立てました。
難題が勇者達に降りかかったとき、ムードメーカーになるのは決まってお姫様です。ゲーム制作をするにあたって、今までもたくさんの苦労に見舞われましたが、その度にお姫様が率先して動き、勇者達を救ってくれました。
後日リリースされることになるこのレースゲームも大ヒットすることになるのですが、それはまた別のお話です。
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