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画面の向こう側  作者: 阿瀬 ままれ
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第一章 魔王のお話

 荒廃した町、毒の沼、陰湿な洞窟と、人間達にとっては不気味に感じるような場所も、魔物達にとっては打ってつけの住処でした。そんな魔物達が暮らしやすい環境の世界こそが、黒の世界。そして、黒の世界を統治する魔物こそが、ブラック王国の魔王様なのです。

 魔王様の目的は、白の世界と黒の世界の両方を統治する存在となること。そのためには手段を選ばず、白の世界を侵攻してはホワイト王国のお姫様をさらいます。そして、邪魔な存在である勇者をやっつければ、めでたく魔王様の目的は果たされるわけです。


 ……と、ここまでがゲーム上の設定です。

 実際には、特に白の世界を侵略する気も、勇者を本当にやっつける気もさらさらありません。あくまでゲームの悪役として、使命を全うするのです。

 例えば、ラスボスとしての強さを遺憾なく発揮するために、毎日筋トレを欠かさず行うのですが、勇者を圧倒する気はありません。プレイヤーに難しさを程よく提供するために程よく鍛えるのです。なので、勇者より強くなることなど御法度です。

 他にも、勇者が魔王の城に来るまでに様々なアスレチックを用意したりします。落とし穴、棘の床、乗ると崩れる足場など……。それらは全て魔王が自費で用意します。魔王はお姫様と同じくらいお金持ちだからまだ良いのですが、それでも全て出費すると大分痛手です。

 さらに、部下の魔物達も勇者の道中に配置し、行く手を遮らせます。この部下達も雇用しているので、報酬として給料を支払わなければなりません。税金は何割か差し引いて頂戴するのですが。また、社会保険や労働保険、他にも交通費などを支給する必要があります。

 部下を配置するにあたっても、部下達のみならず、勇者もといプレイヤーにも気を遣わなければなりません。例として、まだ戦い慣れない序盤に凶暴なドラゴンを配置するわけにはいきませんよね? なので、比較的弱いゴブリンを多めに配置します。そこから少しずつ、段階的に難易度を上げていくように、色んな魔物を配置していくのです。

 他にも、アスレチックを気持ちよく越えるための工夫を施したり、進むごとに地形や背景を変えていったりと、やらなければいけないことを挙げていくと切りがありません。魔王は皆が考えている以上に大変なのです。まだゲームのリリースまで期間こそあるものの、魔王自身は休日返上でほぼ毎日働いているのです。


「疲れたぁぁぁぁ~」


 とまぁ、ここまでの激務をこなすとなると、少しくらい愚痴を零したくなるわけで。

 魔王は貴重な休日を使って、ホワイト王国の城下町にあるいつもの居酒屋へ来て、カウンター席でビールを飲んでいました。住み心地は黒の世界の方が勝るものの、美味しいお酒や料理は白の世界の方が多いのです。


「大変だね、お疲れ様」


 隣のカウンター席に座る黄色い短髪の青年が、そう言って魔王の背中をトントンと叩いて労いました。この人は勇者のお兄さん、いわゆるプレイヤー2です。なので、勇者ほど出番は多くありません。こうして魔王達に誘われては、よく愚痴を聞いてあげています。


「今日は僕がご飯を奢るよ。この店の卵焼きはフワフワしていてとても美味しいんだ」

「恩に着るぞ、勇者兄~」


 勇者兄の優しい言葉に、魔王が威厳もなく泣きつきます。周りの客にチラチラ見られていますが、今日くらいは許してあげてほしいのです。


「へい、お待ち!」


 居酒屋の店主から、カウンターに卵焼きが差し出されます。頂きますをして、早速魔王が卵焼きを一口食べると、ふんわりとした食感にほんのりとした甘みが加わり、その絶品さに思わず舌鼓を打ちます。

 とは言え、魔王の顔色はまだ元気を取り戻していない様子。それに気づいた勇者兄が、魔王に言いました。


「例えば他の誰かが悪役を演じるとか、少しくらい休みがあっても良いのにね。そんなに働いていたら過労で倒れちゃうよ」


 魔王は咳払いして言いました。


「本音はそうなのだが、魔王ともなると立場というものがあってだな。弱音を吐くわけにはいかないのだ。プレイヤーもこの世界の皆も、私が悪役であることを望んでいる。その期待に応えなければならんのだ」

「その真面目さ、見習わなきゃなぁ」


 感心しながら、勇者兄はジョッキを持ち上げてビールを一気に飲み干しました。


「それに、ここだけの話だが、部下にも元気をなくしている者がいてな」


 魔王が身を乗り出して、勇者兄に耳打ちします。勇者兄は目を丸くしました。


「部下にも?」

「そうなのだ。ゴブリンなのだがな、他の部下に聞いたところ、そのゴブリンはどうも自信喪失に陥ってしまっているらしいのだ。一方的に休職願を渡されて、励ますこともできずにいるから心残りなのだが……」


 魔王の話を聞いた勇者兄は、周りをきょろきょろと見回し始めました。何だか、この居酒屋で見覚えがある気がしたのです。


「それって、もしかしてあのゴブリンさん?」


 勇者兄が、一番角のテーブルで一人寂しく飲んでいるゴブリンを指差しました。


「まさにその通りだ!」


 魔王が勢いよく立ち上がり、ゴブリンの方に駆け寄りました。勇者兄も後に続きます。


「一体どうしたのだ? ずっと元気がないと皆から聞いているぞ」


 魔王が声をかけると、ゴブリンは一瞬驚きましたが、またすぐに意気消沈して言いました。


「魔王様……オイラのことは放っておいてください……」


 魔王が食い下がります。


「放っておけないから尋ねているのだ。愚痴でも何でも正直に話すがよい」

「へい……恐れ入ります、魔王様」


 魔王と勇者兄が向かいの席に座ると、ゴブリンは話を始めました。


「オイラって、いつも序盤のステージに配置されるじゃないですか」

「うむ、確かにその通りだ」

「それで、いつも勇者に虫けらのように倒されるんです」

「虫けらとは思わないが、倒されているのは確かだ」


 ゴブリンがうなだれながら言いました。


「オイラって、いつもすぐに倒されてしまう雑魚なのに、何で存在しているんだろうって思って……。そんなことを考え始めたら、自己嫌悪が止まらなくなっちゃったんです。お酒は控えるようにって心療内科の先生に忠告されているんですけど、どうしてもお酒を飲まないとやっていられなくて……」


 ひとしきり愚痴を言うと、ゴブリンはジョッキを持ち上げてぐいっとビールを飲み干しました。


「ハッハッハ! 何だ、そんなことだったのか!」


 魔王は人目もはばからず大笑いしました。ゴブリンと勇者兄は目を丸くします。


「そんなこととか言っちゃ駄目だよ、ゴブリンさんは辛い思いをしているわけなんだから」


 勇者兄が咎めると、魔王は笑うのを止めて言いました。


「あぁ、すまなかった。だがゴブリンよ、お前はお前にしかできないことを任されているのだぞ」

「オイラにしかできないこと、ですか?」


 ゴブリンが聞き返すと、魔王は力強くうなずいて言いました。


「勇者を動かすプレイヤーは、何も熟練者ばかりなわけではない。ジャンプすることも歩くこともままならない初心者だって中にはいるのだ。そんな初心者プレイヤーに、ドラゴンやトロルを最初からぶつけたらどう思う? すぐにやられて、このゲームが嫌になって放り出すのがオチだ」

「それは……確かにそうですね」


 納得するゴブリンに対し、魔王は説得を続けます。


「ゴブリンよ、初心者プレイヤーに頑張って越えてもらう最初のハードルとして、お前以外に適任者はいないのだ。お前が初心者プレイヤーに倒されることで、初心者プレイヤーは成長すると共に達成感を味わうことができる。素晴らしい役目だと私は思うぞ!」


 魔王の説得を聞き、ゴブリンの顔色が徐々に良くなっていきました。


「そうか……オイラにしかできないことがあるんですね、魔王様!」

「その通りだ! ハッハッハ!」


 魔王は立ち上がり、ゴブリンの横に来て肩に腕を回しました。


「酒は控えろと言われたんだっけな。だが、この店は料理も美味しいから安心するのだ! 代金も私が奢るから気にせず食べると良い!」

「ありがとうございます! 魔王様!」


 ゴブリンは畏まりながら感謝しました。先程まで元気がなかった魔王も、いつの間にか元気を取り戻していることに勇者兄は気付きました。

 ――そうか、支えてあげるべき部下達がいるからこそ、魔王は頑張れるんだ。魔王の活力の源を、勇者兄は知れた気がしました。

 上機嫌になっている魔王に向かって、勇者兄は言いました。


「それじゃあ、さっき僕が勧めた卵焼きも自分で代金払ってね」

「それはお前が奢ると言ったから払うのだ、勇者兄」


 やっぱりケチな野郎だと勇者兄は思いました。

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