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【第一章終了】千紫万紅の吸血鬼  作者: 小松羽咲/了一
【第一章】君と僕のさよなら
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君と僕のさよならⅨ

 一触即発の空気の中、誰も動けず言葉を発することもできない。

 緊張から汗が頬を伝い床に落ちる。


 沈黙の中、先程の鼠とは違う何かの鳴き声が耳に届いた。


「……なんだ?」


 不審に思い、千草が辺りを見回す。

 中将も眉間のしわを深めた。


「また鼠じゃないだろうな」


 音は次第に近くなる。聞き覚えのある鳴き声だ。

 千草がそれに気づいて振り向いた時、彼等の背後にあるドアから大量の蝙蝠が飛び込んできた。


「な、なんだこれは!」

「やはり蝙蝠っ……吸血鬼か!」


 小さくすばしっこい蝙蝠に狙いを定めるのは難しく、からかうように彼らの周りを飛び回っている。

 その中の更に小さいいくつかが蒼羽のそばまで飛んできて、見覚えのある背格好の人型になっていく。


「やぁ、待たせたね」

「琥珀!」


 その人物はいつもと同じ調子で笑っており、蒼羽は苛つきと安堵を同時に感じていた。


「お前何してたんだよ」

「いやぁ、まぁ色々とね。ところで」


 琥珀は絲の横で今にも膝をつきそうな桃簾に視線を移した。


「なんとか生きてるみたいだね。ずいぶんしおらしいけど、いつもの威勢はどこに行ったのかな?」


 これでもかというほどの笑顔で嫌味らしき言葉を向ける琥珀に桃簾は心底嫌そうな表情を返した。


「うるさいわよ……こんな形で助けるなんて……あんた本当に性格悪いわね」

「ははは、誉め言葉かな?」


 琥珀には全く響いていないようで相変わらず笑顔を浮かべている。


「そろそろ放しておやり」


 琥珀が声を掛けると千草達の周りにいた蝙蝠達はあっという間に再びドアの向こうへ消えていった。

 琥珀の登場で緊張がほぐれた蒼羽とは反対に、中将達は先程以上に表情が険しくなっている。


「琥珀って……蒼羽、会ったのはあの時だけじゃないのか?」


 千草が驚きの顔で弟に尋ねた。

 蒼羽はそんな兄から顔を背けて口を結んだ。

 兄を信頼していなかったわけではないが、なんとなく琥珀に会ったことを言えなかったのは事実だ。


 中将は細剣を構えたまま、口を開く。


「お前が上級吸血鬼の……王の右腕の琥珀か? まさか蒼羽一等兵が繋がっていたのが最上級とはな」


 中将の言葉に琥珀の顔から笑顔が消えた。

 蒼羽は不思議に思いながらも琥珀に尋ねる。


「琥珀、お前しろ……王の右腕なの?」

「ん? そうみたいだね……俺的にはすごく気に入らない言い方なんだけどなあ」


 琥珀の瞳が赤色に光り、中将を捉えた。


「あの人間、こいつを怒らせるなんていい度胸ね。死にたいのかしら」


 桃簾は絲の横で呆れたように呟く。


「気合いを入れたまえ千草大尉。ここでしくじったら待っているのは死のみだ」

「……はい」


 余裕を見せる吸血鬼達達の隙を千草達は狙っているようで睨み合った状態が続く。

 琥珀は赤い目を光らせたまま、口の端をゆっくりと上げた。


「今殺すことはしないよ。王の命令だからね。まあ、優先順位によっては覆るけど。だが、私が手を下さなくとも待っているのは死のみとすると、一度上級吸血鬼を逃がした者は処分されるのかな? 簡単に処分するなんて君達の上官は君達が嫌う吸血鬼と同じ、()()()()()だな」


 いつも以上に饒舌な琥珀に桃簾だけでなく、蒼羽も呆れた声を掛ける。

 さっき言われたことが相当嫌だったらしい。


「琥珀、キレすぎだろお前」

「えー? そうかなあ」


 蒼羽には軽く返す琥珀を見て、千草は怒りの表情を琥珀に向けた。


「吸血鬼……貴様、蒼羽に、弟に何を吹き込んだ……!」


 蒼羽は千草の顔が見れなかった。どう反応していいか分からない。

 深いため息をついた琥珀はのんびりとした口調で返答した。


「嫌だなあ、何も吹き込んではいないよ。それに迷惑してるのは俺の方でね。あ、それでいうと君も、になるかな」


 顎に手を当てて考え始めた琥珀に蒼羽は眉をひそめた。


「どーいう意味だよ」

「ははっ、ん-、秘密」


 琥珀は悪戯な表情で人差し指を立てる。

 秘密がありすぎて慣れてきた蒼羽は、言葉の真意を探るのを諦め、承諾の返事二つだけ返した。


「さて、人間の諸君」


 琥珀は怒り心頭な様子の二人をまっすぐ見つめた。


「真紅の女王と我が同胞は連れ帰らせてもらおう。そうだ、この少年もついでに連れていくとしよう」


 琥珀の話に急に出てきた自分の名前に蒼羽は目を剝いた。


「え? は⁉ 俺も行くのか⁉」

「そうそう。まあ旅行だと思って。枕投げってやつをしよう、きっと楽しいよ」

「するかよ!」


 冗談じゃない。絲も蒼羽も吸血鬼についていくなんて今この瞬間まで考えてもいなかった。

 琥珀は不服そうに続ける。


「だって、君達二人ともここにいたら危ないだろ」

「そ、れは……」


 確かにこんな状況になって、琥珀も桃簾もいなくなったら一人でどうにかできるなんて思えない。


「蒼羽は連れて行かせないぞ!」


 走ってきた千草が振り下ろした大剣を、琥珀は片手で受け止める。


「お兄さん、まだ気が早いですよ。それに可愛い子には旅をさせよ、です」

「うるさい黙れ!」


 笑みを絶やさない吸血鬼に千草は力任せに斬り込む。

 こんなに怒っている千草を初めて見た蒼羽はその気迫に圧倒されていた。

 中将は千草と戦う琥珀の隙を狙って細剣をかまえ直す。


「真紅の女王も実験体も裏切者も、誰一人として地上に出すわけにはいかない」

「……あなたの言い方は駄目だなあ」


 琥珀は手に力を入れて大剣ごと千草を壁まで吹き飛ばすと、一瞬で中将の目の前まで距離を詰めた。


「本当に黙らないと殺すよ?」


 その声に震えながら中将は壁側に下がって距離をとる。


「琥珀、駄目だ!」


 本当に殺しかねない琥珀の様子に蒼羽は気が付いたら思わず叫んでいた。


「殺すのはなしだ!」


 蒼羽の訴えを聞き、琥珀は眉を下げた。


「ここでそれ言っちゃう? 君と僕しか戦えないのに? お姫様達を守りながら?」

「でも、それでも駄目なもんは駄目だ」


 確かに難しい状況かもしれないが、ここで譲るわけにはいかない。

 琥珀は蒼羽の頑固さに負けたのか本日数回目のため息をついた。


「分かったよ、善処します」

「絶対だからな!」

「はいはい」


 この適当な吸血鬼は本当に分かってるんだろうか。

 信じる他ない蒼羽は固唾をのんで彼らを見守る。

 結構な勢いで飛ばされていたが、頑丈なためか痛みで唸っているものの千草の命に別状はなさそうだ。


 乱れた背広を叩いて直す琥珀の元に一匹の蝙蝠が飛んできた。


「お、紫苑の使いだ、仕事早いね」

「紫苑? あの大量虐殺野郎がここにいるのか?」


 紫苑の名前を聞いた瞬間苦虫を噛みつぶしたような表情を見せる蒼羽に、琥珀は笑いをこらえながら答えた。


「まぁ、許せないかもしれないが、今はとりあえずいい働きをしたから認めてやってよ」

「いい働き?」


 蒼羽が訝しんで言葉を繰り返すと琥珀は敵の方を向いたまま頷いた。


「あぁ。ここに捕らわれていた人間は一人残らず傷つけずに逃がしたそうだ。ここまで来た中級、上級吸血鬼の何人か、つまり蝙蝠の何匹かはその人間達を安全なところまで送り届けるため外に向かったようだね」


 信じられない話だが、軍に何故か捕らえられていた人間を傷つけることなく吸血鬼達が逃がしたらしい。


「人間達を……連れて、行ったのか?」


 痛みに耐えながら立ち上がった千草が嫌悪のこもった視線を琥珀にぶつける。

 琥珀は小さく嘲笑しながら言葉を紡ぐ。


「君は……あの人間達がどうなる予定だったか知っているのかな?」


 千草は琥珀の質問に口ごもった。


「……まあ、君は詳しくは知らないといったところだろうね。隣の眼鏡はよく知っているんだろうが」


 琥珀が赤の視線を中将に向けると、彼は怒りに目を細めた。


「どういうことだよ?」

「君が見たものそのままだよ」


 理由を尋ねた蒼羽に琥珀は面倒になったのかそれだけ伝えた。


「よく分かんねーけど、おばちゃん達は無事なんだろーな?」

「そろそろ信用してほしいんだけどね。もとより逆らう気はないけど、紫苑も本来碧王の命令には逆らえない。碧王がこの地下にいる人間は殺してはならないという命令を出した。これなら信じてもらえるかな」


 紫苑を信用することなんて微塵もできそうにないが、琥珀が言うなら、白銀が命令したことなら、少しは信じてもいいのかもしれない。


「ついでに我らの恥も全て始末しておいた」


 彼は笑顔で悪気なくそう告げる。


「我らの恥……もしかして最底辺達か?」


 檻の中で叫んだり暴れたりしていた最底辺吸血鬼の姿が浮かび、蒼羽は気が付いたらそう呟いていた。

 琥珀は目を細めて肯定の頷きを返した。


「全て……処分した、だと」


 中将の顔から血の気が引いていく。


「あぁ、全てだ」


 愕然とする中将を見て、琥珀は満足げに笑う。

 小さな蝙蝠が琥珀の耳元でせわしなく動いた。


「ん? なになに? さらについでに実験室を荒らしまくってこれから火の海にする……えっ、火の海?」


 そこまで口に出してから琥珀は笑顔の種類を変えた。


「前言撤回だ、やはりあいつは馬鹿だ、信用に値しない。すぐにここから脱出しよう」

「すぐにって、どーする気だよ」


 これからこの地下空間は火事になる予定らしい。いや、琥珀の焦りようから察するにすでに火をつけ始めているんだろう。


「火の海だと?」

「中将、本当でしょうか?」


 にわかには信じがたい事態に中将と千草にも困惑の色が見える。


「ちょっと琥珀! あれ寄こしなさいよ、あるんでしょ⁉」


 桃簾が焦り気味に琥珀に言葉を投げかけると、彼は苦笑しながら頬を掻いた。


「え、今?」

「今に決まってるでしょ! あんた一人でここから出られる自信あるの?」


 桃簾の言葉に少し悩んだ琥珀だったが、諦めたのか頭を垂れた。


「できれば今は避けたかったんだけどなあ」

「いいから早く」


 琥珀はジャケットの内ポケットから赤い液体の入った小さな瓶を桃簾に投げた。

 彼女はそれを受け取るとすぐに開けて飲み干してしまった。

 蒼羽はそれに見覚えがあった。


「吸血鬼にも薬が効くんだな」


 感心している蒼羽に、桃簾は眉を寄せる。


「あのね、これは……」

「わーわー、俺の藪医者っぷりがバレるからそれ以上は後にして!」


 珍しく本気で焦っている琥珀に、桃簾は案外あっさり引き下がった。


「……まぁ、いいわ」


 薬が効いたのか震えることなく真っすぐ立つ彼女は先程より頼もしく見える。


「さぁ、ここから出るわよ」


 状況は悪化しているはずなのに、蒼羽はさっきよりもこの作戦の成功を感じていた。

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