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【第一章終了】千紫万紅の吸血鬼  作者: 小松羽咲/了一
【第一章】君と僕のさよなら
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君と僕のさよならⅦ

「あお、とりあえず座ったら?」


 絲は先程から自室の同じ場所を行ったり来たりしている蒼羽に声を掛けた。


「え? ああ、そうだな」


 蒼羽は頷いて椅子に座るも落ち着きなく視線を動かしている。 

 絲はテーブルの上に置かれたポットを手に取り、二つのティーカップにお茶を注いでいく。


「はい、どうぞ」

「さんきゅ」


 蒼羽はお茶を受け取るとあっという間に飲み干してしまった。

 絲はそんな蒼羽を見て、自分のカップの中に息を吹きかけ冷ましながらため息をつく。


「な、なんだよ」

「なんでも」


 何か言いたげだが何も言葉にしない絲に蒼羽は何も言えなかった。


 今日は早めに夕食、風呂を済ませた。部屋では着物で過ごすことが多いが、結局一番動きやすい軍服を身につけることにした。もちろん腰には刀を提げている。絲はいつもの袴姿だ。

 名月からもらったお守り、千草達からもらった懐中時計はそれぞれ左右の胸の内ポケットにゲン担ぎとして忍ばせている。準備は万端なはずだ。

 なのに、どうしてこうも胸騒ぎがするのだろうか。


「それもこれもあいつが詳しい事何も言わなかったのが悪い」


 あいつ、琥珀は結局詳しい時間も作戦も何も告げずに消えてしまった。これでは何時(いつ)どう行動していいか分からない。

 蒼羽は手持無沙汰になりテーブルの上に置いた本に目をやった。第三書庫から持ってきたあの本だ。


「今日はこいつで強行突破だ」


 そう決意しながら古びた本に手を触れた。


 ――助けて


 不意に前と同じ女性の声がどこからか聞こえてきて蒼羽は辺りを見回した。

 そのか細い声は一度聞こえただけで、待ってみてもそれ以上はもう聞こえそうにない。


「……まただ」

「あお?」

「……いや、なんでもない」


 絲に何と説明したらいいか分からず、蒼羽はそれだけしか返せなかった。


 おそらくあの声は琥珀の言っていた吸血鬼、桃簾だ。

 根拠はないが蒼羽は何故か確信していた。

 以前よりも声が弱くなっている。それが琥珀の言っていたことの信憑性を上げてしまう。

 やはり、軍の人間があの悲劇を仕組んだ憎むべき相手というのは真実なのだろうか。

 まだ信じたくない自分と信じてしまいそうになる自分が言い争っている。


 ――あ、あー、聞こえるかい?


「……はい?」


 突如聞こえた琥珀の声に蒼羽は間抜けな声を出しながら再び辺りを見回した。

 部屋中を見回すがどんなに目を凝らして確認しても蒼羽と絲しかいない。

 それに今の声は室内でというより、もっと近くで聞こえたような気がする。


 ――もしかして私を探しているのかい?


 笑いを堪えているような彼の声を聞いて蒼羽は眉間にしわを作った。


「なんだよこれ」


 急に不機嫌な声を漏らした蒼羽に絲は目を丸くしている。

 どうやら癪に障るような琥珀の声は、幸か不幸か蒼羽にしか聞こえていないようだ。


 ――僕は外から話しかけているから探してもそこにはいないよ。君にしか聞こえないよう人間には聞き取れない音で話しかけているんだ。そうだね……思念波というか……超音波の進化版と言ったら分かりやすいかな。


 蝙蝠の鳴き声は人間に聞こえる音域ではない。あれが吸血鬼にも適用されることがあるとは初耳だ。


 ――ちなみに君にも使えるはずだから。

 ――俺に使える訳ねーじゃん。


 蒼羽が声に出さずに文句を述べると琥珀は小さく吹き出した。


 ――ほらね、使えるだろう?


 自分で気づかないうちに思念波だか進化した超音波だかを使っていたらしい。

 よく分からないものを自分が使っている感覚は思ったより気持ち悪い。


 ――で、用件は?


 機嫌が悪い声色のまま問いかける蒼羽に、琥珀はまた小さく笑いながら答えを返した。


 ――幕開けを伝えに来たんだ。


 その言葉に蒼羽は体を強張らせた。

 いよいよだ。


 ――お前はどーすんだよ?

 ――僕らもすぐに行くよ。作業が完了したら教えてくれ。


 蒼羽は心の中で了承の返事を返す。

 どうやって中に侵入するつもりか知らないが、吸血鬼にとって侵入自体はどうってことないらしい。

 琥珀からの声が届くなったことを確認し、蒼羽は本を持って立ち上がった。


「絲、行くぞ」

「う、うん」


 絲は慌てて頷き、ランプを持って立ち上がる。


 当初、絲は連れて行かず、部屋で留守番させるつもりだった。

 謎だらけの第三書庫、何が起こるか分からず、危険な目に合わない保証はない。

 だが、蒼羽の仕業だとバレた場合、どこにいても絲の身は危うくなってしまう。吸血鬼に隙を突かれて狙われる可能性もある。

 それなら多少の危険があってもそばで守れる方がいいに決まっている。


 蒼羽は棚の引き出しから鍵の束を取り出し、部屋の入口にかけていたいくつもの鍵を手早く解除していく。

 最期の南京錠を鍵を開ける手が止まった蒼羽の顔を絲が覗き込んだ。


「……あお、大丈夫?」

「あ、あぁ、大丈夫だ」


 絲の心配そうな表情を見て蒼羽は我に返り急いで南京錠を開けた。

 全ての鍵を開けた。もう止まることはできない。


「進むしか、ないんだ……」


 蒼羽は勢いよくドアを開けた。






 玄関を通り過ぎるところで、巡回を終えた五番隊に遭遇してしまった。

 できれば人に会いたくなかった蒼羽は顔が強張ってしまう。

 帰ってきた小暮は蒼羽を見つけると不思議そうな表情を見せた。


「こんな時間にどうしたんだ?」

「いやぁ、えっと」


 誰かと会うと思ってなかった蒼羽は何も想定しておらず、答えに困ってしまった。

 この時間に軍服、刀完全装備でランプを持った絲と共に寮内をうろつくなんて確かに何かあるのかと声を掛けられてもおかしくはない。


「おー、蒼羽じゃん。待っててくれたんだな」


 そこへ辰森が手を上げ声を掛けてきた。

 特に思い当たる約束がなく、不思議に思いながらも蒼羽はつられて手を上げた。


「おぅ、辰森、お疲れ」


 そんな様子を見て小暮は少しだけ口角を上げた。


「仲良く自主練はかまわないが、今日は千草と壱岐は巡回、総司令官達は不在だからほどほどにな」

「はーい」


 小暮の忠告に蒼羽は辰森と共に返事を返した。

 蒼羽達の返事に頷いた小暮は他の兵と共に風呂場に向かった。

 角を曲がった五番隊の姿が見えなくなると蒼羽は安堵から小さく息を吐いた。


「ありがとな辰森、おかげで助かった」

「それはいいけど。で、お前何するとこなの?」


 蒼羽を呆れ顔で見ながら辰森は尋ねる。

 約束がないのは思い違いではなく、あれは辰森が咄嗟に出してくれた助け船だったらしい。


「それは……」


 辰森にも今夜の作戦は伝えることはできない。彼の安全を考えるなら今のもまずかったのかもしれない。

 口ごもる蒼羽を見て辰森は大きくため息を吐いた。


「お前もうちょっと誤魔化すの上手くならないとすぐ捕まるぞ。まぁ、俺も今日はもう疲れたし風呂入りたいし、聞かないでおいてやるよ。明日聞かせろよ、悪戯はほどほどにな」


 辰森は欠伸を一つすると風呂場へと歩き出した。

 彼の姿が廊下の向こうに消えたのを見て蒼羽は小さく呟く。


「わりぃ、辰森。それはできそうにねーや」


 この悪戯は、誰にも話すことはできない。


「……よし」


 蒼羽は気を取り直して当初の目的地へと足を向けた。







 目的地、第三書庫の前には見張りの兵が二人いた。

 曲がり角の壁から見張りの様子を覗くと、彼等は軍内部ということもあり気を抜いているようだった。


「前に侵入したのがバレてから見張りがつくようになったんだよな……あれは失敗だった」


 見張りは二人組の交代制で巡回担当が当たってない者がすることになっていた。

 幸い今の見張り担当は千草や小暮、壱岐のような軍の手練れではない一般兵だが、蒼羽の大事な仲間だ。仮に蒼羽の侵入が今後バレるとしても、できれば今は揉めずに侵入したい。

 いざとなったら好奇心から中に入ってみたくなったとか適当な言い訳で誤魔化せばいい。

 多少疑われたとしても、琥珀との繋がりがある証拠はない。


 蒼羽は手に持っていた本を見つめた。


「お前の出番だぜ」


 絲の手を引いて堂々と正面に向かう。

 見張りの二人は蒼羽と絲の姿を見て、目を丸くした。


「お、お前ら、なんでこんなとこいるんだ!」


 当たり前と言えば当たり前だ。ここは第三書庫前、目的や許可なく立ち入ることは禁止されている区域だ。

 慌てた見張りに対し、蒼羽は落ち着いて言葉を返す。


「この本、見つけたから来たんだよ」

「本?」


 差し出された本に視線を移して訝しそうにする見張りの兵達の様子を、蒼羽は注意深く見ながら軽い調子で続ける。


「談話室の植木の裏にあったんだけど、第一、第二書庫の判子ないし、第三かなって」

 手に持ってる本を軽く揺らす蒼羽に、疑いの目のまま見張りは尋ねた。

「どうしてそんなところを覗いたんだ?」


 その質問に振っていた手を止めた蒼羽だったが、絲を少し見た後、意地悪な笑みを浮かべた。


「絲がどうしてもって言うからかくれんぼしてて見つけた」

「あおっ」


 唐突に自分の名を出され、絲は顔を赤くしながら蒼羽を睨む。

 もちろん、かくれんぼなんてしてないし、彼女がしたいと言ったわけでもない。蒼羽が疑われないようについた嘘だ。


「お前ら、軍内部での遊びはほどほどにな」


 身に覚えのない嘘に絲はむくれているが、見張りにはそれがバラされて怒っている姿に見えたらしく、呆れた笑いを向けられた。


「蒼羽、お前この本読んだのか?」


 もう一人の見張りに真剣な面持ちで尋ねられ、蒼羽は首を横に振る。


「読もうと思ったけど、文字ばっかで意味分かんなそうだし、かと思えばほぼ空白のページだし、面白くなさそうだったからパラパラめくっただけで読んでねーよ」


 第三書庫にある本を読んだなんて知れたら罰則対象だ。そんなドジは踏めない。

 見張りの兵達は安堵したように息を漏らし顔を見合わせた。

 そんな二人を見て蒼羽は「あ」と声を上げる。


「そーいえば、他の場所でも本があるの見かけたんだ。棚の隅とかだったから置き忘れかと思ってそのままにしといたんだけど、それも判子なかったような」

「それはどこにあったんだ⁉」


 第三書庫の本が他にも持ち出されているかもしれないと聞き、見張りの兵は慌てて聞き返した。

 蒼羽は思い出すように視線を上に向ける。


「えーっと、風呂場の脱衣所と、食堂の一番奥のいすの上と、第二会議室前の机の上、だったかな」


 蒼羽の言葉を聞き、見張りは頷きあった後、一人が確認をしに向かった。

 これでしばらく帰ってくることはないだろう。


「蒼羽、その本は預かっとくよ」


 残った見張りが蒼羽の本を受け取ろうとするが、蒼羽は本を持ちあげそれをかわした。


「俺、中に入ってみたい」

「はぁ?」


 蒼羽の突拍子もない発言に、その兵は目を見開いた。


「駄目に決まってるだろ。早く本を渡しなさい」


 蒼羽は小さくため息をついた。

 断られるのは想定内だ。簡単に中に入れるとは思っていないし、見張り役がそんな許可を出せるはずもない。

 見張りを一人にするまでは蒼羽一人でもなんとかなりそうだと思っていたが、やはり一人にするのが限界だ。


「大人しく寮に帰れよ」


 彼は半ば強引に蒼羽から本を奪った。

 ここからは多少強引だが強行突破しかない。

 見張りの兵は蒼羽から受け取った本をそばにあった花台に置こうと後ろを向いた。


「……ごめん」

「え?」


 蒼羽は小さく呟きながら見張りの兵の首元に思い切り蹴りを入れた。

 奇麗に決まった蹴りで見張りの兵は地面に崩れて倒れた。

 結局蒼羽に思いつく作戦はこれが限界だ。

 彼が気を失ったのを確認し、蒼羽は大きく息を吐く。


「後で謝っとこ……」


 謝って済まされるかはさておき、もう一人が探し終えて帰ってくるまでに、この()()()()()()()()()()()()()()()()を終えなければならない。


「あ、鍵って持ってんのかな」


 鍵のことが頭になかった蒼羽は今更ながらそのことに気づいた。


「とりあえず開けてみるか」


 ダメ元で扉を押すと鍵はしまっておらず、すんなり開いてしまった。

 あれだけ立ち入り禁止とされているのに、手練れでもない見張りの兵は二人だけ、鍵もかけないなんて不用心すぎる気がする。


 蒼羽は中に入ると内側から扉を閉めて鍵をかけ、絲がついてきているのを確認しながら奥へと進んでいく。

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