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【第一章終了】千紫万紅の吸血鬼  作者: 小松羽咲/了一
【第一章】君と僕のさよなら
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君と僕のさよならⅡ

「さて、他に聞きたいことはある?」

「……なんでそんなに質問させんだ、気持ち悪ぃ」


 以前は蒼羽の情報くれくれの質問責めに困っていたのに、今はなんだか質問を求めているように感じる。


「私はね、早急に君に信頼してほしいんだよ」


 琥珀から信頼という単語が出てきて、蒼羽は目を見開いた。


「信頼? あり得ねーだろ」


 蒼羽は嘲笑しながら否定の言葉を吐き出す。

 あんだけ軽々と命を奪っていった吸血鬼、その仲間かもしれない奴を信頼なんてできない。いや、してはならない。


「君、相変わらず頑固だねえ」


 やれやれと首を振る琥珀はそういえばと人差し指を立てた。


「そうだ、碧王……白銀が君に謝ってたよ。自分に力があれば防げたかもしれない、力になれなくて人々を救えなくて本当に申し訳なかったって。伝えておいてほしいって言われてたのすっかり忘れてたよ」


 謝ってたというわりに琥珀の声に申し訳なさは全く感じられず、それどころか飄々としている。


「あいつは、白銀は、どうしてるんだ?」

「碧王? 城にいてもらってるよ。皆を統括する象徴だからね、他の吸血鬼がこの前みたいな勝手なことをしないように君臨しといてもらわないと困るんだ」


 確かに曲がりなりにも王様だから玉座に存在しているだけで他の吸血鬼達の抑制力になりうるのかもしれない。


「白……碧王と、仲いいのか?」

「んー、碧王と仲が良いか、ねえ」


 琥珀は少し考えるそぶりを見せた後、なんだか嬉しそうに前を見つめる。


「彼とは人間でいうところの腐れ縁の幼馴染ってやつだよ」


 碧王の話をする時の琥珀の声はいつもより感情がこもっているように感じる。


「あいつはいつも肝心なことは何も言わない。何考えてんだかさっぱり分からない。勝手に決めて勝手に消える。いつもそれで飽き飽きしてるよ……それでも」


 飽き飽きしているというわりに嫌ではなさそうな表情のまま琥珀は空を見上げた。蒼羽もつられてそちらに視線を移す。

 気持ちいいほどの秋晴れを二羽の鳥が横切っていく。


「なんで付き合っちゃうんだろうなぁ……」


 紡がれた小さな言葉は彼の本心に聞こえた。


「まぁ、君に話したところでどうしようもないんだけどね」


 いつもの笑顔を見せながら琥珀はこれでおしまいと言いたげな声を発した。


 ――友達ができて嬉しいよ


 いつか白銀が蒼羽に言った言葉が頭の中に響く。


「……いんじゃん友達……」

「え?」

「なんでもない」


 蒼羽は自分の苛々の理由が分からず顔をそらした。


「君はさ」


 琥珀が蒼羽を見つめたまま話し始める。

 彼が視界の隅に映るものの、蒼羽は顔を背けているため彼と視線が交わることはない。


「僕らがアレをけしかけたとも思えない。けど、アレは確かに吸血鬼がやったことだ。僕ら吸血鬼を信用もできない。結局たくさんの大切な人を失ってその怒りの矛先を向ける場所が定まらなくて苛々している。そうだろう?」


 琥珀の言葉を自分の中でかみ砕くと思ったよりもすんなり胸に落ちた。

 悔しいがおそらくその通りだ。


「……だとしたらなんだよ」

「素直でよろしい」


 琥珀は楽しそうに笑った後、声色を変えて続けた。


「そこで君にその向ける矛先の真の相手を教えてあげよう」

「えっ」


 蒼羽は思わず琥珀を見た。

 それはつまりあれを企てた真の敵ということになる。

 緊迫した表情の蒼羽に対して、琥珀は何を考えているか分からない笑顔で目を細めた。


「君の上司だ」

「は?」


 その予想外過ぎる相手に今度は首を傾げる。


「俺の上司? 何言ってんだ、お前」


 蒼羽の上司、つまり軍の蒼羽以上の地位の誰かということになる。

 兄や小暮、壱岐、軍のみんなが頭に浮かび、蒼羽は眉間にしわを寄せた。

 そんな話信じられるわけがない。でももしそれが真実に関連しているなら聞かないわけにもいかない。

 鬼の形相になる蒼羽を見て琥珀は首を横に振った。


「あぁ、言い方が悪かったね。上司と言っても君の身近な人達は事情を全く知らないと思うよ。私が言ったのはもっと上、おそらく総大将クラスだ」


 それを聞きほっとしたが、すぐにその言葉の意味が分かり眉を寄せる。


「……あの惨劇が、人間が起こしたものだって言うのか?」

「ん-、半分正解半分不正解」


 彼は人差し指を左右に振りながら答える。


「人間と、一部の吸血鬼が共謀してると僕は睨んでる」

「吸血鬼……あぁ、吸血鬼の裏切り者ってそういうことか」


 琥珀が先程言っていた言葉が今になって繋がった。

 メッセージとやらはその矛先になる奴らに向けて言っていたのだ。


「そうそう、そういうこと。話が早くて助かるよ」


 味方に敵がいるかもしれないというのに琥珀は落ち着き払った態度で笑っている。

 蒼羽は到底そんな心持ちにはなれそうもない。


「でも目的がない。上の奴等は吸血鬼に脅されでもしてるのか? それにしても街の人達を犠牲にするなんて考えられない……」


 人間に、しかも軍に本当の敵が潜んでいる、そんなことを急に聞いても実感がわかないし、理由も分からず釈然としない。


「目的ね……あるんだが、これはまだ君には話せなくてね。少なくとも吸血鬼が脅している、というだけではないと思うよ。一部の人間からすると僕ら吸血鬼にはどうやら利用価値があるらしい。僕がこれからしようと思っている話にも多少関わりがあるかな」


 琥珀の返答はまた明確なものではなかった。


「理由は言えない、でも信じろと?」

「信じろとまでは言えないし、信じてもらえるとは思っていないが……いや」


 琥珀は言葉を止めると少し顔を伏せ、片手で覆った。

 表情は見えないがいつもと同じく薄ら笑いを浮かべているに違いない。


「信じてもらえると、嬉しい、かな」

「……さっきも似たようなこと言ったけど信じるとかほんとあり得ねーだろ」

「ははっ、だよね」


 顔を上げた琥珀はやはりいつも通り笑顔だった。

 蒼羽は大きなため息をついて、長椅子に勢いよく座る。


「でも……話だけなら聞いてやる」

「! それは有り難い」


 琥珀は一瞬驚いた表情を見せたがすぐに頬を緩めた。

 そして柔和な声から突き刺さるような鋭い声色に変え、本題に入った。


「単刀直入に言おう、何処かに捕らわれている我らの同胞を救いたい」

「捕らわれている? 軍に?」


 軍に吸血鬼がいるなんて信じられない蒼羽は目を細め聞き返す。


「そのはずだ。しかも最上級がね」

「最上級が⁉ 嘘だろ……」


 かなりの力を持っている最上級吸血鬼がいるなんて益々疑わしい。

 吸血鬼は軍にとって抹殺すべき対象のはずだ。それを捕獲するなんて聞いたことがない。


「残念ながら本当だ」

「お前等最上級吸血鬼が人間なんかに捕まんねーだろ」

「普通はね。ただ、裏切者の力でかなり弱っていたから捕らえられてしまったんだ。あの建物の何処かにいることは確かなんだが、はっきりと場所が分からない。そこで君に案内を頼みたい」


 真剣な声の彼を蒼羽はまっすぐ見つめる。


「その同胞とやらは惨殺野郎みたいな奴じゃねーだろーな?」

「惨殺野郎って紫苑、酷い言われようだなあ。心配しなくとも今の最上級に心の隙を突かれる奴はいない。もし、善良な人間に危害を加えるようなら」


 琥珀色の瞳が一瞬赤く光った。


「僕がその場で消してあげるよ」


 どこまでが本心でどこからが偽りなのか全く読めない。

 蒼羽は彼の真意を探るのを諦めてため息をついた。


「分かった、少し調べてみ……」


 ある光景が頭をよぎり、蒼羽は言葉を止めた。


「……どうした?」


 下を向いて黙り込んだ蒼羽を覗き込むように琥珀が頭を下げる。


「……第三書庫」

「書庫?」


 蒼羽は確信して顔を上げる。


「第三書庫の壁の向こうだ。対吸血鬼用の呪符が大量に貼りつけられていたのはそういうことだったんだ。あの声もなんで聞こえたか分かんねーけど多分そいつの声だ。あの壁の向こうにお前の同胞がいるはずだ」


 沢山の呪符、壁の向こうの声、間違いない。第三書庫は何かを隠すには最適な場所だ。

 あの壁の向こうに何かがある。

 琥珀はその言葉を聞き口角を上げた。


「もう場所が分かってるなんてさすがだね」

「まぁ調べものしてたからたまたまな。けど、入口は呪符だらけだぞ。人間以外入るの無理だろ、どうすんだよ」

「そうだな……少し失礼するよ」


 そう言いながら顔を近づけてくる琥珀に蒼羽は青ざめ目を丸くする。


「は? ちょ、ま、待て、何」


 琥珀色の髪が緩やかに揺れ、同じ色の睫毛が陽の光で輝いている。

 制止も聞かずどんどん近づく整った顔に思わず目を瞑ると、どこかがぶつかった感触がした。

 片目ずつ開くとやはりすぐ近くに目を瞑った琥珀が見えて、気まずく感じた蒼羽は再び目を閉じる。


「さっきの場所について思い浮かべてくれ」


 何が何だかよく分からないが、とりあえず自分の部屋から書庫まで行く通気口や書庫のあの情景を必死に思い浮かべた。

 少しするとようやくおでことおでこが離れ、蒼羽はゆっくりと目を開いた。


「急に何すんだよ、びっくりすんだろ」


 不満たっぷりの蒼羽に、琥珀は涼しい顔で答える。


「あぁ、すまない、記憶を複製させてもらったんだ。この方が簡単でね」


 それならそうと最初に教えてほしかった。そうすれば無駄に焦ることもなかったと蒼羽は心の中で文句を告げた。

 琥珀は顎に手を当てて困ったような声を漏らす。


「しかし、呪符は厄介だな。入口どころか部屋全体に影響している。これでは壁の向こうどころか第三書庫とやらにすら入ることができない」


 そんな彼を見ていい考えが浮かんだ蒼羽は含みのある声で提案する。


「俺なら……俺ならその場所を知っているし人間だから呪符を無効にすることもできる」

「そこまで協力してくれるのかい?」

「あぁ。ただし、情報を渡すなら、な」


 琥珀は腕を組み、小さく笑った。


「情報にこだわるね、君は」

「うっせ」


 仕方がない。蒼羽には圧倒的に情報が足りないのだ。

 軍上層部、吸血鬼、得導、彼らの持っている情報を得なければ、吸血鬼を全滅させることなど不可能な気がする。

 最終的にはコイツも敵だが、今は琥珀と組むしか進む道がない。


「いいよ。答えられる限り答えよう」

「交渉成立だな」


 琥珀の差し出した右手を見て一瞬戸惑いながらも握り返した蒼羽に、琥珀は嬉しそうに微笑んだ。


「あ、そういえばあの伝言……」


 マドンナの件の時に出会った吸血鬼、奴の言った言葉が頭に浮かび蒼羽は呟いた。


「伝言?」

「いや、前に変な吸血鬼に会った時に、そいつが言ったんだ。覚悟しときなよって王様に伝えろって。自分は彼は誰れ刻だって」

「彼は誰れ刻……」


 琥珀はしばらく黙っていたがやがて首を横に振った。


「悪いけど僕は本当に知らないな。碧王なら知ってるかもしれないから伝えておくよ」

「ふぅん」


 これは本当に知らない反応だ。なんとなくそう感じて蒼羽はそれだけ答えた。


「そうそう、伝言と言えば。君、軍のできるだけお偉いさんに接触してもらえるかい?」

「はぁ? やだよ、俺今の総司令官嫌いだし仲良くないし目立ちたくねーし」


 以前の総司令官は優しくて親しみやすく蒼羽もよく関わっていたが、今の総司令官は腹が出たちょび髭おやじで、悪い性格が顔にまで滲み出たようないけ好かない奴だ。

 ただでさえ問題児扱いされている蒼羽が軍の上層部と接触なんて想像したくもない。


「そうかそうか、してくれるか」

「お前耳ぶっ壊れた?」

「我が同胞、桃簾を差し出す代わりに真紅の女王を返してもらおう」


 真紅の女王という言葉は、つい最近見た単語と似ている。

 第三書庫から持って帰ったあの古い本に書かれていた言葉。


「真紅の女王……真紅の一族に関連した何かか?」


 その質問を聞き、琥珀は笑顔を崩して蒼羽を見た。



「……それを、真紅の一族のことを何故知っている」


 いつになく恐怖を感じさせる彼の圧に驚きながら蒼羽は答えた。


「第三書庫の、書物で……でもほぼ文字が消えてて真紅の一族って言葉以外はよく分かんなかった。真紅の一族とか女王っていったい何のことだ?」

「……申し訳ないがそれは教えられないんだ、悪いね」

「また答えらんねーのかよ」


 答えられない質問については今までの経験からこれ以上聞いても無駄だろう。


「それに、桃簾とか言う奴は差し出していいのかよ、救い出したい同胞じゃねーのか」

「あぁ、本当に差し出す気はないよ。桃簾も分かっているだろう。ただ、少し確かめたいことがあってね……まぁ、彼女が来てくれるなら僕的にはそれはそれでいいんだけど、誰かさんに怒られそうだ」

「誰かさん? 白銀……碧王か?」


 蒼羽の問いかけに琥珀は小さく笑った。


「そうかもしれないし、そうじゃないかもしれないね」


 肝心なことは何も教えてもらえない状況に蒼羽は口を尖らせた。


「訳分かんねー」

「はははっ、そのうち全て分かるさ」


 琥珀は長い話を終えて、ようやく立ち上がり、背広を軽く叩いて整えた。


「決行日時はまた伝える。では、また近々お会いしよう」

「今度はちゃんと近々なんだろうな」


 神出鬼没な彼に次いつ会えるか分からない。


「はは、今度こそはすぐ来るよ」

「ほんとかよ」


 彼は軽く手を振り突風と共に姿を消し、残された蒼羽は青空を見上げて眉を下げた。

 にわかには信じがたい話ばかりで、まだ頭の中が混乱している。この選択で本当に間違っていなかったのか自信はなく不安ばかりが渦巻いている。


「なんなんだよ、ほんと……」


 小さく呟いた蒼羽の目の前を琥珀色の葉が一枚舞っていった。

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