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【第一章終了】千紫万紅の吸血鬼  作者: 小松羽咲/了一
【第一章】君と僕のさよなら
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君と僕のさよならⅠ

 人々が行き交う賑やかな街並み。

 私はここを知っている。


「あれ、どうしたの? 暗い顔して」


 おさげ髪の女学生らしきこの子は私の友達だ。

 私も女学生の服に身を包んでいる。


「ううん、なんでもない」


 これは私の日常。ずっと繰り返してきた日々。私の居場所。

 なのにどうして、今はこんなに薄っぺらく感じてしまうのだろう。


「ねぇ、私知ってるの、あなたって」


 おさげ髪の子はこちらを見てほほ笑んだ。


「真紅の女王なんだって」

「え」


 何故か鼓動が早くなっていく。


「目覚めるのなんてやめましょうよ、ここだって楽しいわ」

「何を……言って、るの?」

「幸せな夢を見続けた方が幸せだわ」


 こわい。


「やめてっ」


 そう感じて気が付いたら彼女を突き飛ばしていた。


「そう、残念……」


 彼女はそう言って消えていき、辺りに闇が訪れる。

 真っ暗だ。自分の姿も何も見えない。


 その中に一つ灯が見えた。

 青い炎はとても暖かく、冷たく、暗く、明るく、そして怖く感じる。




「やめてっ」


 絲は自分の声で目を覚ました。

 上がっている息を不思議に思いながら小さく首を傾げる。


「なんか夢、見た気がする」


 最近はよく夢を見る気がする。どれも起きてからははっきりした内容を覚えておらず、見たという感覚しかないものだけれど。

 ただ誰かに言われた言葉、その単語一つだけは毎回必ず記憶に残っていた。


「真紅の女王、ってなんだろう」


 隣で爆睡する蒼羽を見つめる。彼なら何か知っているだろうか。


「……やめておこう」


 絲はそう言って布団に潜りなおした。

 彼はあの広場での惨劇以来、何か忙しそうにしている。悲しみを紛らわせるように。

 力になりたいし励ましたいが、自分にできることは見守る以外ありそうにない。


「あったかい……」


 今はこの隣のぬくもりを感じられるだけでいい。

 絲は安心しながら再び瞼を閉じた。








 ――いやだ、夢なんか……見たくないんだっ




 蟻が虫の死骸を運んでいた。

 死を運んでいるんだ。死を生につないでいる。

 いっそ蟻のように他者が死してから力にできれば良かったのかもしれない。


「何を見ているんですか?」


 白いブラウス、茶色のタイ、茶色の半ズボンの琥珀色の髪の小さな男の子。俺はこの子を知っている。

 自分ではない自分が口を開いて答える。


「蟻」

「あり?」


 彼は言葉を繰り返し、蟻に視線を向けた。


「小さいですね」


 そう言ったや否や彼は蟻を勢いよく踏み潰した。


「ははっ、あなたが前に仰った通り! こんなに簡単に終わるなんて人間みたいだ、ははっ」


 彼から罪悪感など微塵も感じられない。

 楽しそうなそれは無邪気そのものだ。自分もそうだったはずだ、なのに。


「あれ、どうかしたんですか? 最近様子がおかし……」


 視界がかすみ、声がだんだん遠ざかっていく。





 見えたのはいつもと変わらない天井。窓の外はまだ暗く、おそらく日の出前だろう。

 隣の絲もまだ熟睡しており、気持ちよさそうに寝息をたてている。


「勘弁してくれよ、全然寝れてねーじゃん」


 蒼羽は苛つきながら両手で頭を掻いた。

 これじゃ寝不足の解消にならない。

 しかもまた夢だ。

 たぶんまた白銀の夢なんだろう。

 何故かは分からないが、夢で蒼羽は彼の幼少期を過ごしている。

 誰がどうやって、何の目的でそれを行っているのかは分からないが、こっちにとってはいい迷惑だ。

 あの髪色からして、もしかするともう一人の男の子は琥珀なのかもしれない。


「悪夢は嫌いだ……」


 できればもう見たくない。


「……目ぇ覚めちまった……牛乳でも飲もう」


 蒼羽は寝るのを諦めて起き上がった。






 蒼羽は起きてから数時間後、軍服で街の中を当てもなく歩いていた。

 特に用なんてないのについ街に来てしまう。

 寮にいると考えてもしょうがないことを考え続けてしまうからだ。

 巡回があれば余計なことを考えなくて済んだのかもしれないが、今は免除期間だ。今自分にできることは何もない。

 第三書庫への侵入は感づかれている可能性が高く、再び行くとしても少し日数をおいた方がいいだろう。


「なんか色々考えすぎて気持ち悪くなってきたな」


 考えごとのしすぎのためか気分が優れなくなった蒼羽は足元がおぼつかなくなり、目の前にいた人物にぶつかってしまった。


「あ、すんませ」


 ぶつかった人物を見て蒼羽は目を丸くし、すぐに距離を取った。

 その人物を睨んだまま息を呑む。


「あれ? 薬飲んだのにまだ調子悪いのかな……ってそんなに敵視しないでよ」

「お、まえ……」


 そこにいた人物は紛れもなくあの惨劇の重要人物の一人、琥珀だった。

 蒼羽は彼から視線を逸らさずすぐに刀に手を添える。


「おっと、それは勘弁してほしいな、騒ぎにしたくなくてね」


 刀を抜きかけた蒼羽の手を、琥珀はいつの間に近くに来たのか自分の手を重ねて止めていた。

 彼の手袋の感触に気づき、慌てて下がって改めて距離をとる。


「……くそっ……」


 やっぱり今の自分では駄目だ、奴には勝てないと認めたくないのに認めざるを得ない。


 街の人を、仲間を死に追いやった吸血鬼達を決して許せはしない。ここで見過ごすわけにはいかない。

 だからと言って今ここで彼に攻撃を仕掛けるのも得策とは思えない。

 本当は今すぐ消し去ってやりたいくらいだが、それをしたところで状況が好転するわけでもない。今蒼羽がすべきなのは琥珀から情報を聞き出し、今後の対策を練り、全ての吸血鬼を抹殺すること、それだけだ。


 琥珀は黙っている蒼羽を見て謎の笑みを浮かべ、ため息をついた。


「まぁ、君が今考えていることはだいたい分かるよ。少し誤解もあるだろうけどね」

「誤解?」


 蒼羽は眉間に寄せた眉を片方上げる。


「そう」


 琥珀は表情一つ変えず答える。


「……お前は何しに来たんだよ。犯行現場に戻る犯人の心理か?」


 攻撃的な蒼羽の質問に、琥珀は首を横に振った。


「随分と恨まれたもんだな、君と話をしに来ただけだよ」

「俺と、話?」


 予想外の答えに蒼羽は目を細める。言ってる意味が分からない。目的は何なのか。


「何のためだ?」

「それも含めて話をしようと思って、ね。君にとって悪い話ではない。知りたいこともあるんだろう?」


 彼はそう言うと蒼羽に背を向けた。


「どうするかは君に任せるよ」


 どうするかなんて分かり切っているくせにそんな言葉を投げかける琥珀に、蒼羽は苛つきながら言い放った。


「……くそったれ」


 蒼羽は刀に手を添えたまま琥珀色の背中を追いかけた。



 公園にある木でできた長椅子に座り、琥珀は眩しいくらいの空を見上げた。


「君も座りなよ」

「いや、俺はいい」


 誘われた蒼羽は首を横に振り、琥珀と距離をとりながら立ったまま彼を見つめていた。

 座っていてはいざという時、初動が遅れる。


 よく晴れ渡った空の下で紅葉した葉が風に吹かれていくつも宙を舞う。


「さて、何から話したものかな」


 琥珀は長い足を組み、ゆっくりと口を開いた。

 余裕のある声色が蒼羽の怒りを増長させる。


「……お前らは……お前と白銀はアレを知ってたのか?」


 言いたいこと、聞きたいことは山ほどあるはずなのに、一番最初に蒼羽の口から出てきた言葉はそれだった。


「んー、どれのことだい?」

「とぼけんな、お前が言ってた宴はあの殺戮のことか? 白銀もお前もアレが狙いで、俺達を騙してたのか?」


 言いながら蒼羽は自分の中に矛盾を感じていた。

 この問いかけはまるで。


「あれ、僕達のこと気にしてくれてるんだね、意外だな」


 琥珀は嬉しそうに微笑み、蒼羽はその言葉に顔を赤くした。

 照れているからではなく自分が恥ずかしくなったからだ。


 自分でもなんとなく感じていた矛盾が言葉となって降ってくる。蒼羽がした問いかけの内容は、あの惨劇が琥珀達の本意ではなかったという回答を求めるものだった。

 大切な人々が奪われた奴が最初にすべき質問ではない。

 なんでその問いかけが一番最初に口から出たのかは分からないが、そんな問いかけしか出てこなかった自分が情けなくて、仲間に申し訳なくて仕方ない。

 自分の気持ちがぐちゃぐちゃになりすぎて、どうしたらいいか分からない。


「……なんなんだよくそっ」


 蒼羽は下を向き俯く。

 琥珀は少しの沈黙の後、小さく息を吐いた。


「違うよ」


 蒼羽は求めていたその返答に顔を上げた。

 彼はぽつりぽつりと独り言のように呟く。


「僕の言ってた宴は誰の血も流さない、ただの王の宣言の予定だった。あの大惨事は紫苑の暴走だ。碧王も僕もあの夜人間を襲う気は毛頭なかったし、あの時間にあんなことが起きるなんて予想外だった。碧王は宣言まではほぼ力を使えない役立たずだったし。ともかくあの惨劇は私達の計画ではない……でも結果的に君の大切な人々を傷つけることになってしまったね……申し訳なかった」

「知らなかった……?」

「まぁ、信じるか信じないか君次第だけどね」


 琥珀の謝罪に驚く反面、どこかほっとしている自分に更に嫌気がさした。


「それに」


 琥珀はどこか遠くを見ながら付け加えた。


「元々碧王は人間を無闇矢鱈に吸血して殺さない掟を作っている。あの夜のことは彼の本意ではない」


 琥珀はいつもの笑みを浮かべたまま、「他に質問ある?」と首を傾げた。


「じゃあ、あの宣言はなんだったんだ、警告だの同胞を利用だの皆殺しだのってやつ」

「あぁ、あれねえ……」


 彼は顎に手を当てながら何やら考えているようだった。


「まあ、君達善良な一般市民にはあまり関係のない話なんだけど、そんな答えじゃ君は納得しないだろ?」

「善良な一般市民じゃないもんで」

「ははっ、可愛くないなあ」


 こんな時までからかいを含んだ言葉を紡ぐ琥珀を見て、蒼羽は眉間のしわを深くした。


「そんなに怒らなくても……そうだなあ、すごく簡潔に言うとすれば吸血鬼の裏切者と腐りきった一部の人間に向けてのメッセージだよ。あ、これ吸血鬼の間でも、紫苑ですら知らない極秘情報だから秘密なんだけどね」


 琥珀は相変わらず軽い調子で人差し指を口元に当てた。

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