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【第一章終了】千紫万紅の吸血鬼  作者: 小松羽咲/了一
【第一章】君と僕のさよなら
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今宵、王と惨劇のワルツをⅩ

 この作戦の言い出しっぺは誰だったか。


「くっそ、辰森の奴……」


 蒼羽は絲が熟睡しているのを確認し、ランプに火を灯す。

 辰森が提案した作戦だったが、自分は通気口を通れない上にこの軍本部の構造に明るくないから役に立てない、と戦線離脱を宣言された。

 今頃奴はのんびり自室で寝ていることだろう。


「まぁ? 俺が知りたいことだからぁ? 仕方ないんだけどぉ?」


 小声で不満を口にしながらも部屋の通気口の入り口を開ける。


「やっぱり狭いな……」


 実際通気口を見てみると予想以上に狭い。幼い頃の記憶はあてにならないというが、これは思ったより動きにくそうだ。

 ランプを持ち、通気口の中へ入っていく。四つん這いがやっとだ。確かに辰森では入れないだろう。


「さて」


 頭の中で寮、本部の地図を広げる。

 第三書庫は軍の上層部の人間しか入れない区域にあるため、一般兵に場所は明かされていない。

 蒼羽にも知らされてはいないが、小さい頃の悪戯のおかげでばっちり頭の中に入っている。

 北西に位置する一番奥の薄暗い部屋。一度だけ忍び込み、昔おっちゃんに言われたことがある。おっちゃんの部屋とその隣の会議室、そして第三書庫には二度と入るなと。


「ごめんおっちゃん……でもこれしか前に進めない」


 蒼羽は迷いなく進んでいく。


「って……せめてもうちょいマシな通路ならなー」


 当たり前だが通気口は人が通る前提に作られていない。

 蒼羽は隠されることなく飛び出たネジで擦ってしまった指の先をくわえる。


「ガキの頃もたまに怪我してたっけ」


 絲と違って怪我の治りが早い蒼羽には大したことないが痛いものは痛い。

 絲のように長引く体質だったらもっと早く悪戯を止められていたのかもしれない。


「今ちょうど談話室くらい、か」


 小さく呟いて明かりが差し込む部分をそっと覗くと仲間の兵が灯りの灯った部屋で椅子に座り仮眠をとっていた。巡回担当の近づいた兵がたまにここを仮眠室として利用している。

 蒼羽は目をそらして通り過ぎ進んでいく。

 暗く冷たい道をランプの明かりが照らす。


「あの頃とは……全然違うもんなんだな……」


 通気口の広さだけではない。探検と称して遊びまわったあの時ほのかに感じたわくわく感も、当たり前だが今は感じない。あの頃、どうしてそんな気持ちを抱くことができたのか今では分からない。


「……ここだ」


 蒼羽は通気口の穴を下り、出口を軽く蹴って歪ませ手で開いた。

 あの頃に緩んでた部分がいまだに補修されていないことに呆れながら室内に足を下ろす。


 第二書庫と同じく、換気のために壁の上部に飾り程度についた窓から薄っすらと月明かりが差し込んでいる。

 蒼羽は沢山並んだ本棚にランプを近づけ背表紙を確認していく。


「昔来た時は低いとこしか見らんねーし、意味分かんなくてすぐ出たんだっけ」


 今ならもう少し高い位置の背表紙を見ることができるし、何について記された本なのか推測することができる。


「……なんだ、あれ」


 第一書庫は一般人も借りられるため受付が設置してあり、読むための机も何台か置かれている。第二書庫も読むための机が設置してある。

 が、第三書庫は本棚ばかり並んでいる場所だ。

 その中、たった一つだけ奥に机が置いてあった。中央にあって月光を浴びているそれはまるで玉座だ。

 その机の上に一冊の本が置いてあった。

 蒼羽はランプを机に置き、何気なくその本を手に取ってみた。

 なんとなく懐かしくなるような古めかしい匂いと見た目の洋書だ。


「題名は……手書きかこれ……かすれてて読めねーじゃん」


 本の題名を解読しようと目を細めた蒼羽は机の向こうから漏れる光に気づいた。

 本を持ったまま回り込み、その光の元の壁を見つめる。

 僅かだが壁の床に近い部分から光が漏れている。


「きなくさいな……」


 蒼羽は顔を上げて目を丸くする。


「なっ、んだこれ……」


 その壁には大量の呪符が貼られていた。

 まるで何かを封印しているかのように。

 驚きで言葉が出てこない蒼羽の前の壁、その奥から人の話し声のようなものが聞こえた。


「やべっ、見つかる」


 蒼羽は慌ててランプを手に取り通気口の入り口を目指す。

 足元を小さな何かが駆け抜けていったが、気にしている場合ではない。

 通気口の中に体をねじ込んで入口を元のように塞ぎ、飛び出た部品に足を掛けながらのぼっていく。

 のぼりきった時、書庫から「誰かいるのか!」と大きな声が聞こえてきた。

 蒼羽は帰路を急ぎながら安堵の息を吐く。


「あっぶねー、間一髪じゃん」


 そして自分の持っているランプ以外の物にやっと気づいた。


「……これ、バレたら異動どこじゃねーよな……」


 蒼羽は本を抱えなおしながら乾いた小さな笑いを通気口に響かせた。







 ランプを机の上に置いてから蒼羽は大きなため息をついた。


「あれはさすがに危なかったよなー、いろいろと」


 絲は出る前と変わらず爆睡中だ。

 いすに座り机に顔をつける。体力的にも精神的にもさすがに疲れた。


「あの部屋、なんなんだよ……」


 今まで第三書庫は軍に関する機密事項が書いてある蔵書が沢山ある、ただそれだけの場所だと思っていた。

 だが、おそらくそれだけではない。あの壁の向こうに、何かがある。

 それがいい物なのか悪い物なのか、はたまたどうでもいい誰かの趣味の部屋なのかは分からないが。


「しかもあんだけ頑張って成果はこれだけ」


 ランプの横に例の書物を置いて蒼羽はもう一度ため息をついた。


「せめてこれに有力な情報が書いてあると期待しよう」


 僅かな期待を込めてページをめくる。

 相当古い本なのか予想を裏切らず中身もだいぶ経年劣化が見られる。

 蒼羽は顔を近づけながらランプに照らされたそれを小さな声で読み上げてみた。


「えっと、真紅の一族……真紅の一族とは……人間で……同じように……なる? どうやって……分かっていない。怪我……多い」


 目を凝らしてみるが、文字は掠れているところが多く読みにくい。


「真紅の一族は、その一族でのみ子孫を増やさせ……その一箇所にのみ……うーん……?」


 蒼羽は読みながら不明点が多すぎるそれに首を傾げながらもとりあえずもう少しと読み進めてみる。


「だが……真紅の一族……途絶え……しまったのだ。真意は分からない……前に逃亡した者がいるという情報もある」


 そこまで頑張って読んだ後、蒼羽は両手で頭を掻いた。


「かーっ、かすれてて読みづれー」


 こんなのを読み進めていたら目も頭も痛くなりそうだ。

 一箇所で、一族内で子孫を残した。まるで家畜か何かのような書き方だ。

 そう、まるで。


「飼われていた……」


 蒼羽は以前何かに同じ違和感を感じたことを思い出し、それが何だったか思い返してみるがよく思い出せない。

 他のページを見てみるが、真紅の一族についての記載は他に一切なかった。

 それどころか次のページしか文章は書いておらず、あとは空白のページだ。


「これ、本って言えねーだろ」


 仕方なく残りのページを読む。かすれている文字も少なくほぼ読めそうだった。


「えっと、しきめい……?」


 色名、上級吸血鬼の中には色名というものが存在する。

 家名のかわりに血の濃さ、能力の高さを示すもの。碧王、琥珀の君、紫苑伯等。

 真紅の一族以外、赤に関する色名はない。


 そのページにはそれだけしか書かれていなかった。


「琥珀とか碧王って、あれ、名前じゃねーのか……だから白銀、名前なんてないって言ったのか? それにしても」


 蒼羽は本を閉じて右手の人差し指で表紙をつついた。


「これしか情報がっ……」


 急な頭痛に襲われ机の上に手をつく。その衝撃で本が落下した。


 ――けて……


 頭に響くか細いその声は何かを訴えるように呟く。


 ――けて……た……けて……たすけて


「な、んだ……お前は、誰……」


 目の前が歪むほどの痛みだったが長くは続かず、少しすると頭痛は収まり声もいつの間にか聞こえなくなっていた。

 蒼羽は乱れた呼吸を落ちつけながら天井を見つめる。


 大丈夫だ、もう視界は歪んでいない。

 本を拾おうと手を伸ばした先に小さな紙が落ちているのを見つけた。

 本と一緒にそれも拾い上げる。


「なんか書いてあるな、えっと……」


 蒼羽は書いてある文字を見て言葉を止めた。

 そこには走り書きで、琥珀、桃簾、灰簾、燐灰、黒曜と書かれていた。


「碧王……白銀?」


 その下には他より少し大きめの字で碧王と書かれている。その文字は丸で囲まれており、近くに失踪中ノ可能性アリと書かれていた。


「なんだこれ、誰かの覚え書きか?」


 何気なく裏を見た蒼羽は目を見開く。


「絲⁉ いや、これは……戀?」


 そこには表とは違う筆跡の大きな字で絲、ではなく戀と書かれていた。

 しばらくその文字を見つめてみるが、とくに何も思いつかない。

 今日見たもの、得た情報を頭の中に並べてみるが、何かが進展しそうな気配はない。

 あの声も結局なんだったのか分からない。


「……わかんね。寝る」


 もしかしたら寝不足のせいで頭の回転が鈍くなっているのかもしれない。気がつけばもう深夜だ。

 蒼羽は自分にそう言い聞かせ、寝間着に着替えて布団に入った。

 自分が思っていたよりも疲れていたようで、すぐに瞼が閉じていく。


 ――おやすみ、よい夢を……


 誰かがそう囁いた気がした。

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