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【第一章終了】千紫万紅の吸血鬼  作者: 小松羽咲/了一
【第一章】君と僕のさよなら
49/63

今宵、王と惨劇のワルツをⅥ

 

 ――誰だ……お前たち、誰だ


 ぼんやりと見える、何だか見覚えのある男の子。齢五つかそこらだろうか。

 赤い瞳が長い睫毛の向こうでゆっくりとこちらを向く。


「君、僕のこと、嫌いだろ?」


 ――あぁ

 お前なんか嫌いだ……いや、嫌いじゃ、ない。

 頭の中でまとまらない考えがぐるぐると回っている。

 これはなんなんだ。

 自分の手のひらを見つめる。

 俺は今、誰なんだ?


「ねぇ、今日は何して遊ぶ?」


 小さな女の子の声に顔を上げる。

 笑うな。いや、笑ってくれ。

 矛盾した気持ちが胸の中を渦巻く。


 ――……碧王…!――






 蒼羽は勢いよく目蓋を開いた。


「碧……王……」


 あいつが、白銀が呼ばれてた名だ。

 さっきの夢は、白銀の見た、聞いた景色で、何故か蒼羽の夢に出てきたということだろうか。


「……わけわかんね」


 分からないものは考えても仕方ない。

 ぼんやりとしていた脳がだんだん覚醒し、自分の状況を思い出して慌てて上半身を起こした。

 白い天井に白い壁、鏡に手洗い場、必要最低限のものだけある小さくて無機質な個室。どうやらここは病院のベッドのようだった。

 体のあちらこちらが筋肉痛のように地味に痛い。点滴がつながれているせいかそこら中浮腫んでいる気がする。


「俺……」


 ふと手にあたたかいものが当たる。視線をそちらに向けると、いすに座りベッドに上半身を倒して眠る絲がいた。

 彼女の小さな寝息に安心して大きく息を吐いた。ずっとそばにいてくれたんだろうか。


 落ち着いてきた頭でもう一度さっきの夢の内容を思い出してみる。

 もう、ぼんやりとしか思い出せないが、何か、大事なことが分かるような、そんな感じがしてならない。

 蒼羽が頭を悩ませているとノックのすぐ後にドアが開いた。


「失礼する」

「あ、小暮さん……」


 中尉である小暮は千草の同期でもあり、五番隊の隊長を務めている。

 眼鏡をかけていて表情豊かではないが、暑苦しい千草といるとちょうどいい温度になる、そんな人だ。


「体はもう平気か?」


 絲を起こさないようにそっと話しかけてくる小暮から目を逸らし、蒼羽は真っ白な布団を見つめた。


「はい、すみません……俺、何の役にも立てなくて」


 蒼羽は両手の拳を握りしめた。他に言葉が何も出てこない。

 血の広場が脳裏に浮かぶ。

 多くの人を死なせてしまった。救えなかった。

 唇を噛みしめる蒼羽に、小暮から優しく声がかかる。


「眉間のしわが消えなくなるぞ」


 気を紛らわせようとしてくれているのだろうが、蒼羽は自分にそんな資格なんてないと感じてしまう。


「……あれから三日経った」

「三日?」


 小暮から告げられた日数に蒼羽は思わず顔を上げた。三日も自分は眠っていたのか。

 小暮は蒼羽と目が合った一瞬だけ小さく微笑んだ。


「俺の隊、五番隊はあの時、街の外れ……橋の辺りの見回りをしていた。ちょうど広場とは対極の位置だな」


 どこか遠くを見ながら小暮は続ける。


「吸血鬼の目撃情報があったからだ。そしてそこには確かにいつもと同じような吸血鬼が数匹いた。だが、それだけだった。俺達はまんまと敵の罠にハマったんだ」


 ――祭り回るなら広場方面がおすすめだぞ。


 あの時の古賀の言葉をふいに思い出した。


「もしかしてそれを知ってて……」


 彼のことだ、楽しめるよう目撃情報のない広場をすすめたのだろう。

 小暮は顔を伏せ、大きく息を吐いた。


「十番隊は休憩中だったが、壱岐はたまたま俺達の隊と一緒にいた。奴が千草といればまた違ったのかもしれないな」


 自分を嘲笑するように紡がれる言葉に胸が痛くなる。


「お前の兄貴は自分の隊を連れ目撃情報のない広場へ向かった。そちらに向かう蝙蝠の動きがおかしいとか言ってな。だが蝙蝠の数はそんなに多くないし他に何の根拠もない、目撃情報があった場所はまだ他にもある。俺達はそう止めたんだがあいつは聞かなかった……結果、千草が正しかった。これだけ被害が出た責任は、意見を蔑ろにした俺にあるんだ」


 小暮は顔を上げ、苦しそうに蒼羽を見つめた。


「蒼羽や他の兵にも悪いことをした。本当にすまなかった」


 勢いよく下げられた黒髪を蒼羽は茫然と見つめた。


「小暮さん……」

「近くにいた他の隊も合流して戦ったらしいが、歯が立たなかったと聞く。俺の隊がいたところで役には立たなかったかもしれないが、自分の誤った選択で救えたかもしれない命を失ってしまったのは間違いない。謝ったところで俺の自己満足かもしれないが……隊を率いる隊長としてふがいなくて仕方ない。すまない……」


 小暮は強く拳を握り締め頭を下げ続けた。


「違う……小暮さんの、せいじゃない……」


 あいつらの、吸血鬼のせいだ。

 そして。


「俺に、もっと、力があれば……」


 自分が無力だったせいだ。

 何も知らなかったせいだ。

 あんだけ遊んで。

 琥珀を捕まえていれば、もっと白銀から情報を聞き出せていれば、あの状況は変わったのではないか。

 そう考えてしまう。

 あの二人は、あの出来事を知っていたのだろうか。計画というのは、人間を虐殺することだったんだろうか。

 蒼羽は言えない懺悔を心の中で繰り返しながら唇を噛みしめた。


「蒼羽は相変わらずだな。慰めてくれる奴がいて救われるよ」


 小暮が眉間にしわを寄せたまま、眉を下げ笑みを作る。


「だがな、やはり俺のせいなんだ。俺に責任であり、街の人々から見たら吸血鬼のせいであり、守り切れなかった軍のせいなんだ。それはしっかり受け止めていかなければならない」


 彼の言葉が胸に重く沈んでいく。

 黙り込む蒼羽の頭に小暮の大きな手が優しく乗った。


「ところで、俺のせいだと謝ると、お前の兄は何て言ったと思う?」

「兄貴?」


 さっきとは少し違う、少し軽くなった小暮の声に蒼羽は視線を上げる。


「ざまあみろってさ。いつも失敗のない高性能鉄仮面みたいなお前が反省するなんて明日は雪じゃないかって高熱なのに笑ってたよ。とんでもない奴だろう」

「……なんかすんません」


 兄らしいといえばらしいのだが、若干不謹慎な言葉に蒼羽は申し訳なさを感じてしまった。


「もちろん、一番責任を感じているのは奴だろうがな。あいつはそれを他人の前で出さないんだ。言われたよ、俺達が暗くなってちゃ街の人は絶望に打ちひしがれるしかない。戦って犠牲になった仲間が浮かばれない。それじゃ駄目だと」


 暗闇に一つ小さく光るようなその言葉に蒼羽は目を見開く。


「街の人々には二度と同じ思いをさせない。過ぎたことは変えられない、誠心誠意謝罪するしかない。だが、俺達がやることはそれだけじゃない。望まなくても明日は来る、時は進む。これから何ができるか考えろ、と」


 小暮さんは小さく息をつき蒼羽に笑いかける。


「確かに蒼羽にできることは限られるかもしれない。その手では全ては救えないかもしれない。だが、俺が救えなかった命を君は救った、それも事実だ」


 どうして彼らはこうも強いんだろう。

 自分はそんなに強くなれそうもない。

 蒼羽の目からぽたぽたと涙が流れる。


「自信を持て、そして明日を見るんだ。俺達の手で救える数は限られていても、一人じゃない限り、諦めない限り救える命がある」


 小暮は優しく蒼羽の背中を叩く。

 蒼羽は声を押し殺しながらひたすら泣いた。


「ごめん、なさっ……」


 しゃくりあげる声と小さな懺悔が病室に静かに響いた。







 鼻を鳴らしながら少し腫れた目を瞬きさせる蒼羽に、小暮はちり紙を差し出した。


「すみません、小暮さん」


 受け取ったちり紙で顔をふく。

 泣き続ける蒼羽に何も言わず、小暮は背中をなでてくれていた。

 冷静になった蒼羽はなんだか恥ずかしくなり顔が上げられない。


「ん……」

「あ、絲、目が覚めたか」


 上半身を起こし目をこすった後、蒼羽を見て絲は目を丸くする。


「あ、あおー!」

「ちょ、絲⁉」


 泣きながら抱きついてくる彼女に困惑してどうしていいか分からない。


「お、おい、点滴外れるだろ」


 照れながらもなんとか絲を引きはがす。


「だってえぇぇよかったあぁぁ」


 引きはがされた後も泣いたままの絲を見て、蒼羽は頬を掻いた。


「その子、ずっとお前から離れなかったんだぞ。あおがまた死ぬなんて嫌だって」

「絲……またって俺いつ死んだよ……」


 小暮の言葉に蒼羽は小さく笑う。


「食事に関しても、あおが食べないなら私も食べない、私はあおに救われたから今度は私が救わなくちゃ、って全然言うことを聞かなくてな。点滴で栄養がいってることを詳しく伝えてなんとか納得してもらったんだ」


 こんな状況でも相変わらずな絲の言動に普通は困るところなのだろうが、蒼羽は何故かとても安心していた。


「ご迷惑をおかけしました……それにしても、小暮さん、絲の片言がよく分かりましたね」


 蒼羽の言葉に小暮はわずかに眉を上げる。


「片言? 何を言っているんだ? 俺は彼女の言葉をそのまま伝えたまでだが」

「へ?」


 今度は蒼羽の頭にはてなが飛ぶ。

 そんな蒼羽にお構いなしに絲は言葉を投げかけた。


「あおが目が覚めてよかった! ほんとによかった!」

「絲、お前言葉……!」

「言葉?」


 驚きで言葉が出ない蒼羽を見て、絲は小さく首を傾げた。

 どうやら本人は文章を喋ることができるようになった自覚はないらしい。


「もうこんな時間だな。俺はこれで失礼する。蒼羽、ゆっくり休め。元気になったら兄のところに行ってやれよ」


 腹に血が滲んで倒れ込む兄の姿が浮かび、蒼羽は出口に向かった小暮に慌てて質問を投げかける。


「あ、兄貴の容態は?」


 結構大きな怪我だったように思う。今までどうして気づかなかったんだろう。

 兄は、千草は大丈夫なんだろうか。


「お前の兄、千草は……」


 小暮は出口の前で足を止め、顎に手を当てた。

 沈黙が蒼羽の心をざわつかせる。


「まさか……」

「化け物だな」

「……は?」


 予想外な小暮の返しに蒼羽の目が点になった。


「あの傷で脅威の回復力、まるで化け物だ。蒼羽がいる限り俺は死なん、と()()()でずっと言っていた」

「恥ずかしいことすんなよクソ兄貴……」


 蒼羽が安堵と羞恥から言葉を漏らすと小暮が楽しそうに笑った。


「まあそう言うな。お前が兄の生きる希望になってこちらに戻ってこれたんだ。高熱も下がり、あとは腹の傷が癒えるのを待つのみだな。元気になったら隣の病室にいる兄の見舞いに行ってやれよ。では」


 それだけ言うと、小暮は病室を出ていった。


「しかも隣の病室かよ」


 相変わらず泣いている絲の頭を撫でながら蒼羽は小さく呟く。

 口では文句しか出てこないが、兄が生きていて泣きそうなほど心から安堵していた。


 ――だめです! 離れて!


 あの時の白銀の言葉が頭をよぎる。


「白銀……あの時、助けてくれたのか?」


 あいつら、白銀と琥珀は結局敵なのか、敵ではないのか。

 碧王、王の復活、同胞を利用、宴。

 涙を流した吸血鬼、得導の予言、マドンナに似せた吸血鬼の言葉。

 全てが繋がりそうで繋がらない。

 考えることが多すぎて頭が痛くなりそうだ。


「あー、もう一旦やめやめ、頭痛い」


 蒼羽は考えるのを中断して後ろに倒れ込んだ。

 本調子じゃないんだ、今はやわらかい布団に包まれるのも悪くない。


「あお? どうしたの?」

「いや、別に……そういえばお前、そこまで喋れるようになったんだ。自分のこと、そろそろ何かしら思い出したんじゃないか?」

「えっ……」


 絲は唐突に聞かれたからか言葉に詰まった。その後頭に指を当てしばし考えた後、首を横に振る。


「分かんない……ごめんね、あお」

「いや、謝ることじゃないけど」


 ここまで来ても記憶は戻らないらしい。

 それは残念だが、今更焦ることもない。


「早く思い出せたらいいな」

「……うん」


 絲は蒼羽の言葉にゆっくり頷いた。

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