今宵、王と惨劇のワルツをⅤ
飛んできた蝙蝠のいくつかが人型の吸血鬼になり、人々に襲い掛かり始めた。
「いやあぁぁ」
「助けてくれえっ」
街の人々は混乱状態で我先にと逃げ惑っている。
「祭りだあぁ!」
吸血鬼達は興奮気味に笑い人々を追いつめる。
蒼羽は白銀と絲の前に立ち刀を抜いた。
「なんだよ、これっ」
文句を言う暇もなく、襲い来る吸血鬼を迎え撃つしかない。
状況を呑み込めず戸惑いながらも左から来た吸血鬼をなんとか刀で押さえる。
「蒼羽後ろ!」
白銀の声が聞こえ、目の前の吸血鬼を蹴り飛ばして背後に目を向けるとそこには飛びかかろうとしている別の吸血鬼がいた。
「しまっ……」
振り向いた蒼羽が攻撃する前に、その吸血鬼は胸を撃ち抜かれ灰になって宙に消えていく。
「古賀さん!」
「よ、蒼羽、やっぱり出会ったな」
広場の近くを巡回していたであろう古賀の援護に助けられた蒼羽は蹴り飛ばした吸血鬼に向き直りとどめを刺した。
「さんきゅ、古賀さん!」
「あぁ、それより周りよく見ろ、よっ……と」
こちらに向かってくる吸血鬼を撃ちながら古賀は続けた。
「応援が来るはずだが、おそらく少し時間がかかる。それまで俺達で……広場にいた三番隊と近くを巡回中だった四番隊の数名で食い止めるしかない。この辺は任せたぞ!」
「おぅ!」
古賀の指示に蒼羽が頷くと、古賀は満足したように笑い、兵の少ない方へ走り出した。
「蒼羽、死ぬなよ!」
「古賀さんもな!」
逃げる人々に襲い掛かる吸血鬼めがけて刃を突き立て、その隙を突こうと反対側から来た吸血鬼を斬りつける。もはや流れ作業だ。
軍の兵だけでなく警備隊の面々も応戦しながら逃げているが、明らかに人間側の戦力が足りない。
混乱状態の人波の中で手を繋いで逃げる親子が視界に入った。母親と手を繋いでいる二人の子供のうちの一人が手を離してしまい大きく転んでしまった。
そこに吸血鬼が大きく腕を振り上げて襲いかかる。
「くっ……なめんなっよっ」
間一髪、蒼羽が滑り込み、吸血鬼の腕を刀で受け止めた。
「早く逃げろ!」
「うっ、うん」
男の子は慌てて立ち上がり母親の元へ駆けていく。
無事合流したのを横目で確認し、蒼羽は刀でいなして心臓を貫いた。目の前の吸血鬼はたちまち灰へと変わっていく。
安堵する間も無く吸血鬼は次々に向かってくる。
「絲!」
絲に向かう吸血鬼が視界に入り、蒼羽は即座に駆け出した。
街の人を守ることに集中しすぎて絲から離れすぎてしまった。この距離では間に合わない。
もう駄目かと思った時何かがぶつかる音が響いた。
「白銀!」
「僕だって少しは役に立つ、んだからっ」
白銀は絲の前に立ち、落ちていた傘で器用に吸血鬼を払い除けた。
力の入れ方を工夫しているのか傘が壊れる様子なく吸血鬼を退けていく。
白銀の奮闘のおかげで絲の元に辿りつき、蒼羽は小さく息をつく。
「ありがとな、白銀。おかげで助かった」
「……友達だからね、当然」
でも、と白銀は辛そうに声を絞り出す。
「まだ気は抜けないよ」
「そうだなっ」
蒼羽はすごい勢いで周りの吸血鬼をなぎ倒していく。
取りこぼした吸血鬼を白銀が防ぎ、蒼羽がとどめを刺す。
二人で協力しているため、なんとか絲は守れている。だが、街の全員を守るには力が足りない。
「応援はまだかよ! 見廻組は何してんだ!」
広場で戦っている兵は明らかに疲弊していた。
蒼羽ですらそうだ。時折吸血鬼に競り負け飛ばされ、そこらじゅう打ち身と擦り傷ができながらもなんとか持ち直す。
「ってぇ……このやろうっ」
敵もいつもの吸血鬼ではない。強さだけでなく、人間を襲う意識を持った知性がある吸血鬼、おそらく下級以上の吸血鬼だ。
中央にいる紫苑とかいう吸血鬼は更に強いのだろう。
「くそっ、キリがねえ」
戦える兵に対して敵の数が多すぎる。倒しても倒しても減らない。
紫苑は両手を広げ高らかに笑う。
「今宵は王の復活祭。赤き血を捧げ、王の復活を祝おうじゃないか」
「……なんでっ……」
白銀が蒼羽の後ろで苦しそうに声を上げる。
「嫌だあぁぁ」
「やめてえぇ」
「死にたくない!」
人々の恐怖の声で溢れる広場は少しずつ血の色に染まっていく。
蒼羽や兵が吸血鬼と対峙する横を別の吸血鬼がすり抜けていく。
街の人だけじゃなく、仲間の兵も吸血鬼の餌食にされている。
「くそっくそっくそっ! くそおぉ!」
蒼羽は更に力を込め、次々と吸血鬼を斬り、心臓に刃を突き刺していく。
「駄目だ……俺じゃ……!」
敵に向かいながらも自分の無力さを感じる。
自分では、みんなを救えない。
「……っ」
白銀が一歩踏み出し声を出そうとした時、彼の肩に優しく手が乗った。
後ろを振り向くとその人物は優しく言葉を掛けた。
「よく頑張ったな、後は俺達に任せろ」
「あなたは?」
白銀が目を丸くし、尋ねると彼はニッと笑って蒼羽の方に駆け出す。
「あの馬鹿の兄だよ!」
言い終わると同時に蒼羽の背後にいた吸血鬼を大きなライフルで撃ち抜いた。
「兄貴!」
「蒼羽、待たせたな!」
「ほんとだよクソ兄貴!」
ようやく応援が来て蒼羽の表情が一気に明るくなった。
千草達一番隊が合流し、先ほどの苦戦が嘘のように次々と敵を倒していく。
軍の実力者がいる一番隊が来た、これで吸血鬼達を一掃できるはずだ。
「な、なんてことだ、こんなはずでは」
紫苑の表情が見る見るうちに歪んでいく。
千草は彼の周りの吸血鬼を一撃で倒し、紫苑の元へ近づいていく。
彼はライフルから大剣に武器を変え、紫苑へと振り下ろした。
紫苑は千草の攻撃を全て避けるが、その表情からは余裕を感じられない。
「隊長! 加勢します!」
「俺達も援護します!」
一番隊や三番隊、四番隊の兵も千草を援護するように銃で攻撃しながら距離を詰めていく。
「古賀さん!」
古賀の無事に安堵し、蒼羽は白銀と絲を守りつつ少なくなった吸血鬼を倒していく。
これだけの戦力があれば勝てる、蒼羽はそう確信していた。
「おかしい……」
白銀の小さな呟きを聞いて蒼羽は自分の周りで最後の吸血鬼を倒した後、首を傾げた。
「何がおかしいんだ?」
「こんな、簡単なはずがないんだ」
勝利が目前なはずなのに白銀の表情は全く晴れやかでない。
それが何故か蒼羽の胸をざわつかせる。
「どういうことだよ」
蒼羽の問いには答えず、白銀は口を結んだまま千草達と紫苑の戦いを見つめた。
蒼羽と絲もつられるようにそちらに視線を向ける。
一見、こちらが押しているように見える。いや、そうとしか見えない。
「く、くそ!」
紫苑が大きな声で叫ぶように言った後、白銀は目を見開いた。
「だめです! 離れて!」
今まで聞いた中で一番大きな彼の声。
「総員退避!」
反射的に千草は退避の指示を出す。
「なんてね」
それと同時に紫苑の口角が上がった。
「千草さんっ!」
千草の近くにいた古賀が彼を突き飛ばす。
瞬きする間に数人の兵が紫苑の手で切り裂かれた。
音を立てて兵が地面に倒れていく。
「ぐっ……」
「古賀さん! 兄貴!」
倒れた兵の周りに鮮やかな赤い液体が広がっていく。
気絶してしまったのか古賀からは返事がない。
千草は腹を押さえて地面に倒れ込んでいた。腹に怪我を負ったようで軍服には血が滲んでいる。
「来るなっ!」
駆け寄ろうとした蒼羽は大声で制止され、思わず立ち止まった。
動けと念じるが一度止まってしまった足は地面に捕らわれたようにびくともしない。
「くっ、はははははっ」
高笑いする紫苑の後ろにはまだ大量の蝙蝠が飛んでいた。
「滑稽ですねぇ。弱い生き物は大人しく血を差し出していればいいものを」
その声色には何の感情もこもっていないように感じる。
もう終わりだ。
この状況を打破する方法が見つからない。千草ですら敵わなかった相手に誰が勝てるだろう。
このまま、みんな、死んでしまう。
絶望感が胸を支配していく。
ただ立ち尽くすことしかできない蒼羽の横をある人物がゆっくりと通り過ぎた。
蒼羽は慌ててそいつの腕を掴む。
「おい何してんだ」
白銀は腕を掴まれて蒼羽の方を振り向いた。
相変わらず目はフードに隠れており、口元で表情を判断するしかない。
「いくら人間が狙われてるからってさっきまでお前も襲われてたんだぞ⁉︎ 死ぬ気か!」
白銀は小さく表情を緩めた。
「大丈夫」
そして蒼羽の手を振り払い、再び紫苑に向かって歩き出す。
「や、めろ……」
「ごめんなさい……」
千草の言葉に白銀は謝罪の言葉を返しながら歩みを進める。
「な、何してんだよ! 友達の忠告は聞くもんだぞ! そいつに近づくな白銀え!」
蒼羽の叫びにも似た声を聞き、白銀はようやく足を止める。
振り返った彼は笑みを浮かべながら泣きそうな声を出した。
「ごめんね……何もできなくて……でも守るために、僕は変わるんだ。名前をくれて、友達になってくれてありがとう、蒼羽」
白銀はそう告げると、蒼羽の呼び掛けにはもう答えず早足で紫苑の目の前へと向かった。
「なんだ、人間の小僧? 私に勝てると思ってるのか?」
紫苑の言葉に、白銀は声を出して笑った。まるで嘲るように。
「人間の小僧、ね。君を騙せるなんて、僕は相当鍛えられたんだな」
風もないのに白銀のマントが揺れる。
彼がフードを取ると白い髪が現れ、月の光できらきらと輝いた。
が、すぐに毛先から頭の半分ほどまで深い碧色に染まっていく。
前髪がふわりと上がり、燃えるように赤い瞳が揺れていた。
紫苑がたちまち恐怖の色を見せる。
「もっ、もしや貴方様は」
白銀は鋭い視線を紫苑に向けた。
「愚か者め」
あれは白銀なのか。
蒼羽は回らない頭を必死に働かせる。
「琥珀!」
白銀はよく通る冷たい声で蒼羽のよく知る名前を呼んだ。
「はいはい、お待たせ致しました」
小さな無数の蝙蝠が集まり、紫苑の頭上で黒い蝙蝠の羽が生えた見知った人物を形作っていく。
その人物、琥珀は赤い目を光らせて笑顔で紫苑の頬を掴んだ。
「紫苑、随分と壮大なもてなしだな? ちょーっとやりすぎかな」
「こ、これは……」
頬を片手で掴まれたまま宙に上がる体に紫苑は更に恐怖の表情を浮かべた。
「や、め……」
「俺の邪魔すると殺すって言ったよね?」
琥珀は躊躇うことなく、腕を振り上げて紫苑を地面に叩きつけ、紫苑はそのまま動かなくなった。
「今回だけは色名の血に免じて許してやる。次はない」
琥珀はそう言い放つと、白銀に向き直り優雅に跪いた。
「お帰りをお待ちしておりました、碧王」
「……あぁ、待たせたな、琥珀」
その場にいた誰もが、動くことも、声を出すことすらできなかった。
風が起こり血の匂いが巻き上がる。
碧色と白の髪が月光に照らされながら緩やかに揺れる。
「……しろ、がね? え、こはく……なん、で」
理解が追いつかないまま、蒼羽は震えながら立ち上がって白銀に手を伸ばす。
白銀は緋色の瞳で蒼羽を見た後、視線を外して眉間にしわを寄せた。
「我は碧王。この国の吸血鬼の王である」
蒼羽を無視するように吐き出される言葉。蒼羽は伸ばした手を下ろして茫然と彼を見つめる。
「警告しておこう。これ以上我が同胞を利用しようと言うのならば、お前達は……皆殺しだ」
震え上がりそうなその声に誰もが息を呑んだ。
「覚えておくが良い。行くぞ、琥珀」
「仰せのままに」
琥珀は一瞬蒼羽達を見て小さく口を動かした後、強風と共に碧王、紫苑を連れて消え去っていた。
途端に蒼羽は意識が朦朧とし始め、その場で崩れ落ちた。
「くっ……そ……」
「あお!」
絲が背後で心配そうな声を上げる。
そこで世界は暗転した。
――まだしばし良い夢を――




