今宵、王と惨劇のワルツをⅣ
毛笛を手に入れた絲は機嫌よく吹き鳴らしながら蒼羽達の横を歩いていた。
陽が傾いてきて、もうすぐ黄昏時だ。
「もう少しで巡回に戻る時間だな……」
蒼羽はポケットから取り出した懐中時計を見て呟いた。
気づけば巡回担当の時間まであと四十分ほどだ。
「絲、他に見る物がないなら暗くなる前に」
「ねぇ、何か聞こえない?」
絲に帰ろうと提案しかけた蒼羽の言葉を遮り、白銀が音の根源を探すようにきょろきょろと辺りを見回す。
「あっちじゃない?」
目を輝かせる白銀に蒼羽は呆れながら声を掛けた。
「お前、連れは探さなくていーのかよ」
「大丈夫大丈夫、まだ自由時間なはずだから」
白銀は全く気にしていない様子で軽く返事をする。
「ちょっとだけしか付き合えないからな」
「じゃぁ急がなきゃね」
念を押す蒼羽の方を振り返ることなく、声を弾ませながら駆け出す彼はまるで小さな子供だ。
「ったく……ほら、絲も行くぞ」
大きな弟の面倒を見ている気分になりながら蒼羽は歩き出した。
「ま、まって!」
白銀の後を追いかけて早足になった蒼羽の後を絲が慌ててついていく。
音を追って広場まで来るとそこは多くの人で賑わっていた。
色とりどりの提灯に灯がともり、楽器を持った人々が外国の民族音楽を演奏している。
その曲に合わせて少し恥ずかしそうに数人の男女が手を取りあって外国の踊りを踊っていた。
「わぁ」
賑わう様を見て白銀が感嘆の声を上げた。
「すごい! 楽しそうだね」
「踊ってくるか?」
蒼羽の問いかけに白銀はあごに手を当てて考えた後、笑顔で手を打った。
「いいこと思いついた! 名前をくれて一緒に祭りを楽しんでくれたお礼をしよう」
嬉しそうな白銀の提案に嫌な予感しかしない。
「いや、俺は遠慮してお」
「遠慮なんかしないで、ほらほら!」
「おい!」
白銀に無理やり引っ張られて絲と蒼羽は人々が踊る中に放り出された。
「わっ」
「絲!」
よろけた絲の手を反射的に蒼羽が握る。
「今日のお礼に僕からプレゼントだよ」
白銀が両手をふわりと挙げると、今までの楽しそうな民族音楽が急に優雅なものに変わった。
「なんだ?」
「ほら、早く」
こちらの困惑をよそに催促する白銀に負け、蒼羽はため息をついた。
「訳分かんねー……とりあえずさっさと終わらせるか……ん」
蒼羽はしゃがんで絲に手を差し出し、絲はその手を取って顔をほころばせる。
蒼羽達が踊り出すと、白銀が満足げに笑い指を鳴らした。
一瞬で絲と蒼羽の服装が外国の貴族の物に変わる。絲は薄黄色のドレス、蒼羽は金刺繍の入った青のコートを身にまとっており、さながらどこぞの王族だ。
「なんだこれ」
驚きで止まろうとするが、体は思考に反して踊り続けてしまう。
絲も戸惑っているようで視界を泳がせた後、困ったように蒼羽を見つめた。
「へぇ、なかなか……君、ワルツ踊ったことあるんだね?」
「ねーよ!」
白銀の感心する言葉に蒼羽は踊ったまま否定の返事を返す。
不満の声を漏らしても曲も体の動きも止まらない。
蒼羽は諦めて息を吐き出した。
軽やかに流れる曲に合わせて体を揺らす。
――まるでお姫様みたい――
「へっ?」
急に聞こえた声に蒼羽は目を見開いた。
「絲、何か言ったか?」
問いかけられた絲は蒼羽と踊りながら不思議そうに首を傾げた後、横に振る。
思い返してみるとさっきの声は絲よりも幼い女子のものだった気がする。祭りに来ている子供の声だったのかもしれない。
「あお、楽しい」
絲の楽しそうな声に蒼羽は眉間のしわを緩めた。
「そか。よかった」
彼女を楽しませるために来た祭りだ。予想外のことだが喜んでいるならこれはこれで悪くないのかもしれない。
曲が緩やかに止まり、それと同時に大きな拍手の音に包まれた。
白銀も満足げに拍手しながらこちらへ向かってくる。
「すごく素敵だったよ、まるで本物の王子様とお姫様だね」
蒼羽は赤面しながら絲から手を離し、眉間のしわを戻した。
「あほか! それよりこの格好を……て、あれ?」
白銀に食って掛かろうとした自分の姿を見て蒼羽は足を止めた。
先程までの煌びやかな服装ではなく、いつもの服装、軍服に戻っている。
蒼羽だけでなく絲もそのことに戸惑っているようで不思議そうに自分を見回している。
気づけば音楽、楽器も元通りだ。
「なんだったんだ?……まさか」
「あれ、ご満足いただけなかった?」
首を傾げてそう尋ねる白銀の反応を見て、蒼羽の中で予想が確信に変わった。
これは白銀の、吸血鬼の能力だ。
「お前の能力か?」
「あ、分かった? そうそう、僕の力だよ。僕の特化した能力は幻なんだ」
「マボロシ? 特化した能力って何だ?」
「あぁ、僕達吸血鬼の中には力が使える者がいるんだけど……君達が言う超能力とか魔法とかに近いかな。実際はちゃんと原理があるんだけど。その中でも得意分野みたいなものがあって、僕はそれが幻覚や幻聴、暗示とかそういう類なんだよ」
なんてことないとでも言うように白銀は話を続ける。
「さっきも実際は楽器、服装は変わってなかったんだけど、そう聴こえて、そう見えるように僕がこの一帯に暗示をかけてたんだ」
「そんなことが……」
吸血鬼に備わる力、その存在に、力にただただ言葉を失ってしまう。
「あ、心配しないで、健康に被害とかはないし、違和感を感じないよう思考操作しておいたから迷惑はかからないと思うよ」
思考操作はあまり得意ではないけど失敗してないはずと付け足し、白銀は小さく笑った。
確かに街の人々は不思議がることなく引き続き祭りを楽しんでいた。
吸血鬼はただでさえ丈夫な上に硬化するなど自らを武器にする力を持っている。その上、様々な魔法のようなものを扱えるとなると――人間が勝てる術が見つからない。
「……なあ白銀」
「ん? 何?」
蒼羽は視線を下げ、知りたくない気持ちを抱えながら恐る恐る質問を口にする。
「その、特化した力ってのはどのくらい種類があるんだ? 使えるのはどんな吸血鬼なんだ?」
白銀は少し考えた後、口を開いた。
「多分力を使えるのは上級以上だけど、強いのは最上級じゃないかな。種類は吸血鬼によって違うからどのくらいって言い難いんだけ」
白銀の言葉が不自然に途切れ、蒼羽は視線を彼に向けた。
「おい、どうした?」
突然震え始めた彼に蒼羽が声を掛けるが、彼は顔を伏せて小さく何かを呟くだけで、蒼羽の声は届いていないようだった。
「もしかして、今ので見つかった? どうしよう……計画が、早まるかも……想定外のことが……またあんなこと……」
「計画? おい、計画って何の」
白銀の真意を確かめようとした蒼羽の声は突如鳴った大きな音に遮られた。
広場の東に位置する時計塔、そこにある鐘が街中に大きな音を響かせている。
広場にいる人々は不思議に思い、足を止めて時計塔を見上げた。
「まだ鳴る時間じゃないのになんで鐘が」
蒼羽は胸騒ぎを感じて絲を引き寄せた。
日が沈む。宵闇から奴らが目を覚ます。
「なんだよ、あれ……」
時計塔の上の方に何かが沢山群がって飛んでいる。
大量のそれらは忙しく羽を動かしながら一つの黒い塊になってゆっくり下りてくる。
「人間の姫と王子の舞い、見事でした。今宵の余興に相応しい」
塊の上に立つ人物がゆっくりと拍手しながら声を響かせる。
「誰だよ、お前……」
蒼羽は少しずつ後ろにさがり距離をとる。
琥珀達に似ているが、少し違う、禍々しい雰囲気だ。
徐々に地面に近づくソレを睨みながら刀に手を添え、警戒心を強くする。
「私は紫苑」
紫がかった灰色の燕尾服を着た、背が高く華奢な男性。服と同じく紫がかった横髪が外に大きくカールしている。
赤みがかった大きな満月の光を背後から浴び、男性の前半身に大きな影を作っている。
影に包まれた男性の細い目が開かれ赤が光った。
「さぁ」
蒼羽は嫌な予感がし瞬時に大きく息を吸う。
「みんな、逃げろおっ!」
蒼羽の声と同時に、蝙蝠が広場へと広がっていった。
「宴を始めましょう」




