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【第一章終了】千紫万紅の吸血鬼  作者: 小松羽咲/了一
【第一章】君と僕のさよなら
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今宵、王と惨劇のワルツをⅡ

 絲と出店に向かいながら蒼羽は先程の琥珀の言葉について考えていた。

 ――我らが宴に……

 どうしても彼の発言が気がかりで素直に祭りを楽しむ気になれない。


「宴、ってこの記念祭とは違うよな……」

「あお?」


 急に絲に顔を覗き込まれ、蒼羽は肩を跳ねさせた。


「っくりした……悪い……ちょっと考え事してて」

「考える? ……琥珀?」

「そう、あいつだよ。あいつ、意味深な言葉ばっかり残しやがって」


 腕を組んで文句を言う蒼羽を見て、絲は不思議そうに首を傾げた。


「琥珀、いい人」

「いい人? いい奴なわけねーだろ、なんであいつがいい奴なんだよ……」


 意外にも彼になついてる様子の絲に、蒼羽は不満げに言葉を繰り返す。

 今までのことを思い返してみても琥珀がいい奴になんて思えない。心なしか地面を強く踏みしめてしまう。

 しかし彼女はそんな蒼羽とは裏腹に笑顔を見せた。


「琥珀、薬、くれた。あお、元気、なった」

「……まぁ、確かに。そう言われてみれば、多少マシになったような」


 本当にあれは薬だったらしい。

 正直まだ疑っていたのだが、彼に遭遇する前――四半刻ほど前よりだいぶ気分が優れた気がする。即効性があることが若干不安要素でもあるのだが。


「あお、あっち! 行こ!」


 絲は出店に並ぶ品物を指差し、蒼羽の手を引いて進んで行く。

 鮮やかな提灯の下、食べ物や土産、衣服や日用品など様々な出店が連なっている。久しぶりの祭りに町中が浮き足立っているようだ。


「あお、これ、なに?」

「これはこけしだな」


 土産物の出店に並ぶ商品の中で絲に指差されたそれは、不気味な笑顔でこちらを見つめていた。

 蒼羽の言葉に絲が目を瞬かせる。


「こけし? 可愛い……」

「可愛いか?」


 一般的な可愛い物と比べてみるが、どう見ても可愛くはない。


「あお、似てる」

「似てねーよ!」


 似てる発言を受け、蒼羽は顔を歪めて目の前のこけしを見つめた。

 客観的に見たとしても似ていない。似てる箇所が見当たらない。


「これ、買う」

「買わねーよ」

「いや」

「いやでも買わない」

「買う!」

「買わない」


 不毛な言い争いの末どうにかこけしの購入は諦めてもらったが、絲はすこぶる不機嫌になっていた。


「あお、絲、祭り、楽しむ、言った」

「……あー、まぁ、言ったな」


 他の出店を眺めながら重くなった足取りを進める。


「あお、絲、欲しい、買わない。いじわる」


 むくれたままの絲を見て蒼羽は大きなため息を吐いた。


「……分かったよ、もう少し見て回ってそれでも欲しいようならまた買いに行く、それでいいな?」

「……うん!」


 祭りを回る目的は絲の言った通り彼女が楽しむことだ。この際、蒼羽は自分の趣味には目を瞑るべきなのかもしれない。

 彼女は蒼羽の返事ですっかり機嫌を戻し、再び他の出店を眺め始めた。

 他に実用的で魅力的な物が見つかるよう祈りながら蒼羽も出店に視線を向ける。

 久々の大きな祭りに、どの出店の品もいつもより気合いが入っている。


「このまま……吸血鬼が消えてくれれば……」


 そんな甘い考えが口から出て蒼羽は自嘲気味に小さく笑った。


「あお、あれ」


 急に立ち止まった絲が指さす先に蒼羽も視線を移す。そこには巡回中のよく見知った兵、古賀がいた。


「あ、古賀さん」

「おぉ、蒼羽」


 古賀は軽く手を上げ、蒼羽達のもとへ小走りで駆けてきた。


「なんだなんだ、デエトか?」


 からかうような視線を向けられ、蒼羽は慌てて否定する。


「何言ってんだよ! んなわけねーだろ。子守りだよ子守り」

「はははっ、照れんなって」


 古賀は分かってると言葉を繰り返しながら蒼羽の背を叩いた。


「ぜってー何も分かってねー!」


 蒼羽の抗議はやはり届くことはない。


「まぁ、お前の隊は日が暮れてから見回りだから今のうちに楽しんどけよ」


 古賀は蒼羽の頭をぽんぽんと叩く。


「別に俺が楽しんでるわけじゃ」


 口を尖らせる蒼羽に古賀が耳打ちをする。


「ここだけの話、まぁ詳しくはお前も後で聞くだろうが、祭り回るなら広場方面がおすすめだぞ」

「広場の方は行く予定だけどなんで……」


 理由を聞こうとする蒼羽に答えることなく、古賀は歩き出した。


「おっと、お前と遊んでたら分隊長に怒られちまう。俺も広場方面の巡回だからまた後で会うかもな、じゃあな」


 あっという間に人波に消えていく古賀に蒼羽はため息をついた。


「相変わらず勝手だよ、うちの兄貴達は……」


 古賀を見送り、蒼羽の袖を引っ張る絲に顔を向けると彼女は不思議そうな顔で口を開いた。


「古賀、銃、なんで?」

「え、古賀さんの銃が何?」


 質問の意図が分からず聞き返す蒼羽に、絲は不満げに彼を指さした後、蒼羽の腰元を指さした。


「古賀、銃、あお、刀、なんで?」

「……あぁ! 俺が刀で戦ってる理由ってことか」


 言いたいことが伝わり絲は大きく頷いた。


「そんなこと聞きたいのかよ? まぁいいけど」


 蒼羽は刀の柄に手をかけ、視線を上に向けた。


「これは兄貴にもらったんだよ」

「お兄ちゃん?」

「そ」


 隊の人間は刀、銃、剣、槍など自分に合った武器を選ぶ。全て銀のコーティングがしてあり呪文が刻まれた特別なもので、吸血鬼に回復に時間のかかる深手を負わせ心臓を貫けば死に至らしめることができる。圧倒的に人気なのは比較的安全な距離から攻撃できる銃だった。

 武器は軍に入る試験に合格した後、もしくは学校を卒業した後手にすることになっていた。


「俺の場合、何回か練習で剣や銃を使ったけどなんかしっくりこなかったんだ。今はもう廃れてるけど昔は師から武器を授けられてたらしくてさ。それに倣って師の代わりに兄貴がくれたのがこの刀なんだよ」


 当時のことを思い出し、小さく笑いが漏れる。


「接近戦に強い刀や剣は絶対数が少ないから軍でも重宝されてるよ」

「へぇ、そうなんだ」

「そうそう……⁉」


 絲がいたはずの隣から少年の声が返ってきて蒼羽は隣を向くとともに刀に手を添え距離を取った。

 そこにいたのはもちろん絲ではなく、蒼羽と同じくらいの背丈の人物。黒のズボン、ボロボロの茶色のマントを身につけ、深くフードをかぶっており顔はよく見えない。

 目の前の人物を警戒しながら急いで辺りに目線を動かし絲を探す。

 すぐに見つかった彼女は出店の商品に目を輝かせていた。

 絲が無事であることにほっとして息を吐くと少年が嬉しそうに笑う。


「あの子が大切なんだね」

「……お前、何者だ」


 肌が少し色白だが、見た目は人間と変わらない。

 だが、蒼羽はこの感覚に覚えがあった。

 あいつ、琥珀に会った時と同じような、そんな感覚だ。


「何者、なんだろう……」


 少年は少し切なさを滲ませた声で小さく呟く。


「ちゃんと答えろ。もし吸血鬼なら……」

「なら?」


 今のところ攻撃的な雰囲気は全くないが油断はできない。


「吸血鬼ならこの場でお前を斬る」

「こわいなぁ」


 琥珀ほどの余裕は感じないが、少年の声色は心底怖がっているようには思えなかった。


「でも安心してよ。僕はこわい吸血鬼なんかじゃないよ。というより今の僕は誰かを吸血することはないから吸血鬼という存在ですらないかもしれない。まぁ、吸血鬼でもそうでなくとも、僕には何もできないけれど」


 言っている意味が分からないが、彼の諦めを含んだその声は嘘をついてはいない気がする。

 彼からは全く殺気が感じられない。

 本当に何もしないつもりなのか、それとも相当のやり手なのか。


「彼女、何見てるんだろうね。僕も行ってみようっと」

「お、おいっ」


 出店の商品を見ている絲の方へ駆けだした少年を慌てて追いかける。


「ねぇ、何見てるの?」

「え?」


 急に話しかけてきたフードの少年を見て絲は首を傾げた。


「お前らな」


 そのすぐ後に蒼羽の怒り気味な声が掛かり、絲は更に首を傾げる。


「こら、勝手に離れちゃダメだろ」


 蒼羽はそんな絲の頭を軽く小突きため息をついた。


「ごめんなさい」


 しょんぼりする彼女を見てもう一度小さくため息を吐くと、蒼羽は少年を警戒しつつ出店の品に目を向けながら口を開いた。


「ったく……で、どれが欲しかったんだ?」


 そこは小間物屋の出店だった。簪や鏡、紅など陽ノ國のものに加え、外国のものであろう煌びやかな装飾品が並んでいる。

 絲が可愛らしいものを欲しがることに安心しながら品物を眺めていく。

 どれも見た目は可愛らしいが、お値段はおそらく可愛くない。


「これ」


 絲はその中の端にある小さな指輪を指さした。真ん中に大きめの黒っぽい石が埋め込まれているが、女子が喜んで選ぶものには思えないし値段もお手頃価格だ。

 他にいくらでも鮮やかで奇麗な品がある。


「これ、でいいのか?」

「うん、これ、いい」

「こけしより?」

「うん」


 迷いなく頷く絲の好みがよく分からないと思いながらも、蒼羽はその商品を購入した。

 人波から少し離たところで蒼羽は絲に指輪を持っているのとは反対の手を差し出した。

 反射的に絲が蒼羽の手に乗せると、蒼羽は彼女の薬指に指輪を通した。


「あれ、ここだと少し緩いな。指輪ってのはここにするって聞いたんだけど、まぁこっちにしとくか」


 薬指だと少し緩かったため、人差し指に指輪をはめる。

 絲はつけてもらった指輪を嬉しそうに見つめた。


「で」

「ん?」


 蒼羽は目尻をひくつかせ、そばにいるフードの少年を見つめる。


「お前は何の目的でここにいる? いつまでついてくる気だ」


 その質問に、少年の口元が一気に緩んだ。


「一緒に祭りを見て回りたいんだ」

「は?」


 こいつは上級吸血鬼なんだろうか。そんな風には全く見えないが、やることが琥珀の訳の分からない行動にそっくりだ。


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