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【第一章終了】千紫万紅の吸血鬼  作者: 小松羽咲/了一
【第一章】君と僕のさよなら
44/63

今宵、王と惨劇のワルツをⅠ

 秋が深まってきた頃、蒼羽達の街である祭りが開かれることになった。


「時計、塔?」

「そう」


 手に焼き芋を持ちながら絲が尋ねた言葉に蒼羽はお茶を飲んだ後頷いた。

 絲が来てから自室でのおやつの時間が蒼羽にとって日課になっている。

 テーブルの上に置かれた自分の焼き芋からは美味しそうな匂いがしていた。


「街の時計塔がもうすぐ完成するからその記念祭があるんだよ。まぁ、俺達は夜の巡回に気を引き締めなきゃなんねーけど」


 時計塔の完成記念祭は朝から晩まで開催されることになっている。

 沢山の出店が並び、人の多い広場は夜遅くまで賑わうに違いない。


「まー、ここんとこ吸血鬼現れてないし、そんな出番はねーかもな」


 幸い隣町への出張りを終えた頃から吸血鬼の出現率は激減し、ここ数日ぱったりと現れなくなっていた。

 夜に現れるのは人に危害を加えない蝙蝠くらいだ。


「俺にとってはそれが不気味なんだけどな」


 人々は吸血鬼が減ったのではと喜んでいたが、蒼羽はなんとなく胸のつかえが取れないでいた。

 絲は蒼羽の話を聞きながら美味しそうに焼き芋を頬張っている。


「午前と夜が巡回担当になってて間の休憩なら祭り見て回れそうだけど、行くか?」

「行く!」


 もちろんとでも言いたげに彼女は大きく首を縦に振った。

 巡回の合間だから軍服を身につけ刀は差したまま回ることになる。蒼羽にとって結局見回りしているようなものだが、絲にとってはただの祭りだ。彼女が楽しめるならそれでいい。


「あお、お芋、いらない?」


 自分の焼き芋を食べきった絲はきらきらとした目で手つかずの蒼羽の焼き芋を見ていた。

 それを見て蒼羽は思わず吹き出す。


「お前、どんだけ食べんだよ。まぁやるけど。ほら」

「ありがと!」


 絲は蒼羽から焼き芋を受け取ると皮をむいて嬉しそうに噛り付いた。

 こうしていると吸血鬼なんてもういなくて、世の中が平和になったのではと錯覚してしまう。

 ――また時が来たらお会いしましょう。

 あいつ――最上級吸血鬼の琥珀はそう言ったきり姿を見せていない。

 彼が姿を見せないどころか他の吸血鬼も姿を現さなくなっている。ここ最近特に変わったこともないのにこの状況なのは明らかに不自然だが、軍は何故それについて調べないのか。

 ――彼らは秋に動く。これは止められない。奴等は繰り返す、賽は投げられた、王をこの手にと。

 いつかの得導の言葉が頭に浮かぶ。


「……何も起こんねーといいけど」


 不安な気持ちごと流し込むように残ったお茶を飲み干した。






 次の日はこれでもかというほどの晴天だった。

 お日様が常に顔を出しているのに風は涼しく、過ごしやすい気候でまさに祭り日和だ。

 こんな快晴なのに、蒼羽の心は晴れやかではなかった。

 朝から、いや、昨日からずっと胸騒ぎがする――考えすぎだろうか。


「あお、大丈夫?」

「え? あ、あぁ、大丈夫」


 立ち止まっていると絲に顔を覗き込まれ、蒼羽は慌てて笑顔を返した。

 最近疲れからなのか立ち眩みが多く調子がいまいちな蒼羽を、絲はずっと心配していた。

 普段の巡回中は気を張っているせいか体調不良になることはないが、非番だと気が抜けて体調が悪くなってしまう。吸血鬼の出現率が減ったこともあり特別困っていなかったが、今朝は皿を二枚も割ってしまったしそろそろちゃんと医者に診てもらった方がいいかもしれない。


「心配すんなよ、ちょっと疲れてるだけだから」


 笑顔を作ってそう告げるが、彼女は不安そうなままだ。


「ほら、せっかくだから祭楽しもうぜ」


 出店が並ぶ賑やかな方を指さすとようやく絲は顔を上げて笑顔を見せた。


「……うん!」


 蒼羽は絲の手を引いて歩き出す。

 午前の巡回は特に大きな問題なく終了し、休憩に入ることができた。絲は相当楽しみにしていたようで機嫌良く蒼羽の横を歩いている。

 いつも賑やかな街だが今日は更に賑わいを見せていた。色とりどりの提灯が並ぶ様は見ているだけで心が弾みそうだ。

 賑わう人波の中、蒼羽の視界の端で見たことのある琥珀色が揺れた。


「あっ、おっまえ!」


 思わず指をさした蒼羽を琥珀色の瞳が捉える。


「ん? あぁ、久しぶりだね」


 茶色の背広の男、一見人間にしか見えないこいつは紛れもなく上級吸血鬼、琥珀だ。

 琥珀は相変わらず謎めいた雰囲気を漂わせ笑みを浮かべている。


「……お前、なんでこんなとこにいんだよ……」


 そいつの手には出店で買われたであろう白い鳥の新粉細工の刺さった棒が握られていた。

 彼は人の波から抜け、人通りの少ない道の外れへ進んでいく。蒼羽も彼を追いかけるように絲の手を引いたままついていく。


「いやぁ、祭りが開かれると聞いて覗きたくなってしまってね。食べ物がたくさんで楽しいよ」

「お前いつも食いもん持ってんな」

「人間の食べ物は面白いからね」


 つい突っ込みを入れてしまった蒼羽はそうじゃないと首を横に振る。


「つか、どうでもいい情報だけ残して消えやがって! ちゃんとした情報寄こせよ!」

「どうでもよくはないだろう? 人間で上級吸血鬼の情報を聞き出したのは君くらいだ」


 琥珀は新粉細工をしばし眺めた後一口でそれを食べてしまった。


「うん、面白い食感だ」


 満足そうな琥珀に蒼羽は怪訝な視線を向ける。


「そんなに睨まないでくれよ。君は僕を完璧に敵視してるわけではないだろ? 君は私の情報を得ても私を売ってはいない。こうして街を出歩けているのがその証拠だ」


 琥珀は嬉しそうな笑顔を蒼羽に向けた。

 蒼羽は痛いところを突かれて視線を逸らす。


「それは……」


 うまく答えられず口ごもってしまう蒼羽に琥珀の笑い声が掛かった。


「君、面白いよね。僕はこのままで構わないんだけど……そう上手くいかない気がするなあ」

「……よく分かんねーけど今日こそ逃がさねーからな! 情報を吐いてもらうぞ」


 言葉の意味が分からず眉間にしわを寄せる蒼羽を見て、琥珀がにっこりと笑った。

 この笑顔に常に誤魔化されてる気がする。


「お姫様を立たせておくのも悪いし、場所移動しようか」


 彼はそう言って再び賑わう方へ歩き出した。


「どこ行く気だよ」

「ん-、とりあえずあれかな」


 琥珀が指したのは大判焼の店だ。


「お前、まだ食う気か」

「え、だってあれも面白そうじゃないか」

「食いもんに面白いも何もねーよ」


 蒼羽の言葉に琥珀がくすりと音を立てて笑う。


「まあまあ。お姫様も食べたそうだよ?」


 蒼羽が隣を向くと絲は大判焼の店を見て目を輝かせていた。

 そんな彼女を見て蒼羽は休憩の本来の目的、彼女を楽しませるために祭りに来ていることを思い出した。

 琥珀を見つけて吸血鬼のことばかり考えていたため、すっかり忘れていた。

 せっかくの祭りだ、絲を楽しませたい。が、琥珀と再会できた、情報を聞き出すチャンスを逃すわけにはいかない。


「大丈夫、食べ物を買ったって逃げたりしないよ。僕はそんなにすぐどこかに行ったりしないから」


 蒼羽の考えはお見通しだとでも言いたげに琥珀は言葉を付け足す。


「どの口が言ってんだよ……分かったよ、買えばいいんだろ」

「あ、僕二つね」

「お前のも俺が買うのかよ!」


 色々と諦めた蒼羽はため息をつきながら大判焼を三個購入し、立って食べるのもなんだからという琥珀の提案で近くの公園まで向かうことになった。

 吸血鬼と祭りを回るこの状況はすごく不快な気がするが、これも吸血鬼殲滅の足掛かりだ、仕方ない。


「君は吸血鬼を嫌ってるみたいだね」


 琥珀が前を歩いたまま再び蒼羽の心を見透かしたように話しかけた。


「当たり前だろ」


 燃える家屋、祖母の顔が浮かび、蒼羽の表情が険しくなる。


「吸血鬼はみんな葬ってやるよ」

「……頼もしいね、それと同時に我らにとっては脅威になりそうだ」

「ただ、今は力が足りねー。だからお前らの情報を早く寄こせ。お前らが俺達のことを知ってて、俺達は知らないなんて対等じゃない」


 公園のベンチまで来ると琥珀はそこに腰かけ、肩をすくめた。


「対価を差し出すでもなく殲滅宣言相手である吸血鬼によく強気で交渉できるね。まぁ、僕は無茶苦茶には慣れてるからいいけどさ」


 蒼羽を見つめる琥珀色の目が一瞬紅に揺れる。


「ただ、真実は甘味のように甘くはない、痛みを伴うものだ。それでも君は本当に知りたい?」

「……痛み?」


 なんだかひどく不安になってくる。何故か聞いてはいけない気がしてしまう。


「夢からは覚めない方が幸せだよ……これ、受け売りだけど」


 そう言って笑う彼はどこか切なげだった。

 その表情に、蒼羽の不安が胸に更に広がっていく。


「……だーっもう! お前訳分かんねーんだよ! いいから早く話せっ」


 蒼羽の苛立ちの言葉は甘く軟らかい物で塞がれた。

 思わず噛んだそれから餡子の甘みがじわりと広がる。


「まあ、これでも食べて落ち着いて」

ほはえは(おまえな)……」


 琥珀により突っ込まれた大判焼からふわりと甘い香りがする。


「ね、甘い物の方がいいだろう?」


 さっきまでの茶番はこのためかよ、と蒼羽は心の中で文句を呟いた。

 さすがは評判のいい大判焼、外のふんわりとした生地と中の程よい甘みの餡子が絶妙だ。


「お姫様も食べなよ」


 自分のをあっという間に食べた琥珀に勧められ、絲も大判焼を口に運ぶ。


「おいしい」

「でしょう?」


 彼女の幸せそうな表情を見て琥珀は満足そうに笑った後、晴れ渡った空を見上げた。


「本当、幸せな夢は見続けていたいよねえ」


 琥珀色の髪が風に揺れ、左耳の青いピアスが煌めいた。

 一瞬、大人である琥珀が自分達と同じような年齢の少年に見えて蒼羽は瞬きを数回繰り返す。

 もちろん目の前にいるのは二十代の男性だ。

 立ち眩みどころか幻が見えるなんて、自分は思ったより疲れているのかもしれない。

 蒼羽は少しでも糖分を取ろうと一気に大判焼を食べきり、改めて琥珀に詰め寄る。


「早く情報を寄こせ」

「君ね……情報情報って、一体何を知りたいんだ? この前君が知りたい質問には答えただろう?」


 質問に答えたというのはあの掴みどころのない返答のことを言っているのだろうか。


「あんなの答えたって言わねーよ」

「手厳しいなあ」


 蒼羽はへらへらと笑ういつもの彼にイライラしながらもどこかほっとしていた。

 いつもと違う雰囲気を垣間見せる琥珀はなんだか苦手だ。調子がくるってしまう。


「そういえば君達の自己紹介、聞いてなかったね」

「いや、しねーからな?」


 食い気味に拒否の返答をする蒼羽の横で絲が片手を上げて元気な声を出した。


「絲、よろしく! これ、おいしい! 教えてくれた、ありがとう!」


 口の横に餡子をつけたまま急な自己紹介をする彼女に二人は目を丸くする。

 蒼羽は首を横に振りながら呆れてため息をつく。


「お前何普通に自己紹介してんだよ……」


 絲の口の横についた餡子を指で拭って差し出すと、彼女はそれを口に収めた。いつかのように噛みつかれることはなく、蒼羽は安堵の息を吐いた。


「? 琥珀、自己紹介、言った。これ、おいしい、琥珀、教えた。絲、自己紹介、言った。よろしく、する」


 改めて頭を下げる絲に数回瞬きを返した後、琥珀は笑顔で優雅にお辞儀を返す。


「これはこれは。ご丁寧にありがとう、お姫様」


 その様子をじっと見ていた蒼羽は琥珀に疑問を投げかけた。


「お前さ、こいつのこと知ってんだろ?」

「ん?」


 琥珀は笑顔で首を傾げたまま、肯定も否定もしなかった。

 ――元気そうでよかったよ。

 初めて会った時、確かに琥珀はそう言っていた。絲を見て。知らないはずがない。

 蒼羽の眉間のしわが深くなっていく。


「絲について知ってんならそれも話」

「あぁ、そうだ、お姫様の名前は絲って言うんだったね。じゃぁ僕も絲ちゃんと呼ぼうかな」

「呼ぶな」


 絲についての話を聞き出したい自分と、こいつの口から絲の話が出ること自体が不快だと言い張る自分が蒼羽の頭の中で討論を始めている。


「で、君の自己紹介は?」

「なんで俺が自己紹介しなきゃなんねーんだよ」

「俺は名乗ったけど、君はまだだ。それは君の言う”対等”ではないし、そもそも何かを”人に聞く前に自分から名乗るのが礼儀”なんだろう?」


 蒼羽の発言を使い器用に屁理屈をこねる琥珀に蒼羽は何も言い返せずただただ睨むことしかできない。


「……朝暉軍吸血鬼専門部隊、十番隊所属一等兵、蒼羽……」


 蒼羽は小さい声で仕方なくそれだけ呟いた。


「あおば、ね」


 琥珀は蒼羽の名前をゆっくりと繰り返す。

 少し間を置いた後、彼は目線を下げたまま蒼羽に尋ねた。


「ねえ君、昔の記憶ってどれくらいある?」


 昔のことを尋ねられ、蒼羽の心臓が大きく跳ねた。


「……なんで、そんなこと」

「あぁ、すまない。何か嫌なことを思い出させたみたいだね。人間は記憶容量が小さいと聞いたものだから」

「別に、嫌なことなんか」


 顔を逸らす蒼羽をじっと眺め琥珀は眉を寄せる。


「な、なんだよ」

「君……そんなに嫌なこと思い出したのかい?」

「は?」


 真面目に聞いてくる琥珀に蒼羽は訳が分からず表情を歪ませる。


「だって顔色が……」


 何か言いかけた琥珀は蒼羽の顔を掴むと目の下を見たり首を触ったりし始めた。


「な、っにすんだよ!」


 なんとか彼の手から抜け出した蒼羽は文句をぶつける。


「君、体調が悪いみたいだね」


 どうやら今のは触診だったらしい。それならそうと言ってほしい。


「あぁ、そういやお前自称藪医者かなんかだったな」

「酷い言いようだな、営業妨害だよ?」


 そう言う割にあまり気にしていない様子の彼は胸のポケットから何かを取り出した。

 小さな瓶に入った赤い液体。


「なっ、それっ、血じゃ」

「ざんねーん、血ではありませーん」


 その証拠にと彼は蓋を開けた。瓶からは苺の甘い香りがする。


「飲みやすいよう、苺の香りをつけた薬だ」

「なんでんなもん持ち歩いてんだよ」

「これだけじゃないよ? 役立ちそうなものは数本ね。はい」


 差し出されるそれを見て蒼羽は固まってしまった。


「いや、飲むわけないだろ。それにこれはただの疲れだから寝てりゃ治る」


 腕を組んでそっぽ向く蒼羽に、琥珀は呆れたようにため息をついた。


「でも、最近寝ても体調が悪いままじゃないかい?」


 状況を言い当てられ蒼羽の目尻がぴくりと動く。


「あぁ、薬が苦手なのか。子供にはよくいるけど」

「誰がガキだ……がっ⁉︎」


 ガキ扱いにイラっときた蒼羽が腕を組んだまま琥珀の方を向くと、口の中に一気に液体が流れ込んできた。

 反射的に溢れる前に全て飲み込んでしまう。


「あお、大丈夫?」


 絲は心配そうに咳き込んでいる蒼羽に声を掛けた。


「はい、終了ー」


 少し咳き込みながらも全て飲んだ蒼羽を見て琥珀は楽しそうに笑い、空の瓶を振っている。


「お前なあ……」

「栄養剤みたいなものだから大丈夫だよ」

「そういう問題じゃねー」


 得体の知れない奴から飲まされた得体の知れない液体に安心できるはずがない。

 琥珀は満足げに笑っていたが、懐から取り出した懐中時計を見て残念そうに眉を下げた。

 懐中時計の蓋には鳥が羽を広げた銀色の模様が刻まれており、どこかで見たことがある気がする。


「おっと、そろそろ時間だ」


 懐中時計の蓋が音を立てて閉じられた。


「まだ話をしていたいけれど、野暮用があって、悪いね」

「ちょっと待て! まだ話は」


 肝心な話はまだ何一つ聞けていない。

 琥珀は蒼羽の抗議を無視して優雅に礼をする。


「また今宵会いましょう。姫と王子も我らが宴にぜひご参加を。お待ちしております」


 そのままたくさんの白い花びらと共に姿を消した琥珀に、蒼羽はため息をついた。

 いつも通り大した話もせず唐突に消えた彼、さすがに驚きよりも呆れが勝ってしまう。


「またかよ……勝手すぎんだろ……」


 一体いつになったら聞きたいことが聞けるのだろうか。

 ――今宵会いましょう。我らが宴にぜひご参加を。


「今夜……本当に何が起こるんだ……?」


 胸騒ぎの答え合わせにならないように祈りながら風に吹かれる白い花びらを見つめた。


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