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【第一章終了】千紫万紅の吸血鬼  作者: 小松羽咲/了一
【第一章】君と僕のさよなら
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争闘のナースⅥ

 多少擦り傷や打ち身はあるものの、動くのに問題はない。


「じゃあ、お前隙を見て逃げ」

「嫌」

「は?」


 千代は近くに落ちていたハサミを拾い蒼羽の隣に立つ。


「お前、何言ってんだよ」

「私も一緒に戦うわ。援護くらいしかできないけれど」

「お前な……」


 呆れる蒼羽に千代は吸血鬼を見据えたまま切実な声で訴えた。


「お願い……」

「……分かった」


 蒼羽はこれ以上言い争っても無駄だと判断したのか承諾の返事を返す。


「気合い入れろよ」

「おぅ!」

「はっ、上等!」


 吸血鬼は千代と蒼羽の攻撃で相当弱っている様子だ。


「行くぞ!」


 蒼羽は掛け声と共に駆け出した。その後ろを少し距離を開けて千代が続く。

 吸血鬼は足を引きずりながらも硬化させた腕を振り回し、蒼羽から距離を取ろうとする。

 片足は上手く使えず、片目は負傷した状態。


「そんなんで俺らに勝つつもりかー?」


 蒼羽は馬鹿にしたような笑みを浮かべ、余裕の声で敵に話しかけている。


 蒼羽にとって千代は妹のような存在なのだろう。きっとそれ以上でもそれ以下でもない。

 それでも。


「千代、今だ!」


 蒼羽が吸血鬼を引きつけている間に後ろに回った千代は助走をつけて跳んだ。


 それでも、自分にしかできないことで、彼の特別でいたい。


 そのままハサミを振り上げる。


「いっけえ!」


 後ろからハサミが刺さり、吸血鬼が叫び声を上げる。吸血鬼はすぐに苦しみ始め、徐々に灰になっていく。

 灰が夜空に吸い込まれて行く様を千代はぼーっと眺めていた。


「千代! 大丈夫か!」

「うん、なんとか」


 気が抜けて座り込んだ千代は蒼羽に笑顔を向ける。


「お前、怪我してんじゃん」

「え? あ、そういえば」


 途中でハサミが頬に当たり傷ができたことを思い出す。

 ポケットから取り出した布で血を吸い取る様子を、しゃがんだ蒼羽にまじまじと見られて思わず目を逸らした。


「な、なに」

「よかった、傷は浅そうだな……お前一応女子なんだから気をつけろよ、傷が残ったら大変だろ」


 そういう無駄に優しいところに腹が立つのだ。


「……ばか」

「お前な、心配してんのに馬鹿はねーだろ……」


 呆れてため息をつく蒼羽の向こうから彼を呼ぶ声が聞こえてきた。

 蒼羽はしゃがんだままそちらを向く。

 やってきたのは壱岐達十番隊の数人と支部兵数人、そしてその兵達と一緒にいた救護班だった。

 さっきの支部兵が近くにいた兵達を呼んできてくれたのだろうか。


「あお! 千代!」

「絲、お前まで来たのかよ」


 壱岐の横には何故か絲も一緒にいる。


「あお、怪我、ない?」

「俺は大丈夫だ。千代が弱らせてたから楽勝だった」


 蒼羽の言葉に絲は心配そうに千代に視線を移す。


「千代、怪我!」


 眉尻を下げる絲に千代は慌てて声を出す。


「べ、別にただの擦り傷よ! 救護班だから自分で手当てできるし」

「ほんと? 大丈夫?」

「本当!」


 千代がしっかり返事を返したことに安心したのか絲は笑顔を見せた。


「無事、よかった」

「……そうね」


 千代も自然と頬が緩み、絲に笑顔を返した。

 蒼羽は立ち上がり絲に不満の声をかける。


「てか、お前、危ないから巡回中は留守番する約束だろ。なんで出てきたんだよ」

「壱岐、出た。絲、出た」

「なんだその意味不明な自信は。訳分かんねー。つーか壱岐兄は何やって」

「あー、僕が連れてきたんだけど蒼羽は文句あるのかな?」


 自信満々な絲の後ろから壱岐が声を出す。

 蒼羽の姿勢が急に奇麗になった。


「最後まで話を聞かず部屋を飛び出し、上司の指示も仰がず一人で戦い、救護班、ましてや見習いの子まで巻き込んで……で? 蒼羽は何か言いたいことがあるんだっけ?」

「ナニモアリマセン」


 心なしか蒼羽の表情から感情が消えた気がする。

 壱岐は表情を和らげ、息を吐いた。


「まぁ、今回は吸血鬼を無事倒せたから情状酌量の余地あり、かもね」

「まじで!」


 情状酌量と聞いて蒼羽に感情が戻る。


「ただ、今後は上司の指示を必ず仰ぐこと」

「……善処します」

「それ、了承じゃないって知ってるよね?」


 壱岐は肩をすくめた後、蒼羽に尋ねた。


「とりあえず簡易報告。倒したのは見れば分かるけど状況は?」

「俺が着いた時にはこいつ、千代が既に戦闘中だった。逃げた人から女の子が逃がしてくれたって聞いたから急いで向かってよかったよ。事前に聞いた情報と違っていつもより弱い吸血鬼だったけど、街の人の発言と外見の特徴的にあいつで間違いなし。千代が弱らせてたから追い詰めるのは簡単だった。止め刺したのは千代だけどな」


 千代が止めを刺したと聞き、壱岐は目を丸くした。


「あ、あれは蒼羽がいたからできたことで」

「でも、お前がしたことに変わりはねーだろ。覚悟決まっててそこら辺の兵よりかっこよかったぞ」


 その言い方は乙女にとって少し複雑だ。


「お前になら背中預けられそーだ」


 少し冗談っぽく紡がれた言葉だったが、千代にとってはとても嬉しいものだった。

 彼女とは違う、自分だけの特別な位置。

 彼女とは違うけれど、特別な居場所。


「蒼羽!」


 千代が急に上げた大きな声に蒼羽が肩を震わせた。


「びっくりした……なんだよ、急に」

「怪我したから運んで!」

「お前、擦り傷と軽い打ち身だけだろ」


 蒼羽の素っ気ない返事に頬を膨らませ不満をぶつける。


「歩けない! お姫様だっこじゃないと死んじゃう!」

「はぁ? 運び方も限定かよ」


 幼い頃は叔父が抱っこしてくれることが多く、叔父に憧れを抱きながらも戦闘能力において敵視していた蒼羽は張り合ってよく千代を抱っこしてくれていた。

 頑張った今日くらいはご褒美があってもいいと思う。

 蒼羽はため息をついた後、千代の前にしゃがんだ。


「まぁ、今日の功労者だからな。運ぶくらいなら」


 軽々と千代を抱き上げると絲に行くぞと声を掛け蒼羽は支部へと歩き出した。


「詳しい報告は帰ってからなー」


 振り向きもせず後ろにいる壱岐に声を掛け、壱岐は書類を見たまま応えるように軽く手を振った。

 その様子を千代は蒼羽に抱っこされながら見ていたが、内心それどころではなかった。

 自分でお願いしたのに、恥ずかしすぎてどこを見たらいいか分からない。

 目を泳がせる千代に気づくことなく、蒼羽は無神経な言葉を投げかけた。


「お前……太った?」

「失礼!」


 千代の平手打ちが音を立てて蒼羽の頬に決まった。







 ノックと共に声が掛かる。


「千代、ちょっといい?」

「はーい、どうぞ」


 三咲の声だ。

 返事をすると彼女は部屋の中に入ってきた。


「どうだった? 初めての出張りは」


 千代は救護班寮に帰り部屋で荷物の整理をしていた。

 長いような短いような出張りはあっという間に終わってしまった。


「……それは仕事として、ですか?」

「両方よ!」


 楽しげにベッドに腰掛ける三咲に曖昧に笑顔を返す。


「仕事としてはとても勉強になりました。演習が実戦で役に立ったし他の街の状況も知ることができました……支部の方針については驚きましたけど、本部の方々がどうにかしてくれると思います」


 仕事としてはこんな感じだが、彼女が聞きたいのはもう一つの方だろう。

 だからおそらくわざわざ自分をこの出張りに組み込んでくれたのだ。


「もう一つの方は……うーん……あんまり、でした……」

「え、あんまり、って……」


 三咲は驚いた表情のまま言葉を探しているようだった。


「でも、いいんです。私は私だから。私以外の誰かにならなくても」


 千代はベッドの横の棚に買ってもらったポッピンを置いた。


「それ、もらったの?」


 三咲がポッピンを指差して問いかける。

 千代は笑顔で答えた。


「ええ、相棒から」

「相棒?」


 三咲は不思議そうな顔で首を傾げた。

 千代は窓の外の晴れ渡る空を見上げる。


「でも! 諦めたわけじゃないわ! 私は私の立ち位置から恋人昇格を目指すんだから! 見てなさいよ!」


 いつも通りの千代の様子に、三咲は安堵の息を吐く。


「頑張れ、少年少女」


 棚の上に飾られたポッピンは陽の光を受け、キラキラと輝いていた。


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