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【第一章終了】千紫万紅の吸血鬼  作者: 小松羽咲/了一
【第一章】君と僕のさよなら
39/63

争闘のナースⅡ

「すっげー」


 視界に入ったのはかなり大きな街だった。

 幼い頃来た時も大きいと思ったが、今見てもそれは変わらない。

 街の中に入ってからは余計にそれを感じた。広い道を路面電車や馬車、人力車が走っている様はとても賑やかだ。

 路面電車を初めて見た蒼羽は目が釘付けになってしまう。


「あれが路面電車」


 蒼羽の様子を見た壱岐が笑いを漏らしながら説明する。


「そう、馬車鉄道からいち早く路面電車に切り替えたのがこの街らしい。鉄道も走っていて俺達のいる街に比べたらだいぶ都会だね……楽しいかい、蒼羽」

「なっ、べ、別に俺は!」


 すぐにからかってくる壱岐が分隊長というのは本当にやりづらい。


「とりあえずこのまま支部に向かう。その後の指示はそれから伝える」

「はっ」


 十番隊の兵が壱岐の指示に返事をする中、蒼羽は応えるように小さく舌打ちをした。


 支部、というには大きい建物。本部よりはさすがに少し小さいがそれでも他の街の支部にしては大きい。

 本部と同じように隣接して寮が建っている。

 壱岐は支部の入り口まで来ると心底嫌そうな顔でため息を吐いた。


「……行くか」


 珍しい態度の壱岐を蒼羽は不思議に思いながら見つめた。こんな壱岐はなかなか見れられない。

 中に入ると一人の男性が中央で仁王立ちしていた。


「待ってたぞ、壱岐」

「……やっぱいるか、藤間(とうま)


 見た目は短髪で爽やかなのだが、どこか千草と同じような暑苦しさを感じる男。


「なんでお前がお出迎えなんだ? 中尉はどうした?」


 眉間にしわを寄せたまま壱岐が投げかけた質問に、藤間と呼ばれた男は腕を組んで答える。


「中尉は國都に仕事で出かけておられる。その間、俺が中隊長代理を任された」

「あーそう。じゃぁとりあえず会議室貸してくれる? この槍って重いから疲れるんだよね」


 壱岐はめんどくさそうに藤間から視線を逸らし奥へと進んでいく。

 そんな壱岐の前に立ち藤間は道を塞ぐ。


「……今度は何」

「別にうちはお前らなぞ呼ばなくても俺が万全な態勢で吸血鬼と遭遇できれば解決できたんだ。本部からの指示だから受け入れただけだ」

「……うん、で?」


 壱岐にこれでもかというほどの笑顔を向けられ藤間は顔をしかめて舌打ちをした。


「こっちだ。例の吸血鬼と遭遇したうちの隊の者を二名待たせてある」


 それを聞き壱岐は小さく息を吐いた。


「見栄を張らずに最初から素直に案内すればいいのに」


 小さく呟いた言葉が聞こえ、蒼羽はこっそり尋ねた。


「壱岐兄、あの人は?」


 少し前を歩く藤間を指さす蒼羽に、壱岐は声を潜めて説明する。


「あぁ、あいつは藤間曹長。俺と同期で同じく曹長だけど、俺より昇級が遅くてね。何かと対抗心燃やしてくる面倒な奴なんだよ。だからここには来たくなかったんだけどね」


 壱岐から同期の話は聞いたことがなかったため、彼の不機嫌な態度も相まってなんだか新鮮だ。こんな彼を見るのも悪くはない。


 会議室は本部よりこじんまりしたものだった。

 本部の会議室にあるものより小さめの長机、それを挟んで両脇にヴィクトリアン様式の椅子が数脚並んでいる。

 壱岐は口元に手をやり少し考えた後、今後について伝えた。


「よし、会議には俺と蒼羽、あと婦長がこちらからは出席しよう。そちらからは藤間と残り二人でいいね?」

「こちらはそれでかまわないが」


 藤間が言い終わる前に壱岐は十番隊の兵の方に振り向いた。


「長距離の移動、疲れただろう。明日からの任務に備えて今日は休んでくれ。この話し合いの報告は明日行う。解散」


 壱岐が号令をかけると十番隊、救護隊共に勢いよく返事をし、支部の兵に案内されて各々の部屋へ向かっていった。

 千代もちらちらと蒼羽達を見ていたが仕方なく扉の向こうへと小走りで去っていく。

 蒼羽は不満を前面に出した表情で壱岐を睨んだ。


「なんで俺は参加なんだよ、壱岐兄」


 蒼羽の抗議に壱岐は笑顔で答えた。


「お前は放っておくと、ろくなことがないからね」


 これに対しても抗議したいところだが今までの数々の心当たりが蒼羽に言葉を失わせた。

 仕方なく壱岐が座った横に蒼羽も座る。絲もその横に座り、さらにその横の椅子に婦長が腰を下ろした。


「その娘は?」


 藤間は椅子に座った絲に訝し気な視線を送る。

 絲は困ったように蒼羽と壱岐を見つめた。


「あぁ、この子はこいつと二人で一つの生活でね。まぁ関係者だから」


 壱岐が蒼羽と絲を指さしながら説明する。

 藤間は納得したのか微妙な顔だったが絲から鋭い視線を外した。

 蒼羽達の向かいに座る支部所属兵は神妙な面持ちでテーブルを見つめている。


「では、始めるぞ。まずは例の吸血鬼の出現状況だ」


 藤間は壱岐に書類を手渡した。


「事前に送った資料とそう変わりはない。初めて奴が出現したのはひと月ほど前だ」


 その吸血鬼は他の吸血鬼と同じく、日暮れに現れるらしい。話によると、ひと月でだんだん現れる頻度が高くなっているようだった。

 大体現れるのは同じ時間帯、出現率の上がり方も予想がつきやすいそうだが、出現場所に法則性はないらしく、この街が大きい街ということもあり発見が遅れて結果的に手遅れになってしまっている。

 元々この街は蒼羽達の街と違い吸血鬼の出現率がかなり低い。半年に二度以上現れれば多い方だ。

 そのため、この街の支部に所属する兵の数は本部に比べると少ない上に、技術面でも劣ってしまう。


「俺も一度だけ遭遇したが既に吸血を終え逃げるところで間に合わず取り逃がしてしまった。逃げ足が速くてな」


 壱岐は書類を見ながら藤間の説明を聞き、つまらなさそうにテーブルにその書類を置いた。


「まぁ、大体分かったけど、とりあえず隣の子達の話も聞こうかな」


 彼が藤間の隣の兵に視線を移すと、その兵は体を震わせた。


「あ、はい!」


 壱岐や藤間より少し下、蒼羽はよりは年上だろうか。


「あの吸血鬼は灰色の髪に燃えるような赤い瞳、まさに吸血鬼といった風貌でした」


 その特徴は紛れもなくいつもの吸血鬼だ。

 強いと聞き、下級以上の可能性を考えていた蒼羽はほっとすると同時に少しがっかりしていた。


「私が遭遇したのは奴が獲物に襲い掛かったばかりのところでした。すぐに応援を呼び、銃口を向けましたが敵は襲う手を止めませんでした。そのため、引き金を引いたんです、そしたら……」


 彼はそこまで喋ると口を震わせ顔を伏せた。


「た、弾は確実に当たったと思ったのに、次の瞬間には吸血鬼が真横にいました。腹が減ってなかったのかこちらに見向きもせず去っていきましたが、あの時ばかりは死を覚悟しました」


 その話を聞き、それまで黙っていた蒼羽が眉間にしわを寄せ静かに言葉を発する。


「……で?」

「え?」

「お前が死にそーとか知らねーけど、襲われてた人はどうなったんだ?」


 蒼羽の質問にその兵は一瞬目を見開いた。


「私が確認した時にはもう……」

「それがおかしんだよ、なんで見つけた時には()()()()()()()()()だったはずなのに確認した時には手遅れになってんだよ」

「そ、それは……」


 蒼羽は真っすぐ見つめながら続ける。


「応援が来るまで指くわえて見てたのか?」


 その問いかけに問われた本人もその横にいる兵も蒼羽から目を逸らした。

 煮え切らない態度に蒼羽は諦めの表情で大きなため息を吐き、背もたれにもたれかかった。


「……この街は滅多に吸血鬼が現れないって聞いてたけど、支部の腐り具合は相当だな」

「ははっ、違いない」


 壱岐も同意見なようで片手で頬杖をつきながら笑みを浮かべている。

 藤間が空気を変えるように大きな咳払いをした。


「とにかくだ。吸血鬼は昨晩現れた。統計によれば次に現れるのはまだ先だぞ。これからどう動く?」


 壱岐は不敵に笑い、隣に座る蒼羽の両肩を後ろから掴んだ。


「そこでこいつの出番だよ。この吸血鬼ホイホイ君のね」


 自分が了承していない陰のあだ名をこんなところで公表され蒼羽はむすっとした顔のまま支部所属兵達の方を向く。


「吸血鬼ホイホイ?」


 藤間が眉をひそめて繰り返すと壱岐は楽しそうに大きく頷いた。


「そう、軍きっての吸血鬼ホイホイ」

「おい、壱岐兄、いい加減にしろよ」

「あれ、ご不満?」


 分かっていて言っているくせに相変わらず性格が悪い。


「俺達の街はこの街の比べ物にならないくらい吸血鬼が現れるんだけど、こいつの巡回の時が圧倒的に多いんだ。それで吸血鬼を呼び寄せる吸血鬼ホイホイてわけ」


 壱岐はポンポンと蒼羽の頭を軽くたたく。

 否定できない内容なだけに蒼羽は何も言えない。


「比べ物にならないくらいって……一体どのくらい現れるのですか。あなた方も遭遇したことが?」


 信じられないとでもいう声色で一番端に座っている兵が壱岐に尋ねた。


「遭遇率? いちいち考えてないけど、平均すると七日に一度程度じゃないかな。三日続けて出会うこともあるけどねえ」

「七日に一度⁉ そんなに頻繁に……」


 なんでもないことのように壱岐が伝えると支部の連中は目を丸くしていた。


「お前も吸血鬼と戦ったことがあるのか?」


 一番端の兵に尋ねられた蒼羽は頷いて答える。


「まぁ、普通は何度か戦ったことあるだろ」


 どうやら本部と支部では戦いに対する心構え等がだいぶ違うらしい。


「夜の巡回は俺達本部隊と君達支部隊、共に行うことにしよう。支部には五番隊まであると聞いたけど、日中巡回はそちらにお願いしていいかい?」


 壱岐の提案に藤間はすぐに頷いた。


「ああ、それでかまわない。夜巡回は基本的に俺の所属する二番隊が行うことにしよう」

「二番隊? てっきり君は一番隊かと」

「一番隊は今は留守になさっている中尉がまとめている。留守の今は俺が預かっているが、連携が取りやすい二番隊の方がいい。実力は変わらないから安心しろ」


 それを聞き壱岐は了承の返事を返す。

 蒼羽はやっと終わりそうな空気に肩の力を抜いた。

 正直疲れているから早く部屋で休みたい。


「蒼羽、ちょっと待ってて」


 そんな小さな願いすらなかなか叶わず、壱岐に呼び止められて仕方なく部屋の出口付近で絲と一緒に彼を待つ。

 壱岐は婦長に今後の指示を伝えているようだった。


「おい、貴様」


 壁に寄りかかり上司を待つ蒼羽に、上から声が降ってくる。

 声の主は藤間だ。背が高いせいか顔が怖いせいかは分からないが千草とは違った感じの威圧感が凄い。


「な、なんだよ」

「上の者には敬語」


 蒼羽は舌打ちしながら再び同じ内容の言葉を向ける。


「……なんですか」

「特に用事はないのだが」


 心の中で「じゃあなんで呼んだんだよ!」とキレ散らかしながら蒼羽はどうにか平常心を保った。


「お前、吸血鬼と戦うのが怖くないか?」

「は?」


 こわいなどと普段考えない蒼羽は予想外の質問に普段の様子を振り返ってみる。


「こわいと思って戦ったことはねーな」

「そうか……本部では、壱岐は、どういう指導を後輩達にしてるんだ?」


 壱岐の普段の行いを思い出し蒼羽は身震いした。

 吸血鬼よりもよっぽどこわい。


「あれは鬼曹長だ、吸血鬼よりも……」


 喋りだした蒼羽の言葉を壱岐のくしゃみが阻んだ。


「あはは、なんか蒼羽から俺の名前が聞こえた気がする。ねぇ、俺の噂してるの蒼羽かな?」

「いいい壱岐兄!」


 蒼羽の顔は見る見るうちに青くなっていった。

 壱岐は満足そうに蒼羽を見た後、藤間に視線を移す。


「藤間」

「なんだ」

「こわいと思ってるよ、俺も俺の部下も。こいつが例外なだけだ。ただ、やるしかない状況なだけだよ、俺達本部組はさ。覚悟の違いだ」


 それだけ伝えると壱岐は蒼羽の肩に手を回した。


「さあ、蒼羽。今日からしばらく同室だ、よろしくね」

「……は?」


 壱岐としばらく同室とはどういうことだろうか。

 いつも通り蒼羽と絲、二人部屋だと思っていた蒼羽は急な部屋割りの発表に頭が真っ白になった。


「ここは本部よりも部屋がなくてね。女性は皆で一つの広めな部屋に滞在することになったんだ。だから絲ちゃんは救護班と一緒に寝泊まりしてもらうことになるけど、いいかな?」


 絲は一瞬不安そうな顔をしたが、真剣な顔で頷いた。


「絲、来た。我儘、だめ。絲、へーき」


 無理行ってついてきたから我儘は言わないなんて、ここで頑固さを封印しなくてもいいのに。

 蒼羽の嘆きは壱岐の前では喉から口まで出てこない。


「君はいい子だね。蒼羽ももちろんいい子だよね?」

「うっ……嫌だあぁぁ」


 壱岐の笑顔を見てやっぱり本音が漏れてしまう蒼羽だった。


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