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【第一章終了】千紫万紅の吸血鬼  作者: 小松羽咲/了一
【第一章】君と僕のさよなら
38/63

争闘のナースⅠ

 少しずつ風が涼しくなってきた頃。

 蒼羽が所属する吸血鬼部隊の本部に、ある要請が来た。


「応援要請?」

「そう」


 蒼羽が繰り返した言葉に壱岐が槍を手拭いで拭きながら頷く。

 蒼羽達は夜の巡回の最中で、たった今吸血鬼を倒したところだった。吸血鬼の服や首輪が残っている場所を慌ただしく処理班が駆け回っている。


「応援、って何の?」

「隣町の支部の」


 壱岐は槍の具合を確認し、納得したのか満足げに微笑んだ。


「隣町で吸血鬼が出たそうだけどちょっと手強いらしくて。何度か取り逃して被害が拡大してるみたいでね、本部に応援要請が来たわけだ」


 彼は十番隊の他の兵に引き続き巡回の指示を出した後、処理班から受け取った紙に状況を書き込んでいく。


「まあ、手強いって言っても隣町の奴らにとってはだから、とりあえず俺達十番隊に派遣要請の声が掛かったんだよ」


 慣れた手つきで書類を書きながら壱岐は説明を続けた。


「他の兵には伝えてるけど明日には出発だから」

「は⁉︎ 早くね⁉︎ 一日も猶予ないんだけど」

「どっかの誰かは少女保護の特別配慮で日中の仕事減らされて、その分出かけてて捕まらないことが多いから連絡もままならなくてね」


 蒼羽は壱岐の言葉に押し黙る。

 確かに蒼羽は絲の面倒を見ている代わりに日中の雑務を減らされていた。普通は巡回以外にも日中仕事があるものだが、軍が保護を決定した少女の面倒を見ているという理由で、他の一等兵に比べて蒼羽に巡回以外の日中の仕事はあまり回ってこない。やっている雑務は寮内と本部の掃除くらいだ。

 その分、街に繰り出す絲に付き合わされることは多く、どっちもどっちだと蒼羽は思っていた。


「隣町って西の?」

「いや、東」

「東⁉ あのでけー街?」


 西側の隣町はこの街と同じくらいの小さな田舎町。それに比べ、ここから少し距離がある東側の隣町はこの國の國都の近くにある大きな街だ。元々大きな街だったが、ここ数年で近代化が進み様々な建物が増えたと聞いている。

 幼い頃保護者の仕事の付き添いで行ったきりだった蒼羽は、新しくなった街並みが見れるかと思うと少しわくわくしていた。


「言っとくけど遊びに行くわけじゃないからね」

「わ、分かってるよ!」


 この人は読心術でも使えるんじゃないかと蒼羽はたまに思ってしまう。


「巡回終わったら用意しなよ。あと隣町に行く間あの子をどうするか考えないとね」

「あの子?」


 壱岐は書き終えた書類を処理班に渡し、呆れたような表情を向けた。


「あの子だよ、お前といつも一緒にいる」

「……あぁ、絲か!」


 確かに隣町へ出張(でば)りは初めてですぐに帰って来られるか分からない。

 向こうの土地勘もないし、彼女には安全な寮で留守番してもらっておくのが最善だ。

 帰ったら絲にそう伝えよう。

 蒼羽は帰ってから絲にどう伝えるか考えながら巡回を続けた。


「やだ!」


 巡回後、部屋に戻ってきた蒼羽からその話を聞いた絲は大きな声でその提案を却下した。


「やだってお前なぁ……」


 多少予想はしていたが、こんなに拒否されるとは思っていなかった。


「任務で行くんだよ、どのくらい危険かも分からない。ここなら兄貴もいるし安全なんだ」

「やだ」


 絲はさっきから何を言っても縦に頷かなかった。

 彼女が険しい顔で首を横に振る中、勢いよく部屋の扉が開く。


「蒼羽ー!」

「兄貴、なんでノックするが覚えられねーんだ」


 もちろん室内に入ってきたのは千草だ。

 深夜の室内にうるさい声が響き渡る。


「蒼羽あ、聞いたぞー」

「寝てる奴もいるんだから静かにしろよ!」


 正直この時間に絲と千草の声は近所迷惑だ。音量を落とさないと隣室から苦情をもらいかねない。

 千草はその訴えを気にする様子なく、蒼羽に駆け寄った。


「お前も応援について行くのか⁉︎」

「当たり前だろ俺十番隊だぞ」


 そんなに縋り付かれても一兵士の蒼羽にはどうすることもできない。

 というか、大尉である兄には先に知らせが入っているはずだ。


「兄貴が十番隊を指名したんだろ」


 くっついてくる兄をぐいぐいと押しながら蒼羽は訴える。


「いや、忙しかったから小暮に任せたんだ。あいつよりによって十番隊を選びやがって」


 千草は恨めしそうに呟いた。

 半泣きの大の男を煩わしく思いながら、蒼羽はため息をついた。


 応援要請として十番隊が選ばれるのは何も不思議ではなく、むしろ当然だった。

 隣町に出現する吸血鬼がどの程度の強さなのか分からない現状で派遣するのは機転が利く分隊長の安定した強さがある班でなければならない。

 だが、千草や小暮が所属する軍の主戦力を距離がある隣町に派遣するわけにもいかない。

 そこで、千草、小暮に次ぐ実力者である壱岐が率いる十番隊に白羽の矢が立ったのだろう。


「もう決定事項だ諦めろ」

「お前最近たまに立ち眩みしてるだろ、本当に気をつけろよ蒼羽あ」

「はいはい」


 心配性な兄を軽くあしらい、蒼羽は絲に向き直った。


「とりあえずお前はる」

「絲、街、行く!」


 留守番だと言いかけた蒼羽に被せて絲はついていく宣言をする。

 彼女の表情を見る限り簡単に諦めそうになく、一晩かけて説得するはめになるかもしれないと蒼羽は肩を落とした。


「絲ちゃんは留守番だろう」


 千草にしては珍しくいい後押し発言に蒼羽は表情を明るくした。

 絲は千草にまで反対され顔をしかめる。


女子(おなご)、行く、聞いた」

「え?」

「女子、街、行く。絲、街、行く」


 他の女性が行けるなら自分も行くことができるだろうということらしい。

 十番隊の中に女子なんてもちろんいない。


「あぁ、女子って救護班のことか?」


 千草の問いに絲は不機嫌そうなまま頷いた。

 自分の知らない情報を耳にした蒼羽は訝し気に千草に尋ねる。


「救護班も一緒に行くのか?」

「あぁ、吸血鬼の強さが分からないから一応婦長が班長のひと班だけな。壱岐に聞いてないか?」

「聞いてない」


 おそらく細かく伝えるのが面倒になった壱岐はかいつまんで説明し、さして重要ではない救護班の話は省かれたのだ。


「絲、へーき、行く」


 絲は再び自分の主張を始める。


「あお、いない、やだ」


 彼女は眉尻を下げ、蒼羽を見つめた。すぐに否定を繰り出そうとした蒼羽が言葉を詰まらせる。


 寮にいた方が安全だ。いや、安全か?

 蒼羽は頭の中で自問自答を繰り返す。

 寮にいれば吸血鬼に襲われる心配はおそらくない。絲は軍が保護を決定した少女であり、周りは訓練を積んだ兵ばかり、何より軍随一の実力の兄がいる。

 ただ、吸血鬼以外の面ではどうだ。

 絲が一人で生活できるだろうか。千草だって一応大尉でありいつも面倒を見れるわけではない。

 ということは、蒼羽の代わりに誰かが面倒を見る役に抜擢される可能性が高い。


「……そうだな絲、やっぱり連れていく」


 抜擢されるであろう誰かに激しい嫌悪感を抱き、蒼羽は顔をしかめた。


「うん!」

「蒼羽本気か⁉」


 蒼羽の決定に絲は嬉しそうに頷き、千草は目を丸くしている。


「なんでまた連れて行く気になったんだ?」

「……別に」


 蒼羽はしかめた顔のままそっぽを向いた。

 理由はどうにも言葉にしづらい。


「用意するから兄貴は仕事戻れよ、どーせ抜け出してきたんだろ」

「お前にはお見通しなんだな」

「いつものことだかんな」


 千草は後ろ髪引かれる思いがにじみ出た表情で「本当に気をつけろよ」を呪文のように繰り返し、ちらちら蒼羽達を確認しながら部屋から出ていった。

 兄が出ていったのを確認し、蒼羽はほっと息を吐く。


「さ、準備するぞ絲」

「うん、うん」


 嬉しそうに何度も頷く絲に蒼羽は言葉を付け足した。


「観光じゃねーからな、仕事だぞ?」

「うん」


 それでも絲は満面の笑みで頷く。

 絲に出張りはまだ早かったかもと思いつつ、蒼羽は風呂敷を広げ絲と一緒に明日からの長旅の準備を始めた。






「絲、まだ歩けるか?」

「平気」


 蒼羽は十番隊の最後尾を絲の手を引き進んでいた。


「蒼羽! 私も!」


 少し後ろから高めの声が蒼羽にかかる。

 十番隊の最後尾の更に後ろを救護隊の面々が歩いていた。

 正確に言うと本当の最後尾には護衛のため十番隊の兵士が一人いるのだが、今重要なのはそんなことではない。


「つーか、なんでお前がいんだよ、千代……」

「だから言ったじゃない! 勉強のためよ!」


 今回同行する救護班には何故か見習いの千代まで参加していた。


「美咲さん、何考えてんだよ……」


 小さく三咲に文句を吐く。

 救護班所属の奴ならまだ分かるが、千代はあくまでも見習いであり蒼羽より二つも年下の子供だ。

 千代が年齢を満たしていないのに見習いをしている理由は簡単に言うと、救護班の人手不足と以前の軍のお偉いさんの関係者だからだ。

 蒼羽が軍にお世話になり始めた時からちょくちょく遊びに来ていたが、前司令官と十三になったら見習いとして救護班に所属する約束をしていたなんて聞いたことがなかった。そのため所属してすぐはさすがに蒼羽も驚いた。高度な知識が必要な救護班に、見習いだとしても所属なんてちび助には無理だと。

 そんな蒼羽の予想に反して、意外と千代は勉強家だったようで彼女の医療に関する知識は齢十三の少女にしてはかなり高いものだった。それ故、当初の約束通り見習いとして所属できてしまった。

 だが、それはそれ、これはこれだ。


「お前にしても絲にしても、なんでこうも頑固なんだろうな」

「私は私! その子はその子よ! 一緒にしないで」


 蒼羽から見るとそんなに変わりはないのだが、一緒にされるのは嫌なようで彼女は鋭い目で睨んできている。


「はいはい」


 女心はよく分からない。


「もうすぐだよ」


 前方から壱岐の声がして、蒼羽達は顔を上げ視線を前に向ける。


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