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【第一章終了】千紫万紅の吸血鬼  作者: 小松羽咲/了一
【第一章】君と僕のさよなら
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写真館のマドンナⅣ

 相変わらず暑い中、蝉の声だけが響く午後。蒼羽の部屋に窓から心地よい風が入り穏やかに時間が過ぎていく。

 絲は昨日と似たような格好で椅子に座り、莉麻から借りた幸福な王子の本を読んでいた。今日は髪型をおさげにしてもらいご機嫌な様子だ。

 もちろん蒼羽も昨日と同じような格好をしている。千草は数着夏服とやらを購入していたらしい。


「そういえば、絲、膝の傷は治ったか?」


 絲は視線を本から蒼羽に移して頷いた。


「うん、痛い、ない」


 以前、琥珀とポムフィに出会った時に出来た絲の膝の傷は一か月経ってようやく治ったようだった。

 大きな傷ではなく普通の擦り傷ですぐ治るはずだったのだが、絲は怪我の治りが普通の人より極端に遅いらしい。


「そっか……お前、怪我しないように気をつけろよ」

「うん」


 蒼羽がベッドに座ったまま注意すると、絲は短く返事をし再び本に視線を戻した。ちりめん本の再来だ。

 それに蒼羽はやはり幸福な王子の話が好きになれなかった。


 若くして亡くなった王子を模して作られた像、そこには彼の魂が宿っていた。金箔が貼られた体、剣に飾られた赤いルビー、青に輝くサファイアの瞳。

 貧しい人にそのすべてを分け与えた王子。それを手伝ったツバメは南に渡らず死んでしまい、それが悲しくて王子の像の心臓は割れてしまった。

 何も知らない街の人々はボロボロになった王子を見てみすぼらしいと溶かしてしまう。しかし心臓は溶けずツバメと一緒に捨てられた。

 一番美しいものを持ってくるよう言われた天使が神の元へ運び二人は天国へ、という感動モノの話だ。


「感謝されるどころか気づかれないままじゃねーか」


 蒼羽は小さい声で呟く。

 自分を犠牲にしてまで街の人達を救ったのに、結局街の人達には気づかれないままだ。天国に行ったから報われたなんて解釈に、蒼羽はなんとなく納得いかなかった。


 蒼羽が考え事をしていると背後で窓が叩かれる音がした。嫌な予感がする。いや、嫌な予感しかしない。

 眉をひそめながら背後を向いた蒼羽の視界に会いたくない人物が入り、蒼羽は顔の向きを戻した。

 蒼羽がなかったことにしようと思った瞬間、窓が勢いよく開けられた。


「おい! なんで無視するんだよ!」

「あー、蝉がうるさいな」

「おい!」


 何か答えないと帰ってくれなさそうな勢いの清親に、諦めて蒼羽は呟いた。


「お前、軍の敷地に不法侵入かよ。なんで俺の部屋知ってんだ」

「今朝お代持ってきたお前の兄に聞いた」

「兄貴……」


 弟の個人情報を勝手に、そして簡単に外部に売らないで欲しいものだ。


「終わり!」


 絲は本を読み終わったようで嬉しそうに立ち上がった。


「お嬢さんも丁度終わったみたいだし一緒に探しに行こうぜ」


 絲は清親の提案に頷く。


「うん、絲、これ、返す」

「だよなあ! ほら、お嬢さんもこう言ってるし早く行くぞ」

「絲……余計なことを……」


 蒼羽は本日二度目の諦めを発動し、ベッドから下りて外出の用意を始めた。

 絲は既に外出できる格好になっているらしく、本を抱えて蒼羽の用意が終わるのを待っている。

 必要なものを懐に入れようとした蒼羽は顔をしかめた。

 この洋服、入れる場所がない。

 かろうじて胸元と尻部分にポケットがあるくらいだ。仕方なくポケットに入る分だけの荷物の用意をし、刀を身につけて重い気持ちと共に重い腰を上げた。


 蝉の鳴き声が暑さをじわじわと上げていく気がする中、蒼羽達は街に到着した。

 先に本を返そうと写真館に向かったが、あいにく留守のようだった。

 帰りに再び寄ることにして昨日と同じくマドンナ探しを始めた。

 が、やはり思うように成果は得られず。


「あいすくりん、おいしい!」

「だろ? 藤さんとこで夏だけやってんだ。氷とも違う食感で和菓子じゃないのに美味いんだなこれが!」


 絲と蒼羽は先程休憩がてら菓子屋で食べたあいすくりんについて感想を言い合いながら歩いていた。

 昨晩、予告通り得導がお代を取りに来たようだが彼は取り立て金額を少しまけてくれたらしく、日々の節約は少しでよくなった。おかげで今日あいすくりんにありつくことができた。


「お前ら真面目に探せよ!」


 辺りを一生懸命見回しながら訴える清親に、蒼羽は心底めんどくさそうな視線を向ける。


「こんだけ探してもいないなら旅行者かなんかでこの街にはもういないんじゃね? 諦めろよ」

「いいや、マドンナを見つけるまで俺は諦めないぞ! この街にいる、そんな気がするんだ」


 何を根拠にそう思ってるのか知らないが、彼の手には写真を見て描いたであろう絵が抱えられており、諦める気は全くないらしい。

 画家を目指しているだけあり、なかなかに秀逸な絵だ。


 その後も捜索を続けたが街はほとんど探し終わってしまい、街の外れにある河原まで来てしまった。


「あれ、玉川のじいちゃんの孫じゃん」


 蒼羽は土手の木の下にいる莉麻を見つけ呟いた。


「え、莉麻?」


 清親も蒼羽の視線の先に目を向ける。

 彼女は持ち運べる撮影機材である()(さげ)(あん)(ばこ)を持ち、川を挟んで向こう側の街を眺めていた。大人びた真剣な表情を見ていると昨日の彼女とは別人に思える。


「あんな顔すんだな。なぁ、ちょっとマドンナとやらに似てるし、もう莉麻がマドンナってことで」


 いいんじゃね、と言いかけた蒼羽は清親の方を向き言葉を止めた。彼がいない。いや、正確に言うと彼が立っているはずの方に向けた視線は宙しか捉えられず、視線を下に向けてようやく彼を見つけることができた。

 彼は何故か土手の脇の草の上にしゃがみ込み、真剣に絵を描き始めていた。

 蒼羽は小さく声をかけてみたが、反応はない。


「自由かよ……」


 諦めて蒼羽もその場に座り、それを見た絲がさらに隣に座る。

 ここが木陰で良かったと思いながら空を見上げる。雲一つない空を傾いている陽がほんのり橙に染め始めている。今日は夕立にあわなくて済みそうだ。


 すぐ終わるだろうと思われた写真撮影とお絵描きは四半刻(三十分)を過ぎても終わりそうな気配がなかった。

 扇子を持ってきていた蒼羽は自分と絲を交互に扇ぐがちっとも暑さはマシにならない。風が吹いているのがせめてもの救いだ。

 絲はじっとしているのに飽きてきたのか、近くに散らばっている清親の道具で勝手に絵を描き始めている。なかなかに芸術的な絵だ。


「絲、それこの前の本に出てきた妖怪か?」


 何を描いたか全く分からないそれは、どことなく以前読んだ本の妖怪に感じが似ている。

 絲はその発言を聞いて頬を膨らませた。


「ねこ」

「……猫?」


 どう見たら猫になるのか。

 よく見ると耳らしきものとヒゲらしきもの、尻尾らしきものはどうにか確認できたからかろうじて納得できないこともないかもしれない。


「これ、あお」

「俺……?」


 猫らしきものの横に描かれた自分と言われた何かを見て蒼羽は固まった。

 これについてはノーコメントだ。

 絲は再び楽しそうに芸術的落書きを始めた。

 清親は相変わらず真剣な表情で筆を走らせている。

 蒼羽は再び空に視線を戻した。


 ――君はどういう決断をするんだろうね。


 急に得導の言葉を思い出す。


「そういえば、あれ、どういう意味なんだ……」


 吸血鬼を倒す以外の目的は蒼羽にはない。一体何の決断なのだろうか。

 蒼羽は後ろに寝転んだ。涼しい風が吹き抜け、草が顔の横で音を立てて揺れる。


「気持ちい……」


 疲れもあって蒼羽の瞼は次第に閉じていった。









 ――どっかの国では夕暮れ時を誰そ彼時って言うらしいよ。


 誰かが頭上で楽しそうに話をしている。


 ――暗くなり始めた夕暮れ、向こうから来る人が誰か分からない、そこで誰そ彼って尋ねる。そんな時間帯だから誰そ彼時って言うんだって。


 誰だ?ただ


 ――あと、逢魔が時とも言うらしいよ、魔に逢うなんて面白い表現だろう?


 なんだか、とても懐かしい……。


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