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【第一章終了】千紫万紅の吸血鬼  作者: 小松羽咲/了一
【第一章】君と僕のさよなら
34/63

写真館のマドンナⅡ

 広場のベンチに座り清親は項垂れていた。


「なんで誰も知らないんだあぁ」

「だからもう諦めろって」


 近所の人何人かにあたってみたが、結果はほぼ空振りだった。

 収穫は八百屋に買い物に来てた近所の爺さんが「わしはこの美人に会ったことがあるぞ! 昨日のお昼……いや、明日……いんや十年前だったか?」と記憶の誤作動を起こしていたことくらいだ。


 この状況、なんだか少女亡霊事件に似ている。


「あ、そういえばあいつが久しぶりに来てるって聞いたな。一応行ってみるか?」

 そういえば昨日、彼が来ていると兄に聞いたばかりだ。

「あいつ?」


 蒼羽の提案に清親が顔を上げる。


「あぁ、行ってみれば分かる」


 立ち上がり何処かに向かい始めた蒼羽の後を清親が慌てて追いかける。


 路地を抜けて小さな道に出ると目的の場所が見えた。

 紫檀色の小さなサーカステントのような店。テントの入り口の上にはvatici(ワーティキ)natio(ナーティオ)と書かれた幕がつけられている。

 入口にあるベルを蒼羽が鳴らすと中から「どうぞ」という少年の声が返ってきた。


「お、ラッキーだな、今誰もいないみたいだ」


 喜びの声を上げ躊躇うことなく中へ入っていく蒼羽の後を恐る恐る清親がついていく。

 薄暗い店内は意外と広く不思議な匂いが漂っていた。

 外国の玩具や人形が店内に所狭しと並んでいて可愛くも不気味な雰囲気だ。

 中央に布がかかった丸テーブルが置いてあり、その向こうで影が揺れた。


「あ、その気配、蒼羽でしょ」


 テーブルをはさんだ向こう側の椅子に座っていた人物が、嬉しそうな声色でそう言って立ち上がりフードを取った。


「久しぶりだね」


 フードから顔を現したのは十歳くらいの可愛らしい顔立ちの少年だった。

 可愛らしく微笑んでいるが、不思議と表情から感情を読み取るのは難しい。裏が読めない雰囲気のある少年だ。


「お前ほんとに六年前から全然変わんねーな、化け物かよ得導(やすみち)


 得導と呼ばれた少年はにっこりと微笑んだ。


「そうかな? 蒼羽こそ変わらないと思うよ? 特にその背丈とか。あとその可愛すぎる服装なに?」

「そういう無神経な所も相変わらずだな⁉︎ 服装については何も言うな笑うな」


 得導は蒼羽の服装が面白いのかくすくすと笑い続けている。

 二人のじゃれ合いを眺めていた清親が咳払いをし、蒼羽は何をしに来たのか思い出して清親の方を振り返った。


「あ、悪い。こいつは得導。占い師をしてて神出鬼没、いろんな街を転々としてる年齢不詳の奴。まあ、名前も本当は知らねーんだけど」

「得導、じゃないのか?」


 清親が先程紹介された名前を口にすると、蒼羽は苦笑いを浮かべた。


「それは俺がつけた名前。こいつ名前は教えられねーとか言うからさ。二つ考えて、よりによって本命じゃない方を選びやがった」


 蒼羽が得導の方を見ると彼は全く気にしていない様子で微笑んだ。


「僕は気に入ってるよ? 正しい方に導く、の導正(みちただ)もいいけど、得な方に導くの得導の方がいろいろと好きになれたんだよ。商い的にもね」

「商い的にって占い師のこと?」


 清親が尋ねると得導が首を振って否定した。


「あぁ、そっちじゃないよ。蒼羽が来るってことはもう一つの方でしょう?」


 得導は椅子に座りなおした。


「でも話があるのはそっちの君みたいだね。どうぞ」


 テーブルのこちら側にある椅子に座るよう誘われ、清親は言われるがまま腰を下ろした。


「あ、いや、俺が」

「蒼羽、商売の邪魔はだめだよ」


 得導に落ち着いた声で言われ、蒼羽が言葉を詰まらせた。

 清親に向き直った得道はにっこりと笑顔を浮かべた。


「表向きは占いをしているけど、いろんなとこを転々としているから沢山の話が聞こえてきてね。情報を売ってくれって言われることが多くなっていつの間にか裏では情報屋って言われるようになったんだよ。君も何か知りたくてここへ来たんじゃない?」


 清親は目を丸くした後大きく頷いた。


「君は何が知りたいの?」


 テーブルの上に例の乾板を出し、清親は口を開いた。


「この女性を最近どこかで見かけなかったか? どこで見たか教えてくれ」


 清親の質問に得導は満足げに笑い、背後に立っている蒼羽は大きくため息を吐いた。


「うーん」


 得導は笑顔のまま首を傾げた後、小さく首を横に振った。


「ごめんね、最近この人を見たっていう情報はない」


 それを聞き、清親の表情は明らかに暗いものになった。


「でも、これでお代をもらうのは可哀想だから」


 得道は立ち上がって奥にあるトランクから箱を取り出し、テーブルの上に置いた。

 蓋を開けると中にはいくつもの煎餅が並んでいる。


「一つ選んでいいよ」


 戸惑う清親の横から蒼羽が覗き込んだ。


「辻占菓子じゃん」

「そうだよ、ちゃんとした情報じゃないし初回だからお代もこれの分だけでいいよ」

「えっ、ずるくねー⁉」


 会話を進める蒼羽の腕を清親が遠慮気味につつく。


「ん?」

「辻占菓子ってなんだ?」

「え、お前知らねーの? 辻占菓子って言うのは中におみくじみたいなのが入ってる占い菓子だ」


 清親は蒼羽の説明を聞き納得した様子で頷いた。


「じゃぁ、これ」

「どうぞ。さぁ、どんなお告げかな?」


 選んだ菓子を割ると中から小さな紙が出てきた。

 破れないようにそっと開くと中には短い一文が書いてある。


「望むもの、手近にあり?」


 清親が読み上げた文を聞いて得導は嬉しそうに小さい笑い声を上げる。


「なかなか面白いのが出たね。これはどちらへのお告げなのかな?」


 蒼羽はそれを聞き眉間にしわを寄せた。


「さて、蒼羽にとっては本題だ。蒼羽は何を聞きに来たの?」


 相変わらず本心が分からない笑顔の得導は頬杖をついて答えを待っている。


「なんでもお見通しかよ」


 蒼羽はちらりと清親に目を向けた。


「悪い、清親。軍の話になるから少し席を外してくれるか」

「え? おぅ、分かった」


 おみくじをじっと眺めていた清親は蒼羽の言葉を受け立ち上がって出口に向かう。

 清親の姿が店の外に消えたのを見て、蒼羽は椅子に腰かけた。


「得導は吸血鬼の話、どこまで知ってる?」

「うーん、どこまでと言われても。吸血鬼が喋るとか階級制度とかってことだよね?蒼羽が知ってることは多分知ってるかな」

「お前の情報網どんだけだよ……街で聞いたってレベルじゃないぞ」


 本当にこの少年はどうやってこれだけの情報を手に入れているのだろうか。絶対敵に回したくないタイプだ。

 蒼羽は真っ直ぐ得導を見つめて口を開いた。


「単刀直入に言う。吸血鬼に関するお前の持つ情報をすべて寄こせ」


 得導と交渉するときのコツはこれだ。下手に具体的に頼むと彼は頼んだ部分、つまり一部の情報しか言わない。客に有利不利関係なく、聞かれたことの答えしか返さない。

 だから先程の清親の聞き方は失敗だった。彼は「見かけなかったか」ではなく「この女性に関する情報を聞きたい」と言うべきだった。

 それを忠告してやろうとしたが、得導にとっては占いも情報屋も商いであり生活のためにしていることだ。蒼羽は以前口を出したときに災いを予言され散々な目に合ったためそれ以来彼の言う営業妨害はしないように気を付けていた。


「僕の持つ情報全部? これまた大きく出たね」


 得導は相変わらず余裕の笑みで楽しそうに言葉を紡ぐ。


「でもそれは無理だよ」

「なんで」

「僕も平穏に過ごしたいのと、あと単純に情報に対する対価を今の蒼羽じゃ払えないから」


 そう言われるとどう出ていいか分からない。確かに蒼羽がお代として渡せる金額は限度があるし、得導の持っている情報は下手なこと言えば罪に問われたり狙われたりする可能性があるものなのかもしれない。

 何も言えなくなった蒼羽を見て、得導は辻占菓子の箱を持って立ち上がり丁寧にトランクにしまった。

 彼はしまい終えると、でも、と言葉を続ける。


「いつもくらいの対価で話せることならあるよ。聞く?」

「聞く!」


 蒼羽の即答を聞き、得導は小さな角の生えた馬のぬいぐるみを拾い上げ苦笑しながら椅子に座りなおした。

 今まで笑っていた得道から笑顔が消え、店内のランプの灯が揺れた。


「秋だ」

「秋?」

「彼らは秋に動く。これは止められない。奴等は繰り返す、賽は投げられた、王をこの手にと」


 得導のお告げはいつもよく分からないが今回のはいつにも増して分からない。

 奴等は吸血鬼のことで、王とは吸血鬼の中で一番強いやつ、という解釈でいいのだろうか。


「でも重要なのはそこでの出来事じゃない。その先だ」


 得導は大きな目を細め意味深な笑みを浮かべる。


「蒼羽、君はどういう決断をするんだろうね」


 そこまで言うと得導はいつも通り可愛らしい顔でにっこり笑った。

 蒼羽は言われた言葉を反芻させながら黙り込んでいる。


「ねぇ、蒼羽」

「ん? なんだよ」


 得導に呼ばれ顔を上げた蒼羽の前にふわふわした白い手が現れた。

 角を生やしたそいつの手は得導に支えられ、小さく揺れている。

 腹が立つような馬面の後ろから得導が可愛い顔を覗かせて口を開いた。


「お代、くーださい」

「あ」


 そういえばお代をまだ払っていなかった。払うために金を出そうとした蒼羽はあることを思い出す。

 すごく気まずいが言うしかあるまい。

 蒼羽は申し訳なく思いながらも言葉を発する。


「……わ、悪い、金忘れた……」


 兄に引きずられるようにして写真館に行ったため、外出の準備など一切していなかった。


「ん?」


 金がないことを聞き、得導の笑顔の雰囲気が一瞬にして恐ろしいものへと変わる。

 蒼羽は慌てて意味もなく両手を振った。


「あ、明日! 明日持ってくるから!」

「残念ながら明日にはもうここを発ってるんだよね」

「えっ、今回早いのな?」


 確か今朝着いたばかりと聞いたがどうやら明日には既にこの街にいないらしい。


「最近ちょっとばかり忙しくって」


 得導はぬいぐるみを抱きしめながら肩をすくめて笑った。

 先程までのこわい雰囲気はもう纏っていない。


「仕方ないから夜に千草のとこに貰いに行ってあげるよ」

「え、まじ?」


 自分のところに来てほしいが夜は巡回担当になっている。


「ちなみにおいくら?」


 蒼羽が尋ねると、彼はちょいちょいと手招きして蒼羽を呼んだ。


「あのねぇ、二人分で……」


 顔を寄せた蒼羽の耳元で得導は金額を呟いた。

 蒼羽はその金額を聞いて固まる。いつも情報料は高いが今回は更に上乗せされた金額だ。


「それ二人分だからその金額なのか?」

「ほぼ蒼羽だけの金額だよ」


 楽しそうに告げる悪魔のような得導に蒼羽は声だけの笑いを返した。


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