閑話:本日弟誕生祭Ⅳ
「おぅ、蒼羽、誕生日おめでとう」
「辰森!」
右手にコップを持ちながら話しかけてきた辰森を見てなんだかほっとする。こいつはいつもと変わらない。
「お前、折角祝ってもらってんのに凄い顔してんのな」
「これ、お前毎年されてみろ? 同じ顔になるから」
辰森は俺の話にあまり興味はないらしく、目の前に並べられた握り飯を手に取り頬張った。
「食い物も半端ない量だよな、どんどん街から食材が運ばれてきて俺達も一緒に作らされてさ。任務と別にめちゃくちゃ働かされたわ」
「なんか悪いな」
「いや、お前の意思関係ないだろ、主に先輩達が食うんだし。てか、お前主役に祭り上げられてるわりにお前の意思無視されてんのな」
辰森はコロッケをつまみ上げながら爆笑している。まぁ、本当のことだから何も言えない。
「そこに九十九くんいたからお礼言っとけよー」
そう言い残し、辰森はお目当ての料理の皿の前へと向かっていった。
談話室にはこの部屋以外の机も置かれ、その上にいくつもの料理が並んでいる。食材はおそらく街でもらったものだ。
「尾頭つきの刺身って正月かよ……牛鍋もラムネもあんじゃん……確かにどれも俺の好きなもんだけど、ごちゃごちゃだな」
部屋の隅に九十九くんの姿が見え、絲の手を引いてそちらに向かう。
黒髪短髪で落ち着いた雰囲気の少年が九十九くん、調理場で働く一人だ。
俺や辰森と同じ年だが見た目が幼い上に俺よりも背が低いため、十歳ほどの子供に見える。九十九くんはもともと軍の兵を志願していたが、体が弱いため兵にはなれず、せめて支える側をと調理場で働くことにしたらしい。軍関係者では俺が知る中で一番優しくて一番いい奴だ。
そしてお人よしすぎるがために毎回この馬鹿げた宴で料理担当をしている。今年は例年の比じゃないくらい大量で相当疲れただろーな。
「九十九くん」
「あ、蒼羽さん。おめでとうございます」
彼は手に持っていたコップを机に置き、丁寧に頭を下げた。
「ありがと。でも悪かったな、今年も兄貴が迷惑かけて巻き込んだみたいで」
俺が謝ると、九十九くんは顔を上げ頬を緩めた。
「いえ、お手伝いできることがあってよかったです。今年も楽しかったですよ。食材がたくさんあって作り過ぎてしまったので、郵便の方に頼んで食材をくださった街の皆さんに料理を運んでいただきました」
笑顔で「もちろん郵便の方にもお礼に料理を渡しましたよ」と付け加える九十九くんは聖人にしか見えない。
「それに、今年はみなさんが手伝ってくださいましたし、藤さんもけいきって言うのを作ってくれたんですよ」
「藤さん?」
藤さんは街の菓子屋を営んでいる人だ。
長髪の奇麗な中性的な顔立ちの人で、一応男性なのだが、本人は女性と言っているため彼、いや彼女の前で性別の話は禁句になっている。
藤さんの店は洋風な縦長の建物で、その中に並ぶ菓子は和菓子も洋菓子もどれもとても美味しそうだ。
「そうなんです、くりいむがたっぷりのけいきを持ってきてくださって。ほら、ろうそくが立っているあれです」
「あぁ、あの丸いやつか」
呪いの儀式だと思ったけどどうやら違ったらしい。
「甘くてすごく美味しいんです。切り分けたものがあるのでどうぞ」
九十九くんは細い扇型に切り分けられたけいきの皿をフォークと一緒に渡してきた。
受け取ったそれを絲と変わりばんこで食べてみる。
口の中に入れた途端、甘さとくりいむのトロッとした食感、中に入ったパンのような食感が混ざり合って不思議な感じがする。
絲は気に入ったようで、嬉しそうにもう一口頬張った。俺は正直和菓子の方が好きだ。
「ね、美味しいでしょう?」
九十九くんの言葉に絲が大きく頷いた。
なんだかこの二人を見てると癒される気がする。
「蒼羽ー!」
「……千草さんが呼んでますよ?」
九十九くんに突っ込まれたけど、んなもん無視だ。
「あ、お、ばー!」
一度目より声が大きくなった。これ以上無視したらみんなの耳が壊れる事態になりかねない。
俺は諦めて振り向いた。
「なんだよ、兄貴」
「おー、そこにいたか、ちまっこくて分からなかった」
「本日の主役に喧嘩売ってる?」
ほんと、兄貴は一言余計なんだよな。
「俺達からのプレゼントだ」
「え」
「開けてみろ」
兄貴達からの贈り物は予想していなかった。誕生日だからと物をもらってたのは昔だけで、ここ数年はお祝いの会自体が贈り物になっていた。
渡された風呂敷をそっと開くと中から出てきたのは懐中時計だった。
「これ、時計ってやつだろ⁉ 本物初めて見た」
「あぁ。お前興味持ってたろ? 秋にはこの街の時計塔も完成する予定だからな」
少し前からこの國は海外の時刻の数え方を取り入れることを推奨していて、もう時計塔がある街も多い。その話を聞いて以前から時計は気になっていた。
「けど、時計なんてもらっていいのか?」
時計は高級だと聞いたことがある。いくらか詳しい金額は知らないが街でもあまり見かけないし安い贈り物ではないはずだ。
「いいんだよ、俺ら兄貴達からだ。有難く受け取りな、弟」
兄貴はそう言うとにっかり笑った。
「さぁ、今日は非番だから飲むぞー!」
「俺は深夜巡回なんだけどな」
俺の呟きに気づくことなく、兄貴は宴の中に戻っていった。
兄貴達は酒に食事にと主役をほっぽって盛り上がっている。
「仕方ねー兄貴達だよ、ほんと」
本当に腕っぷしだけ強いどうしようもない大人の集まりだ。
でも。
「でもまぁ、自慢の兄貴達だけどな」
こういう日常は確かに幸せってやつなのかもしれない。
「だよな……おばーちゃん」
ぽつりと呟いただけだったが視線を感じてそちらを向くと絲がこちらをじっと見ていた。
「な、なんだよ」
「自慢、兄貴達?」
「な、なんでよりによってそこ聞いてて繰り返すんだよ!」
恥ずかしすぎてどこを向いたらいいか分からない。
絲は怒られたと思ったのか下を向いてしまった。
「あ、別に怒ったとかじゃなくてだな……あー、あれだよ、恥ずかしいんだよ、俺もう十六だし。兄貴達が大事にしてくれてるってのは分かるから嬉しいは嬉しいけどさ」
恥ずかしさで声がだんだん小さくなっていく。
だけど、顔を上げた絲はそんな俺を気にする様子なく頬を膨らませた。
「違う、あおだけ、ずるい」
「え?」
「絲、お兄ちゃん、妹。たんじょび、欲しい」
どうやら自分も妹なんだから同じように誕生日が欲しいということらしい。
「誕生日なんてもんがあったら毎年こんなですっげー疲れるぞ」
「欲しい」
譲る気はないと食い下がる絲。
片言を話せるようになってから絲は頑固な一面を見せるようになった。
「ん-、誕生日なぁ」
俺の誕生日は確か、出会った日だって兄貴が決めたものだった。
でも絲と会った日付なんて覚えていない。
他に絲で連想するものといえば。
「卯花月の一番初めの日にしよう」
「卯花?」
「そう、俺達が出会った卯花月だ。その初めの日。その日は鈴蘭の日って言うんだ、お前の誕生日にぴったりだろ?」
それを聞いた絲は満面の笑みを浮かべ何度も頷いた。
「うん、絲、たんじょび、卯花!」
「そんなに首降ったら飛んでくぞ」
その姿が面白くて思わず吹き出してしまう。
「来年はちゃんとみんなでお祝いしような」
「うん!」
「二人で内緒話かぁ?」
頬がほんのり赤くなった兄貴が急に話に入ってきた。そんな兄貴に呆れてため息交じりに声を掛ける。
「いくら酒に強いからって飲みすぎんなよ兄貴」
「蒼羽、俺を心配してくれてん」
「急に任務になることだってあるんだからな」
兄貴の話に被せて言葉を放つ。
「あと、内緒話じゃなくて、こいつの誕生日決めてたんだよ。俺が誕生日祝ってもらってんの見て羨ましくなったらしくて。で、卯花月の初日に決めたんだ」
「おー、絲ちゃんの誕生日か。それは盛大にお祝いしなきゃなあ」
「うん! お祝い、する」
「お前はされる側なんだよ」
ちゃんと誕生日というものを理解してんだろうか、こいつは。
「蒼羽、早く食わねえと食いっぱぐれるぞ」
兄貴に言われて自分が昼食をまだけいき一口しか食べていなかったことに気づいた。
「やべ、絲、行くぞ! 狙うは牛鍋だ!」
絲の手を引いて賑やかな宴の中に飛び込む。
本日、弟誕生祭。賑やかな宴はまだ続きそうです。
追伸、翌日酒を飲みすぎた数人が二日酔いになったため来年からの誕生祭はほぼ禁酒が決定しました。




