閑話:本日弟誕生祭Ⅱ
だいたい、この國には誕生日とかいう日を祝う奴が俺の他にいるんだろうか。
少なくともこの辺では俺だけのはずだ。
生まれた日なんて普通は覚えていない。みんな一年の始まりに一つ年を取るんだから本来そんなもの必要ないんだ。
暑い夏の月だったなとか、辺り一面雪景色の月だったとかぼんやりとは覚えてるけど、わざわざこの日と決めてお祝いされる変な奴なんて普通はいない。
まぁ、俺だけ誕生日なんてものがあるのは昔の俺の態度とかが原因なんだけど。
俺は六歳の頃、唯一の身寄りを失い軍に来た。その頃の俺はなんて言うか結構荒んでて暗い子で、心配した兄貴達が元気づけようと誕生日を作ってくれた。
そこまで大きくない街だから、そのうち街のみんなで祝ってくれるようになって。
今では年中行事の一つみたいなものになってしまっている。
小さい頃は嬉しかったが、正直なところ成長した今は複雑な気分だ。
八百屋の後、魚屋、肉屋、花屋、豆腐屋、乾物屋など様々な店を回って挨拶し、誕生日の贈り物を大量にもらった。
毎回こんなにもらうのは心苦しいけど、兄貴いわく「みんなやりたくてやってんだ。好意を無碍にするのはあんまりだろ。笑顔でもらっとけ、その方がみんな喜ぶから」だそうだ。
持ちきれないので例年通り、街の郵便の人達が大八車に乗せて先に寮まで運んでくれてる。
まさに至れり尽くせりで、この日ばかりは殿様にでもなった気分だ。
「さ、次は丸屋文具堂だな」
「丸屋文具堂……」
俺は思わず兄貴の言葉を繰り返した。
結局あの少女の亡霊事件以来、有的さんには会えていなかった。俺が行くと尽く有的さんがいないからだ。
兄貴に傘とお代は託けて返すことはできたけど……。
「有的さん、いるかな……」
「ん? なんだ?」
「いや、なんでも」
思ったことがつい口から出てしまい、慌てて誤魔化した。
別に避けられてるわけじゃないのに気にしすぎだよな。
丸屋文具堂のドアにはOPENの札が掛かっていた。そのことにほっと胸を撫でおろす。
「有的さーん」
兄貴はドアを勢いよく開け、中に声を掛けた。
「えっ、千草わあぁぁ」
その瞬間有的さんの叫び声といくつもの本が落ちる音が聞こえた。
「あっ、有的さん、大丈夫ですか⁉ すみません!」
兄貴は床に散らばった本を急いで拾い上げた。
有的さんはずれた眼鏡を直しながら立ち上がる。
「いらっしゃい」
彼はいつもと同じように微笑みながら声を掛けてきた。
ただ、その表情はどことなく疲れを感じる笑顔で少し痩せたように感じる。
「有的さん、久しぶり」
俺がぎこちなく声を掛けると、有的さんは穏やかに笑った。
「蒼羽、誕生日おめでとう」
「……ありがと」
いつも通り振る舞ってはいるけど明らかにいつもと違うその様子がなんか引っかかる。その訳は聞いてもいいのかな。
「あの、有的さん」
「ん? なんだい?」
「何かあった?」
俺がそれだけ訊くと、抱えた本を本棚にしまっていた有的さんの手が止まった。
「……いいや、何も?」
彼は振り返って笑顔でそれだけ返した。
何もないと返されるとそれ以上何も訊けず、俺は口を結ぶしかなかった。
「あぁ、そうだ、贈り物を用意してるんだよ」
有的さんは奥から何かを取り出した。
「敬七郎と文乃と三人で去年から決めてたんだ。二人は今日は来られないんだけど……はい」
そう言って彼が差し出したのは筒のようなものだった。
見覚えのあるその形、本で見かけたような気がする。
俺はすぐにその筒を覗き込んだ。
「……こ、これ! 望遠鏡⁉︎ すげー! これ、絶対月とか星が奇麗に見えるやつじゃん!」
ふと我に返ると、興奮が収まらない俺を兄貴が優しい表情で見守っていて、絲もこちらを嬉しそうに笑ったまま見ている。
「えっと……」
急に気恥ずかしくなって俺は望遠鏡を持ったまま目を泳がせた。
「はははっ、蒼羽、君って奴は……」
そんな俺を見て有的さんが突如声を出して笑い、余計に言葉が出てこなくなってしまった。
「まだ回るところあるんだろう? 急がないと日が暮れるよ」
そう笑う有的さんは俺が知っているいつもの有的さんだった。
ほっとして俺も笑顔を返す。
「これ、ほんとにさんきゅ! 大事にする! 有的さん、またな!」
ドアを開けると明るいベルの音が鳴り響いた。
「次は」
「おにいちゃん!」
「うわっ」
丸屋文具堂を出てすぐ兄貴が次の予定を口にしようとした時、誰かが俺に抱きついてきた。
バランスを崩しそうになり、杖でなんとか体を支える。邪魔に感じていた杖がこんなところで役立つとは。
「名月!」
いきなり抱きついてきたのは名月だった。
「お前、元気だったかー?」
「うん。おにいちゃんもおねえちゃんも元気だったー?」
兄貴の視線を感じて俺は眉間にしわを寄せた。
「な、なんだよ……」
「いや、その子とどういう知り合いなのかなと」
「それは」
少女亡霊事件で、と言いかけて言葉を止める。
折角あの件は吸血鬼が生み出した不思議な現象ってことで誤魔化したのに、今更バレるわけにはいかない。
「あーっと……」
「この子が迷子になっていた時に助けてくださったんですよ」
俺が困っていると、名月の父親が助け舟を出してくれた。
「そうそう、それからなんか懐かれちまって」
兄貴は訝しげな顔をしていたが、すぐに硬い表情を解いた。
「そうでしたか。俺はこいつの兄でして。弟がお世話になりました」
「何言ってんだよ兄貴、俺がお世話してやったんだっつの」
「最近この街にいらしたんですか?」
兄貴は俺のことを無視して話を続ける。身勝手なのは通常運転だ。
「この街に来てまだ一年も経っていなくて……ここに来てから辛いこともありましたが、この街の方々はとてもよくしてくださって、今は毎日を穏やかに過ごせています」
父親はそう言うと名月を見て優しく微笑んだ。
あれからも家族で仲良くしているようで、なんだか嬉しくなった。
「おにいちゃん、はい、これ!」
「え?」
名月に渡されたものを反射的に受け取る。
「おたんじょうび、おめでとう!」
渡されたのは、手作りのお守りだった。中に何か入ってるのか少し重みがある。
「街の人におにいちゃんの誕生日の話聞いて、お母さんとお父さんと一緒に作ったの。お母さんは用事で来れなかったけど、よろしく言っといてって言ってた。中の奇麗な石はね、僕が探したんだよ」
お守りの中の重みはどうやら小石のようだ。
名月は嬉しそうににっこり笑った。
つられて俺の顔も綻ぶ。
「ありがとな。大事にするよ」
「うん! おにいちゃん、お仕事頑張ってね。おねえちゃんまた今度遊ぼうね」
彼は満足したのかじゃあねと言うと駆け出していった。父親も一礼し名月の後を追う。
やっぱり名月には晴れの日の方が似合う。
「お前もちゃんと仕事してるんだな、にーちゃんは安心したよ」
兄貴の含みのある言い方に、照れくさい気持ちとむかつく気持ちが渦巻き、俺は何も言わず鼻を鳴らした。
「さ、最後はお待ちかねの木村ぱん店だぞ」
「最後?」
兄貴の言葉に俺は目を輝かせた。
いつかの誕生日なんか予定がなのをいいことに一日中街を歩き回らされた。今回もてっきりそうなると思ったがどうやら早く解放してもらえるらしい。
「あぁ、昼飯は寮に帰ってからだからな」
前言撤回だ、寮に帰っても開放はしてもらえないらしい。
「ぱん、行く?」
絲は木村ぱん店の言葉を聞き、嬉しそうに兄貴に尋ねる。
「おー、そうだぞ。絲ちゃんは木村ぱん店大好きだもんなあ」
兄貴の言葉に絲は大きく頷いた。
木村ぱん店につくと、すぐにおばちゃんが出迎えてくれた。焼き立てのパンの匂いに食欲をそそられる。
「待ってたよ! 焼き立てあんぱん沢山用意したからね!」
おばちゃんの言葉通り、茶色の紙袋の中には焼き立てだろうあんぱんが沢山詰められていた。
「今日は特別な日だからな、大売り出しだ」
おじさんも珍しく中から出てきて笑顔を見せた。
「おじさん! 久しぶり!」
久しぶりにできたおじさんとのまともな会話に、自然と頰が緩む。
おじさんがパンの試作やら配達やらでいなかったり、俺が巡回だったりで、ここんとこ挨拶くらいしかできてなかった。
「おぅ、蒼羽。元気そうだな。ちっとは大きくなったかぁ?」
「おじさん、久々なのに喧嘩売ってる?」
からかってるだけだと分かっていても、気にしている身長のことを突っ込まれるとつい笑顔が引きつってしまう。
おじさんは大きな口を開けて笑った。
「減らず口が叩けるくれぇには元気らしいな。上等上等」
そう言うと頭をがしがしと撫でられた。
この街の男は頭を撫でたくなる病にかかってんじゃなかろうか。
「誕生日おめでとう、蒼羽」
「ありがと……」
照れ臭くなり、どうしてもお礼の言葉が小さくなる。
「お嬢ちゃんとはちゃんと話したことなかったな。蒼羽はちゃんと面倒見てくれてるか?」
おじさんに質問された絲は張り切った様子で答えた。
「あお、優しい。おばちゃん、おじさん、優しい。一緒、大好き」
そう言って微笑む絲の頭をおじさんが嬉しそうに撫でた。
「おーおー、嬢ちゃんは素直で可愛いなあ。どっかの誰かは相変わらず無愛想だけどなあ」
「うるせーよ」
まぁ、昔から無愛想なのは否定できない。
兄貴は大量のあんぱんが入った紙袋を抱えた。
「そろそろ行くぞ、蒼羽」
「あ、うん。おばちゃん、おじさん、また来るな」
絲の手を引き、兄貴の後を追いながらおばちゃん達に声をかける。
「あぁ、あんぱん用意して待ってるよ」
「おぅ、また一年元気で過ごせよ」
おばちゃん達の優しい言葉に胸が暖かくなった。




