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【第一章終了】千紫万紅の吸血鬼  作者: 小松羽咲/了一
【第一章】君と僕のさよなら
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閑話:本日弟誕生祭Ⅰ

 みなさん、おはようございます、蒼羽です。

 今俺は物凄くぶん殴りたい相手がいます。


「おはよー! 起きろー。蒼羽見てみろ、なんて素晴らしい朝なんだ。ビューティフルワールドってやつだぞ」


 ええ、もちろんこいつです。人の部屋に勝手に鍵開けて入ってきて早朝から暑苦しく騒ぐ兄貴です。

 まじで寝かせてほしい。


「うっせー。カーテン閉めろ。部屋から出てけクソ兄貴」


 俺は布団をかぶり、たたき起こされて開いた瞼をもう一度閉じる。

 兄貴と違って、こっちは気分がすこぶる悪いんだ。


 ここしばらくは鬼畜な分隊長、壱咲兄のせいで他の隊の手伝いまでする休みなしのぶっ続け勤務だった。

 どこからか「ブラック企業ダヨー」というよく分からない幻聴が聞こえてくるくらい疲れがたまってるんだ。

 今必要なのはビューティフルなんたらじゃない、睡眠だ。

 今日は久しぶりの非番、せめてゆっくり眠っていたい。寝坊がしたい。


 けれどそんなお願いが通るはずがない。特に今日はだ。


「何言ってんだ、今日は一年で一番素敵な日だぞー? ほら、着替えて着替えて。さっさと出かけるぞ」


 うん、知ってた。俺の話なんか聞かないってこと。

 脇を抱えられて強引にベッドから引きずり出された。こうなってはもう、なるようにしかなるまい。この男の怪力には抗いようがない。


「絲ちゃんもおめかししてな、出かけるぞー」


 兄貴は俺の脇を軽々と抱えながら絲にも言葉を掛ける。


「今日は髪型も変えようなあ。どんなのがいいかなあ。でもどんな髪型でもきっと可愛いぞ」


 絲は寝ぼけてぼーっとしながらも頷いた。

 俺は兄貴に脇を抱えられたまま足をブラブラさせている。大男に抱えられると足が地面につかない。そのことにひどく苛つき、俺は眉間にしわを寄せた。


「……やがれ」

「え?」

「下ろしやがれ、いつまでこうしてんだ!」


 笑顔の兄の腹に弟の蹴りが奇麗に決まった。

 兄貴は唸って俺から手を離し、腹を押さえた。

 ちょっと力を込めすぎたかもしれない。


「兄貴、大丈夫……」


 反省しかけた俺が甘かった。


「⁉︎」


 兄貴は俺の蹴りなんかじゃくたばらない。


「ははは、悪戯っ子だなあ。もう逃がさないぞ」


 兄貴は目が笑ってない笑顔で俺を捕まえると一瞬で寝間着を脱がせた。


「ちょっ、自分で着替えられるからあぁぁ!」


 部屋には必死に抵抗する俺の叫び声が響いた。





 兄貴が物凄く機嫌がよいのと、俺が絶望的な機嫌の悪さなのには理由があった。連勤の疲れだけじゃない。

 今日が今日だからだ。


 俺達3人は着替えた後朝食を済ませ街に向かっていた。俺は上機嫌の兄貴に引きずられるように手を引かれ渋々足を進める。

 正直行きたい気持ちと行きたくない気持ちが半々だ。

 兄貴は振り返って俺達を眺め満足げに微笑む。


「うんうん、やっぱり大島紬は間違いないな。よく似合ってるぞ蒼羽! 絲ちゃんも今日は特に素敵なお嬢さんだ」


 俺の今日の服装は兄貴が選んだ着物、羽織、袴だった。特別な日だとか言って高級な大島紬を選びやがった。着られればなんでもいい派の俺には違いがさっぱり分からないし、勿体ないように感じてしまう。極めつけに頭にはいつもの軍帽ではなく兄貴いわくお洒落な中折れ帽、手にはステッキを持たされていた。

 慣れない格好に違和感が半端じゃないし、なんか恥ずかしい。いますぐ帰って着替えたい。


 絲もいつもと違う系統の色の着物、袴を選んでもらったらしく、髪型は朝から呼び出されたであろう三咲さんによって一束の三つ編みになっていた。

 三咲さんは兄貴と同じ時期に軍に入った看護婦だ。彼女が言うには兄貴とは腐れ縁ってやつらしい。

 俺の服装はさておき、絲の恰好は、まあ、悪くはないと思う。


 街につくといつもと変わらない賑やかさがあった。

 ただ、いつもと変わらないのは俺じゃない人にとっては、だ。今日はどこの店もいつもと少し違うことは目に見えている。


「まずはどこから行こうか。楽しみにしてたから八百屋の長さんとこかなあ」


 兄貴は俺の手をぐいぐい引き、問答無用で八百屋に向かう。


「長さーん、来たぞー。年に一度のこの日だ」 

「おー、千草! 待っとったぞ!」


 長さんはこちらを見ると、手を振る代わりに持っているきゅうりを振り回した。

 八百屋の長さんはだいぶ年だが独り身だ。奥さんは随分前に病死してしまい、子供もおらず誰が継ぐのか心配されているが「わしはまだまだ死なん」が口癖で確かにあと百年は生きてそうな感じがするから、しばらく心配いらないのかもしれない。


「蒼羽! また大きくなったなあ」

「そうか?」


 一年でそんな変わるもんだろうか。成長期だが悲しことに俺の身長は一年で一寸(約三センチ)ほどしか伸びていない。


「持ってけ泥棒」


 既に用意されていたのか、風呂敷にパンパンに詰められた野菜が奥から出てきた。しかも一つではない。今年も二つだ。

 俺と兄貴が受け取ると、長さんは満足げに何度も頷いた。


「長さん、毎年こんなにもらって大丈夫なのかよ」

「年に一度の息子の晴れ舞台だからな」


 そう言うと長さんはカッカッカッと笑い声を立てた。

 長さんにおっきくなったと言われて伸びない身長に落ち込み、大量の野菜をもらって申し訳なくなってしまう、毎年恒例の出来事だ。


「おめでとうな、蒼羽」

「……ありがと」


 でもまあ、嬉しそうな長さんの顔を見るのは悪くない。

 お礼を言って少し照れくさくなり視線を逸らしていると、長さんに帽子の上からガシガシと頭を撫でられた。


「ちょ、帽子型崩れするって」

「いっちょ前にお洒落して恋人なんか連れやがって」

「こ、だから絲は恋人なんかじゃないって言ったろ!」


 絲は不思議そうに俺達を眺めながら首を傾げた。


「お嬢ちゃんにはこれをあげよう」


 長さんが絲に渡したのは大葉としそだった。

 彼女は受け取ったものを興味深そうにじっと眺めている。


「こいつは今が一番美味しいぞ」

「ありがとう」

「おうよ」


 絲がにっこり笑ってお礼を言うと長さんも嬉しそうに微笑んだ。


「さ、次行くぞ! 今日は回るところが多いからな!」


 兄貴は俺の手を引き、次の店へ向かう。


「あっ、じゃあ長さん、またな!」

「おう」


 忙しい一日はまだ始まったばかり。



 そう、みなさんお察しの通り、今日は俺の十六歳の誕生日だ。

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