きみとぼくの再会Ⅳ
その後悔はわりとすぐやってきた。
「Wow! なにこれ、かたい!」
ポムフィは欠片を口の周りにつけながら、パリパリと音を立ててそれを食べている。
「それは煎餅ですよ」
背広が説明すると、ポムフィは煎餅をぺろりと食べきって愛らしい笑顔を見せた。
「ボクお菓子は甘いものだと思ってたけど、このショーユっていいね! 気に入った」
「あちらは甘いお菓子が主流ですからね」
蒼羽は無言でそのやり取りを見つめる。
屋台で蕎麦を食べ、玩具屋ででんでん太鼓を購入し、今は美味そうに煎餅を食べている。
「一体何しに来たんだよお前らは!」
蒼羽の言葉に二人は首を傾げた後声を揃える。
「……観光?」
「あほか!」
吸血鬼に観光もくそもあるまい。
だいたいこいつらは本当に吸血鬼なのだろうか。本物だとして一体何が目的なのだろうか。
蒼羽の中の吸血鬼という存在が最近よく分からないものになってきている。それがたまらなく気持ち悪く苛々してしまう。
「おい、お前ら、いい加減にしろよ」
「ん? 何がだい?」
彼らは心当たりが全くないらしく笑顔のまま疑問符を飛ばしている。
「なんで吸血鬼のお前らが人間の食いもん食って、人間の格好して、人間みたいに笑ってんだ。中身は人間ぶっ殺してきた化け物だろーが]
蒼羽の言葉にポムフィ達は目を瞬かせた。
「化け物ねえ」
背広は寂し気な笑顔を見せそれだけ呟いた。
その横でそのポムフィは頬を膨らませる。
「しっつれいしちゃうなぁ。人間だって豚や牛を食べるのに、ボクらは人間の血を飲むから化け物なのー? だったら君ら人間も化け物だね。クソ野郎と同じこと言うと間違ってやっつけちゃうよー?」
「知るかよ。俺は馴れ合うためにお前らと一緒にいるんじゃない。情報を得るために一緒にいるだけだ」
蒼羽は刀の柄に手を添える。ポムフィはそれを見て顔から笑みを消した。
「あっれー? ボク、キミのこと買いかぶり過ぎてたかなぁ?」
彼は無表情のまま小さく呟く。奇麗な青い瞳が赤に染まっていく。
人通りが少ない街の外れには今蒼羽達しかいない。争いになっても犠牲が出る心配はない。
一触即発、まさにその言葉がぴったりな状況だ。
「⁉」
「わっ」
その状況は彼女によって崩された。
「な、なにすんだよ、絲」
絲は蒼羽の右手を、ポムフィの左手を引き、握手をさせていた。
ポムフィの瞳の色は元に戻っており、驚きでぱちぱちとその大きな目を閉じたり開いたりしている。
それまで静観していた背広がそんな二人を見て吹き出した。
「はははっ、お姫様が一番年下なのに一番大人じゃないか」
背広の言葉を聞いて握手したままの二人が眉間にしわを寄せる。
「おい、どういう意味だよ」
「アンバー、ボク、ガキ扱いがこの世で一番嫌いだって知ってるよね?」
「ごめんごめん、つい、ね」
背広は笑い過ぎて目にたまった涙を指でぬぐい、軽く深呼吸して手を叩いた。
「今は喧嘩しても仕様が無い。説明もせずいろいろと付き合わせてしまった僕らも悪かったからね。お姫様のご要望通り仲直りといこうじゃないか」
蒼羽は手を離して腕を組み横を向く。
「ふんっ、俺は吸血鬼なんて信用してない」
「君は頑固だなぁ」
蒼羽の態度に背広が呆れた笑いを向ける。
「ボクは大人だからね。おねーちゃんがどうしてもって言うなら、さっきの無礼は水に流してあげるよ」
「こちらも同じ、と」
背広の男はやれやれと首を振った。
彼は絲に向き直るとにっこりと微笑む。
「お姫様に助けられたからね、贈り物をしてあげよう」
「わ!」
背広が指を鳴らすと蒼羽が驚きの声を上げた。
上からあるものが降ってきてすっぽりと彼にはまったからだ。
「……なんだこれ、外套?」
「緑のケープだよ。それは君にあげよう」
なんでこんなものを自分が身に着ける羽目になっているのか、訳が分からず蒼羽は眉間のしわを深くする。
「なんで俺がお前からこんなもん貰わなきゃいけないんだよ。それにこれはどう見ても青だろ」
「お姫様への贈り物だよ」
「じゃあ、絲にやれよ」
ガン飛ばす蒼羽にポムフィが不思議そうに尋ねる。
「えー、それ緑でしょ? 青が混じってるけどエメラルドグリーンだよ」
「青だよ、青」
蒼羽はポムフィにも同じ言葉を繰り返した。
確かに緑に生い茂った山や美味しくできた緑の野菜は見た目は紛れもなく緑だ。けれど青々としたと表現するように、これは青で間違いないのだ。
「あお……」
「そうそう、青……え?」
言葉を繰り返したのは、前に一度聞いた華奢な声。
蒼羽の鼓動の音が早くなっていく。
「絲の声、なのか?」
「うん。あお、絲、声、出た」
絲はそう言って嬉しそうに微笑む。
片言だが喋れることが嬉しいらしく、にこにこ笑っている。今までより明らかに表情も豊かになっている。
「ほら、素敵な贈り物だろう?」
背広は満足げに蒼羽にそう言い、「あ、でも」と付け加える。
「やっぱりこれじゃどちらにしろ君への贈り物、になっちゃうかな?」
彼は蒼羽に穏やかな笑顔を向けた。
蒼羽は何か喋ろうと口を動かすが驚きすぎてなかなか言葉が音になってくれない。
「You'er so lush! 可愛い声だねー、声も美味しそうなんてさすがおねーちゃん」
ポムフィは笑顔で絲の手を取り謎の言葉で褒めちぎっている。
「お前、だから絲から離れろって!」
それを見た蒼羽はやっと声を出し、ポムフィを絲から引き剥がす。
ポムフィが蒼羽に対して文句を並べている横で、背広は二回ほど手を叩いて背を向けた。
「さてと、ポムフィ様、我々はそろそろお暇致しましょう」
「えー、もう帰るのー」
背広の言葉にポムフィは至極残念そうな声を出した。
「おい、お前、取引のこと忘れてねーだろーな」
蒼羽からも待ったの声が掛かり、背広はゆっくり振り返る。
「あれ、贈り物はお気に召さなかった?」
「それとこれとは話が別だ」
「相変わらず厳しいなぁ」
何故か楽しそうな背広に蒼羽はここぞとばかりに質問を投げかける。
「お前らは何故日中に活動している? 何故瞳や髪色が今までの吸血鬼と違う? 吸血鬼って何なんだ? お前らの目的はいったい何だ?」
矢継ぎ早に尋ねられ、背広は顎に手を当てた。
「うーん、どれも答えにくい質問だね。とりあえず日中に活動できるのはできる者とそうでない者がいる。瞳や髪の色は人間と一緒で生まれつきだ。吸血鬼が何なのかは人間が何なのかと同じくらい難しい。目的は僕が知りたいくらいだよ」
答えはどれも遠回しでよく分からないものだった。
もちろん蒼羽が納得できるはずがない。
「おーい、アンバー、お迎え来たみたいだよ」
少し先を歩くポムフィが背広を呼ぶが、蒼羽は刀を抜いて構えた。逃がす気は毛頭ない。
「ちゃんと答えるまでは帰さねーぞ」
「ちゃんと正直に答えたんだけどな。貪欲だね。うーん、それじゃぁ」
彼は地面を蹴ると飛んでいる数十匹の蝙蝠の上に飛び乗った。
「特別に僕も自己紹介して帰ってあげるよ」
「は?」
予想外の言葉に蒼羽から間抜けな声が漏れる。
「私の名は琥珀。又の名を琥珀の君、アンバー」
「琥珀……」
蒼羽が彼の名前を繰り返すと彼は琥珀色の瞳を揺らし小さく微笑んだ。
「一応この國の吸血鬼界隈じゃ知れた通り名だよ。職業は医者、弁護士、あとは外交といろんな意味での世話役かな」
職業なんてまるで人間のような口ぶりだ。
ポムフィは背中から小さな蝙蝠の羽根のようなものを生やし同じく空へ舞い上がる。
「では今日はこれまで、また時が来たらお会いしましょう」
「ちょっと待て話はまだ」
「じゃーね! キミ達、この國のこれからを生きるのは大変だろうけど達者で頑張ってねー」
彼らは自分たちの言いたいことだけ言うと突風と共に消えてしまった。
蒼羽は絲と共にしばらくそれを呆然と見つめていた。
「空飛ぶなんて卑怯なんだよ」
やがて蒼羽は拗ねたようにそう言い、ため息を吐いた。
「結局どうでもいい話しかしなかったな。なーにが取引だよ、割りに合わねーっつの」
「あお?」
絲が心配そうに顔を覗き込み、蒼羽は表情を緩めた。
「まあ、お前が喋れるようになったからそれはそれでよしとするか」
「?」
首を傾げる絲の頭をぽんぽんと撫でて蒼羽は歩き出した。
「さ、行くぞ、絲。しばらく休みがないからな。今日は日が暮れるまで堪能するぞ」
「うん」
気を取り直して休日を満喫しようとする蒼羽を絲は慌てて追いかけた。




