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分かりません。

 6月14日。



 莉音に協力を頼んでから、紗耶ちゃんはどんどん積極的になっていた。



 前回も今回も俺は基本的に、ダラダラと会話することしかしてこなかった。けれど莉音はもっとキビキビと、ともすれば紗耶ちゃんを怒鳴りつけるくらいの勢いで、指導していった。


 紗耶ちゃんも最初は、そんな莉音を怖がっていた。けれど紗耶ちゃんにも莉音の熱意が伝わったのか、少しずつ自分の意見を言えるようになっていった。


 それは前の時よりずっと早い成長で、どうしてか俺も嬉しくなった。



「だから大丈夫だと、思うんだけどな……」



 俺を殺す時に見せた、あの狂気。もうあんなことにはならないよう、俺はずっと紗耶ちゃんを観察してきた。そして今のところ、どこにも異常は見られなかった。


 だから全て、上手くいっている。……というのは大袈裟だろうけど、前よりずっといい感じにことは運んでいる。きっとこのままいけば、俺が殺されることなく紗耶ちゃんは変わることができるだろう。



 そう思っていたのに、その日……事件が起きた。




「貴女に私の気持ちなんて、分からないんです!」



 放課後。いつもの空き教室に向かっていると、そんな声が聴こえてきた。だから急いで空き教室に向かうと、目を真っ赤にしてどこかに走り去っていく、紗耶ちゃんの姿をが見えた。


「紗耶ちゃん! 何かあったの!」


 普段は出さないような大声で、そう叫ぶ。けれど紗耶ちゃんは足を止めず、凄いスピードで走り去ってしまう。


「……何かあったな、これは」


 だからとりあえず、中にいるであろう彼女に話を聞くことにする。


「何があったんだ? 莉音」


 空き教室に入ってそう声をかけると、莉音はいつも通り優雅な仕草で髪をなびかせる。


「ちょっと紗耶と、喧嘩したのよ」


「そうか。まあ、それ自体は悪いことじゃないな。でも、放っておいても大丈夫な喧嘩なのか? あとあと面倒になるようなら、俺が仲裁に入るけど……」


「未白が仲裁に入ったら、話が余計に拗れるわ。だってあの子、あんたのことで怒ったんだから」


「俺のこと?」


 少し嫌な予感を覚えながら、そう尋ねる。


「あたし、言ったのよ。あんたはもしかして、紗耶のことが好きなんじゃないかって。……まあ、冗談みたいなものだったんだけどね」


「それでどうして、紗耶ちゃんが怒るんだよ」


「そんなのあたしにも、分からないわ。ただあたしがそう言った瞬間、あの子はそれを強く否定したのよ。そんな訳ない。自分なんかが、先輩の隣にいられる訳ないって」


「…………」


 どうしてか、やけに鮮明にその姿が想像できた。だからどうしても、嫌な予感が消えてくれない。


「それであたし、訊いたのよ。どうしてそんなに強く、否定するのって。そしたらちょっと、言い合いになっちゃって……」


「それで怒って、出て行っちゃた訳か……」


 確かにそれなら、俺が仲裁に入っても余計に拗れるだけだろう。


 ……なら、どうするか。


「…………」


 そんな風に頭を悩ませていると、莉音は呆れたように息を吐く。


「……でも、そうね。確かに紗耶の気持ちも、分からなくはないわ」


「どういう意味だよ、それ」


 俺のその言葉を聞いて、莉音はいつになく真剣な表情でこちらを見る。


「分からないのよ、あんたの気持ちが。ねぇ、未白。あんたはあの子のこと、どう思ってるの? どうしてあの子に、ここまで優しくするの?」


「それは……」


 それは俺自身にも、分からないことだ。だから俺は、何の言葉も返せない。


「今のあんたは、はっきり言って異常よ?」


「何だよ、異常って。俺はそこまで変なことは、してないつもりだぞ?」


「バカね。考えてもみなさい。よく知らない先輩が、急にいじめから助けてくれた。そしてその後もずっと、優しくしてくれる。そこまでされたら、普通は自分のこと好きなのかなって、そう思ってしまうじゃない。……なのにあんたは、あの子に何も言わない」


 莉音はまた、髪をなびかせる。こんな話をしている時でも、その仕草はいつも通り優雅だ。


「未白。あたしはあんたのこと、かってるの。高校に入るまでは勉強でも運動でも、あんたには歯が立たなかったから。でも、今のあんたは何よ。もう少し、しゃんとしなさい!」


 莉音はそれだけ言って、俺の返事も待たず教室から出て行ってしまう。


「しゃんとしなさい、か」


 クロ……神様と関わったことで、いや彼女に願いを叶えてもらったことで、俺は1つ大きな代償を支払うことになった。


 だから高校に入ってからの俺は、部活も勉強も手を抜いて自堕落な生活を送ってきた。そんな俺の姿を見て、莉音も俺と張り合うのを辞めてしまった。


「……もしかしたら、言い訳だったのかもしれないな」


 誰かを助けることで、自分はダメなんかじゃないと思いたかった。自分より明らかに劣っている人間の面倒を見ることで、現実から目を逸らしてきた。



 ……俺が紗耶ちゃんを助けた理由なんて、きっとその程度のことだったのだろう。



「くそっ。あさひの時と、何も変わってねーな」



 そう呟いて、教室を出る。そしてそのまま、紗耶ちゃんが走って行った方に足を向ける。今彼女と会って、何を話せばいいのか。それは自分でも、分からない。けれどここで逃げたら、もう紗耶ちゃんの目を見て話せない気がした。


「……行くか」


 だから俺は、覚悟を決めて走り出した。



 ◇



 冬乃江とうのえ 紗耶さやは、校舎裏のベンチに腰掛けて、疲れたように息を吐く。


「……何やってるんだろ、私」


 莉音のあの言葉を聞いた瞬間、紗耶の頭は真っ白になってしまった。そして気づけば大声で叫んで、空き教室から飛び出していた。


「どうして私、あんなにムキになっちゃんたんだろ? 莉音さん、いつも優しくしてくれたのに。……早く戻って、謝らないと」


 そう分かっているのに、紗耶の身体は動かない。まるで見えない鎖で繋がれているかのように、どうしてか身体が動いてくれない。


「…………」


 だから紗耶はそのまま、未白のことを考える。



 紗耶にとって未白は、ヒーローだった。いじめられていた自分を助けてくれて、その上すごく優しくしてくれる。紗耶はそんな未白に、憧れていた。……いや、彼女は未白に惚れていた。


 寝ようと思っても、未白のことばかり考えてしまう。授業中も家でダラダラしている時も、気づけば未白の姿を思い浮かべてしまう。



 また頭を、撫でて欲しい。あの胸板に、顔を埋めたい。抱きしめて欲しい。キスしたい。そして、その先も……。



 ダメだと分かっていても、気づけばそんなことばかり考えてしまう。……でもどうしても、未白が自分を好いてくれているとは……思えなかった。



 だって、未白は……。



「……あ」


 そこで紗耶は、見つけてしまう。こちらにゆっくりと近づいてくる、人影を。





「……どうしてお前が、こんな所にいるのよ」




 その人影、ずっと紗耶をいじめてきて少女──美佐子みさこは、そう言って大きく息を吐いた。



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