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神になるんだよ。



「──神になるんだよ」



 汐見さんは、笑っている。とんでもない言葉を口にしたあとだとは思えないくらい軽やかに、彼女はただ笑う。


「……どういう意味ですか、それ」


 俺はそんな汐見さんを真っ直ぐに見つめながら、馬鹿正直にそう尋ねる。……それ以外に言葉が、思い浮かばなかった。


「君は相変わらず、可愛いね。……でも残念ながら、意味なんてないよ。いや、今さら知っても意味はないと言うべきかな」


「…………」


 汐見さんはゆっくりと俺の方に近づいて、優しく俺の頬に触れる。……その手はやはり、冷たい。


「くふっ。そんなに警戒しなくても、大丈夫だよ? さっきも言ったけど、ボクは君の力になりたいだけなんだ。君が望むなら、ボクはなんだってする。それくらいボクは、君を愛しているんだよ」


「……そこまで想ってもらえるのは、素直に嬉しいですよ。でも、汐見さん。悪いですけど、貴女にそこまで想ってもらえる理由が、俺には分からないんですよ」


 汐見さんの真意が、一体どこにあるのか。俺にはそれが、全く分からない。


 彼女は俺に殺して欲しいと言ったり、苦しんでいるところを見たいと言ったり、果ては俺を……殺したりしているんだ。そんな汐見さんのことを、言葉通りに信じることはできない。


「未白くん。君は、勘違いしているよ。人が人を好きになるのにね、理由なんていらないんだよ」


「……じゃあ汐見さんは、本当に俺のことが好きなんですか?」


「ふふっ。今までのボクの態度を見てもそれに気がつかないんだから、やっぱり君は鈍感だ」


 汐見さんはそう言って、細くて長い指で俺の唇を撫でる。


「……キス、したいな。ねぇ、未白くん。この可愛い唇、ボクの唇で食べちゃってもいいかな? ……てきるだけ、優しくするからさ」


「……悪いですけど、今は遠慮しておきます。それより今は、神についての話を聞かせてもらえませんか?」


「つまり話せば、キスしてもいいんだね?」


「そういう話じゃないですよ」


 俺はそこで、一度大きく息を吐く。


「そもそも、汐見さん。さっきのあの言葉、わざとですよね? 俺の知ってる汐見さんは、あんな分かりやすい失言をするような人じゃありません。だから貴女は、元からそのことを話すつもりで俺を連れ出した。……違いますか?」


「半分、正解。ボクは君と、デートがしたかった。そしてそのついでに、そのことも話しておこうと思ったんだよ」


 そこでまた風が吹いて、肩口で切り揃えられた汐見さんの黒髪が、ゆらゆらと揺れる。


「ねぇ、未白くん。キスしてくれないなら、代わりにボクをぎゅっと強く抱きしめてよ。それで優しく、頭を撫でて欲しいな」


「なんですか、急に。誤魔化さないで、ちゃんと話してください。俺は──」


「未白くんは、約束してくれたよね? 君に協力する代わりに、紗耶ちゃんにするみたいに優しく抱きしめて、頭を撫でてくれるって」


「それは……」


「君は約束を破るような酷い男じゃない。そうだろ?」


 汐見さんは少しだけ恥ずかしがるように笑って、両手を広げる。


「……すれば、話してくれますか?」


「うん。約束するよ」


「…………」


 俺は少しの照れ臭さを振り払って、汐見さんの身体を優しく抱きしめる。


「もっと強く、抱きしめてくれ。もっともっと近くで、君の体温を感じたいんだ」


「これでいいですか?」


 腕に少し力を込める。


「……うん、最高。泣いちゃいそうなくらい、幸せ」


「ならよかったです」


 そのまま汐見さんの頭を、優しく撫でる。少しだけ潮風でべたついている髪は、それでも凄く触り心地がいい。



 だからしばらく、そうやって汐見さんの頭を撫で続ける。



「ボクらにとって神とは、なんだと思う?」



 汐見さんは唐突に、そう言った。


「……クロやシロのように、人よりずっと強い力を持った存在」


 俺はそれに、思いついた言葉をそのまま返す。


「残念。それは、不正解。だって力が弱まっているクロ様やシロ様でも、神は神だ。例え彼女たちがボクらと同じくらいの力になっても、その事実は決して変わらない」


「じゃあ答えは、なんだって言うんですか?」


「人の願いを、聞き届ける存在だ。例えその存在に力がなくても、祈りや願いを捧げられる存在を……ボクらは神と呼ぶ。少なくともボクにとっての神は、そういう存在だ」


 その汐見さんの言葉に、俺は何の返事も返さない。……だってその言葉は、反論の余地がないくらい正しいと思ったから。


「ボクら人間は、とても無力だ。どれだけ努力しても、どれだけ科学を発展させても、叶えられないものが沢山ある」


「だから人は、神に祈る」


「そう。例え叶えてもらえないんだとしても、ボクらは何かに祈ってしまう。……長い人生で、一度も神に願ったことがない人間なんて、きっといない。ボクら人間は、それ程までに弱い存在なんだ」


 そこで汐見さんは、どうしてか俺の背中に回した腕に力を込める。


「分かるかい? 未白くん。ボクらにとって、願いを叶えてくれる存在は皆んな神様なんだ。その意味が、今の君なら分かるだろう?」


「────」


 ……ああ。そこで、気がついてしまった。今までの自分の、とんでもない間違いに。


「未白くん。君はその優しさで、助けて欲しいと願う紗耶ちゃんを、何度も何度も助けた。いじらしい莉音の恋心を、何度も何度も満たした。そしてボクの……ボクのこの信仰を、君は何度も叶えてしまった」


 そうだ。ループする度に、俺はみんなのことを助けてきた。それがあさひの策略から逃れる、唯一の方法だと信じて。


 《《でも俺は初めから、人間ではない》》。そしてループする度に、神であるクロと同化していっている。そんな俺が、人の願いを叶えた。……叶えて、しまった。


 人が人を救うのは、ただの善行だ。……でも、神が人の願いを叶えてしまうと、必ず代償が必要になる。その代償は願いを叶えたおれではなく、俺に願った彼女たちが支払わなければならない。



 そしてその代償は、ループしたってなくならない。



 だって現に俺は、ループする度にクロと同化していってるのだから。


「1番最初。ボクは覚えてないけど、君があのマンションであさひと再開した時。その時からもう、あさひの勝ちは決まっていたんだ」


 だって俺は、いじめられている女の子を放って置けないから。



 だって俺は、泣いている幼馴染を無視できないから。



 だって俺は……。



「つまり汐見さんは……いや、紗耶ちゃんや莉音や美佐子さんは、俺が勝手に助けてしまったから、その代償で俺と同化して神に……。でもあさひは、どうしてそんなことを……」


「神になるのは、過程なんだよ。いずれボクらは、クロ様も含めて君と同化してしまう。そうなれば、君の周りにいる女の子は、皆んなみんないなくなる」


「そんな回りくどい真似をしなくても、ただ殺せば──」


「ただ殺すだけなら、君は永遠にその子たちのことを思い煩うだろう。だって愛とは、永遠に消えない感情だから。でも形はどうあれ、君は皆んなと1つになれる。そうなれば、君が過去の女に囚われることはない。あさひは本当の意味で、君の心を独り占めできる」


「…………」


 手が、震える。俺はずっと、正しいことをしてきたつもりだ。あさひの策略を乗り越えて、みんなを助けるんだとそう息巻いていた。でも俺の行動は、全て空回りだった。



 神は簡単に、人の願いを叶えてはいけない。



 そんなこと、初めから分かっていた筈なのに……! 俺は、馬鹿だ!


「大丈夫だよ、未白くん。願ったのは、ボクらだ。だから君が、責任を感じる必要はない」


「でも、俺のせいじゃないですか。そもそも俺がループなんてしてるから、皆んなが……!」


 1番最初。紗耶ちゃんに殺されたあの時。あの時に俺が死んでいれば、こんなことにはならなかった。俺のせいで皆んなが俺と1つになるだなんて、そんなの……!


「未白くん。そもそもボクはね、君と1つになりたかったんだ。君という神の一部になることが、ボクの目的だった。だからボクは、あさひの計画に協力……いや、加えさせてもらったんだ」


「……じゃあどうして、そのことを話してくれたんですか? ここで話したら、もう俺は……」



 皆んなを、助けないのだろうか? 



 そうすれば、記憶を失くした紗耶ちゃんは1人になる。莉音は寂しに、泣き続けるだろう。そして美佐子さんは、自殺してしまうかもしれない。



 けど皆んなを助ければ……皆んなの願いを叶えれば、彼女たちはその代償を支払わなければならなくなる。



 なら俺は一体、どうするばいい?



 ……何も、分からない。



「逃げようよ、未白くん」


 まるで救いの手を差し伸べるように、汐見さんは言った。


「あさひから。紗耶ちゃんから。莉音からも。そして……クロ様から。全てから逃げ出して、2人だけで生きていこう? 神様やループなんてつまらないことは忘れて、2人で幸せになろう。きっとそれが、あさひの運命に抗える唯一の手段だ」


 そこで汐見さんは、俺にキスをした。唇と唇が触れる優しいだけのキスをして、汐見さんは真っ直ぐに俺を見る。



「愛してるよ、未白くん。君が信じてくれなくても、ボクのこの言葉に……嘘はない」



 そんな汐見さんの優しげな声に、俺は何の言葉も返すことができなかった。



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