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よろしくお願いします!

 5月24日。



 声が、聴こえる。


「お前さ、あんま調子乗んなよ?」


「お前ぼっちで暇なんだから、課題くらいやってくれてもいいんじゃん」


「そうそう。山本のやつガチでうるせーから、あんたが代わりにやっといてよ。うちらこれから、合コンだから」


「……え? なんだって。ちゃんと目を見て話せよ、ぼっちちゃん」


「あはっ。こいつ泣いてんじゃん。子供じゃないんだから。マジウケる」


 ぎゃはははっ、と品のない笑い声が響く。


「行くか」


 だから俺は色々と覚悟を決めて、教室の扉を開ける。


「こんにちは。盛り上がってるみたいだね」


 適当なことを言って、紗耶ちゃんを取り囲んでいる派手な金髪の女の子たちに近づく。


「……なんだよ、お前。うちら今、取り込み中なんだけど」


 俺の目を見て、女の1人が驚いたようにそう言う。


 ……俺は俗に言うオッドアイで、左右で目の色が違う。だから初めて会う奴には、不気味がられることが多い。


「え? 何だって。聞こえねーよ。ちゃんと目を見て話せよ」


 俺がそう言うと、女は鋭い瞳で俺を睨む。


「……なんだよ、お前。誰だか知らないけど、あんま調子乗んなよ?」


「そうだし。美佐子みさこの親、この学校の理事長なんだよ? だから本気になれば、あんたなんて簡単に辞めさせられちゃうよ」


 ため息がこぼれる。2度目になると、馬鹿馬鹿しくて仕方ない。


「君らほんと、馬鹿だよね。今時こういうタイプのいじめって、中々ないぜ? 大丈夫? 脳みそとか、入ってる?」


「おまっ……! マジふざけんなよ!」


 女の1人が、俺の胸ぐらを掴む。けれど俺は、動じない。


「ふざけてんのは、お前らだろ。あんまり面倒に、巻き込むな」


 そもそもこいつらが余計なことをしなければ、紗耶ちゃんもあそこまで思い詰めずに済んだ。



 そう思うと、本気で怒りが湧いてくる。



「ひっ。何なんだよ、お前……」



 女は怖がるように、俺から手を離す。どうやらよほど、怖い顔をしていたらしい。


「さて、どうしてやろうか」


 俺は一歩、彼女たちに近づく。すると彼女たちは怯えたように、後ずさる。


「……美佐子。こいつやばいって。知ってるでしょ? 去年、事件を起こした久折の……」


 女の1人は俺のことを知っていたのか、ボス格の女に何か耳打ちをする。


 俺は一応、この辺りでは有名な地主の息子だ。そして更に去年、とある事件を起こしてしまって、ちょっとした有名人だったりする。


 だからこの見た目と相まって、周りからかなり怖がられている。


「面倒だから、もう行けよ。どうせそろそろ、『マジ覚えとけし』とか言って、いなくなるだろ? だったら早くしろ。不愉快なんだよ」


 本当はぶん殴ってやりたい気分だが、手を出すとのちのち面倒になりかねない。なのでまあ、今はこの程度で許してやろう。


「マジ覚えとけし」


 女たちは本当にそう言って、この場から立ち去る。頭は地獄級に悪い奴らだけど、存外乗りはいいみたいだ。


「君、大丈夫?」


 大きく息を吐いてから、顔を隠すようにうずくまった紗耶ちゃんに、手を伸ばす。


「……その、えっと……あの……」


 紗耶ちゃんは何か言おうとするけど、上手く言葉を紡げない。……そういえば最初はこんなだったな、と懐かしく思う。


「そんなに怖がらなくても、大丈夫だよ? 別に取って食いはしないから」


「……その、ど、どうして私を……助けてくれたんですか?」


「…………」


 そう問われて、少し考える。……確かに俺は、どうしてまた彼女を助けたのだろう? そんなことをすれば、彼女に殺されてしまう未来に近づくだけだ。



「……まあ、神様のお告げかな」



 理由は自分でも、分からなかった。だから俺は、誤魔化すようにそう告げる。


「……ふふっ。なんですか、それ」


 紗耶ちゃんはクスッと、小さな笑みを浮かべる。その笑みは最初の時と同じ、とても可愛らしい笑みだった。


「俺は2年の、久折 未白。君の名前は?」


「…………紗耶って、いいます。その……冬乃江 紗耶」


「紗耶ちゃんね。可愛い名前だね」


 遠慮がちに伸ばされた手を引いて、紗耶ちゃんを立ち上がらせてやる。


「……その、久折……先輩。助けて頂き、ありがとうございました」


「いいよ、別に」


「でもその……私なんかに関わらない方が、いいです。わ、私なんかと関わると、先輩まで酷い目に……」


「その辺は別に、大丈夫だよ。あの子が言ってた理事長の娘とか、嘘だから」


「そ、そうなんですか!」


「うん。だからあんまり、気にしなくても大丈夫だよ」


 彼女たちには後でもう一度、少しだけ話をしておく。そうすればもう、紗耶ちゃんがいじめられることはなくなる筈だ。……そして俺はこれから、変わりたいと言う彼女の言葉を聞いて、会話の練習に付き合うことになる。


 けれどそうするとまた、同じ末路を辿ってしまうかもしれない。


「……あの、その……。私……昔から人と話すが、苦手なんです。だから……よくこうやって、いじめられてしまうんです」


 紗耶ちゃんは顔を赤くしながら、ゆっくりと自分の想いを言葉に変える。


「…………」


 俺は黙って、その言葉に耳を傾ける。


「だから、その……私、ずっと変わりたいって思ってるんです……」



 ──なら俺が、協力してあげるよ。



 前の俺は、そう言った。そして今の俺は……。



「なら俺が、協力してあげるよ」


「ほ、本当にいいんですか?」


「ああ、構わないよ。ちょうど、暇だったからね」


「あ、ありがとうございます!」


 タイムリープというのが、どういったものなのか。俺はそれを、理解していない。だからもしかしたら、何度繰り返しても結果は変えられないのかもしれない。


 ……いやそもそも、また次があるなんて考えるのは、都合が良すぎる。あれが1回こっきりの奇跡で、もう次はない。そう考えるのが、妥当だ。



 なのに俺は、同じ言葉を言ってしまった。



「…………」


 ……けど、思ってしまったんだ。前回はただ成り行きで引き受けただけだったけど、今は本気で彼女を変えてあげたいと思った。


 あんな風に俺に依存して、最後は殺すしかなくなる。そんな関係じゃなくて、この子がちゃんと笑って生きていけるよう、協力してあげたい。



 ……もう取り返しのつかない妹のような女の子は、見たくないから。



「これからよろしくね? 紗耶ちゃん」


「は、はい。その……よろしくお願いいたします!」


 紗耶ちゃんは、俺の視線から逃げるように頭を下げる。



 そうしてまた、2人の楽しい時間が始まった。



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