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嬉しいよ。



「はじめまして。ボクは汐見 奈恵。未白くんの元許嫁で、今はただの友人だ。よろしくね?」


 俺の隣にちょこんと腰掛けた紗耶ちゃんに、汐見さんはそう自己紹介する。


「…………」


 けれど紗耶ちゃんは、そんな汐見さんに何の言葉も返さず、怯えるように俺の身体に抱きつく。


「くふっ。どうやら随分と、恥ずかしがり屋な子みたいだね」


「まあ、ちょっと人見知りなんですよ、この子」


「未白くんの親戚の子なのかな? ……いや、それはないか。君が久折の家の関係者を、この家に入れるとは思えない。となると……彼女だったりするのかな?」


「違いますよ。この子はただの……高校の後輩です」


「君は嘘が下手だね。ただの高校の後輩が、こんな時間に家を訪ねてきて、そんな風に抱きついたりするわけがないだろ?」


「…………」


 それは確かにその通りなので、俺は何も言えない。だから俺はただ黙って、紗耶ちゃんの頭を撫で続ける。


「……いいなぁ。ボクもそんな風に、君に頭を撫でてもらいたいよ。きっと幸せとドキドキで、頭が真っ白になっちゃうんだろうね」


「ダメ。お兄ちゃんは、私のお兄ちゃんなの」


「────」


 その紗耶ちゃんの言葉……特にお兄ちゃんという部分を聞いて、汐見さんは心底から驚いたと言うように、目を見開く。


「聞き間違いじゃなかったのか。……お兄ちゃん。お兄ちゃん、か。随分とまあ、いい趣味をしてるじゃないか、未白くん」


「別に、趣味ってわけじゃないですよ。ただ……」


 ただ、何なのだろう? 今の俺と紗耶ちゃんの関係を、上手く言葉にできない。というかそもそも、汐見さんにどこまで事情を話していいのか、それすら分からない。


「…………」


 汐見さんはあさひと繋がっていて、一度俺を殺している。それに今回の彼女は、他のループの時のことも知っている。そんな汐見さんがあさひと組んで何か企んでいるとするなら、下手なことは言えない。



 なら、俺は──。



「あー、もう、めんどくせぇ!」



 そう言って、強張っていた身体から力を抜く。


 昨日から、ずっと同じようなことばかり考えている。……いや、汐見さんのことやメモ帳のことなんかも合わせて、問題はどんどん増えていく。


 そんな中で、こうやってくだらない腹の読み合いをするのは、もういい加減うんざりだ。


「……お兄ちゃん? どうかしたの? 私、何かダメなことしちゃった?」


「いや、違う。紗耶ちゃんが悪いんじゃないよ。ただ、ぐたぐだ考えるのはもう辞めにしたってだけ」


 俺のその言葉の意味が分からないのか、紗耶ちゃんは可愛らしく小首を傾げる。俺はそんな紗耶ちゃんの頭をもう一度撫でてから、そのまま真っ直ぐに汐見さんを見る。


「汐見さん。もう面倒なんで、紗耶ちゃんのことも含めて今の現状を全て話します。それで貴女に協力を頼みたいんですけど、構いませんか?」


「……いや、それは……うん。なんていうか、君は時折こっちが怖くなるくらい、思い切りが良くなるよね」


「そうですか? まあでも、考えても答えが出ないことを考え続けるのは、苦手なんですよ」


「くふっ。多分、そうではないよ。君のそれは、もっと根深いものだ。……いや、今はそれより協力して欲しいって話だね」


 汐見さんはまたいつもの笑みを浮かべて、値踏みするように俺と紗耶ちゃんを見つめる。


「無論、ボクの答えはイエスだ。未白くんの頼みなら、ボクはなんだってするよ」


「本当に、いいんですか?」


「もちろんだよ。だってボクは、君に頼られるのが何より好きだからね。……でも、ボクだって聖人君子じゃないんだ。だから1つだけ、条件を出させてもらうよ。それをのんでくれるなら、あさひを敵に回しても構わない」


「……条件、ですか。大抵のことなら構いませんけど、『ボクを殺してくれ』とかそういうのは、無理ですよ?」


「分かっているよ。というかそもそも、今そんなことを頼んでも何の意味もないからね」


 汐見さんはそう言って立ち上がり、そのままゆっくりと俺の方に近づいてくる。


 紗耶ちゃんはそんな汐見さんに怯えるように、ぎゅっと強く俺の身体に抱きつく。けれど汐見さんはそんな紗耶ちゃんには目もくれず、ただ俺だけを見つめる。



 そして、吐息がかかるくらいの距離で、彼女は言った。



「ボクもその子みたいに、ぎゅっと抱きしめて頭を撫で欲しいんだ。そうすればボクは、どんなことがあっても君の味方だ」


 汐見さんの白い指が、俺の頬に触れる。……彼女の手は相変わらず、とても冷たい。


「……ダメ。お兄ちゃんは私以外の人に、そんなことしちゃダメなの!」


「らしいよ? 未白くん。どうする? ボクをとるか、その子をとるか。選ぶのは君だ。好きな方を、選ぶといい」


 汐見さんは長い舌で自身の唇を舐めて、誘うように両手を広げる。紗耶ちゃんはそんな汐見さんを拒絶するように、俺を抱きしめる腕に力を込める。


「……ごめんね、紗耶ちゃん」


 けれどこの場で、汐見さんを拒絶するわけにはいかない。だから俺は紗耶ちゃんに抱きしめられたまま立ち上がり、言われた通り汐見さんの身体を抱きしめる。


「……くふっ」


 そしてそのまま優しく、汐見さんの頭を撫でる。


「これで協力してくれるんですよね? 汐見さん」


「ああ。約束するよ。……だからもう少し、このままでいさせてくれ」


 汐見さんは身体から力を抜いて、俺の方にしなだれかかってくる。


「むー。お兄ちゃんは、私のお兄ちゃんなのに……」


 そんな汐見さんに負けじと、紗耶ちゃんも俺にへばりつく。


「…………」


 そうやって2人にくっつかれると、温かで柔らかな感触が伝わってきて、とても幸せだ。……でも今は、そんな幸福に浸っている場合ではない。


「汐見さん……いや、奈恵。このままでいいんで、聞いてくれますか?」


「構わないよ。……でも、あまり大きくないとは言えボクの胸をこうやって押し当てているのだから、もう少し動揺してくれてもいいんじゃないかな?」


「残念ながら、そこまで初心じゃないんですよ」


 そう答えて、息を吐く。そしてそのまま、言葉を続ける。


「細かな状況は、また後で伝えます。だから、汐見さん。まずは貴女に、1つ頼みたいことがあるんです」


「何かな? 押し当てるだけじゃ足りない。もっと近くで揉ませて欲しいって、そう言いたいのかな?」


「違う。お兄ちゃんはそんなこと、言わない」


「くふっ。本当に愛されているんだね、お兄ちゃんは」


 そんな2人の気の抜けるやり取りを聞きながら、覚悟を決める。


「…………」


 クロは眠ったままで、いつ目を覚ますかも分からない。そして紗耶ちゃんと汐見さんは、また狂気にのまれる可能性もある。だから今の俺の考えは、リターンよリスクの方が多いのだろう。


 ……でもだからって、逃げてるだけじゃ何も解決できない。



 だから俺は意を決して、その言葉を口にした。



「汐見さん。貴女も紗耶ちゃんと一緒に、うちで暮らしませんか?」



 汐見さんは俺のその言葉を聞いて、幸せを噛み締めるように小さな笑みを溢した。



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