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始めようか。

 5月24日。



「この馬鹿者がっ!」



 そんな叫び声で、目を覚ます。 


「……痛っ」


 痛む頭を押さえて、意味もなく辺りを見渡す。


 前後の記憶が、曖昧だ。昨日どうやってベッドに入って、いつの間に眠ったのか。何も思い出せない。けれど何か──。


「……いや、また戻って来たのか」


 そこでようやく、気がつく。前回の俺はあさひに殺されて、また戻ってきてしまったのだと。


「またではない! この馬鹿め!」


 そう叫んだクロが、思い切り俺の身体を抱きしめる。クロの身体は温かで柔らかで、とても気持ちいい。……でもどうしてクロが、こんなに怒っているのか。俺にはそれが、分からない。


「なあ、クロ。どうしてお前、そんなに怒ってるんだ?」


「何を言うておる。目の前で未白が、殺されたのだぞ? 我が怒らんわけがなかろう!」


「それは確かにそうだけど……。でもこうしてまた、戻ってこれた。だからそんなに怒らなくても──」


「馬鹿者! それでも殺された時の痛みや苦しみが、消えるわけではないではないか! ……我は目の前で未白が殺されて、悔しくて悲しくてどうにかなりそうだったのだぞ?」


「…………」


 それでも俺はもう何度も死んでるんだから、そんなに騒ぐことじゃないだろ? 


 そんな言葉が、頭を過ぎる。……けど思えば俺も、クロの死体を見つけた時は同じように取り乱した。そして今のクロと同じように、こうやってクロに抱きついたんだった。


 なら今は、俺がクロを慰めてやる番だろう。……というより、あの結末は俺の浅慮が招いたものだ。だったらまずは偉そうなことを言う前に、謝るべきだろう。


「ごめんな、クロ。俺の考えが足りなかったせいで、嫌なものを見せて」


「……よい。それより、我の頭を撫でてくれ。お前が目の前で殺されて、我は凄く……悲しかったのだ」


「……いつもありがとな、クロ」


 優しくクロの頭を撫でてやる。するとクロは、気持ちよさそうに身体から力を抜く。


「……なあ、クロ。あさひの話、覚えてるか?」


「代償のことか?」


「ああ。あさひが言ってた、ループする代償は神になることだっていう、あの話。あれ、本当だと思うか?」


 俺に自覚がないだけで、俺はもう随分と神に近づいている。確かあさひは、そんなことを言っていた。


 だったらこうしてループした今は、前よりもっと神に近づいたということになる。けれど今の俺には、その自覚がない。俺は今も俺のままで、こうやって抱きしめたクロもまたクロのままだ。


「……気に入らんが、間違っておるとは思わん」


「そんなに俺は、変わったか?」


「…………」


 クロは俺の質問には答えず、少し悔しがるような表情で、俺の瞳を見つめる。


「もっと早くに、気がつくべきだった。我もお前も、どんだ間抜けだな」


「何だよ、それ。どういう意味だよ?」


「……どうして我まで、前回のループの時のことを覚えていると思う? 前までの我は、お前の頭の中を読まなければ分からんかったのに……」


「それは……言われてみると、確かにそうだ。そもそもクロは一度殺されて弱ってて、俺の頭の中を見ることもできなくなってた筈だ。……なのにこうして覚えてるってことは、俺との同化が進んでるってことなのか?」


「おそらく、そうなのだろうな。……正直、あまり気分のいいものではないな」


「確かにそれは、そうかもな。……クロと1つになるなんて、考えただけでゾッとする」


「その言い方は、ちょっとムカつくな」


 頬をつねられる。……痛い。


「……悪かったから、つねるのはやめてくれ」


「お前はほんと、乙女心が分からん奴だ。……まあよい。それでこれから、どうするつもりなのだ?」


 そう問われて、少し頭を悩ませる。


 あさひは言った。4人の女の子を助けて幸せになれば、俺の勝ちだと。まあ、あさひがその約束を守るかは分からないが、今はその言葉を信じるしかない。……けどその4人は、皆んな簡単ではない問題を抱えている。


 紗耶ちゃんは理由はどうあれ、俺を監禁して殺してしまうほどの狂気を胸に秘めている。莉音は昔から、俺に好意を寄せてくれているみたいだが、その好意は何か深い孤独に裏打ちされたものだ。


 汐見さんは、俺が苦しむ姿を見たいという変な性癖を患っている。……けど実際、それが本当かどうかも分からない。そもそも彼女はまだ何か、秘密を隠しているようだった。


 そして最後に、紗耶ちゃんをいじめていた美佐子さん。彼女は紗耶ちゃんに変わっていじめられることになり、最後は自殺してしまうくらい追い詰められてしまう。



 俺はそんな闇を抱えた4人を、救わなければならない。



 ……しかも1人にかかりきりになると、他の子が自殺したりして、取り返しのつかないことになる。それにクロを放ったらかしにすると、弱ってシロに殺されてしまう。


「……正直、1回や2回のループでどうにかなるとは、思えないな……」


 それが素直な、感想だった。


「何を言うておる、馬鹿者め。やる前からそんな弱気で、どうする?」


「別に、弱気ってわけじゃないよ。俺はただ、正しい状況判断をしてるだけだ」


「正しさを前にして腰が引けるくらいなら、正しさなぞ必要ない。大事を成すのに必要なのは、決して折れない強い信念。それだけだ」


「……それはまあ、そうかもな。でも、大丈夫。腰が引けてるわけじゃないから。……それに、お前と一体化してしまったら、こうやって抱きしめてやることもできなくなるだろ?」


 そう言って、かっこよく笑ってみせる。クロはそんな俺を見て、呆れたように息を吐く。


「お前は頼りになるんだかならないんだか、分からん奴だな。……まあよい。お前が頑張ると言うなら、我はそれを信じよう」


 クロはぎゅっと強く俺を抱きしめて、ゆっくりと俺から手を離す。


「だが、あの小娘……あさひとあの気に食わん神が裏で糸を引いている以上、お前だけでは手に余るだろう。故、今回からは我も手を貸してやる!」


 クロは胸を張るようにそう言って、駆け足で部屋から出て行ってしまう。


「……あいつ、何をする気だ」


 クロが手を貸してくれるのは、正直かなりありがたい。……けど、悪戯にクロに神の力を使わせるわけにもいかないし、それに何より今のクロは──。



「どうだ! 似合うだろ?」



 俺の考えを遮るように、そんな声が響く。そして見慣れた服に着替えてきたクロが、その服を見せびらかすようにくるくると回ってみせる。


「……それ、いつの間に準備してたんだよ」


「実は我、ずっと前から思っていたのだ。一度、未白と一緒に学校に通ってみたいと。……どうだ? 似合っておるだろ?」


 俺の通う高校の制服を着たクロは、楽しそうに笑ってみせる。



 そうしてここから、俺とクロの長く苦しい戦いが始まった。



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