好きです。
「待ってくれ、莉音! まだ俺の気持ちを、伝えてないだろ!」
気づけばそんなことを、叫んでいた、自分でも、どうしてそんなことを言ったのか、分からない。……でもどうしても、叫ばずにはいられなかった。
「……離しなさいよ、未白。ここでそんな風に手を掴まれたら、勘違いしちゃうじゃない。せっかく決めた覚悟が、鈍っちゃうじゃない……」
「でも、約束しただろ? 俺の想いをちゃんと伝えるって。……今日はずっとお前の手を握ってるって、そう約束したじゃないか」
「そんな約束、もういいのよ。あんたの気持ちは、もう知ってる。あんたが……あんたが紗耶のこと好きだって、あたしはもう知ってるのよ! だから手を離して! デートはもう、お終いなのよ……!」
莉音は無理やり、俺の手を振り払う。……けれど莉音は、どうしてかこの場から立ち去らず、振り返って真っ直ぐに俺の瞳を見つめてくる。
「昨日、無理やりキスしたのは、悪いと思ってる。今日わざわざデートに付き合ってもらったのも、悪かった……。ちゃんと謝る、ちゃんと謝るから! もうあたしに……優しくしないで……!」
莉音はまた、泣いてしまった。……いや、俺が莉音を泣かせてしまったんだ。
莉音は今日のデートで、自分の気持ちに区切りをつけるつもりでいた。そしてもうそれは済んだのだから、勝手に自分で終わらせて、俺の前から立ち去ろうとした。
でもそれは、ずるい。
あんなに何度もキスをして、あんなに何度も笑いかけて、そして何度も何度も……好きだって言って。それなのに俺の言葉は、聞いてくれない。言いたいことだけ言って、勝手に立ち去る。
それはどう考えても、ずるい。
だから俺は、言った。
「莉音。ごめん。俺は、お前が好きだ」
莉音の身体を抱きしめる。莉音の身体はとても温かくて、どうしてか……泣きそうになる。
「……嘘、言わないでよ。早く……離しなさい。あんたは紗耶が気になるって、言ってたじゃない」
「でも好きだとは、言ってない」
俺が好きだと言ったのは前回の紗耶ちゃんで、今の紗耶ちゃんじゃない。……くそっ。そんなどうしようもない理屈を振り回さないと、好きだって言葉も伝えられない。
俺は一体、何をやっているんだ。
「言わなくても、分かるのよ! あんたは、あたしには見せないような顔を……紗耶にばっかり見せてる。あたしにはあんなに優しくしてくれないのに、紗耶にだけ……優しくする!」
「でも、俺はお前が好きなんだ。……俺は単純だから、お前にキスされただけで、お前に好きだって言われただけで、お前のことが……好きになっちゃったんだよ!」
腕に力を込める。すると少しずつ、莉音の身体から力が抜けていく。
「……それはただの、同情よ」
「違う。俺は同情で、女の子を抱きしめたりしない」
「……じゃあ紗耶は、どうするのよ? あの子、あんたとのデート凄く楽しみにしてるのよ? 新しい服を買って、先輩に褒めてもらうんだって子供みたいに笑ってた。あんたはそんな紗耶を、裏切れるの?」
「謝るよ。……きっと許してもらえないだろうけど、謝る。だからもう、いいだろ? 俺はお前が、好きなんだ」
今度は俺の方から、キスをする。触れるだけの、軽いキスを無理やり莉音に押しつける。
するとようやく、莉音は笑ってくれた。
「……馬鹿。あんたは、最低よ」
莉音も俺の背中に、手を回す。そして大粒の涙を溢しながら、俺の気持ちに応えるようにキスを返してくれる。
「でもあたしは、もっと最低。……自分で自分が嫌になる」
「それでも俺は、お前が好きだ。今はそれで、いいだろ?」
人目を避けるように木陰に入って、またキスをする。何度も何度もキスをして、自分たちの想いを確かめ合う。
想いを伝え合った筈なのに、ちゃんと好きだって伝えた筈なのに、莉音はずっと泣いていた。……もしかしたら俺も、泣いていたのかもしれない。
だから俺たちは言い訳をするように、互いの唇を貪り続ける。
そうして時間も忘れてキスし続けて、気づけば辺りは夜の闇に飲まれていた。
「……なあ、莉音。もし人生をやり直せるとしたら、どうする?」
大きな木にもたれかかって、そんな益体のないことを尋ねる。
「なにそれ、あたしはそういう意味のない問いかけは、好きじゃないわ」
莉音は倒れるように俺の身体に覆い被さって、そう言葉を返す。
「それでも、答えて欲しいんだ。……頼む」
「……しょうがないわね。もしやり直せたなら、何をするか、ね」
莉音はそこで言葉を止めて、考えるように空を見上げる。だから俺もつられて、遠い空に視線を向ける。……今日は満月だと、今初めて気がついた。
「……決めた。もしやり直せるなら、今度はもっとロマンチックにあんたに想いを伝えるわ。ちゃんと紗耶にも、宣戦布告してからね」
「お前らしいな。……でももし俺がやり直して、お前を選ばなかったらどう思う? やっぱり最低だって思うか?」
「…………」
莉音は少し考えるように、目を瞑る。けどすぐに答えが出たのか、いつものように髪をなびかせてニヤリと笑う。
「馬鹿ね。あんたがあたしを選ばなかったら、あたしがあんたを選ぶだけよ。あたしはあんたと違って一途なんだから、絶対に逃がさないわ」
「……お前は、凄いな」
前回は紗耶ちゃんを選んで、今回は莉音を選んだ。もう絶対に死ぬつもりはないから、俺はこのまま莉音と一緒に生きていくのだろう。
それが良いことなのか悪いことなのか、きっと誰にも分からない。……でももう絶対に、この手は離さない。そう強く心に決めた。
「そろそろ帰るか」
そう言って、立ち上がる
「……嫌よ。もう少し、あんたのそばに居たい」
「でももう、結構いい時間だぜ?」
「それでもよ。……だって明日は、紗耶に謝らないといけないでしょ? それに、これからのことも考えなきゃいけない。だから今のうちに、充電しておきたいの」
「……分かったよ。本当は俺も、もう少しお前の側に居たい」
また、キスをする。もう涙は、流れなかった。
そしてしばらくそのままイチャイチャして、気づけば深夜になっていた。自分でも、いつまでイチャついているんだと思ったが、俺も莉音も自分で自分を止めることができなかった。
……けれど流石にこれ以上は不味いから、無理やり莉音を家まで送って、俺も家に帰った。
「クロの奴、怒ってるだろうな」
クロはお腹が減ると、機嫌が悪くなる。なので夕飯の時間にはいつも気を遣っていたのだけど、今日はそんなことを考える余裕もなかった。
「ま、偶にはいいか」
そう呟いて、玄関の扉を開ける。
「……っ!」
すると不意に、頭が痛んだ。耐えられないくらい頭が痛んで、俺は思わずその場にうずくまる。
「……何だったんだ? 今の」
けれどそれは、本当に一瞬。気づけば頭痛は、治まっていた。
「疲れてるのかな」
そう呟き、クロの部屋へと向かう。きっとクロは不貞腐れているだろうから、いつもよりいい肉を焼いてやろう。
そんなことを考えながら、クロの部屋の扉を開ける。
「遅くなって悪かったな、クロ。でも──」
クロの部屋を見た瞬間、世界から色が消えた。身体から、重さが消えた。この世界から何もかもが消え去って、心だけが痛みを叫ぶ。
「……なんだよ、これ」
クロが、死んでいた。部屋中に真っ赤な血を撒き散らして、クロは確かに死んでいた。
「ふふっ。いい夜だね、兄さん」
そして背後から、そんな声が響いた。




