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恋愛◇甘々

尊い王子は三歳児

作者: 黒いたち
掲載日:2021/03/25

「サニス。あし、にげちゃった」


 そう言って()いだズボンを持ってきたのは、三歳になったばかりの第三王子、クロト様だ。

 ふわふわの髪の毛に、ぷるぷるのほっぺ。

 見た目は、かんぜんに天使だ。


「クロト、トイレしたの。でも、あし、にげちゃった」

「おトイレできて、すごいですねー!」


 おおげさに()めながら、クロト様からズボンをうけとる。

 ズボンの片足部分が、中に入ってクシャクシャになっていた。

 

「ズボンのあし、みつけましたよ」


 直してあげると、クロト様の顔がパッと華やいだ。


「じぶんではく!」

「はい、おねがいします」


 クロト様が、一生懸命ズボンをはいているのを、微笑みながら見守る。

 

「できた!」

「おじょうずです」


 クロト様が、ニパッと笑顔になる。

 ズボンの前後が逆だが、いつものことだ。

 得意げなお顔はかわいらしく、私の(ほほ)を限界までゆるませた。


 今日も第三王子クロト様が、尊すぎてしあわせです!!






 私、サニスは、第三王子クロト様付きのメイドだ。

 クロト様が日々健やかにご成長あらせられるように、彼を見守るお仕事だ。


 私が王城のメイドになったのは、十三歳のときだ。

 その年にクロト様がお生まれになり、先輩メイドと一緒に、クロト様のお世話をすることになった。


 クロト様のことは、年の離れた弟のようにおもっている。


「サニスのおひざ、すわる」

「はい、どうぞ」


 天使のようなクロト様にも(なつ)いてもらえ、毎日充実した日々をすごしている。


「サニス、おそと、いこ」


 クロト様が、窓の外の庭園(ていえん)を指さす。


「クロト様、このあと授業なので、終わってから行きましょうね」

「いや!」


 授業より、庭を駆けまわりたい気分はわかるが、うなずくことはできない。

 ここで甘やかすのは簡単だが、将来困るのはクロト様ご自身だからだ。

 

「せんせいが、クロト様と会えるのをたのしみにしていますよ」

「いやー!」

「クロト様、せんせいに書いたおてがみ、今日わたすんですよね? どこにおきましたっけ? いっしょにさがしましょうか」

「いやあーっ!!」


 クロト様は、イヤイヤ()まっさかりだ。

 ふだんは(だま)されてくれることが多いが、今日は手ごわい。


 クロト様は私の手を振りはらい、換気のために開けていた()()(まど)から、庭園へと逃げて行った。


 あわてて後を追った私は、息をのんだ。

 クロト様が、高い(へい)に、よじ登っていたからだ。


「クロト様!」


 おもわず声を上げる。

 私の大声におどろいたクロト様が、(へい)から手を離し、落下した。


「うあああん!!」

「お怪我は!?」


 クロト様が、大声で泣き始めた。

 すぐに医者が呼ばれ、その間、私は何もできずに見ているだけだった。






「サニス、今いいかしら」

「メイド長」


 その日の夜。

 メイド長に声をかけられ、昼間の件かと身構える。


契約更新(けいやくこうしん)の時期だけど、あなたの意志を確認したいわ。あなたの働きぶりは評価(ひょうか)しているし、できれば残ってほしいのだけど」

「残っても……いいのでしょうか」


 出した声は、無様(ぶざま)に震えていた。


「クロト様のことを気にしているのね」

「はい」

「サニス。独身のあなたに(わか)れというのは何ですが」


 メイド長は、キリッと顔をひきしめた。


「男の子とは、ああいうものです」


 予想と違う言葉に、私は耳をうたがった。

 こちらの監督不行(かんとくふゆ)(とど)きで、王子に怪我(けが)を負わせたのに……?


「人の話を聞かない。深く考えない。今が楽しければいい。危険なことをおもしろがる。汚いことは気にならない」

「あの、メイド長?」

「だから、考えるだけ無駄(むだ)です。かすり傷のひとつやふたつ、なんですか。第一王子様など、今はおちついていらっしゃいますが、幼少期は手のつけられないくらいの暴れん坊で、両手両足を骨折(こっせつ)なさっても()りずに危険に飛びこんでいくような子供でしたよ。男子に多くを望んではいけません! さいあく生きていればいいのです!!」


 第一王子様付きだったメイド長の言葉は、どっしりと心に響いた。

 

契約更新(けいやくこうしん)、しておきますよ」

「……はい」


 にっこりと微笑むメイド長におされ、うなずいた。






 次の日。

 クロト様の部屋を訪れると、いきなりクロト様に抱きつかれた。


 とっさのことに固まっていると、部屋の(すみ)に居た先輩メイドたちが、手でしゃがめと合図(あいず)をしてくる。

 わけがわからず(したが)うと、クロト様の天使なお顔が目の前にあった。


「サニス、ほっぺ」


 チュッ♡


「こっちも」


 チュッ♡


 止める間もなく、クロト様は私の両頬にキスをした。

 

「サニスごめんね! だーいすき!!」


 そして、ニパッと笑って、もういちど私に抱きついた。


天使(てんし)……」

(とうと)い……」


 先輩メイドたちの本音(ほんね)が口からもれる中、私は次の契約更新時(けいやくこうしんじ)にも絶対に継続(けいぞく)しようと、気の早すぎる決断をした。






 そして、月日は流れ――。

 十五歳になられたクロト様だが、天使のようなお顔は健在(けんざい)だ。


「サニス、疲れたから、おひざ貸して」

「はい、どうぞ」


 クロト様が休憩用に置いた長椅子の(はし)に座る。

 クロト様がいそいそとやってきて、私の(ひざ)に頭をのせた。


「ねえサニス。庭園のバラがキレイだよ。一緒に見にいこう」

「クロト様。授業が終わってから、いきましょうね」

「えー」


 身長は私と変わらないほどに伸びたが、授業の前に逃げ出そうとするところは、三歳のころから変わっていない。


「じゃあ、授業がんばるから、ハグして」

「しょうがないですね」


 私のハグひとつで、授業を受けてくれるなら、たやすいものだ。

 起き上がったクロト様に、軽くハグをして離れる。

 

 いつもならこれで(だま)されてくれたが、今日は手ごわかった。


「サニス、ほっぺ」


 チュッ♡


「こっちも」


 チュッ♡


 止める間もなく、クロト様は私の両頬にキスをした。

 

「サニス、だーいすき!!」


 そして、ニパッと笑って、もういちど私に抱きついた。

 三歳のころから変わっていない甘え方に、私の頬が限界までゆるむ。

 今日も第三王子クロト様が、尊すぎてしあわせです!!




 それでも。




 ガッシリとした体つきになってきたクロト様とハグをするのは、なんだかすこし気恥ずかしく感じてしまった。

 私の赤くなった耳を見て、クロト様が天使ならざる笑みを浮かべていたことなんて、その時の私には知るよしもなかった。

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