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その日々は決して無駄ではなく(仮題)


「ここが最後だよ。ここが私が提案する三つ目の願いを叶えるに相応しい場所で、私が最も憎むもので、そして終わりを迎えるに相応しい場所。そう思わない?」

 ルアはそう言葉にし、その方角を空虚さすら感じる満面の笑みで指差した。


 今日は十二月二十五日であり雪こそ振らなかったものの寒気が非常に強い。

 それも日の落ちた夜なのだから相当である。


 そしてその場所に連れてこられた天堂は、震えていた。

 それは決して寒さからではない。

 自分でもわからないが、ここに来れば震えずにはいられなかった。


 そこは恐ろしいほどに見覚えがある。

 天堂という人間にとって唯一良い思い出が思っている、最悪の地。

 そう、ここは天堂の昔の家だった。


「家の様子は昔と変わらないよ。でも、全然違う風に見えるよね」

 そうルアは言葉にする。

 肯定したいのだが、それすらも震えで天堂は出来なかった。


 確かに、天堂の知る家とはそれは大きく異なっている。

 家に明かりが付き、楽しそうな音楽と笑い声で溢れていた。

 そんな家を天堂は見た事がなかった。


「可愛がり過ぎて嫁に行かせたくない()()()と、それを溺愛する両親は毎年クリスマスは家で祝うんだって。近所でも仲が良くて評判の一家だってさ。かず君の時警察まで踏み込んだのに誰も覚えてないの。本当……皆都合が良いよね」

 そうルアは呟いた。


 この震えが何か天堂にはわからない。

 壊れ、感情が薄くなった天堂に理解出来るわけがない。

 良い子になる為に他人に対する妬みと怒りを捨てた天堂には、幼い頃の自分が味わった孤独と羨ましさなど理解出来るわけがなかった。


 だが、それでも……例え壊れ感情を捨てていたとしても、苦しくないわけがなかった。


 ルアはそっと天堂を抱きしめ、そして尋ねた。

「私は何でもするよ。迷惑ばっかかけてるけどさ、何でも出来るのは確かだから。何が欲しい? 何を壊したい? 私は……世界を壊しても私だけは世界から消えないしかず君を消さないでいる事も出来るよ」

 新しい世界、新しい時代。

 二十年ほど遅刻したがその本懐を果たし、二人で新世界に向かおうと提案するルア。


 そんなルアと、手に入らない家族愛に溢れた家を見比べる天堂。


 そして天堂はルアの暖かさと優しさから……ほんの少しだけ……思い出してしまった。


『妬ましい』

 今まで押し殺してきたそんな自分の昏い感情を――。


 ずっと、本当はずっと両親の愛が欲しかった。

 それがあったらきっと苦しまなくて済んだ。

 僕を抱きしめてくれた。

 それを持っていたのに妹に持っていかれた。

 だから僕はずっと一人になったんだ。


 そう思うと今まで抑えて来た長い時間の歪み、耐えきれないほどの怒りが体から噴き出そうになる。

 全てを壊したい。

 何もかもが憎い。

 そう思ったその瞬間……もう一度、天堂はルアの暖かさを感じた。

 何故かわからない。

 わからないのだが、それは涙が出そうなほど懐かしかった。


 怒りはある。

 これまで生きて来た中で苦しみを与えて来たあらゆる者に対しての怒りがあり、両親に恨みがあり、そして妹に死んでしまえと思う気持ちも正直持っている。

 だが……天堂はその全てを飲み込んだ。


 今までの様に自分の苦しい部分を見ない振りするのとは違い、それを受け入れた上でその衝動をぎゅっと飲み込む。

 恥ずかしい自分を受け入れた上で……ぐっと我慢する。

 天堂は生まれた初めて、本当の意味で良い子となる事が出来た。


 ルアからそっと離れ、天堂は悲しそうに呟いた。

「行きましょうか。ここに私の……いや、俺の欲しい物もなければ叶えない願いもない」

「え!? なんで? どうして!? こんな苦しんだんだよ? あんなに悲しんだんだよ? 家でも、学校でも、会社でも、誰も助けてくれなかったんだよ!?」

 発狂しそうなほど苦しむルアを見て、天堂は気づいた。


 自分は独りじゃなかったんだと……。


「俺をずっと見てくれたんだね?」

 その言葉にルアは頷いた。

「うん。ずっと見てたよ。苦しんでいるところを。だから、怨んでも良いんだよ? 他の誰が認めなくても、私だけは貴方の恨みを、妬みを、憎しみを受け入れ認めるから。だから……もう我慢しないで……お願い……」

 そう言葉にし、ルアは泣きだした。

 泣く事すら出来ない天堂の前で涙を流したくないのだが、ルアは我慢する事が出来なかった。


「ありがとう――」

 思いがけない言葉に、ルアは驚き涙を流したまま天堂の顔を見た。

「俺が今、こうして笑えるのも誰かに怒りをぶつけずに済んでいるのも……全部ルアさんのおかげだよ」

「……私、何もしてあげてない。何も出来てないよ……」

「ううん。そんな事ない。ずっと、ずっと俺を見守っててくれた。俺を独りにしなかったじゃない。俺は気づいてなかったけど、ずっと見ていてくれたんでしょ」

 ルアは泣きながら、何度も何度も頷いた。

 初めての給料を取られた時も、飢えに飢えてゴミ捨て場を漁って警察に通報された時も、会社で低学歴と馬鹿にされお茶をかけられた時もずっとルアは見ていた。


「ありがとう。一人じゃないって、とても嬉しい事だったんだね」

 そう言葉にする天堂の顔は今までルアが見た事のない、屈託のない笑顔だった。


「……ずるいよ……」

 そう言ってルアは泣き笑いながら天堂の胸に顔を埋めた。




 その後、お互い願いの事には触れず二人は食事を食べて帰路に付いた。

 クリスマスシーズンでどこもかしこも人が溢れ、慌てて食べたファストフードだったが、悪くない物だった。

 その帰り道、いつもと違い晴れ晴れとした様子へと変わった天堂が嬉しくてルアはニコニコと跳ねる様に歩いている。

 そんなルアと違い、天堂は挙動不審気味な様子でおろおろと落ち着きない状態になっていた。


 そして天堂はごほんと一つ大きな咳払いをし、足を止めた。

「ん? どしたのかず君」

「……えっとさ、……さっきはああ言ったけど……願い事、一つ頼んで良いかな?」

 その言葉にルアはくるーりと道端て綺麗に一回転ターンをし、そしてとんと自分の胸を叩いで自信満々な様子を見せた。

「まっかせなさい! 何でも叶えるよ。特に、今かず君と生活して色々人の事を知ったから割と何でも出来るよ」

 むふーとお姉さんぶる様な態度のルアを見て、そしてこほんこほんと何度も天堂は咳払いをした。


「えっと、これは願いではなるけど叶えて欲しいものではなくて……お願いの類に近い」

「ふむふむ。……難しいね。どう違いの?」

「嫌なら嫌って言って欲しい。俺はそう願うけどそれが嫌なら拒絶して欲しいしむしろ命令になるのが嫌だ。だけどこう……言葉にする勇気がなかなかないし上手く表現できないし俺なんかがそんな事言って良いのか悩む……。うん。ただ言わないのも失礼な気がするしでもそういう経験もなければ……」

 そんなうじうじする様子の天堂を見てルアは首を傾げ不審な目をした。

「はっきり言ってくれないとわからないよ。こう……日本人の察して文化って私みたいなのには天敵に近いんだから」

 ぷんぷんと怒り出すルアを見て、天堂は大きく深呼吸をして短く、願いを告げた。


「ルア。君が欲しい」

「……ん? ん?」

 そう言葉にしてから腕を組んで考え、そしてそっと自分に指を差した。

「みー?」

 その言葉に天堂は首を縦に動かした瞬間――瞬間湯沸かし器の様にルアの顔は真っ赤に染まった。


「わ、私!? えと、それって、それってそういう事……だよね?」

 偏った知識しかなくとも、ルアにはそれが理解出来た。

 出来た上でそう尋ね、そして恥ずかしそうに頷く天堂を見て、それ以上に恥ずかしい気持ちとなったルアはさきほどの天堂以上にもじもじとしだした。


「……我ながら現金だとは思う。だけどさ、俺の為に笑って、怒って、悲しんでくれる人ってきっといないと思うんだ。ルアさん以上には」

 そう言われ、ルアはあうあうと困り果てた。

 その部分ならば自分は間違いなく最上位に当たる。


 天堂の様子をずっと見ていて、泣き叫び、喉から血が出て声なき絶叫を年単位で重ねて来た。

 何千年生きてもこれ以上の絶叫をする事はないだろうと思う位は悲しみ続け悲しみ疲れた。

 だからこそ、そう言われたルアは恥ずかしがる事しか出来なかった。


「知ってると思うけどさ……私、人じゃないよ?」

「ううん。知らなかったよ。でも、どうでも良いかな」

「……じゃあさ、私本当は悪い子だよ? 私は何かを壊す為に生まれたから」

「そっか。でも、生まれは関係ないよ。それに俺の事も壊したいの?」

「これ以上壊したくないよ」

「ありがとう。まあ……君になら壊されても良いかな」

「嫌だよそんなの。壊れるかず君を見るのって辛いんだよ本当に」

 その言葉に目を丸くした後、天堂は微笑んだ。

「じゃあさ、治してくれるかな? 壊れていた俺を」

 それは殺し文句に近かった。


 もしそれが本当に出来るのなら、この苦しみ続けた二十年は無駄ではなくなる。

 そうルアは思えた。

 その上でルアは自分の感情を、答えるべき自分の感情を胸に手を当てて考え、そして最後の問いを出した。


「私さ……そういう経験ないからわからないけどさ、たぶん……すっごく重たい女だよ?」

「そっか。俺が何もない軽い男だからさ、丁度良いんじゃないかな?」

「嫉妬して引っ張って、迷惑かけて、振り回し続けるよ? それでも良いの?」

「今までの人生と比べなくとも幸せな日々じゃない?」

 その言葉にルアはくすりと笑い、小さな声で呟いた。


「メリークリスマス」

「うん。それで、答えを聞かせてくれないかな?」

 その言葉にルアは帽子で顔を隠した。

「馬鹿」

 そう言った後、いつもと違い照れくさそうに天堂の手を取り、横に移動した。


「メリークリスマス」

 そう天堂が言うとルアは少しだけ拗ねた。

「さっき言ったし」

「そっか。ごめんね」

「……二つほど……言わないといけない事があるんだけど良い?」

「うん。二つと言わず、これからいるんだし色々教えて」

「うん。まあまずは二つ。一つは……私の本当の名前『アンゴルモア』って言うんだけど……」

「わあ……俺でも知ってるわその名前。……ルアの方が可愛いからルアで良いよね?」

「ん。私もそう思う。んでもう一つだけどさ……」

「うん。何かな」

「幸せにならないと許さないから」

「うん。そのつもりだよ」

「その為に……今のままじゃダメだからね」

 そう言ってルアは微笑んだ。


 その顔は確かに魅力的な顔ではあった。

 だが同時にいたずらっ子の様でもあり、そして悪魔の様でもあった。


ありがとうございました。

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