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始まりの君に送る復讐曲(仮題)


 自分がいつ生まれたのかルアは知らない。

 曖昧な存在、曖昧な概念だった頃からなら数千年という話になるだろうし、明確な形となったのは『1998』年頃になるだろうか。

 あやふやであるからこそ自分がいつ生まれたのかはわからないが、それでも自分がどういう存在なのかは理解していた。


 人間の下らないネガティブな感情に破壊衝動をミキシングされ、それに誰かをバッシングし続ける身勝手さが加わったもの。

 いて欲しくないけどいるだろうと言われた曖昧な存在、都市伝説に近い何か。

 それがルアという彼女の生まれた理由であり、彼女という概念だった。


 生まれた瞬間産声を上げる代わりに、ルアは人類を憎悪した。

 呪い、恨み、壊す為に自分を生んだ人類をルアが好きになる訳がなかった。


 そのまま自分の使命を果たしても……愚かな人類に用意された存在定義を見たし正しく消滅しても良かった。

 それこそ自分がこの後どうするのかコインで決めても良い位の興味しか世界に持っていなかった。

 そして偶然コインが裏側となり、更にコインが連続で裏が出る様な偶然が幾つも重なった。

 その結果――ルアは定義された以外の自分を見つける事が出来た。


『1998年12月25日』

 ルアは自分と同じ様な目をした、この世界にあるあらゆる負の感情に凝り固まった少年を見つけた。

 少年の名前は「かずき」。

 五歳の少年はクリスマスで、その上五歳の誕生日であったにもかかわらずその子は一人で家の中で座り込んでいた。


「ねえ。どうして一人なの?」

 ルアがそう尋ねると少年は驚きもせず、その目のままルアの方を見た。

「お姉ちゃんは……誰?」

 その言葉にルアは憎しみを込めた目を少年に向けた。

「それは私が一番知りたいわ」

 だが、少年はその悪意に満ちた目にも気にもせずそのまま下を見た。


 明らかにやせ細った体に体中の痣。

 そして暗く食事も用意されていない部屋。

 その時点でどういう事なのか答えは簡単なのだが、ルアはそれを知らなかった。

 人間の事など知ろうとした事さえなかった。


「私は私の事がわかんないけど、君はわかる?」

 その言葉に少年は頷いた。

「僕はかずき。今日五歳になりました」

 すらすらと、まるで言わされている様な言葉。

 それにルアは気づかなかった。

「そ。ま、どうでも良いけどね」

 そうルアが答えると少年はそっと下を向いた。


 ルアはつまらなかった。

 何も示さない、何も言わない少年に退屈を覚えた。


 かと言って虐げる気にもならず、イライラした様子でルアはかなりの無茶ぶりをしてみせた。

「あんた……何か面白い事言いなさいよ」

 そう言葉にされ、少年は怯えた。


 何かを求められ、それが出来ないか期待を下回ると殴られる。

 そんな日々を送っているからだ。

 だが、それに怯えて何も言わないと今度は蹴られる。

 だからこそ、怯え、震えながらも少年は必死に考え、自分にとってとても楽しい事……もう消えかけている楽しかった記憶、両親が優しかった頃の思い出話を始めた。


 だが、それで正解だった。

 ルアもまた生まれたてで赤ん坊の様な存在でもあった。

 だからこそ少年の絵本の話、優しい物語の話を楽しく思いふんふんと何度も頷き話を聞き続けた。

 少年もまた、自分の話を初めてまともに聞いてくれた人が出来、心から楽しくお話が出来ていた。


 二人の間にあった壁は何時の間にかなくなり、ルアの精神年齢が少年に合わせて低下していた。


「かず君! 他には、他にはないの?」

「えっと……ごめんなさい。僕あんまり絵本とか読んだ事なくて……」

「そっかー……残念」

 そう言葉にして露骨に落ち込むルア。

 それを見て、少年は必死に悩み、そしてカレンダーを見て大切な事を言っていない事に思い出した。


「あるよ! もう一つ。サンタクロースの話!」

「え! 何何!? どんなお話!」

 そんな嬉しそうなルアを見て、少年は空腹も忘れサンタクロースという幸せを運ぶ存在について力説しだした。

 子供達のヒーロー。

 優しいおじさん。

 そしてプレゼントと共に始まる幸せな日々。


 少年が今、心から欲している物だった。


 そして話を聞き終わり、無知で幼いルアは一言質問を出した。

「……じゃあさ、どうしてかず君の元にはサンタさんが来てないの?」

 虐待を受けている子供にはあまりに残酷な質問であり、大人なら耳を塞ぎ目を反らす様な酷い言葉。

 それを聞かれ、少年は力なく笑い……呟いた。

「僕、良い子じゃなかったから……」

 ずっと昔から、親に言われ続けた言葉だった。


『良い子じゃなかったからプレゼントもないしお出かけにも付いて来るな。お前は留守番だ』

『ええ。冷蔵庫を漁る様な乞食みたいな真似はしないで頂戴ね』

 そう言って乳飲み子である赤ん坊を連れて両親は朝出かけていった。


「ふーん。私かず君は良い子だと思うんだけどなぁ」

 良くわからないルアがそう答えると少年は首を横に振った。

「ううん。もし僕が良い子だったら……お父さんもお母さんも優しくなるから。だから僕は良い子になろうと頑張ってるの」

「そっか。うん。頑張って」

 そう言葉にした後、ルアは少し考え、そして笑いながらある提案をした。


「じゃあねじゃあね! サンタさんの代わりに私がプレゼントを上げる! 何か欲しい物はある? 何でも良いよ!」

 そうルアが言葉にすると、少年は子供とは思えないほどの大きな音でお腹を鳴らした。

 いつもマトモな物を食べていないが、今日にいたっては本当に何も食べていない。

 そんな少年が食べ物の事を考えないわけがなかった。


 だが、少年は首を横に振った。

「ううん。本当にいい子にならないとプレゼントは貰っちゃダメだから」

 そう言葉にするとルアはむきーと怒り出した。

「嫌だ嫌だ! 私が何かしてあげるんだ!」

 そういってダダをこねるルアは大人の女性なのに子供みたいで少年は困り果てた。

 その上で、少年は少しだけ、ほんの少しだけ欲を見せた。


「じゃあ、一個お願いして良い?」

「うん! かず君の願いなら何でも良いよ!」

 そして少年は、自分の心からの願いをルアに伝えた。


「僕が良い子になるまで、見守っててくれる? 僕、頑張るから。きっと頑張って誰にも酷い事を言わないで良い子になるから」

 その言葉に、ルアは頷いた。

「うん! 良いよ! 良い子になるまで見てるし、いい子になったら今度は本当に、サンタさんになってちゃんと何かプレゼントしてあげるからね!」

 そう言葉にし、ルアは微笑みながら消え、少年を見守りだした。


『良い子になるまでずっと見守り続ける』

 それに加えて少年がルアの為に良い恰好をせず本当に良い子になる為に追加で。

『自分の事を綺麗さっぱり忘れる』

 そんな約束を、ルアは少年としてしまった。

 そしてその二つの約束はルアにとって一生悔やんでも悔やみきれない苦しみを与え続けた。

 




 最初の一年で、ルアはその少年が何も悪くないと理解した。

 悪いのはいつも回りであり、少年はただ怯えながら毎日を耐えているだけだった。


 そこから数年、両親から離され、何とかなったと思った。

 今度は施設と学校から少年は虐げられ始めた。

 少年が幸せになる場所なんて、この世界のどこにも存在していなかった。


 ルアは喉が枯れるまで叫んだ。


 もう止めて。

 これ以上苦しめないで。

 辛そうだよ。

 悲しそうだよ。

 何で誰も助けないの。

 どうしてそんな酷い事がみんな出来るの。


 だが、その叫びは誰にも聞こえなかった。

 助けてあげたかった。

 だけど、ルアはただ見守る事以外出来なくなっていた。


 ルアは人ではなく、力を持った存在である。

 だからこそ、自分で決めた約束を破るのは容易い事ではなかった。


 少年が苦しみながら大きくなり、同時に壊れていく様を見続けても、ルアは泣き叫び続ける事しか出来なかった。


 見守りだしてから十年が経過し、少年が十五歳となった時、もしも世界が少年に優しくなければルアはある事をしようと心に決めた。

 それは本来の自分の役割、ルアという後から自分でつけた名前ではなく、本当の名前での正しい存在定義。

 そう、ルアは少年以外の世界を全て怖そうと心に誓った。


 そして当然の様に、世界は彼に優しくはなかった。

 彼を虐げて来た者は皆幸せそうだった。

 不幸になったのは、彼だけだった。


 そんな世界を見つめながら自分にかけられた彼が良い子になるまで見守るという終わりのない契約を強引に破壊出来たのは、破壊する事を決めて実に十年ほどかかった。

 自分にとって唯一少年から聞いた願いであり思い出であるからこそ、本当は壊したくなかった。

 その怒りと恨みすら、ルアは世界にぶつける事にした。


 全てを壊したその果てで少年の幸せを築こうとルアは心に決めていた。


ありがとうございました。

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