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大いなる未知(仮題)

私の書いている別の話が一千万PV超えたのとクリスマスを記念しての短編です。

よろしければお手に取っていただけたらと思います。


 気付けばすっかり寒い季節となっていた。

 ふとんを出るのが億劫となり防寒具がなければ外出も出来ない。

 そんな十二月。

 ここ数年まともに雪を見る事はなくなったのだが、それでも寒い事に変わりはなく、またついでに言うならばただ温度が低いという訳だけない。

 気持ちの問題である為言葉にはし辛いのだが……十二月にはそれ特有の心が冷え込む感情がある。

 そんな感情を天堂一貴(てんどうかずき)は噛みしめる様に味わっていた。


 この寒さは当たり前だが好きにはなれない。

 だが、それでも天堂はこの十二月という月の事が決して嫌いではなかった。

 その理由は自分でも良くわからない。

 嫌な思い出が多く決して嬉しい月ではないのだが……それでも、天堂は自分でもわからない感傷の様な感情を覚えつつ十二月を好んでいた。


 天堂が十二月と聞いて最初に思い出すのは今から二十年ほど前の事、それは天堂が五歳の時の事である。

 十二月二十五日という誕生日とクリスマスが同時にやって来る目出度い日。

 そんな日であっても、天堂は親からプレゼントという物をもらった事がなかった。


 両親と小さな赤子の三人で出かけ、一人取り残された五歳の夜。

 それが今覚えている天堂の最初の記憶である。

『ああ。僕は良い子じゃないからサンタさんからプレゼントが貰えないのか』

 そんな事を天堂は考え、二十年経った今でもその感情は燻り残り続けている。


 そう、ありきたりに言えば天堂は虐待されて育った。

 特に理由はない。

 長男として生まれ、ちやほやし、三才になった時に二人目の子供、女の子が生まれ……両親は女の子の方に愛を注いだ。

 ただそれだけなのだが、そんな理由で蔑ろにされたのだから本人として見ればたまった物ではないだろう。


 そして虐待は次第にエスカレートしていき、両親は妹を可愛がるのと同時に虐げ、最終的には両親は逮捕され天堂は施設に収容される事となった。

 天堂が親からもらった物は今でも体に残っている虐待跡と良い子ではないという出来損ないの烙印だけだった。


 そんな幼少時なのだから、ぱっとしない人生になるのもしょうがないだろう。

 そんな諦めに近い思いを天堂は持っていた。

 親元から離れた時にはあらゆる事が同学年の子達と比べる事すら難しいほどの差が出来てしまっており、追いつくどころかその差は広がる一方だった。

 更に、塾に行く余裕もなければ勉強をする時間の余裕もない。

 また同じ様な子供達が多くいるはずの施設であっても上手く馴染めず心休まる時はなかった。


 その結果が中卒低所得といううだつのあがらない若者、つまり今の天堂である。


 しょうもない人生だとは思うが、それでも天堂はこの結果に満足している部分もあった。

 休みが少ないブラックではあっても一応は正社員として正規雇用してもらっており、家に帰れば狭いアパートだが誰にも縛られない自由な時間がある。

 自分の末路として見ればまあ悪くない部類だろう。

 そんな後ろ向きな満足を抱えながら毎日を蛇足の様に生き続ける。

 それが天堂という男の日常だった。


 ただし……どうしてかわからないが感情らしい感情を持たずに適当に生きている天堂でも十二月だけは浮足立っていた。

 世間一般のクリスマスムードに釣られ浮かれているだけかと思うのだが、それでも何故かこの月だけは特別な様にも感じている。

 まるで何かが十二月にある様な……そんな特別を……。


「……そんなわけないか」

 そう呟き、幸せそうに浮足だっている人達で溢れる帰路を天堂は何時もの暗い表情で歩いて帰った。


 この暗い顔と中卒という低学歴で職場でも馬鹿にされているのは知っている。

 知っているのだが……どうしようもなかったしどうするつもりもない。

 その見下され馬鹿にされるのも含めて天堂にとってただの日常でしかなかった。


 手袋を外し、鍵の冷たさを覚えながらドアノブに鍵を差し込み捻る。

 確かな手応えと同時にガチャリと小気味良い音を聞き、芯まで冷えた凍えそうなドアノブを急いで回しドアを開けて手を放す。

 そして、いつもと同じ真っ暗な誰もいない小さな部屋に――。


「あ、おかえり! 遅いじゃない!」

 そんな高めの女の子の声が耳に響いた。

 ――訂正、そこは何時もと違う部屋となっていた。


 目をぱちくりさせた後、今までとはまるで異なる状況に混乱しつつも天堂は状況を極めて冷静に分析しようとした。

 例えそれが出来ないであっても、せめてどういう事は理解しようと努力はしてみた。


 まず、天堂が帰った時いつも迎えてくれる部屋は冷たく暗い。

 主のいない部屋は主同様虚無的であり、退屈であり、そして下らないものだった。


 では今どうなっているのかと言えば、何故か部屋に明かりと付いており同時に使った事がないエアコンが全力で暖気を吐き出し続けている。

 家に帰ると暖かくなっている部屋なんてもの経験した事がない天堂にそってその普通に人にとっての小さな変化は大いなる未知でしかなかった。


 だが、それ以上に大きな差異がある。

 天堂が理解に苦しむ差異、それは部屋に誰かがいるという事である。

 しかもその恰好はこの十二月にある意味適切な恰好ではあるものの恐ろしく薄着だった。

 目の前の背が低く髪の長い女性はミニスカ腹だしというやけに露出の多いそういう店専門の様なサンタ服を身に着けていた。


 そこから天堂は必死に頭を捻り、そして答えを導き出した。

 おそらくこれ以外に思いつかないという位状況にあった答えを見つけ、天堂は満足げに頷きその女性に声をかける。


「うち、デリヘルは頼んでないですよ」

 その答えを聞き、女性は可愛らしく首を傾げた。

 どうやらそういう人ではないらしい。


「これ、サンタさんの恰好でしょ?」

 そう自分の来ている服を指差し女性はそう尋ねた。

「えっ。ああ……うん。一応間違いでは……」

 そんな言い辛そうな天堂の雰囲気に気づき、女性は納得した様な表情となり苦笑いを浮かべた。

「あーやっぱり変なんだね。うん、流石にちょっと寒いなーって思ってたよ。ちょっとあっち向いててくれる?」

 そう言われ、天堂が首を傾げながらドアの方を向くとしゅるっと後ろの方で衣服のこすれる音が響いた。

 それが何なのか男である天堂が理解出来ないわけがなく、何とも言えない居心地の悪さときゅっと締め付けられる様な妙な緊張を覚え、困るに困り顔を顰める。

 その音はたっぷり五分は流れ続けた。


「はい! 良いよもう」

 そう言われ、天堂は女性の方を向いた。

 女性の恰好はさきほどと違い露出はほとんどなく、コートの様な上着ともふもふが多分に付いたロングスカートという恰好になっていた。

「えへへ。これならサンタぽい?」

 帽子の位置を直しながら女性が尋ね、天堂が頷くと女性は満面の笑みでピースサインを作った。

「よっし。というわけでこんばんは! サンタさんだよ! 貴方のお願いを聞きに来ました」

 天堂がきょとんとした顔で自分に指を差すと、女性はそのポーズ、その輝かしい笑顔のまま頷いた。


 非常に認めたくない事だが……どうやら人違いという事でもないらしい。




「粗茶ですが……」

 そう言いながら女性は湯呑に紅茶を淹れてテーブルに置いた。

 和風の湯飲みにティーパックのぶら下がったままの紅茶。

 ツッコミどころのオンパレードだが、せめてこれだけは言っておかなければならないだろう。

「……ここ……俺の家です……」

「うん。知ってるよ?」

 当然の様にそう返され天堂は乾いた笑いをする事しか出来なかった。


 そしてずずーっと音を立てて紅茶を飲み、女性は一言呟いた。

「しぶっ」

 天堂に同じ様に紅茶を飲んだ。

 相当長い事ティーパックが入っていたらしく渋いを通り越して苦くなっていた。


「さて、何から尋ねたら良いのだろうか……」

 天堂は砂糖を足したり牛乳で埋めたりと悪戦苦闘しているおかしな女性を見ながらぽつりとそう呟く。


 結局、紅茶は天堂が普通に淹れ直して紅茶とミルクを限界まで注ぎ、苦い紅茶は天堂が全部一人で飲んだ。


「それで、貴女はどなたでしょうか? 失礼ですが未成年ならしかるべき場所に通報しなければ……」

「え? そう見える? まだ若く見えるかな?」

 きょとんとした様子でそう尋ねる女性は背とその明るさから幼く見えるものの、成人しそれなりの年齢である風に天堂目には映っていた。

「いえ。失礼でしたね。ですがそれでも確かめないといけないので、二十歳は過ぎていますか?」

「うん。大丈夫。その位なら全然超えてるよ」

 その言葉に安堵の息を漏らし、天堂は本題に入った。

「それで、貴女はどなたでしょうか?」

「サンタだよ」

 にっこりとそう答える女性。

 天堂は一瞬言葉を失い、そして尋ね方を変える事にした。


「……えと、貴女のお名前はなんでしょうか?」

 その言葉に女性は驚いた表情を浮かべ、そして困った顔をした。

「えとえと……名前……サンタじゃダメ?」

「駄目ですね」

 女性はまるでバツマークみたいな閉じた目となった後うんうん唸り、そしてぽつりと呟いた。

「……ルア」

「……ルアさん……ですか?」

 こくりと頷き、不安そうな表情となった。

「変な名前じゃない?」

 痛いというほどではないと思うが、気になる人にとっては気になる名前なのだろう。

 天堂は首を横に振った。

「いいえ。変には思いませんよ」

 そう答えると女性――ルアはぱーっと明るい顔に戻った。

「そか! じゃ、私はルア。サンタさんだよ!」

 そして、話が振り出しに戻り天堂は盛大に溜息を吐いた。


「……とりあえず、私の名前は……」

「かず君でしょ? 知ってるよ」

 女性は迷わずそう答えた。

 間違ってはいない。

 だが、天堂はそう呼ばれた事はない。


 そもそも、小さな頃から今まで名前に愛称を付けて呼ぶ様な人など会った事もなかった。

 ただ、それでもその呼ばれ方に天堂は何故か違和感を覚えなかった。


「……天堂です。好きに呼んでください」

「わかったよかず君」

 ニコニコとするルアに対して、天堂は何故かわからないが溜息が零れた。




 天堂は再度女性の方を見つめた。

 まるでケーキ屋の客引きの様なサンタ服を着たルアという女性。

 白い綺麗な長い髪をした大人の女性らしい外見に背が低く愛嬌があるという少女らしいという側面を持った人。

 今まで見た事がないほど可愛らしいのだが、それ以上に不穏でかつ不審な気持ちが抜けない。


 突拍子もない状況で、アイドル顔負けな女性が部屋に上がり込んできた。


 この状況に喜ぶほど天堂は人生を甘く見ていない。

 むしろこの場が美人局である方が安心出来る。

 とは言え、狙われるほど収入の良くない自分の事を鑑みるに狙う可能性は極めて低く、零に近いと天堂は思っていた。


 多少だが混乱も落ち着き一つ深呼吸をしてから天堂はいつも冷たいと言われるその目をルアに向けた。

「それで、どの様な御用でしょうか?」

 ルアは何が嬉しいのか天堂の方をニコニコ楽しそうに見ながら答えた。

「だから、サンタさんだよ!」

 天堂はがくっと肩から力が抜けた。

「……すいません。具体的に何が行動原因なのか教えて頂いても宜しいでしょうか?」

「え? えっと……何して欲しい?」

「――はい?」

「サンタさんは良い子のお願いを叶えるものなんでしょ? だからお願いを教えて貰わないと何も出来ないよ」

「……色々言いたい事がありますが、一つだけ、良いでしょうか?」

「はいはい。何ですか?」

「……私、もう二十五ですけど」

「それを私に言われても困るよ」

 そう言葉にし、ルアはぷくーっと頬を膨らませた。


 ここまで会話して天堂が抱いた感情は、当初から変わらずただ面倒である。

 気兼ねが何もなく思ったよりも何故かルアとは非常に話しやすい。

 見た目が綺麗でいつもの日常と比べて彩も足るし、恋愛事に関心のない天堂すら美人であると感じるほどの女性が嫌なわけがない。


 だが、それでも根っから薄暗い日常を過ごして来た天堂にとってルアは邪魔だった。

 どれだけ幸福で、明るい事が待っていたとしても、天堂にとってそれは望まない光でしかなかった。


「私の願いを叶えてくれるという事でしょうか?」

「うん! 何でも良いよ。出来る事なら何でも」

「では、特にありません。お帰り下さい」

 そう冷たく言い放つ天堂。


 職場でもそうでなくとも、人生の大体を――例外を除き天堂はこれで撃退してきていた。

 とにかく冷たく何も映さない瞳で拒絶されれば人は嫌悪感を抱く。

 それを天堂は知り、知った上であえてそのままでいた。

 だが、女性はそんな天堂に嫌悪感を一切抱かず、むしろその嬉しそうな顔はまるで好感を持っている様だった。


「うん。そう言うと思っていた。だからさ……外に行こ。ね?」

 そう言葉にし、女性はそのまま玄関の方に駆けだした。

「ちょっと待ってください。エアコンも電気も消して――」

 そこまで話して、天堂は違和感を覚えた。

 あるべきものがなかったからだ。


「……あの、ルアさん。靴は?」

 そう、玄関に置かれた靴は天堂の物しか置いていなかった。

 つまり、ルアは入る時この玄関を使っていないという事である。

 そもそも、鍵のかかった部屋にどうやって入ったのか。

 天堂はその疑問に今更気が付いた。


 ルアは満面の笑みのまま、手をスカートにぽんと叩く。

 たったそれだけで、白い手袋を付けたルアの可愛らしい手には赤いお似合いのブーツが握られていた。

 ご丁寧にアニメ何かの魔法少女の様にキラキラした演出付きで。


 それはとても、手品の様には見えなかった。


「言ったでしょ? 私はサンタさんだって。だからさ、貴方の心からのお願いを叶えに行きましょ」

 そう言って女性は天堂の手を引っ張った。


ありがとうございました。


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