牛肉をめぐる戦い
「なんでぇー」
コアたまごは抗議する。
「こんがらがったら、一つずつほぐして、きれいなお肉にすればいいじゃない」
「なんでかと言うとな」
無敵丸はうなずきながら、もっともらしくのたまった。
「いろいろだ」
「いろいろかー!」
「コアたまご。うちの国では、きれいな服を着て、冷たい水をかぶるのが禊ぎだ」
「なにが解決するの?」
「他に誰も困らない」
「…ムッチーは禊ぎしたことある?」
「やらんよ」
無敵丸は肩をすくめ、簡潔に答えた。
「寒いもの」
それを聞いてふーむ、とコアたまごは考え込んだ。
無敵丸は突如立ち上がるとコアたまごをむんずと掴み、そのまま牛の死骸の上に放り投げた。ついでのように極大魔石を掴んで明後日の方角へ放り投げる。
「急になに、ムッチー」
「お客さんだ」
無敵丸は木立の向こうを鋭く探る。
「コアたまご、客がはけたらおさらばだ。それまでにどうするか決めておけ。いいな」
「えー」
無敵丸と牛の怪物との死闘を、遥か遠くから観察している原住民がいた。
『飼育員』と呼ばれる監視者だ。彼は、生き餌が牛の怪物に無事に届いたかを監視する役目を負っていた。そしてこの緊急事態に、あわてて遠眼鏡をしまって駆け出していた。
緑の原住民達が木立を縫いつつ迫ってきている。喰われた原住民たちよりもずっと上等な鎧をつけた原住民だ。それがふたり。
一名は無敵丸から20歩ほどの距離で足を止める。その勢いのまま肩から掛けた革帯の先、木製の持ち手がついた重厚な金属の筒を腰だめに構え、筒先を無敵丸に向ける。
絶対の自信があるかのように、頬まで裂けた口を歪め、引き金に力を込めた。
無敵丸はすでにその右手に、懐から出した射撃武器を構え、引き金を引いていた。
原住民の持つ武器よりもずっと小型で洗練された、金属製の射撃武器だ。鈍色に光る金属筒にはカードリッジ・シリンダーが接続され、木目の持ち手がついている。
間違いない。ハンドブラスターだ。
乾いた破裂音が響く。鼻先を貫かれた原住民は後ろにのけぞった。
はずみで引き金が引かれ、鉄筒から発射された散弾が近くの木の幹をえぐり取る。
後ろを走るもうひとりの原住民は、あわてて木の幹の影に隠れ、手に持つ鉄筒を構える。
無敵丸は空いた手でハンドブラスターの背を撫でコックを下げると、すばやく引き金を引いた。破裂音とともに原住民の露出した肩がはじける。
よろめき出た恐怖の張りつく顔に、再度の破裂音とともに風穴が空いた。
コアたまごは悟った。
(…牛肉防衛隊が来たんだ!)
(わたしが、引き止めていたから…?)
火花を吹き出す紙張りのボールが、枝葉をゆらし落ちてくる。
無敵丸はすでに、原住民の来た方角に迷いなく走り出していた。
紙張りのボールからふきだす火花がその身を燃やし、やがて大きな爆発とともに金属片を散らした。
森が開けた場所がある。円を描くように木々がひらけているそこは、天然の闘技場であるかのようだ。
そこには大柄な原住民が立っていた。他の原住民たちとは比べ物にならないほど大柄で屈強な、そして同じ緑の肌を持つ原住民だ。その背丈は無敵丸を超える。原住民にくらべればまさに巨人だ。
しっかりした縫製の服は筋肉で盛り上がり、その上を金属装甲板が、動きを阻害しないよう部署部署を覆っている。
蛇行しながら迫りくる無敵丸を確認すると、火口で点火しようとしていた爆弾を無造作に投げ捨てる。そしてヌラリと、背から大ぶりの近接武器を抜いた。
それは鉈だった。片刃の大鉈だ。大柄な原住民の背丈に迫らんばかりの大鉈だ。それは自身が不吉な気配を発していた。黒ずんだ刀身は怪しくテラテラと光り、異常なたたずまいを感じさせる。
無敵丸は走りながら腰だめで発砲した。すばやく2発。
大柄な原住民は狙いがわかっているかのように、大鉈の腹で着弾を止めた。原住民はにやりと笑い、傷一つ無い大鉈を自慢するかのごとく、手甲でガンガンと大鉈を叩く。
無敵丸はハンドブラスターを投げ捨て、スラリと腰の近接刀を抜いた。
裂帛の気合を出しつつも、声もなく無敵丸は飛びかかる。無敵丸の近接刀と原住民の大鉈は、激しく打ち合い大きな音を立てる。火花が一面に散った。
ふたりは激しくつばぜり合う。力比べの様相になり、動きが止まった。
大柄な原住民は、狙い通りというしたり顔で、抑えきれない感情に口を歪める。
遠くで、乾いた破裂音が響いた。
大柄は勝利の確信に凶悪な笑みを浮かべた。無敵丸の押し込みが緩む。
そして、原住民が落ちてきた。
大柄の斜め後方、枝葉に隠れた樹木の上だ。潜んでいた緑の小柄の原住民は、長尺の鉄筒を取り落とし、みずからも地面に激突する。
落ちた躰は、奇妙にねじれた人形のようだった。
無敵丸は飛びすさって、大柄との間合いを取り直す。その時、不思議なささやきが無敵丸の鼓膜を揺らした。
『クリアー』
無敵丸は力を抜くと、片手に持った近接刀を肩に担ぐ。顎をなでつけ、首を傾げ、呆然とする大柄に笑いかけた。
凶相。それはまさしく凶相だった。物音が止み、闇が差し込み、空気が凍った。
思わずひるんだ大柄は、ひるんだそのことに激昂し、天と無敵丸に向かって叫ぶ。
「耳削ぎがぁぁぁぁーーーっ!!」
全身の筋肉がはちきれんばかりに膨れ、大柄は大鉈を大きく振りかぶった。
踏み込んでいた無敵丸の袈裟斬りは、大柄の胸部装甲ごと胸骨と肺を切り裂く。血しぶきが舞い、大柄はなにかを求めてあえぐ。
そして大柄は、前のめりに倒れた。